第十話 島の守護者
遅くなりました。
長めです。
8-10 島の守護者
「はぁ、はぁ、はぁ…………終わった?」
「……近づいてくる気配はないね」
ブランがいくつも人の口や鼻を持った不定形の化け物を斬り伏せたところで、襲撃の波が治まった。
ここまで、徐々に化け物たちの質と数が増していき、五回ほど交代を繰り返したところで一人では対処出来なくなった。
それから二人で対処するようになって、四時間後の事だ。
「…………ふぅ。休憩しよっか」
「……うん」
近づく気配が無くてもしばらく警戒を解かなかった二人だが、スズネの言葉を合図に剣を鞘へ収めた。
二人は船の中へ戻る。
中は甲板から入ってすぐの広間、船尾あたりにある機関室、船の左側にあるトイレと浴室、船頭の個室の五部屋に分かれており、全て魔道具の灯りに明るく照らされている。
その内の広間で二人は腰を下ろした。
二人の顔には疲労がハッキリと現れており、息も少し荒い。
「燃料の魔石、あとどれくらいある?」
「んと、もうすぐ、半分切る」
「ちょっとまずいね……。うーん……あの化け物たちが魔石持ってたらよかったんだけど……」
スズネが天井を仰ぎ見ながら呟いた。
この海の化け物たちは魔物とは違う。体内を探しても、船の動力である魔道具の燃料になる魔石は持っていない。
「帰り、姉様いる」
「まぁ、何とかしてくれるとは思うけどねー」
スズネは微妙な表情でブランに返事をした。
せっかく頼って貰えたのだから、最後までアルジェに頼らずやりきりたい、というのがスズネの思うところだ。
「とりあえずマナポーション飲んど――」
考えていても解決策が出てくるわけではない。そう考えて、スズネがマナポーションを取り出した時のことだった。
船が強く揺れた。
ポーションの瓶がスズネの手から滑り落ち、中身が床に飛び散る。
見れば、右側の壁が少し盛り上がっている。
「……っ!?」
「あぁもう! もう少し休憩させてよね!」
スズネが悪態を吐きながら甲板へ向かう。
少し遅れてブランも駆け出した。
扉を抜けたスズネが見たのは、船を殴りつけようとしている巨大な人の左腕。
その腕は干からびた人間のようなの上半身に繋がっており、右腕は血のような色をした触手、下半身はドス黒い蜘蛛の腹部のようになっている。脚は、蜘蛛と同じ八本だが、人の手だったり足だったりとバラバラだ。
振り上げられた左腕が、再び船の鼻面を殴りつけた。ちょうど扉から出てきたブランがタタラを踏む。
「スズ姉様……」
スズネの横まできたブランがゴクリと唾を飲み込んだ。
「うん、結界二つを抜いてる時点でわかってたけど、強いね……」
二人が感じている気配はこれまでの化け物たちと比べ物にならない。
威力減衰の結界で力を削られ、空間断絶の障壁を貫通して船本体にダメージを与えたのだ。その力は推して知るべしだろう。
「でも、いいものも見えるね」
スズネがニヤリと笑う。その視線の先は、化け物よりもずっと先だ。
「うん。たぶん、ゴール」
そこに見えたのは、島。
真っ黒な木々がまばらに生えており、小高い丘になっている島の中心部には、小さな遺跡のようなものが見える。
そうして二人が話していると、蜘蛛の化け物が獲物の存在に気付いた。船を狙っていた腕を下ろし、船の縁へ手をかける。
「アイツ振り切るのは無理そうだけど、だったら、倒せばいいよね!」
そしてそのまま海上へと飛び上がった。
化け物が着地した衝撃で船が揺れ、巻き上げられた海水が雨となって降り注ぐ。
スズネは強く床を蹴り、薔薇の香りが強まった船上を駆けて、化け物の腕が届かないギリギリの位置で右へ切り返す。
スズネがそのまま走っていたなら通っていた筈の位置を触手の槍が貫く。
そこへブランが跳び乗り、刀を突き立てながら走った。
「ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ア゛ッ!!」
人の部分が痛みで絶叫する。
化け物は触手を振り、ブランを落とそうとした。
それに合わせてブランが跳び、化け物は彼女を目で追う。
そして左の腕で殴りつけた。
アルジェの二重の結界すら穿った化け物の拳がブランへと迫るがしかし、凶撃はブランを穿つ事なく、左上を通り過ぎるばかり。
「私の事忘れちゃダメだよ?」
右側から回り込んでいたスズネが一番前側の脚を切り飛ばしたのだ。
脚の一本を失ってバランスを崩した蜘蛛の化け物へと、ブランが落下する勢いのままに刀を振り下ろす。
刀は振り抜かれた左腕を肘の辺りから斬り飛ばした。
そのまま前へ跳んで体の下へ潜り込もうとして、左へ抜ける。
直後、蜘蛛の腹部から薄黄色の煙が噴き出した。
煙は船の障壁にひびを入れ、その下の床の金属を腐食させる。
まだ煙は噴き出し続けているが、先程斬り飛ばされた脚や腕は徐々に再生し始めており、静観するわけにもいかない。
二人はなけなしの魔力を振り絞る。
ブランが結界により、化け物の首を斬ったという結果を生み出そうとし、スズネは[光輝く剣]を細く長くのばして切りかかる。
だが首は硬く、今のブランでは表皮を斬り裂くので精一杯。スズネの剣は再生中の左腕を盾に防がれてしまった。
