第七話 一石三鳥
5-7 一石三鳥
さて、このいじめられっ子君。そろそろ目を覚ましますかね。
「んん……ここは…………」
気がついたみたいです。
「私たちがとってる宿の部屋よ」
「っ!?」
おーおー警戒心出来上がっちゃってます。
ちなみに、ここまではスズの〈ストレージ〉に入れて運びました。スズのはスズので特別製だったようですね。
「あはは、そんな警戒しなくていいよ」
「……スズ姉様、それは、無理」
「それもそうだね。まあ事情だけ説明しておくね。怪しい気配があったから路地裏を覗いたら君がボコボコにされてた。ボロボロの君を放置しておくのも気分が悪いから連れて帰ったって感じだよ」
直ぐに返事はありません。まだまだ警戒しているのもありますが、状況を彼の中で整理しているのでしょう。……怯えもありそうですね。
「言っておくけど、私たちにあなたを嵌める理由なんてないから。はいこれ、私のギルドカード」
「Aランク…………」
「そ。だから学院の面倒なゴタゴタに関わらなくてもお金には困らないし、それどころか、どっかの貴族に仕官するよりいい生活ができるのよ」
「……えと、その、疑ってごめんなさい。あと、助けてくださって、ありがとうございました」
ん、良い子そうですね。
「素直でよろしい。……何? 気がかりなことでもあるの?」
「っ……!! あ、アイツら、親が…………」
ああそういう事ですか。
「大丈夫よ。顔は見られてないから」
それに、私に手を出したら終わりですよ。彼らの親が。ローズが私情と王国の利益の為に動いてくれるでしょうし、アルティカも私情オンリーで動きます。王国貴族はもちろん、他国の貴族でも二つの大国に圧力をかけられたら抗えません。その国も庇えないでしょう。……そこら辺は私も肝に銘じて慎重に動かないとですね。影響が大きすぎます。
と、それは兎も角。
「それで、あなたは何であんな事されてたの?」
「……僕が、マームだから…………」
マーム。魔無。魔力はあってもその放出ができない体質のヒトを指す蔑称です。正式には体表魔力硬化症と言います。体の表面で魔力が硬化してしまい、それ以上の放出を阻害すると認知されています。硬化というか、半物質化が正しいのですが。
更に詳しく聞けば、この少年が『人族』と『犬人族』のハーフである事。彼らよりこの少年の方が成績が良かった事。彼らが満たせなかった課外授業への参加基準をこの少年が満たしてしまった事。彼らが親の力を使って課外授業の参加資格を得たのを知ってしまった事。まあ色々と聞かせてくれました。
今回のは最後に言った理由で行われたそうですが、他にもモノを隠されたり出鱈目な噂を広められたりと一通りのイジメはやられてるみたいですね。
日本だとどれも犯罪なのは言うまでもありませんが、この国だとどうなのでしょう? ――ああ刑罰に差はあれ、犯罪なのは間違いないそうです。
「それで、どうしてあなたは抵抗しないの?」
「…………」
「その体捌き、努力して得たモノだって事は一目瞭然よ。スキルの補助じゃあカバーしきれない範囲まで習熟されてるもの」
ちなみに彼は〈格闘術〉という、〈体術〉が無手での戦闘に特化する形で派生したスキルを持っています。レベルは五。あいつら如きに遅れを取るはずはないのです。
「……あ、あいつらは、魔法使える、し」
「魔力を放出出来ないだけで、操る事は出来るんだからやりようはあるでしょう。そもそも、あなたの実力なら体術だけでどうにでもなるわ」
「で、でも……でも…………」
「怖い?」
「…………」
彼は無言のまま頷きます。
……はぁ。偶にはこういうのもいいですかね。
「……ブラン、スズ。予定変更よ。件の課外授業の護衛依頼、受けましょうか」
「うわぁ……お姉ちゃんがすっごい悪そうな顔してる…………」
スズ。人聞きが悪いじゃないですか。ブランも頷かないでくださいよ。まったく。
「そういえば自己紹介がまだだったわね。私はアルジュエロ。そっちのスズネとブランの長姉でAランクパーティ『戦乙女』のリーダーよ」
ふふ。さぁ、祭りを始めましょう。
◆◇◆
「えーそれでは、事前の打ち合わせ通り、各チームに一つずつのパーティーが護衛についてもらいます。人数の関係上Aランクのアルジュエロさんのみ、一人で一チームの担当になりますが、宜しくお願いします」
課外授業を行う森の入り口で、そう引率教師の代表が我々冒険者に告げます。
やる事は単純。この森で一日と半日ほどのサバイバルです。
「あー、生徒諸君。彼らは護衛であると同時に森での活動における指南役でもある。とは言え、これまでの授業で十分な知識は得ているはず。我が学院の名に恥じない活躍を祈る」
我学院の名に恥じない、ね。お金で簡単に靡いてくれた彼は学院の名に恥じないそうですね。
今回依頼を受けたのは、私たち『ヴァルキリア』とアリス、コスコルペアの『幻影の従者達』(スズ命名)の他、いくつかのB、Cランクパーティーです。
んー、あのパーティーとかそのパーティーとか、殆どどこかしらの国のスカウトじゃないですか。他に隠れて直接見極めた対象を勧誘できるこの依頼は好都合って事ですかね。
あーなるほどなるほど。だから根回しの時あんなに快諾してくれたんですね。
はい。スズとブランが例のいじめられっ子君ことフーレのいるチームの護衛。私が悪ガキチームの護衛になるようにしました。何か問題でも?
