第六話 青い空に雲は見えない
ほのぼの回
6-6 青い空に雲は見えない
一瞬の浮遊感の後、まず目に入るのがボンヤリとした、足元の魔法陣から発せられる光。そして地上へと続く階段です。
その階段を登り、迷宮の管理をしている建物を抜けて外へ出ます。
「ふぅ。やっぱり地上がいいね」
「うん」
「あら、そう?」
私は二人とは違って地下で暮らす種族だからですかね? 特に地下で息苦しいという風には感じませんでした。
建物の周囲にある広場を抜け、建ち並ぶ屋台の間を少し歩くと、見えて来るのは縦横八メートル程の門。
一軒家が丁度入る程度の大きさの門が備え付けられているのは、迷宮区画を区切る灰色をした石の防壁です。
「おかえりなさいませ、マスター」
門を潜ってすぐの所で、アリスとコスコルが出迎えてくれます。
「ただいま、二人とも」
「ただいまー!」
「ただいま」
二人と合流し、壁に沿って歩きます。
時刻は、一つ目の太陽が天頂を過ぎた頃。今日は街の食堂で昼食をいただく予定です。
「おーい! 『戦乙女』のお嬢ちゃん達ー! 今日もいい天気ね! 一本食べてかない⁈」
迷宮の敵に対するスズの愚痴を聞きながら歩いていると、そんな声が耳に入りました。声の主は、薔薇の模様が付いた屋台の店主です。
「ありがとう! 今日は予定が決まってるから、遠慮するわー!」
「そーかい、また来てちょうだいねー!」
「ええ!」
ふむ、どうやらまだ焦らなくて良いようですね。
では予定通り、食堂へ向かいましょうか。
薔薇の屋台を過ぎてすぐに道を逸れ、街の外縁部方向へ向かいます。
いくらか歩いた所で人が減ってきたので、自分たちに[浄化]をかけました。装備にも付与されていますが、念のためです。
このタイミングで、唯一鎧を纏うスズが私服に着替えます。〈ストレージ〉を応用した早着替えなので、人目を気にする必要はありません。便利ですね。
なお、コスコルは初めから私服です。
冒険者向けの商店が建ち並ぶ区画を抜け、私達の泊まっている宿屋のある辺りを超えると、一気に生活感の溢れる通りになります。
一般の民家が増え、商店も食材や日常品を扱った店が目立つようになるんです。
目的としている食堂は、その一般の区画に少し入ったところ。来るのは二度目です。
「いらっしゃい!」
ドアを開けた時のチリンチリンというベルの音に返事をしたのは、この食堂を経営する夫婦の娘さん。まだ幼さの残る少女で、所謂看板娘です。
ざっと広くはない店内を見渡して、六つあるテーブル席の内の一つに座ります。
小綺麗な店内の、カウンターを含めた三分の二ほどの席が埋まっており、着ている服は皆それなりに綺麗です。中古だとは思いますがね。
冒険者に伝手があるらしいこの食堂、迷宮産の野菜や肉をつかったそのメニューは多くありませんが、その分かなり安いです。
「ふぅ、改めてお疲れ様」
「お疲れー」
席について、一息。ブランも頷いています。
それから娘さんに注文をし、雑談に移ります。
「こっちの話はだいたいスズがしちゃったけど、そっちはどうだったの?」
アリスとコスコルへ視線を向けます。
「やはりAランク迷宮は一筋縄ではいきませんね。私だけでは手数が足りなくなっていたでしょう」
「防御力の低い相手でしたから、私の暗器術でも倒しきれましたが、一人なら今頃身体中穴だらけになっていました」
なるほど。『禁じられた知識の園』は数で攻めて来るタイプの迷宮なんですね。
「そういえばさ、あ、料理来た」
「おまちどー」
木製の机がコトリと音を立てます。来たのは、野菜炒めですね。
「ありがとう」
「他のも今持ってくるからね!」
元気ですね。
先に野菜炒めを食べている間に、他の料理も来ます。
「うん、美味しい!」
「そうね」
ブランも、お肉を頬張りながらコクコクと頷いています。アリスとコスコルも一つ首肯。かなり腕が良いですよ、ここの夫婦。
「それで、スズは何を言おうとしてたの?」
「あ、そうそう。……アリス達が行ってる迷宮さ、色んな秘密が知れるって聞いたんだけどどうなの?」
スズは少し声を落として聞きます。
「そうですね。確かに一般には知られない知識が多くあるのですが、全てマスターに聞いていた内容でした」
同じくコスコルが声を落として返します。
「そうなんだー。じゃあ、行かなくてもいいかな?」
「そうね。どの道時間があるかはわからないわよ? まだ向こうに動きは無いみたいだけど」
竜魔大樹海の古代竜、レテレノのことです。
「それまでに、強くならないと」
決意新たに、といった感じで拳を握りしめるブランは相変わらず天使です。でも。
「焦る必要は無いわ。着実にいきましょう。あなたは普通より強くなりやすいんだから、大丈夫よ」
「……うん」
無理をするのは良くありませんからね。
「さて、二、三日ゆっくりしたらまた潜りましょうか」
「そうだね」
「わかった」
「では、私共もその日に攻略を再開いたします。アリス、いいかい?」
「もちろんです」
みんなやる気十分ですね。
それでは、今はこの食事を楽しむことにしましょう。
読了ありがとうございました。





