第6話 ジネルウァの話
PCの調子が悪くて段落つけられない…。
4-6 ジネルウァの話
先程よりも慎重に間合いを詰めるジネルウァ様。
これを私は、下段に刀を構えて待つ。
あと五歩で互いの間合いに入る、そんな瞬間、〈縮地〉で一気に間合いを詰めてきた。
しかも今のは限りなく無拍子に近いスキルの発動だった。
ややタイミングをずらした上で放たれた、速度重視の横薙ぎは一歩下がって躱し、返す剣の腹を上へ蹴り上げて躱す。
ジネルウァ様はこれを力で強引に引き戻し、唐竹を割るように振り下ろしてくる。
刀で受け流――『朧霞』か。
咄嗟に刀を下ろし、右へ体をズラす。
私の体の紙一重左を通り過ぎる剣を視界に入れたまま一歩踏み出した。
――内側がガラ空きね。肘を鳩尾に入れ、おっと。
鳩尾に肘を入れるのを諦め、右側へ大きくステップを踏んだ。
――軌道を変えるのが少し早かったわね。
今のは『流転』。持つ位置を変え、軸をズラす事で振っている途中の剣の軌道を変える技。
足へ目標を変えてきたので、大きく避けなければならなかった。
――『迅雷』を放てば、決着……だけどもう少し続けましょうか。
刀を正眼に構え直す。
ここからは速攻の次に得意な交差法、カウンタースタイルだ。
「一撃くらい、入れてみなさい!」
返事は袈裟の切り上げ。
これは滑るように後退して避ける。
そのまま私の右手側から迫る横薙ぎも下がって躱しつつ、振られる方向に刀を当てる。
「くっ、これは……!」
なんとか踏ん張ったジネルウァ様だが、その硬直した隙に左腕を浅く斬りつける。
これぐらいならすぐ塞がるだろうが、実戦なら今ので斬り落としていた。
――また同じ切り上げ?
少し落胆しながら切り返してきたジネルウァ様の剣を、同じように半歩下がってよけっ……!?
――片手を離して間合いを詰めてきたのね!
想定より伸びてきた剣を、上体を逸らしてよけるが、頰を少し切られてしまった。
思わず、笑顔が漏れる。
――いいじゃない!
体勢を崩した私の頭上から剣が迫る。
この体勢だと、受け流すのは辛いかしら?
膂力の差。
――うん、弘人だった時と同じね。
受けるのと、受け流すのを諦め、体を捻ってなんとか避ける。
前世なら、あんな大きな剣を片手で制御しきる人なんて居なかったから油断していた。
これは私にとってもいい機会だったようだ。
私が体勢を立て直しているうちに、ジネルウァ様は突きの体勢に入っていた。
――なかなか、よかったわね。でも、もう終わりにしましょうか。
胸元に迫る巨剣の突き。
――こんなの、地球にいた頃なら受けることなんてなかったでしょうね。
そんな感慨を抱きながら、素早く重心を移動。
剣の腹に刀を当て、脇へ逸らしつつジネルウァ様の膝を踏み砕く。
「ぐぁっ……!!」
苦悶の声を上げるジネルウァ様だが、『吸血族』の、それも真祖だ。
すぐに動かせるようになるだろう。
片手を剣から離して拳打を放ってきたが、踏ん張りの効かない中での一撃だ。
脚を払い、軌道を逸らしつつ肩に掌底をかまして関節を外す。
その勢いでジネルウァ様がよろけ、後ろに下がった事でできたスペースを使って刀を振り、首筋で止めた。
♰♰♰
「チェックメイト、ね」
「……あぁ、完敗だ」
冷や汗を流しながら嘆息するジネルウァ様から刀を離します。
「流石、と言うべきだろうな。正直、もっと良い勝負ができると思っていたのだがな。この二、三百年の間修行を欠かしたことはないぞ?」
「技自体はなかなか洗練されていたわ。でも、力に頼り過ぎね。あと一定レベル以上の人間相手の経験不足というところかしら?」
魔物相手はそれなりにしているようなんですがね。
斬りむすんだ感じ、中々まっすぐな方なようです。
頭も悪くないですが、どちらかと言えば咄嗟の判断に優れているタイプ。さっき言った経験を積めば、壁は直ぐに超えられそうですね。
「……ジネルウァ様、手、繋ご?」
ちょ、ブラン!?
「あ、ああ。……これで良いか?」
「んっ。……姉様も、こっち」
「え、ええ」
突然どうしたんでしょう?
「……ん。わかった」
なんだか満足気、ですね?
「ジネルウァ様、ありがとうございます。姉様も、ありがとう」
ペコリと頭を下げるブラン、メチャメチャ可愛いのは当然としても、何故?
「姉様、ジネルウァ様勝てなかった。もう、終わり?」
目を見開く私とジネルウァ様。
ジネルウァ様はチラリと伺うような視線を向けてきます。
「そう、ね。いつでも、挑戦うけ…………、いえ、なんでもありません」
私は、今なんと言おうとしました?
試合の前、なんと言いました?
伴侶?
いくら真祖のジネルウァ様でも、同じ時は生きられないのに?
「……行こう。時間を作る。だから、また相手をしてくれないか……?」
「……」
「姉様……?」
意味あり気にこちらを見つめるブランです。
…………しかし……。
「……姉様、私、お兄様ほしい」
「……はぁ。わかったわ」
ジネルウァ様に向き合います。
「……ジネルウァ様、私の家はリベルティア王国の辺境、リベリアにあります。御用の際は、そちらにお知らせください」
ジネルウァ様は私の返事に、
「いつかは、ジルと呼んでもらおう」
そう言って微笑むのでした。
◆◇◆
ジネルウァ様の傷の再生を終え、場所を始めの応接間に移しました。
「さて、もう本題に入ってもいいだろう」
……そのためでしたか。
確かに、落ち着きました。
やはり彼は王ということですね。
「もちろん、先程のそれはまぎれもない本音だ」
この人種の人たちはナチュラルに考えを読んできますね……。
「分かっています」
「ならよい。『隷属の神環』の外すか破壊する方法、だったか」
「はい」
再び、僅かに鼓動が早くなるのを感じます。
「それがどんな形をしているかは、知っているか?」
「いえ、知りません。神環というくらいですから、輪なのでしょうが……」
「そうだ、サークレットの形をしている」
サークレット……。
「しかし、そのようなもの、妹はつけていませんでした」
「当然だろう。『隷属の神環』は一度はめると他者には認識できなくなる」
めんどうな……。
「さらにアレは、魂に直接食い込む。外すには魂に働きかける必要があるのだ」
魂……そして『吸血族』……そういうことですか。
「『血の盟約』……」
「正解だ。我らだからこそできる、アレを安全に外せる数少ない方法だ。血約の鎖を通して、アルジェ、君の魂の力を注ぎ込めばよい。そうすれば、魂に食い込んだ戒めを押し出す事ができるだろう」
「それは、多少の力では不可能ですよね」
「ああ、そうだ。だが、君なら問題ない。そもそも、問題があったからといって諦めるのか?」
聞くまでもないって顔。
ジジイは一体何を話していたのでしょう。
「まさか」
「フフ、即答か。今日は泊まっていけばいい。次は、必ずスズネを連れてくるのだ」
「はい、ありがとうございます」
来た時同様、私はカーテシーを、ブランはお辞儀して、その部屋をあとにしました。新たな決意と希望を、この胸に抱いて。
「私も、もっと強くなりたい。姉様を支えるために……」