更に、蜘蛛の腹の毛が逆立ち、二人へ向けて高速で飛び出す。
障壁では間に合わないと判断したスズネは急所だけ守るように剣を盾にした。鎧から露出する肌を、化け物の毛針が赤く染める。
なんとか障壁が間に合ったブランだが、僅かな魔力でつくったそれは毛針に容易く貫かれ、白い肌に幾筋もの傷をつけられた。
多量の出血とこれまでの疲れに、二人は膝をつく。
「はぁ、はぁ、はぁ……」
「くっ……」
そこを触手で薙ぎ払う化け物。二人は武器を盾にしながら後ろへ跳ぼうとするも、足が言うことを聞かない。揃って吹き飛ばされてしまった。
「カハッ!」
「っ……!」
スズネは船の縁に叩きつけられ、ブランは船の外に投げ出される。
「くぅ……っ!? ブランちゃん!!」
咄嗟に三重の障壁を張ったブランだが、それでも勢いは止まらない。
再度、結界の境界ギリギリで三重障壁を展開して何とか停止する。
そのまま障壁を蹴って船に戻ろうとしたが、これは判断ミスであった。その隙を狙われた。
化け物は人のような頭でブランに噛みく。
二本の刀を挟み込んでそのまま噛み砕かれることを防いだブランだが、しかし疲れと出血でボロボロになった体では徐々に押し込まれてしまう。
「やらせない、よっ!」
その間にスズネが復帰、右の一番後ろの脚を切り飛ばした。
化け物が一瞬力を緩める。
ブランは刀を〈ストレージ〉にしまって隙間を作り体を回転、脱出し、そのまま海に落ちかけて船の縁に捕まる。
スズネが安堵したのも束の間、化け物は熔解ガスを腹部から吹き出して彼女を遠ざけ、なおもブランを狙った。
船に捕まるブランの手を目掛け、何度も拳を振り下ろす。
ブランは手を入れ替えながら船の縁に沿うように体を回転して躱すが、船上へ戻る隙はない。
「今の魔力残量じゃ、近づかないと何もできないと思われてるのかな? 甘くみないでよね!」
スズネが五メートルほど離れた位置で剣を振るった。川上流の『鎌鼬』だ。
先程切り飛ばした脚の隣の脚へ二発、腹部へ二発。人の腕のような脚が宙を舞い、腹部が抉れる。
「ァ゛ァ゛ァ゛ッ!?」
化け物は驚愕の表情をスズネへと向けた。
「うーん、一発じゃ落とせないかー」
消耗しきったスズネでは十分な威力を出せないのだ。その事に嘆息しながらも、悲観した雰囲気はない。
「スズ姉様、ありがと」
今の隙に船上へ戻ったブランがスズネの横まで来て言った。
「うんう、気にしないで! それより、あれ、どう思う?」
スズネの視点の先にあるのは、化け物の腹部。
他に比べ、傷口から出ている血の量が明らかに少ない。
「……お腹、あんまり重要じゃない?」
「こいつらの体の構造おかしいけど、切った時の反応も鈍いし、そんな感じだよね」
投げつけられた、切り飛ばした脚を後ろへ受け流しながらスズネが言う。
「頭、狙う?」
脚を目眩しに接近してきた化け物の拳を斬りつけながら後ろへ跳んだブランが聞いた。
「そだね!」
スズネが左右の剣で鎌鼬を放ち、化け物の脚を止め、真っ直ぐ突っ込んだ。化け物の視線が再びスズネに集中する。
上から叩きつけるような腕や脚の一撃を左右にステップを踏んで躱し、時々切りつける。
普段に比べれば明らかにキレが無いが、化け物の目を惹きつけるには十分に美しい舞【舞姫】の名に相応しい舞だ。
化け物は徐々にリズムをスズネの舞いに巻き込まれていく。
「ァ゛ァ゛ァ゛!! ァ゛! ァ゛!」
ペースを乱され、化け物がイラついたような声を上げる。
初めに比べて明らかに動きが悪くなった化け物。そのおかげでスズネが舞えるようになった。
つまりは、決着だ。
意識を全てスズネに持っていかれ、動きも荒くなった。
そして、今この場にいるのはスズネだけでは無い。
スズネがニヤリと笑う。
「いいの? 私ばっかり見てて」
「ァ゛?」
化け物が一瞬動きを止め、疑問の声を上げる。
それが、化け物の断末魔となった。
「ばいばい」
化け物は後ろに、少女の声を聞いた。
化け物の視界がゆっくりと傾いていき、意思に反して上昇、いや、落下していく。
そして、何も映らなくなった。
「ふぅ……」
残心をとき、スズネが剣を収めた。
「一応、落としておく?」
「そうだね。その方が安心」
二人は化け物の死体から目を外さずに言った。
そしてそれを海へ落とした。
辺りに再び、強い薔薇の香りが漂う。
「そんじゃ、行こっか」
意識的に笑顔を作るスズネ。
「うん」
ブランは少々の緊張を見せながら頷いた。
そのまま船内へ戻っていく。
スズネは甲板に残り、座り込んで辺りを警戒する。
二人としては正直、もう何も来て欲しくない所だが、油断はしない。
スズネがマナポーションを飲んでいると、戦闘の余波で進行方向を変えていた船が島の方へ舵をきった。
スズネはジッとその島を見つめる。
「あ、ブランちゃんおかえり」
少しして、背後の気配にスズネが振り返りながら言った。
「ただいま。……もう、何もない、よね?」
「たぶんね。ま、行ってみればわかるよ」
スズネが視線を島へと戻して言う。
激しい戦いを繰り広げていた中でも、島は沈黙を保っていた。
そして今も、島の木々や丘は静かにそこにある。
読了感謝です。