今学院の名に恥じない教師殿が各チームにつく護衛を発表しています。スカウトパーティーとその担当チームを見るに、彼らは彼らで根回ししてたみたいですね。ほら、問題ありません。
「えー、ゲイルチームの担当はアルジュエロさんだ」
ゲイルは悪ガキリーダーの名前ですが、覚える気はないです。
「じゃ、よろしく」
「あんだよ剣士じゃねーか」
「まあまあゲイル。役立たずの剣士でも、肉壁にはなれるだろ。それに、な?」
「それもそうだな。おい、役立たず。俺たちに傷一つ付いてみろ。テメェと仲間の女どもは明日から奴隷だ。何の為のかは、言わなくてもわかるよな?」
こ、この悪ガキども……私はともかくスズとブランにまで。その申し訳程度に両足の付け根を膨らませているモノを切り落としてやりたいところですが……ふふ。まあ今は粋がっていてください…………。
「それじゃ、よろしくね!」
「……ん」
「……えと、その…………」
「ああ安心していいよ。私これでもBランクだし、ブランちゃんもランク的にはCだけど戦闘力はAランクに近いからね」
「……スズ姉様、その辺のAランク、相手ならない」
「ふふーん!」
「「「よ、よろしくお願いします!」」」
「そうですか。あなた方は魔法騎士志望なのですか。ではこのコスコルを手本とすれば良いでしょう。訳あってアルジュエロ様方の従者になる以前は一国に仕える上位の騎士でしたから」
「まあ、授業の後や休憩中なら色々聞いてくれて構わないよ」
「「「はい!!」」」
あっちは楽しそうですね……。
さ、仕込みは上々。あの子へのサプライズも用意してあります。どうなりますかね。
◆◇◆
……いや、これは酷い…………。辺りは警戒しない。大声で騒ぐ。暗くなってやっとテントを組み立て始めたと思えば中々完成しない。そもそも野営でテント? 食事は〈ストレージ〉に入れてきた無駄に豪勢なもの。魔物を引き寄せる種類のハーブ入り。……いったい誰の課外授業だと思っているのでしょうか? 指導しようにも言うこと聞きませんし。
魔法使えるのを明かせば多少は変わるのかもしれませんが……どうでもいいか。それよりそろそろ始めましょう。
私がした仕込みとは、大樹海から適当な魔物を捕獲してきてこの森の各地に隠蔽した結界で封じて置くこと。
先程その結界を解除しました。既に教師達も事態を把握している様で、取り決めてあった合図を使って緊急避難が告げられています。
護衛のランクを見て魔物は選びましたし、もう全員起きている筈の時間帯です。死人はでないでしょう。一応保険もかけていますしね。
◆◇◆
「あー、いきなり囲まれちゃったね」
「うん」
突然そんな事を言う圧倒的上位者に、護衛されていた少年少女は狼狽る。
「やる気十分、というかお怒りの様だねー。あはは」
「スズ姉様、笑ってる場合じゃない、かも?」
ブランがそう言った直後、まるで怯えるかの様に当たりの木々が騒めき、その脅威達が姿を現した。
「あ、あれ……図鑑で見たことある。Bランクの、なん、で、ここに……」
「うそ……Aランクまで」
次々と現れる、獣型を主とする魔物達。知識としては知っていたそれら。災害と呼ばれる種さえ混じった包囲網に、命のやり取りを知らない彼らは震える事しか出来ない。いや、例え知識に無かったとしても、その威圧に屈していただろう。
「んー、これは自分たちで逃げられそうにないね。適当に数減らすから、この子達守ってて」
「うん。わかった」
対して戦乙女達の声は明るい。彼女たちにとって、それらは脅威でないからだ。
