神々の遊戯
お久しぶりです。
『アーカウラ』を舞台にした新しいお話を書きました。今回はそのゼロ話的な話になります。
時系列的にはエピローグのいくらか後って所です。主人公はアルジェ達ではありませんが、彼女たちも出てきますよ。
「では、そういう事ですので」
城の談話室で、私は思わず溜め息を吐きます。ローズの母、ローラの葬式から数年が経ち、ようやく色々と落ち着いた所だというのに……。
原因は目の前でティーカップを傾ける真っ黒な紳士、どこぞの『宰相』な一柱です。
彼はティーカップを置くと、そのまま[転移]して姿を消します。
「……魔王様、夢の世界を全部再現したんだね」
思うところがあるのか、スズネが『宰相』様の消えた位置をじっと見て零しました。
「だとしても、もう今更よ。私は性別も、見た目も変わっちゃってるし。……スズだけでも父さんと母さんの所に戻る?」
そうなったら寂しいですが、私からあの神々に頼んでみるつもりです。ブランは、不安げにスズの事を見ています。
しかしスズは、すぐに首を横に振りました。
「いいよ。あっちにはあっちの私たちがいるんでしょ? それに、お姉ちゃんとブランちゃんを置いていくなんて嫌だし」
スズは何となしに言ってお菓子を頬張りました。
「そう」
……ええ。正直ほっとしています。
「それじゃあ、やる事をやらないとね。アリス、『司』の会談を開くから、準備してちょうだい」
まったく、面倒なことを押し付けられたものです。
礼をして出ていく彼女を横目に、私は再度、溜め息を吐きました。
数日が経ち、会談の日。時間は昼食時をいくらか過ぎた頃です。正装であるいつものドレスに身を包み、スズ、ブランの二人と玄関前で彼らの到着を待ちます。
そろそろ彼らも姿を見せると思いますが……。っと、来ましたね。
「待たせたか」
「いいえ、まだ時間前よ」
侍女に連れられ、まず姿を表したのは、ミズネこと【水の司】。水龍ミルズネアシアです。
いつもの淡い青色をした着物姿で、瞳と同じ深い青の長髪を纏めて前に垂らしています。性別の無い龍神ですが、彼は殊更中性的な顔立ちの美形な上、細身なので、その恰好がとても絵になります。一応体は男性のものなので彼と言って差支えはないでしょう。
ブランに会議室まで案内するよう頼み、他の面々を待ちます。と言っても、他は時間通りに来るか怪しいのですが。って、この気配は……、なるほど、お菓子目当てで早く来ましたね。
結界のすぐ外に[転移]による空間の歪みが発生して、二人分の気配が現れます。
少しして玄関の扉が開くと、そこにいたのは黒と白。【闇の司】である『吸血族』の始祖、カーミル・シュバリティア・ヴァンピリエと、『鬼神族』で【光の司】アクラオ・ラルウァニエです。
「いらっしゃい。お菓子の用意はしてあるわ」
「妾の子孫と同じ姿をしているだけあって、流石ね。これと違って話が早い」
「関係ねーだろ?」
そうですね、どうせ他の二人はしばらく来ませんし、案内してしまいましょうか。因みにカーミラが黒一色のゴシック系ドレス、アクラオが白い道着のような恰好です。
「こっちよ」
長く真っ直ぐな濡れ羽色の髪を揺らし、ご機嫌でついてくるカーミル。真っ白なざんばら髪で少々疲れた様子のアクラオとは色々な意味で対照的です。
私と同じくらい、凡そ百七十センチの身長のカーミルですが、額の角を抜いても二メートル以上あるアクラオと並ぶと小さく見えますね。
「それにしても、アクラオが時間前に来るなんて正直思ってなかったわ」
「俺だって偶には間に合わせる、と言いたいところだが、こいつに急かされて無理矢理連れて来られただけだ」
「あら、あなた達、そういう関係なの?」
ちょっと、いえ、かなり意外です。
とか思って聞いたら、彼女の血色の瞳がきっと睨みつけてきました。どうやら違うようです。
「妾とこれはただの兄妹よ」
そういえば『鬼神族』が変じて生まれたのが『吸血族』、というか彼女でしたね。
「そうなの? 初めて聞いたわ。いくつ違いなの?」
