第二話 水の守護者
6-2 水の守護者
雨の如く降り注ぐ氷の刃を避けながら周囲に視線を巡らせます。
見えるのは、広大な草原地帯とそこを流れる大河のみ。他の魔物が近寄ってくる気配はありません。
「ボスエリアには来ないんじゃないかなー?」
五十一階層から六十階層は一つの草原地帯のみで構成されていました。各階層は大きな河で区切られているわかりやすい構造です。
「かもしれないわ。でも、油断は禁物よ」
しかしこれは、階層守護者のエリアとそれまでのエリアの境にあるのも一つの河のみという事。他の魔物の乱入は警戒すべきでしょう。
「はーい」
さて、今戦っている六十階層の守護者ですが、形だけを見れば普通のハチドリのようです。しかしその体は普通ではありません。
その一メートル程の体へ視線を向けると、向こう側にある雲が透けて見えます。更に、はるか頭上から私たちを照らす擬似太陽。これの光を時折乱反射させていると言えば、何となく予想できるのでは無いのでしょうか?
「っ!」
「ほら、ブラン、避け方が雑になって来たわよ!」
想像通り、あの氷の雨を降らせ続ける守護者、『波鳥御霊』の体は、殆ど無色透明な水。精霊が何らかの理由で魔物に堕ちた精霊獣の一種です。
「ていうか、降りてこないねー」
「自分の強みをわかってるみたいね。理性は無い筈だけど」
あの水鳥、ずっと上空にいるんですよね。見え辛いし、地上からの攻撃は届かないしで向こうにとっては良い事づくめですから。
「どうなったら手を出す?」
「そうね……もう暫く経ってこのままだったら、かしら?」
とは言え、私とスズが手を出せばすぐ終わります。強力な魔法やスキルによる飽和攻撃で地に落とすだけですからね。
今は、ブランの訓練中です。
「そうは言ってもさ、きつくない? ブランちゃんの手札じゃ」
「えぇ。せめて精霊獣でなければ〈結界魔導〉で攻撃できないこともなかったんだけどね」
魔力障壁はその名の通り魔力で構成された障壁になりますから、全く効果が無いとは言いません。しかしダメージの性質としては半分以上が物理。水の体を持つ波鳥御霊には有効打にならないでしょう。
「障壁を足場にして、よっと、接近戦しかない、かな」
「まぁ、そうね。出来ればだけど」
とは言え、正面から接近しても空を自由に動ける波鳥御霊の優位は変わりません。簡単に捌かれてしまうでしょうね。
そんな状況にあるブランですが、漸く攻めの一手を試みました。
氷雨の僅かな隙間を縫うように跳躍します。足場は勿論〈結界魔導〉。
途中までは順調に近づいていたブランですが、半ばに差し掛かったところからそれ以上近づけていません。
「攻撃がブランちゃんの方に集中しだしたね。一応こっちにも来てるけど」
「やっと、ね」
ブランが接近したのもありますが、ダンジョン側が行動パターンの更新を行ったのでしょう。既にかなりの時間が経っていますからね。
さて、ブランは波鳥御霊までの半ばと地上を何度も往復するだけになっています。
「そろそろ助けに入ろっか?」
「そうしま……ブランが何かやるみたいよ?」
「えっ?」
ブランが足を止めて普段と異なる魔力操作をしているのが見えます。
放たれた魔力はブランの上方十メートルあたりの空間を覆い、魔法として事象を具現化しました。
一見すれば、いつもより厚めの障壁。
しかしその魔法が氷の雨を遮る事は無く、ブランに降り注ごうとしているように見えす。
「えっ!?」
魔力の属性までは読み取れないスズが驚きの声を上げたのは、寧ろ自然な事でしょう。
何故なら、そのまま魔法が覆う空間を通過しブランを襲うかと思われた雨がまるで、動画を巻き戻しているのかの如く上昇を始めたのですから。
「お姉ちゃん、説明よろしく」
「簡単に言えば、闇属性の魔力で逆向きに力を活性化させたってだけよ。雨の受けていた地面方向の力をその逆向き、上方向の力に変えてやったの」
「へぇ。でも、ブランちゃんにそこまでの魔力は無かったよね?」
確かにそうですが、そこを補っているのが〈結界魔導〉です。
「〈結界魔導〉はそもそも何系統の魔法だと思う?」
「え、複合じゃないの? 水とか闇とか」
「不正解よ」
まぁ、そう思うのも無理はありません。
「それは〈結界魔法〉の事。色んな属性を使った障壁の魔法があったわね」
しかし〈結界魔導〉となると少し話が変わります。いえ、〈結界魔法〉も含めて本質は別にあると言うべきでしょう。
「〈結界魔導〉は、空間系統よ。その本質、“空間の操作”の中でも“空間の支配力”に特化したね」
「空間の支配……。自分の領域にするって事かな?」
「そういう事。その空間を支配し、自分に都合の良い空間にするのが〈結界魔導〉よ。例えば、敵の攻撃を防ぐ“障壁”って言う空間にね」
説明している間に、ブランが再度接近を試みたようです。
距離が近くなるといくらか貫通される場合も出てきましたが、まぁ問題ないでしょう。
他にも一撃の威力を上げた大氷塊の攻撃もしてきていますが、避けるのはブランにとって難しくありません。
「じゃあ、今ブランちゃんは自分とあの鳥との間の空間を支配して、闇属性の魔力の影響を受けやすい空間にしてるんだね」
その内こちらには氷が飛んで来なくなったので、スズがゆっくり私に近づいて来ながら確認します。
「細かいことを言えば色々あるんだけど、だいたいそんな感じね」
「へぇ……あ、ブランちゃん鳥のいる所に届いたね」
スズの言うように、ブランは既に鳥にその刃を届かせられる位置にいます。何度か攻撃を躱されていますが、少しずつ体を削り取っていきますね。
「核の位置は……気づいてるけど上手く躱されてるね。もう少しその辺の駆け引きも覚えさせなきゃか」
「それは、スズに頼もうかしら。ブランはどちらかと言うと野性の感タイプだから」
「はーい。あ、ブランちゃんお疲れ!」
「お疲れ様、ブラン」
波鳥御霊から手に入れたモノを拾って、ブランが近づいて来ました。
「はぁ、はぁ、はぁ…………うん、ありがと」
さすがに疲労困憊のようです。
「うん! それじゃ、アリスとコスコルのとこに戻ろっか!」
「ええ」「うん」
さて、あの二人はどうだったか、ゆっくり聞くとしましょうかね。明日は自由行動ですし。





