閑話 正月SS とある小国の新年祭
折角なので急いで書き上げてみました。
本日二話目になります。
まだの方は一つ前の本編をどうぞ。
閑話 正月SS とある小国の新年祭
セフィロティアを発ち、およそ半年の月日が流れた。其々のステータスに表示される年齢は一つ上がっている。
「お姉ちゃん、この国ってどんなとこ?」
いくつかの小国を通過し、先程入った小さな国の然程大きくない街。馬車の内でその少し慌ただしい街並みを眺めながら聞くのは、次女にあたるスズネだ。
「……何もないわね」
「……何も?」
「そう、何も」
そんなスズネの質問に長姉アルジュエロの答えた内容は、大陸一の大国から来た一行にとってみればそんな所もあるだろうと言えるものでしかない。
だが、今回に限っては引っかかる事がこの黒髪の少女にはあった。
「でも、門番さんが『丁度良い時に来られましたね』って言ってたじゃない? ねぇ?」
そうやって確認する相手は、姉妹の末、白い狼の獣人であるブランだ。
スズネは、この問いにコクリと頷いて見せたブランから視線をアルジェに戻す。
「そうよね。二人は何か知ってる?」
小さな村から追い出されたブランや、そもそもこの世界の住人では無いアルジェとスズネでは拉致が開かない。そう考えて、アルジェはこの世界出身かつ都住まいだった二人に話の先を向けた。
「恐らく、新年祭ではないかと」
「私もアリスと同意見です」
ブランとスズネは成る程と頷くが、一人首を傾げる者もいた。
「新年祭? 一年が曖昧なのに、どうやって新年を知るの?」
この世界のこの星が属する宇宙は、公転の中心が太陽でない上に、その太陽が二つあって其々が公転している。その為、数周期以内で見れば一年の長さにズレがあるのだ。
更に、豊富な魔素の影響を受ける地の多い東大陸は一年を通して気候が安定している。地上に住む人々からは一年の判別が不可能に近いといっても良いのだ。
二人の眷属は己のマスター達の素性は承知している。よって疑問に思う事なく、アリスが問いに答えた。
「ステータスに表示される国主の年齢が判断基準になります。新年祭は、多くの場合、国主の年齢が変わった日から一定期間催されるものです。聖国では一月、王国では二週間になります」
「へぇ。正月って事だね」
スズネの言う通りだと思って良いだろう。正月の説明を受けたアルジェの眷属二人も肯定している。
「なるほどね……そのまま素通りするつもりだったけど、参加、したい?」
「もちろん!」
アルジェの問いに、勢いよく答えたスズネ。その横のブランも、頬を僅かに上気させながら頷いている。
「天使……んんっ。それなら参加しましょうか」
◆◇◆
宿を取り、街中用の服装に着替えた五人が向かった先は街の中心部。見れば、街壁に近い側とは異なり既にある程度の準備を終えているようだ。木造の建造物が並ぶ通りは赤や緑、黄色といった色とりどりの花々で飾られている。
笑顔で行き交う家族に冒険者のパーティらしき集団。その中で駆け回るのは、この期に儲けようと屋台を構えた商売人達だ。
まるで、アルジェとスズネの故郷、日本の田舎で催された縁日の様。派手派手しくは無いがその地域一帯が確かに浮き立つハレの日である。
「おーい嬢ちゃん達! 新年祭名物のモッチー煮食べてかねーか!?」
「お姉ちゃん!」
「そうね。人数分貰えるかしら?」
そんな中、声をかけて来たのは何処ぞの諜報員を思わせる屋台のオヤジ。もちろん見た目だけだ。
「あいよ!」
威勢の良い声と共に手際よく器に汁物を注ぐ。その汁物は、黒と白の混じった、体温まるアレ。
「おしるこだー!」
声から察せる通り、スズネのはしゃぎ様は荒ぶる犬の尻尾を幻視させるほど。無理もないだろう。
「おしるこ? 嬢ちゃんの故郷じゃ、モッチー煮の事をそう言うのか?」
「そうね。はいコレ、お代ね」
「おうって、そういや器の有無聞かずに渡しちまったな」
