第二十話 油断と不知は大敵
物語の約2/3が終わりました。
あと五十話くらいで完結予定です。
5-20 油断と不知は大敵
「それじゃブラン、頑張って」
「そんなに気負わなくて良いからね」
「そうよ。最悪負けても、私が仇とるから気楽に行きなさい!」
「う、うん」
はい。今日は二回戦です。
第一試合の出番を目前にしたブラン。予想に違わずガッチガチですね。これはこれで可愛いのでなんの問題もありませんが。……ありませんが!
はい。スズのジト目はスルーです。そんなスズも可愛いですから!
「なっ!?」
ゴフッ……。本音なんグフッ!? ちょ、わかりましたからそのお腹ゲシゲシするのやめてください! 割と本気で痛いんですが!?
「……ふふっ」
「あ、笑ったね!」
「うん。さっきよりいい顔になった。そのままよ、ブラン」
「うん。……姉様、スズ姉様、ありがと」
ガハッ!! 何という凄まじいボディブロー……こりゃ、世界も夢じゃねえな!
「おーい、おねーちゃーん? もうブランちゃん行っちゃったよー?」
◆◇◆
さて、と。いよいよですね。
ジジ、川上流の名を汚すゴミ屑にお仕置きをする時間です。
もしゴミ屑が一部だけなら、温情を見せるつもりでした。しかし、コイツらは上から下までゴミしかいない……。私達に、容赦する気なんてありません。
だからでしょう。ブランの纏う空気が、いつも以上に刺々しいのは。
今はそれが嬉しい。あの子も、この事で怒ってくれていることが。…………いえ、くれてというのはおかしいですね。ブランも私の家族。……ジジイの孫なんですから。
さて、相手の獲物は……これは好都合。槍ですね。
ブランの小太刀とは明らかに間合いが違うので、素人目に実力差が分かり易いでしょう。実際には多少苦戦をするかもしれませんが。
「始まったよ。うわー、ブランちゃん舐められてるね」
「構えてすらいませんね」
完全に見た目で判断してますね、これは。
対してブランは……両手の剣を下ろしたまま歩いて近づいて行きます。
なるほど、そういう意図ですか。ええ、良いチョイスだと思います。
「まだあいつニヤニヤしたままだね。あっちには暗器の技は伝わってないのかな?」
「かもしれないわね。これだけあからさまにやってるのに気づかないんだもの」
そのままブランはゆっくりと近づいていき、軽く斬りつけます。ただし狙ったのはこの後の戦いの支障にならない場所。全力のヤツを叩きのめさなければ意味がありませんから。
真正面からフェイントを入れる事なく、ただ振り上げただけの剣など、普通は簡単に防がれます。
しかしその剣は、あっさりとヤツの頬に赤い筋を刻みました。
「おー、動揺してる動揺してる。何か喚いてるね」
周りから見たらブランがただ近づいて斬りつけただけですから、今のヤツは酷く滑稽ですね。良い気味です。
ブランがやったのは認識をずらす型の基本技の一つで、仕組みを知っている相手にはあまり効果がありません。
多少苦戦するかもしれないとは言いましたが、ブランの得意な暗器術が通じるなら心配ありませんね。
どの程度模倣されてるかを知る意味も含め、良いチョイスでした。
「流石に構えたね」
「ここからが本番ってことね」
中腰の位置に槍を構えたゴミ師範代その一。様子見中でしょ……ほう。
ノーモーションからの急加速。そのままブランに刺突を繰り出します。
「魔力操作は下手じゃないみたいね」
「あれ、魔力でやってたの?」
「ええ。足元で魔力を放出したのよ。ジェットエンジンみたいにね」
「ふーん。今度やってみよっと」
確かに、スズの『乱れ竜巻の型』との相性は良いでしょうね。
そんな話をしている間にも試合は続きます。
初めの刺突を難なく避けたブラン。避けながら懐に踏み込み、逆手に持ち替えた『黒月』で相手の脇腹を狙います。
これは槍の柄で防がれますが、背後を取りました。
そのまま後ろから右の『白梅』を振るいます。
ちっ、浅いですね。『龍人族』の鱗は飾りでないということですか。
更に斬りつけようとするブランを石突が襲います。
遠心力の加わった重い一撃でしたが、打撃に合わせて後ろへ跳んだためほぼ無傷ですね。
今の隙に正面を向いたゴミ師範代その一。仕切り直し? いえ、違いますね。
一連のやり取りで呼吸を掴んだようです。ブランがスロットルを一つ上げました。
一瞬、ブランが揺らめくように動いた後、その姿がブレます。先程とは比べ物にならない速度です。
狼系の獣人としての特性と、これまでの訓練の成果から成るそのスピード。これには流石のゴミその一も面食らった模様。一瞬動きが止まります。
まったく、あり得ませんね。
とは言え相手もそれなりには研鑽を積んできた模様。カウンターを合わせてきました。
冷たく鋭い槍の穂先が、ブランの愛らしく天使な顔を貫かんとしている。そんな状況に見えますが、私たちの中に慌てるものは居ません。
勝ちを確信し、愉悦を浮かべていたその一の表情が再び、驚愕に歪みました。何せ、ブランが槍をすり抜けたように見えたはずですから。
川上流歩法が奥義の一つ、『陽炎』。独特の揺れるような動きで相手の視覚を騙し、認識をズラす技です。ある程度極めれば、殺気などを利用して今のような現象を引き起こすこともできます。
更に双刀術の奥義、『旋風』。
見えざる真空の刃、『鎌鼬』と刀身による斬撃を織り交ぜ惑わす連撃は、その一に防ぎ切れるものではありませんでした。
全身を切り刻まれれ、大量に出血をしたならば、いくら頑丈な鱗を持っていたとしても関係ありません。
貧血で膝をついた所で首をハネ、試合終了です。
「うーん、思ったよりあっさり終わったね?」
「相性の問題もあったわ。でもそれ以上に、ブランが成長してたってことよ」
それにしたってあっさりでしたが。





