幕間⑤
長めです。
※五章二十六話の最後にアルジェが放った突きによるカウンター技の名前→『月読』
【由来】
・派手さは無い→夜の静けさ
・相手の呼吸や重心など全てを「読」み、「突く」必要がある
・高威力で諸刃の剣→荒々しさ(日本書紀版の保食神の話参照)
・まず相手の動きを写し、ずらす→ツクヨミが日本書紀版の異伝では鏡から生まれている
幕間⑤
「っと」
転移を完了した矢先に感じたのは、規則的な床の揺れ。周囲の景色と併せて、思惑通りいった事を確認します。
スズ達は……いませんね。探しに行きましょう。
その窓の無い、幾つかのハンモックだけが吊るされた部屋を出て、日の当たる所を目指します。
「っ……!」
そして薄暗い廊下を抜け、太陽の光の下に出ると、強い海風に煽られました。
時刻は昼を少し過ぎた頃。降り注ぐ二つの陽光を反射した海面がキラキラと輝いて、少し眩しいくらいです。
さて……いましたね。海の方を眺めながら雑談に花を咲かせているようです。
私は床になっている木板をコツコツと鳴らさせてスズ達に近づいてきます。
と、ブランがまず気づいたようです。こちらへ振り返りました。
「あ、姉様」
「うん? ほんとだ。お姉ちゃんおかえりー!」
スズネが手を振ってきたので、こちらも軽く手を挙げて返事をしつつ、こちらへ来ようとしていた眷属二人を制します。
私も海を見ながら話をしたいですからね。
「姉様、おかえり……!」
「「お帰りなさいませ、マスター」」
「えぇ、ただいま」
挨拶を返し、抱きついて来たブランの頭を撫でてあげれば、なんとも心地よさそうな顔をしてくれます。天使すぎます。
しかしこの子の甘え方も随分と積極的になりました。天使ですから大天使でもうどうしようもなく熾天使ですね。…………語彙力が死にましたが仕方ないんですはい。
「上手くいったみたいだね!」
「えぇ。目印が大きく移動した場合は実験出来てなかったけど、よかったわ」
上手くいった、というのは持ち運び可能な目印の魔道具を[転移]先としてポータルにする実験の事です。
私の魔力量の増加やスキルの成長、それから転移の魔道具の作り方をアルティカから学べた事を理由として出来る様になりました。
試運転では停止している場合だけしか実験していなかったので、今のように移動する船の上に上手く[転移]できるかわからなかったんですよね。もしできなかったら、次の停泊地で待って、船が港にある間に[転移]して乗り込むつもりでした。
「それで、リリ達は元気にしてた?」
スズの質問ですが、このデッキには他にも何人か人がいます。先に遮音の結界を張っておきましょう。念のためです。
「そうね。相変わらずだったわよ」
「ふーん……。じゃあ、レオン様の予想通りでいいのかな?」
「そうじゃないかしら? それとスズ、アルティカが私たちの関係ばらしちゃったから、人前ではレオンに様をつけちゃダメよ」
はーい、とテキトウな返事をするスズですが、まぁ、気をつけてくれるでしょう。国際問題になりますからね。
さて、今の会話からも分かるように私はリムリアへ帰っていました。その目的は、レオンや公爵家の騎士に稽古をつけるためです。
では何故そうなったかと言われると、話は二週間前、グローリエス帝国での一件が全て終わった直後に遡ります。
◆◇◆
「それじゃ、リベルティアに行ってくるわ」
「ちょっと待ってアルジェちゃん。まだ一発で跳べないわよね?」
「そうね。適当なところまでは飛んで行くつもりよ」
ローズに報告するのは、そこまで急がなくても良いですし。どうせ既に魔道具で連絡を受けてます。
「私も少し用があるから、連れてってあげる」
「…………いいの?」
国際問題になりませんかね?
「大丈夫大丈夫。今回は女王としてじゃないから」
なるほど。【調停者】として、ですか。
「それならお願いするわ」
「はい、到着っ!」
ここは……いつかの隠し部屋じゃないですか。転移対策のしてある亜空間のはずですが、相変わらずめちゃくちゃですね。転移魔法は覚えたばかりですよ? この…………一応リベルティアの城の中なのでやめておきましょう。
「あら、賢明じゃない?」
「……。それより、さっきからジリジリ鳴ってるのは良いの?」
「呼び出す手間が省けるから良いのよ、たぶん」
まぁ、それはそうですが……。と、来ましたね。全員勢揃いです。
「……やはり貴女でしたか。【調停者】アルティカ」
「久しぶりね、リベルティア王」
……雰囲気が変わりました。またもや誰コレ状態です――アタッ!? くっ、今度は頭を…………!
