第四話 晩餐会
7-4 晩餐会
エドの店を訪れたその日の夕刻、私とスズ、ブランの三人は『星の波止場亭』に来ていました。
「レイラさんお久し振りです」
ドアにつけられたベルが私たちの来訪を告げるのを聞きながら、出迎えてくれたこの食堂兼宿屋を切り盛りするレイラさんに挨拶します。
「おや、帰ってきてたのかい。暫く見ない間に随分有名になったみたいだね。よくうちの客が噂してたよ」
まぁ、今回の旅では色々やりましたからね。
「あ! お姉ちゃんだ!」
と、この声は……。
「メル、久しぶりね」
「うんっ!」
そう言って、飛びついて来た小さな影を抱きとめれば、やはりこの宿の娘のメルちゃんでした。
初めて会った時はまだ私の腰程の身長しかありませんでしたが、二年経った今ではもう胸の辺りまで届いています。
二人とも元気そうですね。何よりです。
さて、と……。
「おーい、こっちダゼェ!」
あ、いましたね。
「それじゃあゆっくりしてってちょうだい」
「後でね!」
「えぇ」
レイラさんとメルが仕事へ戻っていくのを横目に見ながら、その席へ向かいます。
「待たせたわね」
「久しぶりー」
六人がけの大机を二つ並べたその席で待っていたのは、これまた懐かしい面々です。
「遅いぞ、アルジュエロ」
まったくこの男は……。
あの時の態度は焦ってランクを上げようとしていたからと聞きました。実際、その必要も無くなって多少丸くはなったようですが、相変わらずなのは相変わらずです。目つきが悪い所とか。
とは言え、今回待たせた側なのは確かですね。
「悪かったわね、カイル」
「気にしなくて良いのよ、アルジェ」
「イデェッ!?」
そう言ってカイルを抓ってくれたのは『猫人族』で紺色の髪の女性。フィオです。
カイルとパーティを組んだのは知っていましたが、後から恋人同士になったときいた時は耳を疑いましたよ。
「まぁまぁ、まだ時間にはなってませんし」
そう言って諫めてくれた『人族』の男性は、タミル。
二年前は頼りなさげでしたが、今ではそれなりに風格が出てきましたね。
「まぁ座われや。話は料理を頼んでからにしようじゃねぇか」
出たな世紀末銀行マン! と、この呼び名も懐かしいですね。表では言ってませんが。
「そうね、シン。それから、テオはなんで気配を消してるのかしら?」
「……ふふふ。もうあなたからは隠れられませんね、アルジェさん」
イケメンエルフこと、ギルド職員のテオがそう言って笑います。
当時は、彼の隠形を見破ろうと色々してましたからね。
今日ここに集まったのは、Cランクの昇格試験のメンバープラスαです。
みんな、強くなったり風格が出たりした以外はあまり変わってませんね。
それからメルちゃんを呼んで注文を伝えたあとは、私たちが旅に出ていた間の事を話します。
シンやテオを他の三人と結びつけたのは私ですが、その後もちょくちょく食事をしていたみたいですね。
「――へぇ、三人とも、もうBランクになったのね。早いじゃない」
「ふんっ、もうSランクのやつが何言ってやがる」
「当時から私たちよりかなり強かったけど、さすがにビックリよね」
「ギルドに登録した時点でコイツァBランク並みの実力があったんだゼェ? オレァ驚かねぇな」
私が受けた初心者講習の講師でしたね、シンは。
「……待たせた」
そんな声と共に、机に沢山の料理が置かれます。
声の主は、『熊人族』の大男です。
「あら、ベアルさんが持ってくるなんて珍しいですね」
「ああ……、顔、見せておこうと思って」
なるほど、そういうことですか。
しかし彼の料理も相変わらず美味しそうですね。
思えば、試験のメンバーで打ち上げをしたのもここでした。
美味しい料理と美味しいお酒に舌鼓をうちつつ、沢山の話をします。
タミルのパーティの話や、カイルがフィオを庇って死にかけた話、シンが今度Sランクの昇格試験を受けるという話。
宵も酣ですが、気がつけば、食堂はもう閉店の時間です。
「そろそろ帰らなくてはですね」
「ア゛? もうそんな時間か」
「では、これでお開きにしましょうか」
「そうね、テオ」
そうだ、これだけは伝えておかねばなりません。正直、あなた達もか! って感じですけどね。
「フィオ、今回のスタンピードが終わって、お金に余裕があるならだけど、暫く仕事は休みなさい」
「え、それって、どういう……?」
「まさか……おい、アルジュエロ!」
カイルは気づきましたか。
「ふふ、二人とも、おめでとう」
「……えっ!? 嘘!?」
「こんな嘘はつかないわよ」
カイルとフィオが見つめあって、泣きそうになってます。
「お二方、おめでとうございます。タイトゥース様の祝福ですね」
もうすっかりお祝いムードです。一緒に食事をしていたメンバーだけでなく、その場にいた他のお客さん達まで二人に祝福、と呪詛を投げかけてます。
こんな時期ではありますが、いや、だからこそ、めでたいですね。
私がその様子を少し離れた位置で見守っていると、テオが気配を消して近づいてきました。
「めでたい事ですね」
「えぇ。そうね」
「……どうやら、心配は要らなかったみたいですね」
「あの二人、そんな心配されるような状態だったの?」
「それは否定しませんが、今はあなたの事ですよ」
……あぁ、あの時の忠告ですか。
ブランと私の寿命の差に対して、『覚悟しておきなさい』というものでした。
「そうでもないわ。……たぶん、あの子達のおかげよ。今こうしていられるのは」
「そうですか」
テオはスズとブランを見て、微笑みます。
そしてフィオとカイルへと視線を移して続けました。
「私は、長命の者として、友たちの子や孫を見守り、看取ってきました。今日、その相手が一人増える事になったようなのですが、やはり、この瞬間というのは嬉しいモノです」
お別れする時は悲しいのですがね、とテオは言います。
テオのその経験は、未来の私のものです。以前はそれが嫌で、悲しくて、辛くて、どうしたら良いのかわからなくて、距離を置こうとしていました。
でもやっぱり、私には無理そうですね。人と距離を置くなんて。
何よりスズ達が許してくれません。
彼女たちは、私が気づいていないと思っているかもしれません。
そんなわけ無いじゃないですか。愛する家族の思いです。
まぁ、気づいたのは最近の事ですが。
身近過ぎて中々気付けはしませんでしたが、確かに、伝わってはいましたよ。
どうか、フィオとカイルの子が、私のように、家族の愛をしっかり受け止められますように。
今はそれだけ、願っておきましょう。
読了ありがとうございます。





