第十三話 薔薇囁くは戦の香り
5-13 薔薇囁くは戦の香り
さてさて皆さんご機嫌よう。ここの所センチメンタルになって恋愛してたアルジュエロです。
ここまでの旅の途中、ふと思い出して西大陸に飛び、異形の眷属――何か名前を考えるべきですかね? ――への命令を付け足して来ました。何体か狩られてましたが、問題はありませんね。
崩壊した王宮に代わって各ギルドが治安維持などを行なっていましたので、そちらに『手を出さない限り人族至上主義の者以外には危害を加えない』という旨を周知してもらいました。この時捕縛されないか内心ヒヤヒヤしていたのですが、事後直ぐにアルティカが手を打っていたようです。問題ありませんでした。
……何やら『魔王』という声が聞こえたように思ったのですが、気のせいですよね? 〈鑑定〉はできない筈ですし。ギルドを訪れた時後ろに眷属を侍らせていたのはきっと関係がありません。ええ。
現在は東大陸中央部、アストロ湾に面した『海洋国家テラリア』を南東へ向けて下っているところです。
いくつもの小国を併呑して大きくなったこの国は、内陸部と東端の沿岸部で文化に大きな違いがあります。
その知らせを受けたのは、テラリアの中央辺りの街道を進んでいる時でした。
◆◇◆
「一つ目の太陽がもうすぐ落ちるわね。そろそろ野営の準備をしましょうか」
「それでしたら、もう鐘半個分ほどで野営地があります。そちらでいたしましょう」
太陽を見ながら野営を提案すれば、馬車の前の方からコスコルの声が聞こえました。
「そうね。それならそこでしましょう」
「マスター。彼らには伝えますか?」
アリスの言う彼らとは、暫く前から後ろにいる商隊の事です。護衛もしっかりいるので、私達についてきて護衛代を浮かせようなんてせこい輩でもありません。そういう商人はハッキリ言って、冒険者の敵ですからね。ギルドに言えばブラックリスト入りです。
それはともかく、時間的に彼らも野営すべき時間帯です。特別な事情で急いでいるのではない限り、同じ場所で野営することになるでしょう。ならば共同で見張りを立てた方が利口です。負担を減らせますからね。
「そうね。その方が良いわ」
「では、私が伝えて参ります」
そう言ってすぐ、幌馬車の開け放たれた後部から飛び降りるアリス。そのまま歩いているようにしか見えない姿勢で後ろの馬車と並走をしています。コスコルは……気にした様子がありません。
「……お姉ちゃん。私ら、やり過ぎたかな?」
「……ノーコメントよ」
向こうの行者さんの表情を見るに、その答えは明白なんですが……。
「ただいま戻りました。あちらも同様に野営に入るそうです。……どうかなさいましたか?」
「いや、なんでもないよ!」
「ええ、なんでもないわ!」
アリスがこれだと、ブランは……コテンって首を傾げるの、可愛すぎません? スズもそう思いますよね!?
「……はぁ。否定はしないけどさ…………」
うん。可愛いからいいんです!!
とまぁこのようなやりとりを続ける事一時間。目的の野営地に到着です。
「それじゃ、軽く打ち合わせして来るから」
「はい」
「あっ私も行く!」
一足早く着いたこちらから見張についての打ち合わせに出向きます。スズに加え、ブランもしれっとついてきてますが問題ありません。馬の世話などはコスコルとアリスに任せて大丈夫です。
「いいかしら?」
「ああ。こちらから出向こうと思っていたんだが」
「こっちが先に着いたんだもの。私達が来た方が早いわ」
商隊の護衛パーティは、男三人に女二人。……一人あぶれますね。いや、逆ハーですか?
「お姉ちゃん?」
おっと。変な事を考えるのはやめましょう。スズの視線が絶対零度です。
「どうかしたか?」
「いえ、なんでもないわ」
「そうか。ま、折角有名人が出向いてくれたんだ。早速分担を決めよう」
あちらは商隊と言ったように馬車三つの規模があります。その護衛としては少ない様にも感じますが……全員がBランク相当の実力はありそうです。先程から話しているこのリーダーらしき男性は、Aランクですかね。この辺りなら、むしろ過剰なくらいです。
「あら、知ってたのね」
「ああ勿論。『狂戦姫』に『舞姫』、『影纒姫』のランク詐欺パーティだろ?」
ランク詐欺パーティ……まあ、間違ってはいませんが。
「え、ちょっと待って。何その『舞姫』って」
「『影纒姫』……」
いつの間にか二人にもついてたんですね、二つ名。
「いいじゃない。呼ばれ慣れてるのだし。私なんて『狂戦姫』よ?」
「いや、まぁそうだけどさ?」
「ほら、ブランくらい喜びなさいよ」
「いや、ちょ、お姉ちゃん、圧が、圧が!」
「……喜んでるのか、これは」
羨ましい!! そしてこの人の目は節穴なんですかね? どこからどう見てもめちゃくちゃ喜んでるのに。
「ほら、話進まない!」
「んんっ……そうね。失礼したわ」
………
……
…
「おかえりなさいませ」
「ただいま」
ふぅ。思ったより時間がかかってしまいましたね。
「誰のせい?」
「さ、私達は夜型の種族が多いからって事で、後半を受け持つことになったわ。臭いの強い魚の干物なんかを積んでるそうだから、もしかしたら魔物を引き寄せるかもしれないそうよ」
「話逸らしたね」
あーあー聞こえなーい!
