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12/10^16のキセキ〜異世界で長生きすればいいだけ……だけど妹たちに手を出すなら容赦しない!〜  作者: 嘉神かろ
After the Period

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【調停者】として、家族として +感想で要望のあったイラスト

お久しぶりです。

今回のお話は次作になります、【君の為に翔ける箱庭世界(アーカウラ】より更に後の時代が舞台になります。

と、物語を始める前に一つ。


感想をくださった方、お待たせいたしました。

ブラン(少女期)の最終装備(でハグを要求する)イラストです。


手首の角度? 目の色? 知ってます。だいぶ進んだ段階で気が付いて直すのが億劫だっただけです()

他にも誤魔化してるところとか、デザインで気になる所(蝶もう少し小さくて良かった)とか、色々ありますけど、まあ、だいたいこんなイメージですって事で。


挿絵(By みてみん)

(イラスト:かかみ かろ)

 屋敷の窓から差し込む光は一日の内で最も明るく、多くの『吸血族』にとっては辛い時間帯のものです。その光を意にも介さず、こうしてアリスとコスコルが並べてくれた昼食に舌鼓を打てたのは私が『吸血族』の【始祖】と呼ばれる種族だから。

 そして今、私たち姉妹の前で同じように食事を終えた『吸血族』の二人も日光に肌を焼かれない【真祖】です。


「それではお祖母様、私たちの結婚式に出席していただけるのですね」

「ええ。出ない理由がないもの」


 そう返して微笑むと、彼、エルジネルは心底安どした様子で息を吐きました。彼の結婚式に出席するという事は、私がその結婚を公式に認めたことになりますからね。

 今の私は『吸血族の国』の王太后という身分も持っています。対外的にも、気高さを重んずる『吸血族』の王族的にも、王太合に認められる、即ち後ろ暗さの無い婚姻というのは重要になってくるんですよ。