日本の様に使い捨ての容器が普及しているわけではない。其々が器を持参して料理を受け取り、器が無ければ器代込みで購入するのがこの世界、アーカウラの主流である。
「気にしないで。実際持ってなかったから」
「なら良かったぜ。楽しんでくれよ!」
「ありがとー!」
手を振って屋台のオヤジに別れを告げる元気印の次女。そしてさあ早速食べようと、そこで気付く。
「あ、箸が無い!」
「作りましょうか?」
「うーん。お姉ちゃんに作って貰っても良いけど、折角だからこの街で買えないかな?」
この地の思い出に、形に残るものが欲しい。スズネが考えたのはそんなところであろうか。
「スズ姉様、あそこ」
「ブランちゃん、ナイス!」
すぐに見つけたのは、ブラン。日用品となる木工製品を扱う店のようだ。
箸を買い、他の店も見てからどこか落ち着いた場所で食べようとおしるこ、もといモッチー煮を〈ストレージ〉に入れるアルジェ。お預けを食らった、ヨダレを垂らす二人からどこか恨みがましい目を向けられて胸を押さえているのはいつもの事。眷属二人はもはや呆れることすらしない。
「ほ、ほら。早くいきましょ!」
呆れはしないが、二対の生暖かい目を向けられて恥ずかしくなったアルジェ。そそくさと目的の店に向かうのだった。
それから暫く。あちこちで見つけた品々はストレージに収められ、皆ほくほく顔なのは言うまでも無い。この国伝統の装飾品を送り合ってイチャイチャする眷属たちがいた事も、言うまでも無い。
広場の休憩スペースで腰を落ち着けている現在、そのカップルは買ったアクセサリーを付け合ってイチャイチャしている。
「相変わらず熱いねー。熱い熱い。熱いからおしるこ食べよう!」
「なんで熱いからおしるこなのよ……ただ食べたいだけでしょう?」
「えへへ、バレた?」
少し呆れながらも、可愛い妹の事。微笑みながらおしるこを配るアルジェも楽しげだ。
その他の料理も、備えてあるテーブルの上に並べていく。
おしるこに焼き餅、おせちの各種料理らしき物。まるで日本のお正月だった。
食事も終わり、そろそろ宿に戻ろうかと話していた時だった。
「でさ、さっきから気になってたんだけど、アレ、はねつきだよね?」
スズネの視線の先は、広場の中央。夜になれば見目麗しい踊り子たちが舞うだろう舞台の向こう側。人集りの中心から聞こえて来るカーン、カーンという甲高い音に、時折見える球体に羽がついたものが飛び交う様子。
少々、アルジェとスズネの記憶にある物より派手な事になっているが、間違い無いだろう。
「賭けでもしてるのかしらね? かなり盛り上がっているみたいだけど」
「そうでしょう。聖国でも新年祭の催しとして行う事がありました」
「へぇ……ブランちゃん? やりたいの?」
飛び交う羽をみて、耳をピクピク、尻尾ゆらゆら。わかりやすい。
「うん」
「ならやりましょう。あの胴元してる人に声を掛ければ良いのかしら?」
もちろんシスコンは即答。すぐさま準備を始めるのだった。
「さぁさぁお立ち会い! ご覧頂くは近頃世を彩る可憐な花々、Aランクパーティ『戦乙女』と、その従者でカップルなBランクペア『幻影の従者達』の紅の方による大一番! 前代未聞の二対二特別ルールなんておまけ付きだぁ!!」
胴元に話を持ち掛ければ凄まじいまでの食いつきで、アレよアレよと言う間に場が整った。あまり長い時間占領してしまうのもよろしく無いので提案した二対二はこれまでなかったらしい。
因みに女を紅と言っているのはスキルによる翻訳の仕様である。
「まずは東側、麗しの三姉妹が次女スズネ・グラシアと三女ブラン・グラシアペア! 小柄な二人だがその実力はAランクにも負けはしない! 刮目せよ! 彼女たちのチャーミングスマイル、見逃すには惜しすぎるぜ!」
周囲の客の歓声に手を振り答えるスズネと、恥ずかしげにお辞儀を返すブラン。確実に、声援の黄色味が増した。
