第八話 役目を果たすための
二話目です。
分け方のバランス悪いのは気にしないでください。
8-8 役目を果たすための
言葉に合わせてヴェールをゆっくり捲った門番から放たれるのは、【調停者】のアルティカでさえ身が竦むような殺気。
その鍵は、アルジェが『理外のスキル』、〈無形の祖〉を用いて複製した物だった。
『理外のスキル』とは言え、その鍵を完全に再現する事は出来なかったらしい。しかし今の状況は作成者のアルジェ自身が懸念していた事であり、だからこそ、三人はすぐに意識を切り替えられた。
「んー、ダメだったかー」
スズネが〈勇者〉の[鼓舞]を使い、全員の気を奮い立たせながら言う。
「鍵として使えない可能性もあったんでしょ? だったら、最悪じゃないわよ」
竦む身体を[鼓舞]の力で動かせるようになったアルティカが言う。
「そーだね!」
各種強化をかけ終わった三人は、改めて武器を構え、門番を見据えた。
次の瞬間、大気を引き裂くような轟音が響く。門番の拳をブランの障壁が受け止めた音だ。
「ちょ、え、早くない!?」
困惑の声を上げるスズネ。初動と殴る動き以外、認識できなかったのだ。
「ノータイムの[転移]よ!」
今の隙にさらに距離を開けたアルティカが叫びながら矢を放った。莫大な魔力による空間固定効果を持たされた一矢が門番を襲う。
「つまり、初動と勘だけで対処しなきゃなんだね。余裕!」
アルティカの矢は門番の右膝を貫き、スズネの剣がその後を追った。
血は出ない。
それでもスズネは、確かに手応えを感じていた。
「切れるなら、倒せる!」
再びの[鼓舞]。
それは気配を消して斬り込んだ、ブランへの援護だ。
「っ!」
[精神攻撃]を発動した二太刀が空を断ち、門番の右膝を裏側から裂く。
傷は浅くない。
踏ん張りがきかない様子でフラつく門番。
スズネは更に追い討ちをかけ、脚を奪わんと連撃の構えをとる。
そして放った一撃目。
しかしこれは転移で躱された。
元の位置まで下がった門番の左手には、一本の矢が握られている。
「くっ、もう抜かれた……!」
アルティカが[転移]封じを目的として放った一矢目だ。
先程まで門番がいた場所へと次の矢を放った体制のまま、アルティカは苦虫を噛み潰したような顔をする。
「……傷、もう治ってる」
力そのものを見るブランの魔眼に見えたのは、切り裂かれ削れた門番のエネルギー体が修復される様子。総エネルギー量は、ほとんど変わっていない。
本当にこの門番を倒せるのか。そんな疑問が三人の頭によぎる。
「でもコイツ、技術はたいした事ないよ!」
スズネが叫んだ。
事実、動きは単調で読み易い。
ブランは次の転移攻撃に備え、障壁の用意をする。
そして吹き飛んだ。
「ブランちゃん!?」
門番は移動していない。
スズネの視線の先で、拳を振り抜いた姿勢をとっている。
「そんな事もできるのね……!!」
空間を超えた攻撃。
スズネの勘とアルティカの経験がその答えを教えてくれた。
勢いよく吹き飛んだブランは障壁で勢いを殺して着地する。ダメージはほとんど無い。
障壁でのガードが間に合ったらしいと確認したスズネは門番へと駆け出した。
そのスズネへ向けて、門番は四本の腕による距離を無視した連撃を繰り出す。
対してスズネは左右へ跳び、体を逸らし、時に回転して舞うように攻撃を躱す。
攻撃のタイミングは門番の動きに連動しているのだ。はかるのは難しく無い。来る場所は勘だ。
「スズネちゃんだから出来る事よね……」
半ば呆れながら、アルティカは魔法を放つ。
雷鳴が轟いた。
だが届かない。
雷光はその軌道を捻じ曲げ、あらぬ方向へと落ちた。
青白い閃光に隠れ、スズネは門番の足元へと滑り込む。
左右の手に持つのは、黄金の光を放つ剣。
【勇者】の奥義、[邪穿つ輝剣]。
超高密度のエネルギーを纏った女神の剣が、三日月を描く。
まず狙ったのは、またも右足。
右手が斜めに振り上げられ、それに引っ張られるようにスズネの体が縦に回転する。
回転の力は左の剣へと伝わり、そして[絶対切断]の斬撃が天へと昇っていく。
剣の光は失われたが、スズネはまだ手を休めない。
勢いを殺す事なく舞う。
縦が横になり、横が斜めになり、無数の斬撃が人々を魅了する舞と共に放たれる。
それに続くのは白狼の牙。精神を穿つ、狩人の牙だ。
それらは門番の体を幾度も穿つ。
「二人とも、とっておき行くわよ!!」
アルティカの声に反応した二人が最後の一撃とばかりに強く切りつけ、その勢いのままに離脱した。
直後走る、白い軌跡。
その線を描いた何かは、門番の眉間を貫いた。
そしてその何かが爆ぜ、門番が豪雷と暴風に包まれる。
門番の周囲の地面は風によって切り裂かれ、風化して砂になる。雷に打たれた場所は完全に消滅する。
【調停者】であるエルフの長が完璧に制御したその魔法は、範囲外には影響を与えない。
「うわぁ……えっぐ。やっぱお祖母ちゃんもめちゃくちゃだよね?」
「うん……」
となりで呟くスズネにブランが頷いた。