 まあ、この子の場合、単純に孫としてお祖母ちゃんに認めて貰いたかった部分の方が大きいでしょうが。昔っからお祖母ちゃんっ子なのは変わりません。可愛い子です。


「フェロシラ、だったわね」

「は、はいっ!」


 孫の隣で最後まで体を固くしていた女性の名を呼びます。ルビーのように紅い瞳で、真っ白い髪の美人さんです。


「エルジネルの事、よろしくね。この子、ちょっと強がりなところがあるから」


 どこかブランを思わせる風貌の彼女を真っ直ぐ見つめて、言います。いつか王の座を継ぐ彼を、重責を背負う事になる彼を、支えてあげて欲しいと。

 そんな言外の思いは、しっかり伝わったのでしょう。


「はい。アルジュエロ様」


 この時だけは、自然な彼女の声で、力強く頷いてくれました。

 だから私はもう一度微笑みかけて、


「あなたもお祖母様って呼んでちょうだい」


 と返したんです。


 夕刻、玄関に立って、孫と、新しい孫娘の乗った馬車を見送ります。親しい者を見送るのはいつもこの場所です。

 きな臭い話も聞いていますし本当は転移で送りたかったのですが、道中にお金を落とし経済を回すのも上位者の役目です。


「フェロシラちゃん、ずっと緊張してたね」

「うん。でも、なぜか私を、警戒してた?」


 左右からそんな声が聞こえました。ブランが可愛らしく小首を傾げています。艶っぽく成長しましたが、相変わらず天使ですね。


「ふふふ。愛するエルジネルの初恋の相手だもの。あの子からしたら気になって当然よ」

「そういう、もの……?」


 恋愛経験の無いブランにはわからなかったようで、再度首を傾げて唸っています。その様子にくすくす笑うスズ共々、本当に可愛い妹たちですね。

 それにしても、


「結婚式、ね……」

「うん。時が経つのって、早いね……」


 スズも同じことを思っていたのでしょう。私たちは揃って一方へと視線を向けます。

 それはいつも訓練に使っている広場のある方角で、その片隅には七つの墓石が並んでいます。


「一番最近の結婚式って、あの子たちのだったわよね」

「そう。三百年くらい、前」


 私たちの見ている物に気づかないブランではありません。

 三百年と少し前、私の上司にあたる邪神たちの玩具に選ばれ、この箱庭世界を翔けた子どもたちを思い出します。

 私とスズと同じ、でもは少しだけ違う地球(せかい)からやってきた、真っ直ぐで純粋な少年少女。寿命を迎えられなかった子も含め、私にとっての輝石となった子たちです。


 そんな彼らと過ごした日々に想いを馳せようとした時でした。


「……はぁ。もう少し感傷に浸らせなさいよ……」


 私の感覚に、有ってはならないものが引っかかりました。これは私が出ないといけない類です。下位の【調停者】だと万が一があります。


「お仕事?」

「ええ。ぎりぎり私の領分になる位置よ」


 スズに返しながらどうするかを考えます。

 事件の場所は南にあるカサディラ砂漠と元聖国領の境辺り。ここ数百年で出来た新しい国の首都であり、きな臭い話の出所です。


「とりあえず警告ね。ちょっと行ってくるわ」

「行ってらっしゃい」

「姉さま、気を付けて」


 私は二人に礼を言ってからアリスに生活魔法の[心送(テレパス)]で出かける旨を伝え、目的地に向けて転移しました。


 一瞬の後に私が居たのは、某国の首都上空。一応〈隠密〉と〈隠蔽〉をした状態です。上から見る限りですが、街は緑色の屋根の建物ばかりが城を中心として整然と並んでおり、計画的に造られたことが分かります。外壁も綺麗な円形。建国当時の為政者の性格でしょうか。

 国名は、なんと言ったでしょう? 王制を敷いていたはずなので、なんとか王国だった気がするのですが……。


 まあいいでしょう。今はそれより、お馬鹿さん達への警告です。

 街の中央にある城の中の気配を探り、王らしき気配を探します。私の屋敷より二回りほど小さいですし、やたらと守られている人物を探すだけなので直ぐです。


「見つけた」


 ちなみに兵士の質は平均Cランク程度で、一番強い気配でもAランクに届くかどうかというところでした。


 再度スキルを発動し、(くだん)の人物の前に転移します。当然、転移を妨害する時空間結界はありましたが、私には関係ありません。


「【調停者】アルジュエロ・グラシアの名の下に命じる。即刻、地下で行われている兵器開発を中止なさい」


 転移した謁見の間らしき所は美しいとさえ思える外観とは異なり、趣味の悪いくらい豪奢に飾り付けられた場所でした。

 開口一番に目的を達したのは、世界の理として定められた上位者の振る舞いを為すためです。決して、面倒だから早く帰ってスズやブランとゴロゴロしたいなんて思ったからではありませんよ、ええ。


「っ!? 何者だ! どこにいる!」


 心底驚愕した様子の――一番豪華な鎧着てますし多分騎士団長ですね――騎士団長が誰何してきます。

 いや、名乗ったし目の前にいるでしょう。……おっと、そういえば隠密したままでした。軽くしかしていませんが、ギリギリBランク上位程度の彼には気づけるわけありませんね。

 まあ面倒ですし、このままでいいでしょう。一番強い気配のお爺さんは、辛うじて私のいる位置に気づいているようですし。

 この騎士団長は見た目がそこそこ良いので、国民の人気取りをする英雄役というのが真実な気はします。


 ああ、ダメですね。やる気がなさ過ぎて思考がすぐに脇に逸れます。これでは逆に時間が掛かるではないですか。


「世界の調停を担うものとして、あれの存在を認めるわけにはいきません」


 そういえば上位者としての口調を使うのは久しぶりですね。あの人、ジルが生きていた時以来です。

 っと、また思考が脇に……。


「何の事かね?」


 お、王が口を開きました。厳めしい顔つきに灰色の髭と髪の毛という、如何にもな感じですが、傲慢さが透けて見えますね。胆力はありそうです。

 お爺さんの視線から私の位置を何となく把握しているあたり、無能ではないのかもしれません。


「一週間以内に破棄作業に移りなさい。以降、容赦はしません」


 あと何か言わなければならない事ってありましたっけね。なぜ危険なのかは自分で考えてもらうとして……ありませんね?

