第四話 火の守護者
6-4 火の守護者
屋台でローズからの伝言暗号を聞いてから、それなりの数の夜が過ぎました。
今前方で雄叫びを上げるのは、紅蓮と白炎を纏う蒼虎。七十階層の守護者である『炎虎御霊』です。
五十階層の『地蛇御霊』や六十階層の『波鳥御霊』と同じくAランクの精霊獣ですが、迷宮の階層補正もあってブランには厳しい強さになっています。
ですから、今回はスズがサポートに入っているのですが……。
「うーーーあっつい!」
「気のせいよ、スズ。あなたの装備にも[環境適応]がついてるんだから」
「そうかもしれないけど気分的に熱いの!」
先程からあの調子なんですよね……。
まあスズの気持ちもわからなくもありません。何せ炎虎御霊は、燃え盛るジャングルで待ち構えていたのですから。
蒼虎は間に生える木々を無視してブランに迫ります。
物体に見えるあの蒼い体は蒼炎。つまり超高温の炎ですから、ぶつかる筈がありません。
先に行くにつれて蒼から白、そして赤へと変化していくその体毛は美しいですが、通り抜けた木々が一瞬で消炭になる様子を見ればその危険性が分かります。
精霊獣ということは、あの炎の色は自然のまま。つまり蒼い体部分は八千度以上あるということですから、当然ですね。装備やらこの世界特有の物理法則が無ければ私たちもとっくに消し炭です。
ブランは魔力を纏わせた右の刀、『白梅』で爪を弾き、左手の『黒月』で下から上に斬りつけます。
「グルゥァアアッ!?」
炎虎御霊が苦悶と驚きの声を上げるのも当然でしょう。刀に付与された[吸魔]は弾くだけでも精霊獣の体を構成する魔力を吸い上げ、忍び装束の様な『ハイド・イン・ザ・ダークネス』に付与された[精神攻撃]は魔力を留める精霊の精神に直接ダメージを与えられます。
更に、それらは全て刀の付与、[弱点特攻]の対象範囲内。相性は最高に近いです。
カウンターに仰け反った蒼虎に、ブランはもう一歩踏み込み、追撃を試みます。
しかし体から超高温の炎を噴き出すことで防がれました。
ブランは距離を取ります。
「ブランちゃん、いけるよ!」
スズの[鼓舞]による能力上昇効果を伴った声援にブランは頷きを返し、双刀を構えなおしました。
対して蒼虎。
既に冷静さを取り戻した様で、ブランの様子を伺う体勢です。
先に動いたのは、ブラン。
[鼓舞]を受けたブランは更に速いです。
突進するブランに合わせて放たれた前脚での薙ぎはスライディングで躱します。
ヤツの体の下をすり抜けながら、左右の刀を一振り二振り三振り。四肢と胴を斬り裂きました。
すり抜けた瞬間を狙った炎尾による一撃は障壁でガード。これは予想していましたね。
炎虎御霊が振り返るのに合わせて、ブランは『白梅』を振り下ろします。
精霊獣特攻の一撃はその右眼の辺りを斬り裂きました。
よく見ると、ブランが斬りつけた部分の色は白くなっていて温度が下がったことがわかります。
精霊獣である炎虎御霊からは血が出ることも無く、傷も残りませんが確かにダメージを与えているようです。
若干、動きも鈍くなっています。
再度蒼虎の全身から炎が噴き上がります。
「ありゃ、ダメージ分散されたかな?」
「そのようね」
白く変色していた部分が消え去り、代わりに、全身の蒼が薄くなりました。
動きの鈍さも減じたようです。
「グルゥォォォオオ!!」
突然の咆哮に、耳の良い種族の私とブランが顔を顰めます。
「わーお」
それだけでは終わりません。
周囲を囲んでいた炎がまるで意思を持ったかのように動き出し、私たちに襲いかかってきました。
私は手を出す気が無いので、空間断絶による結界で自分を覆って防ぎます。
スズはブランのサポートがある為、一つ一つ避けています。
私たち二人にとっては防ぐに造作もない攻撃。これだけならブランにもそう変わるものではないでしょう。
しかしあの子には、炎と同時に蒼虎が襲いかかります。
蒼虎が飛び掛かって来たのをバックステップで避ければ後ろから炎鞭が迫り、蒼虎に斬りかかれば炎が噴き出してブランの目の前を塞ぎます。
更にそれを目隠しに蒼虎の突進。
〈魔力察知〉で動きはわかっていたのでしょうが、そう簡単に避けられる状態ではありませんでした。
ブランが吹き飛びます……って、あぁっ!?
「はいお姉ちゃんストップー。ブランちゃんにやらせるんでしょ?」
「わかってるけどわからないわ!」
だってブランの顔半分が焼けちゃったんですよ!?
「何それ……。とりあえずサポート役の私に任せて落ち着いて! もう治したから!」
……ホントに治ってますね。
「すぅーーーー、はぁーーーーーーーー。うん。落ち着いたわよ」
「全くもう……。お姉ちゃんの殺気に虎さんめちゃくちゃビビってたよ?」
「うっ、ごめんなさい……」
実際にはプログラムされた警戒行動だったのでしょうが、ブランの修行の邪魔をしてしまいましたね。反省です。
そうしている間にブランは数太刀入れた模様。炎虎御霊の魔力密度が幾らか小さくなっています。
「そろそろブランでも核の位置がわかるんじゃないからしら?」
「そうだね」
蒼かった虎の体も、今では白。
二つとなった白が灼熱のジャングルを駆け回ります。
地で刃を交え、空で刃を交え、二頭の美獣が紅蓮のステージで踊り狂う。
ましてや、片方は愛しいブラン。お金を出したいくらいには素晴らしいステージです。
しかしそのステージも、もう終幕です。
幾度となく斬り付けられたことで、虎の体は白黄色にまでなっています。
結局核を捉えられていないブランですが、もう、関係ないでしょう。
炎虎御霊の突進を跳んで避けたブランは、そのまま頭上の枝を蹴って急降下。
炎虎の首を二太刀の連撃が斬り裂きます。
まるで、舞台の幕が下されたかのような白と黒の二筋。
これをキッカケに一際強い輝きは沈黙し、闇が、新たな道を示しました。





