最初の物語
『不幸』
それは少年、椿 新建を表す代名詞である。
少年はとても不幸であった。それではどれくらい不幸なのか説明しよう。幼少期に両親を交通事故で亡くし、親戚に預けられる。しかし育ての親はあまりできた人間ではなかったので、日々虐待を受ける。親元から離れようと高校では遠方に進学しようとするも、受験一か月前にテロ事件に遭遇、勉強をする時間がとれず志望校に落ちてしまう。かろうじて全寮制の学校に入るも、同じ部屋の人が学校始まって以来の不良。今まで出くわした強盗事件、678回。その他軽犯罪には数千回、出くわしている。
そんな少年だが17歳の冬、運命の扉が開かれる。
「またじゃんけんに負けて買い出しだよ」
少年は文化祭の準備で夜遅くまで活動していた。今は材料調達の為に近場のホームセンターに向かっている途中だ。少年の発言からも不幸さが垣間見える。少年は生まれてから一度もじゃんけんに勝ったことが無い。むしろ幸運な気がするが、じゃんけんの結果がいい方に転んだことは無いのでやはり不幸だ。とぼとぼ歩く後ろ姿には哀愁が漂っている。
それは刹那の出来事だった。交差点を渡る途中の事だ。赤信号が緑に変り、歩を進める。通常ならそんな日常的な行動で危機に陥ることは無いだろう。しかし少年は、不幸だった。
突然、タイヤを滑らせた車がこちらに突っ込んで来る。俯いて歩いているのが災いした。少年はそれに気づかない。
『ああ、不幸すぎるよ君』 声が、聞こえたような気がした。
少年が死ぬ数秒前の世界。しかしそれ以上世界は歩みを進めない。静止している。全てが。
「なんだこれ?」
思わず声が漏れた。目の前には不可思議な光景が広がっている。自分以外の全てが運動をしていない。つり合っている。
『やあ、椿 新建』 背後から声がする。
「誰だ?」
振り返って、音の発せられた方を向く。
『まったく君は不幸すぎる』
次の瞬間、目の前に小学生くらいの、蒼い瞳の子供が現れる。その表情はひどく落ち着いていて、顔には笑みすら浮かべていた。その姿をなんと言って少年は表現するだろうか。
神、か。
「お前は、というかこれは何なんだ⁉」
やけに冷静だ。普通もっと取り乱すはずなのに。
『そう焦るな。ボクは人を司る神だ」
「神?」
『そう。神だ』
「なんなんだよこれ」
少年は神を名乗る少年を指さす。
『えーと、君、パラレルワールドをご存じで?』
挑発するように、言葉を向ける。頭に指を当て、少し屈んだ体制。
「ああ」
次に神は饒舌な様子で言葉を紡いだ。
『この世界には可能性の数だけそれがある。その中でも君の生まれた世界は100万と一回。御察しの通り、君以外は不運によって全員死んだ。さて、君の不運というのはボクの調整ミスなわけで、ボクも心ぐるしい。そこで君の命をここで救うことにした』
「何なんだよ!お前の所為で、僕は!」
胸の奥底から感情が湧き上がってくるの感じた。
『まあまあ、本来神が人間の命を救うには並大抵の事が無ければできない。しかし君には救う理由がない。そこで理由を作ることにした』
神は続けて喋る。話の半分は理解が追い付かないという顔を少年はしている。必死に理解しようとした挙句、心の中で神を非難してきた。
『てなわけで、他のパラレルワールドを救って欲しい。そうすれば君は死なずに済む』
救う?この僕が?出来るはずが無い。だって、不運で。少年の心に自信はない。
『君には補佐としてこの剣、φを譲渡しよう」
「待てよ。何故僕がこんな事!ほかに、適任がいるだろ!」
『君は、死にたいのかい?』
その言葉には冷たい何かが包まれていた。まるで鋭く磨かれた鋼の様に少年を突き刺す。
「死、」
少年の心には同時に、死にたくない、そんな思いがあった。それはきっとあの人の所為だ。少年の脳裏にはとある言葉が思い浮かんでいた。
━人生は、お前のものだ。生きていればいつか分かる。
恩人の言葉。死に際の言葉。その言葉に報いようと生きて来た、少年にとってそれは絶対。ならば答えは一つ。
決まったようだ。
「分かった。引き受けよう。死んでたまるか」
『その返事を待っていたよ。さあ、異世界へ』
その言葉を最後に目の前から姿を消した。次に少年の体が光輝く。そして今いる世界から完全に消え去る。
空気が揺れる、大地が流れる、大海が割れる。それはおよそ人間の住む世界であってはならない現象だった。しかしながらそれはこの世界に実際あるものだ。これは人の創り出したものだから。
これから語られる物語は全て人の創ったものだ。神によるものではない。ここに出る人物は全て人である。この世界に神などいない。それは人が学問を突き詰めた先にあるものだからだ。人は進化する。それはこの世界でも例外ではない。
ここから伝説は始まる。これは世界創生の物語。