 という事は、よし、必要なことは全て言いました! ちゃっちゃと帰りますよ!

 あることはもう分っているので問答に付き合う気はありません!

 転移! の前に……、よし。これで本当に終わりました。今ここでする事はもうありません!


 王が何か言おうとしていましたが、無視して転移し二人のところに戻りました。迎えてくれたコスコルに挨拶をして談話室へ向かいます。


「あ、お姉ちゃんおかえりー」

「おかえりなさい」


 ああ、二人の声に荒んだ心が安らぎます……。


「気にも留めてないくせに何言ってるの?」


 相変わらず心を読んでくる愛妹の言葉を華麗にスルーして、いつもの窓際の席に向かいます。スズが呆れたように笑っているのも見えません。見えませんったら見えません!


「それで、どう? すぐ終わりそう?」

「今からあっちの会話覗くけれど、たぶんダメじゃないかしら?」

「ふぅん……。やりすぎないようにね。ローズさんの愚痴が増えるから」

「分かってるわよ」


 大国の諜報機関の長ですからね、ローズは。急な情勢の変化は彼女の仕事の急増を意味します。


 さて、どんな会話をしていますかね……。


『陛下、どうなっても知りませんよ』


 これは、あのお爺さんの声ですかね。恐らく王が無視する決断をしたのでしょう。


『お前も老いたか。【調停者】だか何だか知らぬが、高々魔の森に住む傲慢な魔女一人、どうとでもなる。最悪、あれを奴の住処に叩きこんでやれば良い』


 魔王の次は魔女ですか。散々な言われようですね。


「姉さま、面白いこと、あった……?」

「ええ。私は高々傲慢な魔女らしいわよ?」

「うわー、命知らずだねー」


 まあ、新しい国だと【調停者】というモノを知らなくても無理はありません。ここ最近、数百年は私たちが動く事態もありませんでしたし。


「姉さま、魔女、違う……!」

「ふふ、ありがとう、ブラン」


 やはりブランは熾天使ですね。ええ、間違いありません。最高に可愛いです。


『はぁ……。ではこれ以上何も言いますまい。忠告はいたしましたぞ』

『案ずるな。万一は以前から考えていた。既に手は打ってある』


 何の手を打ったのですかね。まあ、その時が来たら考えましょう。


 ……話は終わったみたいですね。

 とりあえず、あのお爺さんは極力生かしましょう。あまり腕の立つ老兵を減らしてもよくありません。


 警告を出してから早五日。あの国で兵器の破棄が行われている様子はありません。これは強制排除決定ですかね。

 昨日、最後のチャンスとして再警告してきましたが、無意味でしたか。あれは世界崩壊の引き金を引く兵器なので、二回目の警告という特別措置をとったのですがね。


 まったく、自分たちで作っておいて何故気が付かないのでしょうか。勇者の集団召喚を禁じた理由は周知してあるので、必要な情報は揃っている筈なのに。

 ええ。あの国の作った兵器は時空間に関わるもの、つまり次元の壁を破壊しうるものです。


 兵器の種類としては弾道ミサイルを想像して貰えれば良いのですが、そこはあまり問題になりません。

 以前『司』の誰かが説明していたように、一定以上の大きさで一定以上の時間次元の壁に穴を開ければ、世界観の濃度差などの要因によって世界そのものが崩壊しかねないのです。

