レベルアップと宝箱
「赤野さん、ステータスを確認してみてもらえるかい?」
赤野さんは先ほど、ゴブリンを倒した。
もしレベルアップの条件がモンスターを倒すことで経験値を溜めることだとすれば、彼女のステータスに何か変化が起きているかもしれない。
「ステータス、ね。ええ、ちょっと待って。あれ?これさっき見た時の画面と変わってるわ」
やはりステータスに変化があったようだ。
「LVのところが1から2になってて、他の数字も増えてる…それから、スキルのところに変なのが増えたわ」
「変なの?」
「ええ。その、狂化って書いてあるのだけれど」
狂化か。ゴブリンを倒す際に見せた彼女の豹変ぶりに何か関係しているのだろうか。その人の行動や潜在的な性質によってスキルが増えていくのか、今のところはわからない。
「スキルっていうのは言葉通りに技能と取っていいかもしれないね。狂化、赤野さんにピッタリじゃないか」
「ちょっと、女の子を前にして失礼な奴ね、あなたは」
「別に貶してるつもりはないし、逆に感謝してるんだよ」
俺は赤野さんの目を見つめなおし、改めて言う。
「君がいなかったら俺はあのゴブリンに殺されていたよ。ありがとう、赤野さん。本当に助かった」
そう言うと、赤野さんは少し複雑そうに顔を顰めた。
「そんなお礼なんて、それに私は……」
「私は?」
「逃げようとしたのよ、私は。あなたが襲われたとき、一瞬頭をよぎったの。ここから逃げ出したいって。あなたのことを見捨ててね」
「でも、君は逃げずに助けてくれたじゃないか。それだけで十分だろ?他の人には君みたいな勇気はないさ」
先ほどまで俺たちは普通の高校生で、赤野さんは17歳の女の子なのだ。殺されるかもしれない状況で、特に仲良くもない俺を助けてくれた。その事実には感謝しかなかった。
「ねえ入間…君」
「なに?」
「私は貴方のことを知っていたわ。皆が噂していたから」
「うん、あの学校に俺のことを知らない人はいないだろうね」
俺は悪い意味での有名人だった。自ら自負するところの排他的な性格が災いし、俺は根も葉もない噂を吹聴されてしまうような人間だった。そして、その噂を否定する気もないのが俺だった。自分一人で生きていける、そんな風に思い込んで生きてきたのが俺だった。
「でも、思うのよ。貴方はきっと、噂されてるような人じゃない。少なくとも私は貴方のこといい人だって思ってるわ」
「それは……どうして?」
彼女にいい人と思われるようなことをしたつもりはない。あの高校の中で俺にいい印象を持っている人なんでいないだろう。
「だって貴方は私を見捨てなかったじゃない。ゴブリンに襲われたときに恐怖で動けなくなった私を、貴方は見捨てなかった。自分が捕まった時も、私に逃げろって言ってたわよね。うん、やっぱり貴方は悪い人じゃないわ」
「……そっか、ありがとう」
他人にいい人だと言われたのはかなり久しぶりのことだ。それは素直に嬉しいことだった。
「ところで、これからどうするの?さっきのゴブリンみたいなモンスターがまだいるかもしれないのよね、この洞窟には」
「うん、間違いなくいるだろうね。とりあえずは進んでみるほかないんじゃないかな。なるべく気配を殺しながら進めば、ここは薄暗いしモンスターに遭遇しても何とかやり過ごせるかもしれない。それに、もし見つかっても狂化赤野さんにかかればゴブリンなんていちころだよ」
俺の言葉を頷きながら聞いていた赤野さんだったが、最後の部分が気に障ったらしい。ジト目でこちらを咎めるような視線を向けてくる。
流石に本気で彼女をたたかせようとしているわけじゃない。軽い冗談のつもりだった。それは彼女も理解はしてくれていると思いたい。
その後、俺たち二人は洞窟を進むことにした。
武器はその辺に落ちていた石ころだけ。心もとないことこの上ないが、ないよりはましだろう。
洞窟の中は光源もないのに薄暗い程度には視界が確保できていた。壁や天井の岩がぼんやりと発光しているためだ。どういう原理なのかはわからないが、暗闇の中だと動きようもないのでありがたい。
「ねえ、あれ見れ」
「何…?ああ、何かあるね」
赤野さんが一方向を指さしたのだが、最初そこに何があるかは俺の目では見えなかった。少し歩いてから何かが地面に置かれているのがようやくわかった。赤野さんの視力がいいのか、レベルアップの影響が視力にも及んでいるのかはわからないところだ。
「宝箱、かしら?」
「そうみたいだ。でも、罠かもしれない」
「罠?そんなものがあるの?」
「確証はないけど、とりあえず用心して近づこう」
「ええ、わかったわ」
そこにあったのは、古ぼけた木製の宝箱だった。俺たちはゆっくりと宝箱に近づいた。手前に罠があるかもしれないと注意しながら進んだが、問題なく宝箱に手が届く距離まで近づくことができた。