ちょ、スズ、なぜ引くんです!? 寧ろ引きたいのはこちらなんですが!? 心読みすぎです!
と、商人の人が近づいてきますね。
「おや? もう食事を始めておられましたかか。せっかくなのでご一緒にどうかと思ったのですが……」
ほう?
「そうね。なら、これを持ってそっちに行きましょうか」
「そうですかそうですか。態々すみません。皆も喜ぶでしょう」
そう言ってすぐ帰っていく商人です。
「珍しいね?」
「そうね。とりあえず行きましょうか」
それから商隊の人たちに合流して、食事をします。酒を飲む人は商隊にもいません。
二つ目の太陽が三分の一ほど地平線の向こうへと沈みました。そろそろ、ですかね。
「さて。今なら他の目を心配する必要はないわ。本題を聞かせてもらえる?」
「え? どういう事?」
「姉様?」
スズとブランは気付いてませんでしたか。二人は仕方ありませんね。アリスとコスコルは流石に気付いていた様です。
「あのね。商人が儲け話に繋がるかわからない様な人に、態々野営中、しかもこんな場所でタダで食事をご馳走するわけないでしょう。しかも向こうから誘って。それに、積んであるものを考えてみなさい。今私達は内陸から沿岸の方へ向かっているのよ? 魚の干物を運ぶなら逆でしょう」
「あー、それもそっか!」
「ここから言えるのは、彼らが本物の商隊ではなく諜報員の類いであるという事。規模からすれば、領主や国の単位のね。つまり優秀。なのにこんな正体を露見するような行為を自分たちからして来たって事は、私達に用があったのよ」
「ご明察です。アルジュエロ殿」
代表して答えたのは、護衛のリーダーですか。私の二つ名で呼ばなかったのはポイント高いですね。
「あなた達、ローズの部下よね? 何か緊急事態でもあったの?」
彼らがそうだと分かった時点で、〈魔力視〉で見てます。彼らも知っているスキルですから、平然としています。
「はい。グローリエス帝国の動きがキナ臭いので、気をつけるようにという言伝を預かっておりました」
「キナ臭いって、戦争でもしようとしてるの?」
あそこは、元々侵略国家でしたから。
「国が、ではありませんが。どうやら第二皇子がテラリアへの侵攻を目論んでいるようです」
「はぁ? 帝国の第二皇子って、おバカさんなのかしら?」
「……どうやら、我が国の方が広い国土を持つ事に不満を持っている様でして」
今の間は、肯定でしょうかね。
「山脈と『大地の裂け目』があるから、あれ以上国土を広げても管理できないなんて事はわかるでしょうに……」
「アストロ湾側から広げるとしても、テラリアの海軍には勝ち目がありません」
「……何か、そのバカ皇子の自信になるものでもあるの?」
国王と皇太子が承認していないなら、動かせるのは彼と彼の賛同者の私兵や領軍だけの筈です。
「彼の私兵でしょう。帝国の第二皇子は、彼の武神、ゲンリューサイが扱ったという流派の一門を抱えています」
「……へぇ?」
「それは、私も興味あるね」
「あ、あの……威圧を、辞めていただいてもよいでしょうか?」
おっと。いけないいけない。
「……ふぅ。ごめんなさいね」
「いえ」
ローズから極力情報開示するよう指示されていた様で、それからも情報交換は続きました。
「――今掴んでいる情報はこんなところです」
「そう。ありがとう。何か情報を掴んだら知らせるわ」
少なくとも、その私兵を探るのは確定です。
「それは、助かります」
そう言って頭を下げてきます。
「元々そのつもりでしょう? ついでに潰してもらえたら万々歳で」
「……はい。ローズ様曰く、『どうせ行くななんて言っても無駄、どころか確実に行くんだから。ついでに協力してもらいましょう』との事で」
「よく分かってるじゃない」
というか彼、それなりに上の立場だったんですね。苦労が偲ばれます。
「ま、そういう事だから。それじゃあ私達はそろそろ戻るわ。前半の見張りよろしくね」
「はい。それでは」
さて、ひとつ楽しみが出来ました。まだ余裕はありそうですし、今のペースは変えませんがね。