 許容できる時間は穴の大きさに凡そ反比例するので、件の兵器の規模だとまず間違いなく崩壊します。

 神々にとって世界は壊れたらまた作り直せばよいものでしかないので、そうなっても動きはしないでしょう。


 さて、どうやって破棄しましょうかね。大体の魔法や[破壊(ディアプトラ)]だと起爆してしまいますし、[虚無(イネイン)]だと被害規模が大きくなりすぎます……。

 とりあえず〈ストレージ〉に回収しますか。私のものなら防犯装置があっても問題なく入るので。

 うん、そうしま……おや? この気配は……。


「スズ、ブラン、随分慌ててるみたいだし、連れてくるわ」

「うん、分かった。この部屋でいいよね?」

「ええ」


 荒々しい運転でこちらへ駆けてくる馬車の中、誰もいない席へ座標指定して転移します。

 その馬車に乗っていた唯一の人物は突然現れた気配に驚き、一瞬警戒の色を見せてからすぐに顔を皺くちゃに歪めました。


「跳ぶわよ」

「は、はいお祖母様っ」


 彼、エルジネルが馭者に一言いうのを見届けると、すぐに転移を発動して屋敷の談話室に戻ります。

 ソファの前にあるローテーブルにはアリスたちが用意してくれた紅茶があったので、まずはエルジネルにそれを飲ませて落ち着いてもらうことにしました。

 流石は次期王というべきか、私の孫というべきか、お茶を一口飲む間に落ち着きを取り戻したようです。酷く取り乱していた彼の目に落ち着いた理性の光が戻っています。


「お祖母様、失礼しました」

「前置きはいいわ。何があったのかを教えなさい。何故あの馬車にフェロシラがいなかったの?」


 そう、あの馬車に本来乗っている筈の孫嫁の姿がなかったのです。これにはスズとブランも目を見開いてエルジネルを見ます。


「森を出て、三日が経った頃です。突然盗賊に見える連中に襲われました。私を狙っていたようですが、捕らえられないと知るとフェロシラに狙いをつけ、一瞬の隙を突いて、転移で……」


 『吸血族』である彼らの移動時間は主に夜ですから、襲われることは滅多にありません。種族として能力に恵まれた相手だと分かるからです。襲うのはよほど実力があるか、よほど馬鹿なのか、もしくは、何かそうしなければいけない理由があるか……。