そう聞くと、二人とも考えるような素振りを見せます。
「カーミル、お前俺の年齢覚えてるか?」
「〈ステータス〉を見ればいいでしょう? 因みに妾は九千七百八十五歳だったわ」
そういえばそんな物もあったな、って、忘れてたんですかこの鬼……。ていうかもうすぐ一万歳なんですね、この人たち。
「俺は、九千八百十一歳らしい」
「じゃあアクラオが二十六歳上なのね」
「そうか、俺が兄だったのか」
……それも覚えてなかったのですか? 思わず引いた目で見てしまいます。
「アルジェ、言いたい事は分かるわ。これは昔っから大雑把すぎるのよ……」
これには流石の彼女も呆れを隠せないようで、蟀谷を押さえて首を横に振っています。
そんな話をしながら城の二階に上がり、西の棟へ向かいます。目指すべき部屋は一番奥です。そこにある城の中でも比較的大きな部類に入る観音開きの扉。これが私と同格か近い格を持った面々で使う会議室の入り口になります。部屋の中央には大きな円卓があり、そこに並べられた六つの席の一つにミズネが座っています。
「あら、やっぱりミズネだったのね」
「闇のと光のか……。お主らが時間通りに来るとはな」
「ここの娘らの菓子は美味いのでな」
「俺はカーミルに無理矢理連れてこられただけだがな」
アクラオはそう言ってワハハと笑います。もうあまり気にしていないようですね。
とりあえずカーミルに好きなところへ座るように言って残りの二人を待つ事とします。アクラオは、さっさとミズネの横に座ってしまっていました。因みに、スズとブランは立場上私の後ろに立っています。
アリスの入れたお菓子やお茶を片手に世間話をしながら待つこと一時間。予定時刻を三十分ほどオーバーした頃、ようやく会議室の扉が開きました。
「……フーゼはまだか」
紅蓮色をした短髪に、炎を思わせるグラデーションの瞳の彼は火龍カルガンシア。【火の司】であり、カルガンと呼ばれています。男性よりですが中性的と言っても何ら問題ない顔立ちの偉丈夫ですね。
彼は会議室内を見まわし、開口一番にそう言います。
「火の、お主、遅刻して来たのだから挨拶くらいしたらどうだ」
「遅刻? ……時計、か。まったく面倒なものを作ってくれた」
カルガンはちらと入り口の上に掛けられた時計を見てそう零し、席に着きます。この世界で地球で見慣れたような時計が発明されたのはごく最近の事ですから、創世の時代より生きる彼には面倒なものなのかもしれません。
それにしたって、一言くらい謝ってもいいと思うんですがね? 言うだけ無駄なので言いませんが。
それから更に一時間が経ち、ようやく最後の一人がお目見えです。彼は相変わらずの自由人なようですね。おっと、人ではなく龍神でした。
「あれ? 待たせちゃったみたいだね。ごめんごめん」
翡翠色の天パ髪に透き通った緑色の瞳の彼は風龍フーゼナンシア。フーゼと呼ばれる【風の司】で、私を除く中では最年少です。一度代替わりをしているらしいですよ。といっても七千年は生きていたはずですが。
彼は悪びれた様子もなく、飄々とした態度で唯一空いていた席に着きました。
はぁ、ようやく本題に入れますね。
「さて、全員揃った事だし、早速本題に入らせてもらうわ」
……真面目に聞いているのはミズネとカルガンだけですか。まあ、他も聞いていない訳ではないようなので続けましょう。
「近々『魔王』様が創造した世界の一つから召喚が行われるわ。目的は、ディアスの復活」
「ディアスって『魔王』様に反抗して滅ぼされた一柱だったね。人間たちが復活させるなんて可能なのかい?」
フーゼも多少は興味を持っているようですね。口をつけていたカップを一度下げ、そう聞いてきます。
「不可能らしいわ」
「ならばそれの何が問題か。放って置けばいいだろう」
ディアスを復活させる事が目的、つまり彼、カルガンにとって弱者である人々の事だと分かったからでしょう。途端に興味を失い、さっさと話を終わらせろという空気を醸し出してきます。
私だって面倒なんですよ?
