第八話 半液体の竜王
この章はサクサク終わらせる予定。
6-8 半液体の竜王
「ちょ、おかわりなんて聞いて無いよ⁉︎」
大剣を薙ぎ、何体目かもうわからない翼蛇達を屠ってからスズ達に向き直ります。
「〈転移〉は妨害されてる、突っ切るわよ!」
二人が頷くのを確認してすぐ準備したのは[恒星の裁き]。
向けるのは、先程から魔物達が守るように動いている滝の方角です。
眩いばかりの閃光が迸り、新たな道を切り開きます。
「さっすが!」
軽口を叩きながら走り出したスズの後に私とブランも続きます。
このまま行けば頂上が霞んで見えるほど巨大な滝に突っ込むことになりますが、問題ありません。
「[光輝く剣]!」
光を収束した巨剣をスズが振り上げます。その軌跡に沿って滝は割れ、その奥に隠した重厚な扉の姿を見せました。
その裂け目を魔物達が塞ごうとしますが、そこはブランが〈結界魔導〉で妨害。無事滝の奥にたどり着きました。
翼蛇や死毒大蜥蜴は滝を越えられないようです。
しかし休憩している暇はありません。カラフルな巨大粘体達は易々と侵入してきたんですから。
「ボス部屋へ!」
「うん!」「ん!」
後方へ『鎌鼬』を放って牽制し、そしてスズが開けたドアへ飛び込みます。
飛び込んだと同時にドアの閉められる音が響き、金属製のドアに重たいモノがぶつかった鈍い音も聞こえました。
「ふぅ……」
ギリギリ、だったようですね。
「なるほどねー。こりゃ誰も百十階層を攻略出来ないわけだよ」
スズの言うように、今までの最高到達階層はこの百十階層です。
少し前にどんどん更新されていたというその記録ですが、百十階層でピタリと止まっています。
「あれだけ厳重ならね」
「迷宮のランク、十一。百十階……ここで終わり?」
そう疑問の声を上げるのは、ブラン。
ギルド側は、この守護者階層の難易度からここを最下層と判断したようですが……。
「どうかしらね」
以前にも言ったように、私は疑っています。
「それはともかくさ、お出ましみたいだよ?」
スズが前方から視線を外さずに言いました。
その声に従って前を見れば、先ほどまでは何も無かったとてつもなく広い洞窟の中央に、ドロドロとした液状の何かが天井から流れ落ちています。
どう見てもスライムですね、あれ。
というか、多くありません? え、どれだけ大きいんですか?
「粘体獣王って、ランク幾つだったかしら?」
「S+ランクだね」
「……どう思う?」
「同格はあり得ないでしょ」
はぁ、やっぱりそうですよね。
冷や汗が顳顬を伝います。
「……粘体獣王と同じ作戦でいくわよ」
「おーけ」
「うん」
大剣を握り直し、体勢を整えます。
そうしている間にもくらい灰色をした液状物質はドンドンと流れ落ち、そして、途絶えました。
液状物質はうぞうぞと動いて変形していきます。
このタイミングで攻撃できたら良かったのですが、無理なのは粘体獣王の時に確認しています。謎の障壁で防がれるのです。
そしてとうとう、粘体生物はその姿を形取りました。
まるで神話の八岐大蛇のような、八つの頭と八つの尾をもつ竜の姿を。
♰♰♰
どうやって鳴らしているのかよくわからない竜の咆哮と共に私たちは駆け出す。
〈鑑定眼〉によると、名は『粘体竜王』。ランクはSS。迷宮による下方補正を加味しても、SS-が精々か。
大きさは八岐大蛇の伝承宜しく、八つの谷、八つの丘を超えられるのではないかというほど。
この馬鹿みたいに広い洞穴はこいつの為か。
しかしその洞穴ですら、やつの巨体の前には狭く感じる。
「二人とも、来るわよ!」
戦闘を走る私は大山の鳴動を感じて、二人に声をかける。
八本の尾による薙ぎ払いだ。
直径十メートルはありそうな尾を跳んで躱す。
そのまま翼を出して滞空。
ブランは障壁に着地した。
スズがやけに高く跳んだと思ったら、空中に障壁を作って半回転し、そのまま八本目の尾目掛けて下に跳躍する。
更に身体を横に回転させ、二本の剣で円を描いた。
大木という表現すら生温い、その巨大な尾が、宙を舞う。
切り飛ばされた尾が洞窟を揺らした。
スズはそのまま退避していく。
「やった!」
「……いえ、このままじゃダメね」
私とブランが視線を向ける先、切り落とされた尾と胴体との断面が波打ち、伸び、互いに引き寄せ合って元通りについてしまおうとしている。
「粘体獣王と同じ……」
「だから、こうするのよ!」
私は〈物質錬成〉を発動し、巨大な尾を丸々包み込める程の大きさをした丈夫な容れ物を創り出そうとする。
「ブラン、切断!」
「うん!」
ブランが既に幾本か繋がってしまったやつの体を断ち切りに行っている間に、自分の作業を完遂する。
構造は非結晶のアモルファス。所々に、谷を繋ぐ橋や網目の様な架橋構造を入れて弾性を強める。
ここまでだ。
私の知識は高校化学の範囲でしかなく、中の原子配列までイメージできない。
だから、あとはスキルの補正に頼る。
ひたすら丈夫に。
決して壊れないように。
ブランは構築範囲の外。
スズは反対側で粘体竜王の気を引いている。
今なら問題ない。
全身に感じる確かな倦怠感と共に、その鈍色の箱が形成される。
危機感を感じたのか、粘体竜王は残りの尾を叩きつけ、箱の破壊を試みる。
しかし無駄だ。
箱は変形する事はあれど、欠けることはない。
とは言え、何度も殴られていては不安もある。
だからダメ押し。
使うのは、〈火魔導〉の進化した目覚め施す黒炎の王と、一向に進化する気配の無い《光魔導》に《闇魔導》。
重力を反転し、或いは増幅し、そして引力を高める。
箱の中心目掛けて、全てが圧縮されていく。
小規模のブラックホール擬きだ。
残念ながら、今の私の魔力とスキルで完全なブラックホールを作る事は叶わない。
しかし目的を達するには十分だ。
魔法の効果が切れるとそこには、あの巨大な尾が入っていたとは思えないほどに縮んだ鈍色の箱があった。
密度が大きくなったので強度は確実に増しているし、先ほどよりは戦闘の邪魔にならない。
少し待っても、本体が再生する様子はない。成功のようだ。
とは言え、魔力の消費も大きい。
粘体竜王を倒すにはあの巨大な粘体を吹き飛ばし、核を砕かねばならない。
しかしその為には、私たち全員にある程度の余裕が必要だ。
スズとブランの存在を考え、必要な魔力を残すとすると、マナポーションを飲んだとしても……。
「封じれるのは、あと七つよ!」
「十分!」
此処からはヤツにも警戒される。
難易度は上がるが、逆にその事が私を昂らせる。
口角が、思わずあがってしまう。
――ふふふ、良いじゃない。さぁ、殺し合いましょう!
読了感謝です。