「そして西側! 三姉妹の長姉、『狂戦姫』アルジュエロ・グラシアと、姉妹を陰から支える隠れた名花、メイドで冒険者、アリスペア! 綺麗な薔薇にはトゲがある! 過激な色気は劇薬か!? 狂わないようにしっかり気を張ってろよ野郎どもぉ!」
先程同様に上がる歓声。優雅に微笑むアルジェと、静かに控えるアリスの様子がスズネ達とは対照的だ。幾分野太い歓声の中に百合の花が見えたのは、きっと見間違いでは無いだろう。
「さぁお姉ちゃん! 今日こそは勝つからね!」
「今日こそはって、これが初めてでしょう」
「いいの! ノリだよノリ!」
「姉様、アリス、よろしくね?」
「はい、ブラン様」
「ええ、頑張りましょうか」
四人が手に持つのは日本のそれとほぼ同じ羽子板。違う点といえば、羽も含めて日本のそれらよりかなり丈夫な点だけだろう。
「もう一度ルールを説明しておくぜ! 試合は二人対二人。アクティブスキルの使用は勿論禁止。先に二回、土壁より自分側に羽を落とした方の負けだ! 単純だな!」
お酒が進んでいる事もあり、会場の熱はどんどん高まる。
「初めは東側、スズネ・ブランペアからスタートだ! 全員が全員、武術スキルは達人レベル! 一体どんな試合になるのか、俺も楽しみだ!」
アリスも〈格闘術〉と〈暗器術〉を仕込まれている。
「それじゃあ……ゲームスタートぉ!!」
「いくよ!」
まずはスズネが高く羽を打ち上げる。羽はどんどんと上昇していき、太陽の影に隠れた。
「ここは私めが」
やがて最高点に達し、重力に引かれて落ちてくる羽の落下地点に入ったのはアリスだ。
それを周囲が認識し、そして気がつけば、羽はスズネとブランの頭上を超えていくところだった。
誰もが、訳の分からないという顔をする。
人々の認識をズラす、暗殺者の技だ。
蘇った後、増した基本スペックでアルジェ達から暗器術の指導を受けたアリス。人の機微を察するメイドの能力は、意識の外から命を刈る術にも適していたのだ。
「っ!!」
羽が勢いを無くし、落下を始める。
誰もが思った。先制点はアルジェ達だと。
だが、白い狼がそれを裏切ろうと飛びだした。
遥か後方、着地まで、三十センチ。
ブランは飛び込み、羽を掬い取った。
そのまま身体を捻り、頭を下にしながら今は敵の姉の側に向けて打ち返す。
勢いよく返って行った羽は、ネットとなる土壁スレスレを通って減速。地に落ちた。
「…………はっ! 先制点はスズネ・ブランペア! 短い攻防だった筈なのにもう訳ワカンねぇ! 誰か代わりに解説してくれぇい!」
「とにかくなんかスゲェ!」
「姉ちゃんも見してくれよ!」
たった一往復半といえど、達人ならざる人々には既に理解の外側。それでも、その高次元のやり取りに会場のボルテージはどんどん上がっていく。
「あらら。今のは返しようが無いわね」
「……偶然」
「だけど助かったよ、ブランちゃん」
「まだまだ精進が足りませんね」
「いや、そうでもなかったよ?」
続くサーブは、得点した側。
「姉様、アリス。いくよ」
ブランのサーブ。弾道は低めだ。
「ふふ。リクエストもあったし、ごめんね? ブラン、スズ」
不敵に笑う、アルジェ。
次の瞬間に響くのは、聴き慣れた甲高い音。そして、聴き慣れない鈍い音。
誰にも見えなかった。だがアルジェの体勢は、羽子板を振り切った後のそれだ。
「…………一瞬! 一瞬だぁ!! 全く見えなかったが、一瞬で点を取り返したアルジェ・アリスペア! はっはー! テメェら見たか、これが達人って奴らだ!!」
「――川上流『迅雷』」
「って、えー! そこまでやる!? 大人気な!」
「う、煩い! 何事にも全力よ!」
地面にクレーターを作ってめり込むハネに観客は盛り上がっているが、スズネは呆れている。
「お姉ちゃんがその気なら、こっちだって!」
それを見ていた観客の言葉をそのまま伝えるなら、『訳わかんねえけどヤバかった。こんな試合初めて見た』だ。