「それが、どうも集団召喚をする予定みたいなのよ」
「それは、確かに問題だな」
ミズネが溜め息を吐く横で、アクラオが首をひねっています。この鬼、頭は悪くないはずなんですがね。演算系のスキルも持ってると思いますし。
「はぁ……。良いか、【転移者】がこちらに来るとき、それ相応の穴を次元の壁に空けることになる。つまり、――」
お、代わりにカーミルが説明してくれていますね。彼女、馬鹿なのは嫌いだったはずですが、やはりアクラオは特別なんですかね。まあ、何にせよ、助かります。
ちなみに、細かい事を省いて簡単に説明すると、一人二人が通れる穴ならまだしも、大人数が通れるレベルの穴をあけるとしたら法則の違いによって二つの世界が崩れ去る危険性がある、という話になります。ですが今回は心配ありません。
「それで、態々私たちを集めた理由は何だ? 止めるだけなら後ろの二人のどちらか片方で事足りるであろう」
「そうね。集まってもらったのは、手出しをしないよう伝えるためよ。あなた達の領域にいる【調停者】にも伝えておいてちょうだい。これは『宰相』様が仕込んだ神々の遊戯だからって」
ならば仕方ない、と溜め息をつく司たちは、続けて私に同情の眼差しを向けてきます。代わってほしいくらいなのですが、今回はそうもいきません。
「【転移者】たちの試練として私が利用されるみたいだから、こっちに向かってくる子たちも無視していいわ」
カルガン、フーゼ、カーミルの三人が向ける同情が強まりましたね? カルガンのやつが珍しく、しかも妙に優しい表情をしているのがイラつきます。いつか何かを押し付けてやりましょう。うん、それがいいです。何がいいですかね?
「お姉ちゃん?」
「はっ! んんっ……」
おっと、これはまた考えることにしましょう。……スズの溜め息はスルーです。何も聞こえていません!
「……もう一度聞くぞ? 【転移者】たちはその後どうするつもりだ」
ミズネから質問を受けていたようです。その子と言ったのが気になったのでしょう。子ども好きですから。
「どうもしないつもりよ。まあ、その子たち次第ではあるのだけれど」
場合によっては鍛えてあげるのも吝かではないです。過度の協力は禁じられていますが、それくらいなら問題ないと聞かされています。
納得したようで、ミズネは腕を組み、静観する体勢に戻りました。
「これ、態々集めてする話だったか?」
そう首を傾げたのはアクラオですが、なるほど、ならばはっきり言ってあげましょう。
「あなた達に伝言だけ飛ばしても、聞かないでしょ」
フーゼ、アクラオが目を逸らし、お菓子に手を伸ばします。それを見てカルガンが愉快気にしていますが、あなたの事も言ってますからね⁉
「それで、君が態々選ばれたのは何故だい? 僕たちでも良さそうな話だったけど」
ふむ、興味本位というだけで深い意味はなさそうですね。胡散臭い雰囲気のあるフーゼですが、好奇心が強いのは確かです。
とりあえず、これは言っても問題ないでしょう。
「簡単よ。召喚元の世界が、私とスズの故郷だからってだけ」
ええそうなんです。厳密には違う世界になりますが、それでも地球人、それも日本人なんですよ、召喚される子たち。これでは私が受けないわけにはいきません。ミズネとアクラオ以外はサクッと殺してしまいかねませんから。
同じことを思ったのでしょう。先ほどの自由人組に加えて、ミズネからも同情の視線が向けられます。
鬱陶しい事この上ないですが、とりあえず今は、あの邪神どもに役者として選ばれた子どもたちの幸せを願っておきましょう。はぁ……。
という訳で、日本から召喚された男子高校生が恋人や友人たちの為に魔王討伐に出たり城攻めしたり旅したりする物語、
【君の為に翔ける箱庭世界】
をよろしくお願いします。
(一章完結済み)
この小説の目次上部にあるシリーズタイトル(the Quest of Arcura)から飛ぶか、下のリンクからどうぞ。
一応あとがきにもリンクを載せておきますね。
https://t.co/Z7q9IOnhZX?amp=1
(告知の為だけの話になっちまった……)