 今回は最後の一つですね。


「どこの連中?」

「恐らく、テノティトラン王国かと」

「根拠は?」

「これです。襲撃者の一人が身に着けていました」


 エルジネルが差し出したのは、二つのリングが交差する銀色の指輪。

 なるほど、〈鑑定眼〉曰く、その国の成人の証らしいです。

 しかし、どこの国でしたっけね……。


「テノティトラン王国、テノティトラン王国……」

「カサディラ砂漠との境にある国だね。って、あれ? その国って確か……」


 今警告を出している国、ですか。そういえばそんな名前でしたよ、あの国。

 そうですかそうですか。なるほど。


「ごめんなさい、エルジネル。どうやら私の事情に巻き込んでしまったようね」

「お祖母様の?」


 手を打ってある、でしたね。


「こっちでなんとかするから、あなたは帰りなさい。巻き込まれたくないでしょう?」


 これは【調停者】としての仕事ですから、家族は関係ありません。


「……そういう事ですか。でしたら尚の事、私は帰れません。古より続く『吸血族』の国の、次期国王として、お祖母様の力の一端をこの目に焼き付ける義務があります」


 王としてのあの人を思わせる、強い眼差し……。


「それに、フェロシラは私の妻になる人です。ここで帰ったら会わせる顔がありません」


 今、その目は私を見ていません。遠くにいる最愛の人だけを映しています。


「……いいわ。付いて来なさい」


 私に彼の思いを無下にする事はできません。


「ただし、私の指示は絶対。いいわね」

「はい!」


 これまでに見たことがない程の覇気を纏った孫に込み上げてくるものを抑え込み、立ち上がります。


「お姉ちゃん、やり過ぎるななんて言わないからね」

「うん。姉さま、私たちの分も、お願い」

「当然よ」


 それだけ言って転移します。目標は最初と同じ、城の上空。

 一瞬のちには、眼下に以前と何一つ変わらない街並みです。


「エルジネル、今から最後通告を出すわ。その間にあなたの大事な人の場所を探りなさい。……出来るわね?」

「勿論です」


 出来ないといったならまた訓練を付けてあげないといけないところでした。

 ぞわっと身を震わせる孫の傍ら、[心送(テレパス)]の魔法を国全体に向けて発動します。

 これは、【調停者】としての務めですから。


「『副王』タイトゥースの御名の下、【調停者】アルジュエロ・グラシアが告げる。汝らが王は再三の警告を無視し、世界そのものを崩壊させる兵器を生み出した」


 そう言う間に国土全体を覆う障壁を張り、出入りを禁じます。


「それはこの世に有ってはならぬもの。依って、神々に与えられし我が役目に従い、この地を滅ぼさんとする」


 これを伝える必要は、本来ありません。対象だけを破壊し、歴史の闇に葬り去れば良いのです。これは存在を知らせてはならないものなのですから。


 でも、それでは私の気が収まりません。

 彼らには、自分たちが何に手を出したのか、よく、知ってもらう必要があります。絶望してもらう必要があります。


「時間を与えましょう。私の与える、唯一の恩情です。その間に、嘆き、祈り、覚悟なさい。その生を終える覚悟を。この地を出る事はもう、叶いません」


 この地に住む罪もない人々と、罪人たちに向ける、最後通告です。

 各国の諜報員たちは既に結界の外へ飛ばしてあります。【調停者】の裁きが行われる旨も伝えました。

 今宵、世界は思い出すことになります。世界の均衡を保つ、絶対者の存在を。


 でも、その前に。


「見つけた?」

「はい。お祖母様。あの塔の最上階に幽閉されておりました」


 エルジネルの指す先にある、三階建ての塔。私の〈霊魂視〉が、その最も高い一室にある【真祖】の魂を映します。


「あそこまでは連れて行ってあげる。だから、あなたが救いなさい」


 エルジネルの返事を待たず、私は転移します。聞くまでもありませんから。だってこの子は、私の血を継いでいるんですもの。


「ふっ、やはり転移して来たか!」


 意気揚々と告げるのはいつぞやのお飾り騎士団長。その後ろには猿轡を噛まされ転がされたフェロシラ。老人の姿はありません。いえ、この部屋にはいますね。

 騎士団長が強気なのはその老人の存在と、私たち二人の周囲を囲む騎士たちという状況が所以ですか。

 まったく、愚かな……。


「エルジネル、三十秒以内に片づけなさい」


 でないと、私が我慢できなくなってしまいます。可愛い孫嫁は今、一糸纏わぬ姿。まだ手を出されていないようですが、もう少し遅ければ……。


「はい、お祖母様。十五秒で終わらせます」


 煮えたぎる思いに蓋をして、私は天井付近に滞空します。怒っているのは私だけではありませんし、今は、この子の想いを優先します。


 エルジネルは〈ストレージ〉から取り出した二本の打ち刀を両手に握り、〈縮地〉で騎士団長の懐に跳び込みます。

 黒くつや消しをされた刀身は敵の瞬く間にその首すれすれまで迫りました。


 とはいえ一応騎士団長を任される人物。身を反り辛うじてこれを躱します。尤も、後に続く二本目には対応できない死に体ですが。


「まず一人ね」


 左手に握る刀を追う様に振られた右手の刀は、いとも容易く鎧を切り裂き、その内側を血で染めます。

 何が起きたのかわからないといった顔で倒れていく騎士団長をフェロシラのいない方へ蹴とばしたエルジネルは、一瞬彼女へと微笑みかけ、そのまま残りの兵士へと目を向けました。