初手は、アリスの認識をズラした一撃。
これに警戒していたスズネが難なく返す。
そこから先は、激しく派手な、はねつきの様な何かだった。
アルジェが速度、重さ、キレ、その全てが高水準の球、でなくハネを放ち、時折認識を逸らすアリスの暗器術が牙を剥く。
ブランがそのスピードで追いすがり、穴はスズネの勘が埋める。
決定打足り得る全てを拾うが、一方決定打足り得る手のない状態。
「そろそろ、いい加減、おとさ、ない?」
「無理、ね!」
「スズネ様、諦め、も、肝心です」
「うぅ、姉様。打つとこ、嫌らしい」
「うっ!? ブ、ブラン、ごめんなさい……!」
「そんな事、言いながら、変わらず、打ち返してるじゃん!」
実況役も実況を諦め、声援を送る。
アルジェたちがこの程度でスタミナを切らす事はない。その戦いは、いつまでも続くかに思えた。
だが、その時は突然訪れる。
はねつきとは思えない風切音と共に飛来するハネ。
「いい加減、決めるわよ!」
そんな事を口走って気合を込めたからか。
何にせよ、その瞬間決着がついた。
今まで以上の速度で迫るハネ。
ブランが何とか追いつき打ち返す。
高速で返って行くハネはしかし、土壁に当たって上へ跳ねた。
縦に回転しながら、天井へと昇っていくハネ。
二つの太陽に照らされたハネは、やがて地上に落とす影を小さくしながら落ちてくる。
土壁に当たったハネはどちらも打てる。
両者が考えることは同じ。上から土壁スレスレに落とす事だ。
土壁を砕く勢いで跳ねたソレが、ゆっくりと加速しながら落ちてくる。
アルジェが、スズネが目を細め、タイミングを図る。
「「もらった!!」」
落下地点にいた者が、土を舞わせながら宙へと跳んだ。
果たして、会場はこの日一番の熱気に包まれた。
◆◇◆
熱戦を終え、人々に惜しまれながらもその場を後にした五人。街の赤みが増す中をブラブラと宿に向かって歩く。
「よぉ姉ちゃん達! 昼間は凄かったぜ! あんなん初めて見たよ」
時折すれ違う人や屋台の物売りに声をかけられるのは当然か。
「ちげえねぇ。ほら、持ってきな」
中にはこうして土産を持たせてくる人もいた。
「わ、ありがと!」
専ら対応するのがスズネというのは、いつもの光景だ。
「それにしても、悔しいねー」
「うん、勝ちたかった」
宿に近づいた頃、思い出した様に勝負の行方を話題にする。
「ふふ。負けては無いんだからいいでしょう?」
「そうは言うけどさー」
勝っては居ないが負けても無い。つまり引き分けだ。
そんな言葉を交わす二人を見て、アリスが疑問を口にする。
「……お二人は、『また』、と仰ってましたよね?」
「ん? 時々あるよ?」
「そうね」
「……そうですか」
アリスは呆れているが、当然だろう。
「アリス、呆れてない?」
「マスター、スズネ様。アリスが呆れるのは当然でしょう。街の者達も言う様に、ハネが二つに割れるなんて事は早々あるものではありませんから」
落ちてくるハネへ向け、跳んだのはアルジェとスズネ。二人だったのだ。
全く同時になる甲高い音と地面に何かが突き刺さる音。
両陣営側にできた二つのクレーターを見て、観客のボルテージが限界突破したのは言うまでも無い。
「お祖父ちゃん達も時々割れたハネ持って帰ってたんだけど……」
源龍斎達を基準にするのは、確実に間違っている。
「ま、何にせよ楽しかったね!」
「そうね」
めでたき新年祭。それが一番であろう。
「ちょっと違うけど、故郷での挨拶もしておきましょうか。……明けましておめでとう。今年もよろしくね」
「うん、あけおめことよろ!」
「うん……!」
「はい。よろしくお願いします。マスター」
「騎士として守る……のが必要かは分かりませんが、これからも精一杯お仕え致します」
さてさて、これから彼女達に待ち受ける運命。その中の幸が、少しでも多い事を願おう。
今年もよろしくお願いします。