「じゃあ俺が開けてみるよ」
赤野さんに声をかけてから、慎重に宝箱に手をかける。そして、ゆっくりとその蓋を開いた。罠の類はなかった。中に入っていたのは、金属製の小型ナイフだった。
「それ、ナイフ?」
「うん、少し錆びてはいるけど問題なく使えそうだ。これはいい広いものだね」
思わぬところから武器が手に入った。しかし、ナイフは一本しかない。
「赤野さん、これ使ってよ」
「あ、私が?」
「うん、いざというときに武器があった方が安心だろ」
赤野さんは先のゴブリン戦でレベルが上がっているが、それでも女の子である。
けれど、彼女は首を横に振った。
「遠慮しておくわ。私はいざとなればこの石で戦えるって証明済みだし、貴方が使って」
「いいのかい?」
「ええ」
彼女の言葉通り、俺には石でゴブリンをすりつぶす程の腕力はない。理に適っていると言えばその通りなので、ありがたくナイフを装備させてもらう。
「ありがとう。でも、次にモンスターが現れたら俺が戦うよ。もし倒せなさそうなら助けてもらえるとありがたい」
「あんまり想像したくはない状況だけど、わかったわ。二人で生き残りたいものね」
赤野さんは最初に会ったころのよわよわしさなど毛ほども感じさせない態度でそう言った。
いい傾向だ。この危機的状況で仲間意識が芽生え始めている。
「ところで赤野さんはさっきの戦いでLVが上がったけれど、その影響って実感できるくらいあるのかな。例えば体が軽くなったとか」
「どうかしら……言われてみればそんな気もするけれど」
なるほど。レベルが1上がったくらいだと、あからさまな身体能力の向上はないらしい。
「入間君、あそこ……!」
「ゴブリンだ。こっちには気づいてないみたいだね」
距離にして約15メートルほど先のところに、ゴブリンの後ろ姿が見えた。
「よし、俺がやるよ」
「気をつけてね」
俺は慎重にゴブリンに近づく。一歩一歩、足音を立てないように。
そして、ナイフが届く範囲まで気づかれずに近づくことができた。よし、やるぞ。
「ぎっ!?」
ナイフを思いきり振りかぶり、ゴブリンに脳天に背後から一突き。刃先は深々と突き刺さり、緑色の血液が噴水のように噴きあがる。
「ぎ…ぐ……」
ゴブリンの体は糸の切れた操り人形のように地に伏した。もうピクリとも動かない。どうやら、一撃で仕留められたらしい。
俺はナイフを抜き取り、赤野さんの元へと戻る。
「何とか無事に倒せたよ」
「よかった。見てるこっちがドキドキしたわ」
「ステータスはどうなったかな。確認してみる」
右のこめかみに触れる。
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【ショウイチ・イルマ】
LV1 → 2
攻撃 3 → 5
防御 2 → 3
魔攻 0
魔防 0
スキル 『アサシンエッジ』
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ゴブリンを倒したことにより、レベルとステータスの上昇、そしてスキルの獲得に成功した。
このスキルはおそらく、背後から気づかれずにゴブリンを刺殺したことに起因している気がする。もっと詳しい情報が得られないかと考えていると、スキルの項目に触れることによりさらに詳細な情報が得られることに気づいた。
アサシンエッジ――アクティブスキル。隠密状態でみ使用可能。一撃の威力を上昇させる。
「ステータスが上がって、スキルも増えたみたいだ」
「それって、強くなったてことよね。いいことだと思うわ」
「うん。ところでこのスキルのところをタッチすると、より詳しい説明がみられるみたいなんだ。赤野さんの狂化スキルも見てみよう」
「そうなの?ちょっと待ってね。えと、狂化、パッシブスキル。激情により狂化状態に陥る。攻撃、防御の大幅強化。って書いてあるわね」
「なるほどね。俺のスキルはアクティブスキル、つまり任意のタイミングで発動させることができるけれど、赤野さんのはパッシブ。好きな時に使うことは難しそうだけれど、いざというときはかなり役に立ちそうな能力だね」
「つまり、私たちが力を合わせればこんなところすぐ抜け出せるってことね!」
「まあ、そういうことかな」
予備知識のない赤野さんはまだスキルやステータスなど、そういった事柄を理解しきってはいないようだ。しかし、俺たち二人の相性がいいのは確かである。この洞窟にいるモンスターがゴブリンだけとは限らないので、ここから先は協力し合わないと生き抜けはしないだろう。
「赤野さん、頑張ろうね」
俺の言葉に、赤野さんは力強く頷いた。