 ここまで凡そ四秒。残りが騎士だけならあと十秒も掛からず終わるでしょう。実際、一振り一殺を体現していますから。


「それで、何時まで隠れているの?」

「ふむ、やはり見逃してはいただけませんか」


 入り口の側の隅へ声をかければ、件の老人が観念した様子で出てきます。


「どうする? あなたもあの子の相手をする?」


 もう騎士の数は片手に余る程度。戦意喪失していますし、数秒も掛からないはずです。


「いえ。ここに残ったのも、王に対する義理でしかありませんので。儂は愚かなアレと運命を共にするつもりです」

「そう」


 きっと友人関係か何かだったのでしょう。武人としては、その思いを汲んであげても良いのですが……。


「残念ね。あなたの思ったようにはいかないわ」

「……と、言いますと?」

「あなたには生きて、記録を残してもらうわ。この国がどうして滅びる事になったかの」


 でないと、また同じ過ちを犯されかねません。面倒ですよ、それは。


「……なるほど。あなた様の言う様に()()が世界を滅ぼすものならば、必要な事なのでしょう。そしてその役目は、確かに内側の者にしか果たせますまい。しかし他の者どもは皆、()()に酔っているとなれば、適任は儂だけか……」


 少し前に殲滅を終えたエルジネルがフェロシラを助け起こす気配を背中に感じながら、老人の決断を待ちます。


「わかりました。そのお役目、謹んでお受けいたしましょう」


 腹に何か抱えている様子もなく、静々と首を垂れる老人に満足し、無言で抱き合う二人へ振り返ります。


「エルジネル、満足した?」

「お祖母様、本当にそのようにお思いで?」

「まさか」


 首謀者は、ここにはいません。


「でも、諦めてちょうだい。私だって、怒ってるのよ?」


 肩にマントを羽織って隠した彼女の肢体ははっきり見てわかるほどに震えています。更に、立ち上がった今ならよく見える、黒い首輪。『隷属の首輪』です。


「大人しく待っていなさい」


 顔に微笑みを張り付けたまま、私はエルジネルに告げます。

 尚も食い下がろうとするエルジネルでしたが、普段は抑えている魔力のタガを外し、荒ぶる心のままに放出する私を見て、さすがの彼も諦めたようでした。しぶしぶ頷いた孫に一瞬魔力を沈め、目を細めて微笑みかけます。