「よっ、ほっ」
スズネは、一番手近な位置にいた虎型の魔物へと剣の一本を投擲する。
不自然な程に真っ直ぐな軌道を描いた刃は願い違わずその魔物の眉間を貫いた。
思わぬ反撃に魔物達が動きを止めた一瞬、瞬きの間に次の獲物に接近。残った左の剣で切り裂く。
その勢いで虎から剣を回収すると、踊る様に、次々と哀れな獣達の命を刈り取る。
脅威だった筈の命がスズネによって奪われるのと同様、少年少女の心もまた、その美しい舞に奪われていた。
気がつけば、残りの魔物は片手の指に余るほどだ。
「あれ? これだけやっても逃げないね」
「種族的に、群れてるのもおかしい」
「あー、まとめ役がいるのか」
それを聞いた少年少女は驚き、辺りを見回す。
「とりあえず、今のうちに突破……は無理そうだね。親玉のお出ましだ」
スズネの言葉通り、そいつは、無手のオーガジェネラルは現れた。周囲の獣とは一線を画す重圧と共に。
少年少女は動けない。腰が抜けた者もいる。
「仕方ない」
そう言うブランの顳顬に、一筋の光が流れた。
「ふんふん、そう言うことねー。ブランちゃん、アレとやってみる?」
スズネがその鬼を指して聞く。
「……うん」
「えっ!?」
驚きの声を上げたのは、フーレだ。
「オ、オーガジェネラルですよ……!? Aランクでもかなり上位になる個体だっているのに……!!」
「うん。こいつがそうだね」
「だ、だったらどうして……」
「それじゃ、もったいないでしょ? せっかくブランちゃんが壁を越える良い機会なのに」
「黙って、見てて」
その言葉を置き去りにして、子狼は駆け出した。
◆◇◆
あ、ブランが戦い始めた様ですね。他のチームは順調に避難しているようです。
「お、おい。か、かかか、囲まれてるぞ!」
「わかってるわよ」
煩いですね。ちゃんと斬ってるじゃないですか。おーっと、流れ弾がー(棒)
「うわっ!? おい! 傷がついたらお前は奴隷だと言っただろう! くそっ! これだから剣士は‼︎ 魔法使いなら一気に魔法で殲滅出来るのに!」
どうやら魔法をご所望な様ですね。
空気中の水蒸気を凍らせ、五、六体を纏めて串刺しにして見せます。その間に十匹ほどの首を斬り飛ばしながら、ね。
「ひっ!?」
アー、アブナイアブナイ。オボッチャマタチのオカオマデクシザシニスルトコロダッタナー。
「これでいいのかしら?」
「ま、魔法……。は、早く使えよ! 使えるなら!」
全く何を見てたんですかね?
「斬った方が早いもの。今の、見てたでしょう?」
「ぐっ……!」
まあ、森ごと吹き飛ばす威力のものなら別ですけど。
いやーしかし大量ですねー。〈闇魔導〉で本能と理性を弱めてますから、怒りに任せて誘拐犯の私に寄ってくるんでしょうね。
おっとーマタヤッテシマッター。え? 傷? どこにもありませんよ? (治しましたから)
あら、お漏らし。汚いですね。ふむ。そろそろブランの様子を見に行きたいですし、さっさと避難場所にコレら置いてきますか。
「はい。これよろしくね」
「これ……。わかりました。……あの、どちらへ?」
決めてあった避難所で悪ガキチームを引き渡し、森へ戻ろうとすると教師がそんな事を聞いてきました。
「どこって、森に決まってるじゃない?」
「Aランクも複数確認されてるのに、一人でですか!?」
「だからよ。多少は楽しめるわ」
ん? 何やら絶句してます? まあいいか。
「あ、妹達が見てるチームは無事よ。子供達が腰を抜かしてるみたいだけど。それじゃ」
さ、先に後片付けです。急ぎましょう。