アルティカが放ったのは、魔法を矢の形に圧縮したもの。如何に転移能力をもつ門番相手といえど、矢の刺さった場所を起点にするこの魔法なら問題ないという判断だ。
降り注ぐ雷には〈神聖魔法〉の[破壊]が、切り刻む暴風には風化の力が〈付与〉されている。
風化の力はアルティカの持つ、風を司った『理外のスキル』を応用したものだ。
念のために空間固定の効果も持たせられていた。
これでも三人は緊張を緩めない。
魔法の効果が終わり、雷光と風が止む。
巻き上げられた砂塵も徐々に落ち着いていく。
門番の影が見え始めた。
相手が相手だ。原形を留めていることくらい、三人とも想定している。
砂煙がやっと門番の頭より低い位置に来た。
門番はボクサーのように腕を顔の前で掲げ、丸まって防御を固めている。
肩甲骨の辺りから生えていた腕は、二の腕から先を確認できない。
アルティカはノーダメージでは無かった事にこっそりと息を吐く。
三人の見つめる先、門番に動く様子は見られない。
三人の殆ど全力攻撃だったのだ。これでダメなら、理不尽も良いところだろう。
そう。
そのはずだった。
門番に覆いかぶさっていた土片の落ちる音が、荒野に響いた。
丸まっていた筈のそれが、徐に四肢を伸ばす。
スズネ達がつけた筈の傷はない。
全て、斬撃の通る位相をズラすことで無効化されていたのだ。
更に、ブランは見てしまった。
消滅した筈の腕の先へと門番を形作るエネルギーが流れ出し、再びその二本の腕が再生していく様を。
「嘘……、これ、まだ一個目、なんだよね……?」
スズネが地球にいた頃知った、異形の神々のお話。もしその通りなのだとしたら、もう一つ、門を越えなければならないのだ。
さすがのスズネでも迷い、挫けそうになる。
ブランも、そんなスズネを見ていることしかできない。同じ思いだからだ。
そうしている間にも門番は腕の再生を進める。
もし撤退するなら、その分の余力を残しておかなければならない。そう思ってアルティカも動かない。
その視線の先で、スズネは再び目に火を灯した。
「…………はぁ、わかってる。わかってるって。いくら迷ったって、私が選ぶ道は変わらない。絶対、お姉ちゃんのところへ行く!」
自らに言い聞かせるような、そんな声。
スズネは剣を握る手に力を込め、構え直した。
ブランも頷いて続く。
その様子を見て、アルティカは口角をあげた。
「……私も、覚悟を決めましょう。決めるだけ、だけど」
この呟きはアルティカのものだ。
「スズネちゃん! ブランちゃん! 合図したら門へ走りなさい!」
「「お祖母ちゃん(さま)?」」
思わずアルティカの方へ顔を向ける二人。
「そしてそのまま、先へ行きなさい!」
そこで二人は、アルティカが足止めに残るつもりだと察してハッとする。
「無茶だよ! お祖母ちゃん、死んじゃう!」
「ふふ。どうせ、私はその先へ行けないわ」
「え……?」
彼女がその門を目指すと知って、『世界の記憶』から情報を取得した時に気づいたことだ。
「【強き魂】を持たない私じゃ、その先へ行っても魂を砕かれるだけ。なら、あなた達を行かせるための足止め役くらいはしないとね!」
その顔に悲壮感はない。
あるのは、揺るぎない覚悟だけだ。
「で、でも……お祖母様……!」
「だーいじょうぶよ! 死にはしないわ。じゃないと、アルジェちゃんが戻ってきた時、怒られちゃう」
そう言ってアルティカが笑う。
そしてそのまま、再生を終えて構え直そうとしている門番へと矢を放った。
空間固定の効果が付与された矢だ。
「次の魔法が合図よ」
そして魔力を操作し、先程の半分に満たない程度の規模で破壊の雷を放つ。
轟音が響き、無数の雷が門番をその地に縫いとめる。
「行きなさい! 早く!」
「や、やだ……お祖母様を置いてくなーー」
パシンっ、という乾いた音が響いた。
「ごめん、ブランちゃん」
スズネがブランの頬をはたいた音だ。
今まででは考えられない姉の所業。ブランは信じられない思いでスズネの顔を見た。
「……行くよ」
スズネは、泣いていた。
溢れ、スズネの頬を伝う涙。しかしその眼差しは力強い。
「……うん」
二人は走り出した。後の事は考えていないというような勢いで魔力を込め、魔法を維持する祖母に背を向けて。
門番がその二人を妨害しようとどこかを動かせば、アルティカはその部位をピンポイントで狙う。
何度も、何度も。
そして、アルティカは視界の端に門が開くところを捉えた。
すぐに門が閉まる。
確かに二人は門を超えたらしいと知ったアルティカは、少し気を抜いた。
全身を一度に大量の魔力を消費した事による虚脱感が襲う。
その隙をついて、門番は魔法から逃れた。
「ふ、ふふふふ……。残念だったわね。あの子たちは、門を通ってしまったわよ」
弓を杖代わりにしながらアルティカが挑発した。
門番から感じるのは、明らかな怒気。
「さ、後は、私が生き延びるだけ、ね……!」
そう言ってアルティカは、次の矢を弓につがえた。
読了感謝です。