 それからフェロシラに〈祖なる細胞(シヨゴス)〉で作った新しい服を着せます。


「フェロシラ、次代の后としてよく見ておきなさい。私の、頂点の一角に座す者の力を」


 彼女が頷いたのを確認し、三人纏めてこの国の最後が良く見える位置へ転移させました。


「さて、と」


 王がいるのは、城の自室。私が殺しに来るとでも思っているのでしょう。愚かなことです。

 その愚王を無視し、目指したのは地下にある件の兵器の目前。あらゆる障害を空間ごと無視しての来襲は、そこに詰める者たちの度肝を抜くことになったようです。

 慌てふためき、逃げ惑う者たちを無表情で見据えます。

 ゴミどもに向ける感情は、生憎持ち合わせていません。


「[虚無(イネイン)]」


 冷めた視線のまま極力威力を抑えて魔法を発動すれば、兵器のあった空間ほぼ全てとその周囲を虚ろの闇が包み込み、その内にあったものを無かったことにします。

 城の真下で、それを支える地盤ごと消し去ったのです。自重に耐えられなくなった城が地響きを立て、崩れ始めます。


 今頃最上階で愚王は慌てふためいている事でしょう。いい気味です。

 でも、これで終わりではありませんよ。


 再度転移をして城の上空、つまり街の中心に移動した私は、己の血を用いた魔法陣まで使って足元に一つの魔法を用意します。

 魔法陣は威力増大と範囲を結界のうちまで絞る効果を付与するのに使いますが、最大の目的はそれではありません。


 この国の人々は初めて見た空を覆う深紅の大魔法陣に、そこから発せられる、大気を揺らす膨大な魔力に、恐れ(おのの)き、絶望するのです。


 そして王は知りなさい。

 自分が何に手を出したのかを。誰の逆鱗に触れてしまったのかを。


「[破滅齎す(カタストロフィツク・)極超(ノヴァ・)新星の審判(トライビユーナル)]」


 千三百年前の決戦以来、一度も使う事の無かった私の最大魔法。

 ガンマ線バーストを模した星の裁きが、愚王の街へと下されます。


 解放されたエネルギーの奔流は街を飲み込み、人々の絶望を飲み込み、国土を含めた全てを焼き尽くしていきます。

 これが星の、いえ、私の怒りです。家族を傷つけられた私の激情です。

 受け止めなさい。そして滅べ。

 あなた達の選択です。光に呑まれ、永遠の闇に囚われるといい。

 例えこの場を逃れようとも、私が逃がさない。魂の権能を以て捕らえ、闇に突き落してくれる。


 私の家族に手を出すならば、容赦しない。

 

 やがて注いだ魔力が途切れ、魔法が効果を失っていきます。

 徐々に光が薄れると、その場に残ったのは光の見えない奈落。国土のあった面影は一切なく、愚か者を捕らえた闇のみがそこにあります。

 結界と魔法陣による範囲縮小で周囲への魔法の余波は零。地を穿った影響も概ね抑え込んだ筈です。


 ……一応調べておきましょうか。なんか他の国にも影響が出てる気がしてきました。ていうか出てますよね?

 ど、どうしましょう。さすがにこれは怒られる気がします。

 ま、まぁとりあえず! フェロシラの為でしたし、なにより彼女は無事でした! 大目に見て貰えますよね! ね!


 その後三人の下へ戻り、老人に兵器の概要を伏せるようにだけ釘を刺して帰路に就いたわけですが……はい、ばっちし各所からお叱りを受けました。

 特にブランに言われた、


「この手のやらかし、何回目……? 姉さま、変わってない」


 という言葉が一番心に来ましたよ……。とほほ……。


◆◇◆

 

 幾分離れた位置からその光を見ていた三人は、後にも先にも、これ以上の衝撃は無かったと語る。

 隣国の、それも国境から幾らか離れた位置にいてさえはっきりと感じた膨大な魔力、そして極光に目をくらまされている間に消え去った、一国の国土。

 小国とは言え、決して小さくはない筈だった。だがそれは、【調停者】と呼ばれる絶対者を前にしては、子どもの作った紙の模型と何ら変わりないのだ。


 後にヴラディエト12世の名を世襲する青年は、それを為したのが己の祖母であることに戦慄する。自分に流れる血の偉大さに、改めて畏怖を抱いた。それは幼き頃よりの無邪気な憧れが、武人としての崇敬と為政者としての恐怖に変貌した瞬間であった。


 彼を支えると絶対者に誓った麗人はより強く、心に誓った。絶対に夫の歩む道を違えさせてはならないと。死ぬその時まで、『吸血族』としてのそれ以上に気高くあろうと。そして、子々孫々、この畏れを、憧れを、語り継いでいこう、と。


 一件の語り部として選ばれた老人はその心に揺るぎない信仰を宿した。元より、美しき武神に憧れていた。しかしその目で確かめた強さは、想像の遥か高みにあるモノだった。

 彼はその著書にて語る。『我が故郷の末路を忘れてはならない。傲り高ぶった破壊の力は麗しき神の怒りを呼び、その身を虚無へと還すだろう』と。その信仰は、麗神に対するこの上ない恐怖心から来るものであった。

読了感謝です。


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話ごとに付けられて、作者以外には何にも見えないそうなので、もし気に入って頂けたら気軽にぽちっとしていただけたら嬉しいです。

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それと、自作の方も是非ご覧ください。

アルジェさんたちも各章一回は登場します。(全四章予定)

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― 新着の感想 ―
[一言] お久しぶりです!! アルジェリアさんはやっぱり美しく恐ろしいですねぇ (家族相手以外のみ)
2022/05/12 22:38 名無しのアルジェファン
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