「して、今日は一体どのようなご用件でいらっしゃったのでしょうか」
ん? アルティカに目配せをされました。あー、はいはい。
「その前に、先にローズへの報告をさせて貰っても良いでしょうか?」
「そうしてらっしゃい」
「ああ、わかった。なら、ローズ、お前の部屋で聞いて来なさい」
「わかりました、陛下」
「ふぅ、緊張したー」
場所は変わって、いつものローズの部屋。屋台のおっちゃんことスプーファーはいません。
「……まぁ、それが普通よね」
【調停者】というのはそういう存在ですから。
「それじゃ、報告よろしく!」
「軽い……。詳細はどうせもう聞いてると思うから、省くわよ」
「ええ」
「大体予定通りね。予定外と言えば、アルティカが私たちの関係を公言してしまったことくらい」
ローズの反応は、やはりもう部下からの報告は受けていたようですね。
「やっぱり嘘じゃないのね……。今回来たのは再度クギを刺しにって所かしら」
「そうじゃない? まぁ、あの屋敷にはそのまま住むつもりだから安心なさい」
「それは是非お父様に言ってあげて。あとレオンおじさま」
きっと安心するでしょうね。あの屋敷を下賜したのは、お礼という意味も勿論ありますが、戦力を引き留めるという政治的な理由も確かにありましたから。
「そ、それより、ほら、アルジェも公的に王女って事になったじゃない? だから、ほら」
「女王の孫娘ってだけで王女になった訳じゃないわよ。気にせずいらっしゃい」
「そうよね! うんうん、ほら、向こうはまだかかるだろうし、お茶でも飲みましょう!」
全く、わかりやすいですね。
まぁ、これで権力者関係で懸念することもほぼなくなりました。普通なら政治的要素が絡むようになってしまいますが、相手が相手ですから。これまで以上に立場に遠慮なく付き合えるのは確かです。
そこだけは、感謝しても良いのかもしれません。
それから暫く、取り留めのない話をして時間を潰しました。
「さて、そろそろ行きましょうか。お父様の執務室は、初めてよね。案内するわ」
「ええ、よろしく」
ローズの案内でユリウス陛下の執務室に移動すると、王族の方々の他になぜかレオン様までいました。アルティカの姿はありません。
「お待たせしてしまいました。お父様」
「いや良い。ローズには後で話がある」
「わかりました。それで、何故レオンおじさまが?」
社交シーズンらしいので、レオン様が王都に居ること自体は不思議ではありませんが、この部屋にいる理由は私も気になります。
「例の件で少し、な」
例の件?
「……何か掴めたんですね?」
「ああ。あまり喜ばしくない情報だがな」
なんの事でしょう?
可能性としては、リリが誘拐された件です。あの誘拐犯たちは誰かに依頼されたと言うような口ぶりでしたから、その調査をしていた筈です。
「ふむ、これは、巡り合わせというやつかもしれんな」
「陛下……?」
「レオンよ、彼女に指導を頼んでみるのはどうだ?」
「良いのですか? 彼女は……」
「大丈夫だ。寧ろ、このような事なら積極的に頼んで欲しいとおっしゃっていた」
ユリウス陛下が敬語を使う相手という事はアルティカですね。まったく、勝手に何を言ってるんですかね? あのババアは。
「そうですね、なら頼んでみましょう。……というわけで、アルジェ、殿」
「今まで通りで良いわよ」
私個人とは対等な関係で接するという約束でしたから。
「そうか。なら、アルジェ。うちの騎士たちに稽古をつけてやってくれないか?」
「……理由は?」
「ここ数年、大樹海でのスタンピードが頻発しているのは知っているか?」
これには頷いて返事をします。
「その原因がわかった。大樹海の奥に棲む古代竜、レテレノだ」
「古代竜、ですか」
やっかいな相手です。
「彼の者はかつて、先代が公爵に陞爵される理由となったスタンピードを起こした竜だ。その古代竜がまた、他の竜達を集めているらしいのだ」
「なるほど。それで戦力の増強を考えていると」
「そういう事だ」
なるほどなるほど。これから暫く、移動時間が暇になるのでちょうど良いですね。
「私たちはこれから船旅になるわ。その間で良ければ、引き受けてあげる。ついでにあなたもね」
彼もこっち方面はわかりやすいですね。
「バレていたか」
「当然」
◆◇◆
それからざっくり打ち合わせをし、何箇所かを経由する自力での[転移]を使ってスズたちの元へ帰りました。アルティカは先に帰ったらしかったので……。
どうせカッコつけてですよ、私を忘れて帰っていったの。なんて思ってたら案の定でしたから、とりあえず雷を数発食らってもらいました。
まったく、彼女も相変わらずでしたね……はぁ。
それはともかく、私がリベリアと船上を往復しているのはこんな経緯からですね。
これなら私たちも鍛えておいた方が良いだろうという事で、次の目的地へ向かうことにもなりました。
はてさて、どんな感じのところですかね。かなり楽しみです。
◆◇◆
「なかなか順調なようですね」
何処までも広がっているように見えて、同時に一切の余裕も無いほど狭く見えるその真っ白な空間。人を嘲るような口調の声が響く。
「本当に、忌々しいくらい順調です」
嘲りを含む声音やその言葉と裏腹に、そのモノの発する気配は楽しげだ。
「……このまま行けば、現地の時間で十年以内に目標を達成するでしょう」
そのモノに返答する声は管理者と呼ばれる存在のもの。やや機械的なその声に混じっているのは、喜びと、そして寂しさだろうか。
「ククク……。十年、ですか」
そんな管理者へと返ってきたのは、やはり侮蔑を孕んだ声音。
「何か、間違っていましたか?」
管理者にとっては自らの上位存在である相手だ。強くは出られない。
それでも、管理者はその声に混じる苛立ちを隠せなかった。
「いえいえ。ただ、もっと短くなるかもしれない、というだけですよ。……あぁ、そもそも永遠に叶わないかもしれませんね」
白々しいまで言い回し。紳士姿のそのモノにとってどちらか本音かは聞くまでもなかった。
「また、何かなさったのですね」
それ以外に態々そのモノが出向いてきた理由を、管理者は思いつかない。
「当然でしょう。トリックスターでもあるのがこの私ですから」
これには納得せざるを得ない管理者。返答は短い。
「……そうですか」
その様子に満足したそのモノは、最後に一つ、爆弾を落としていく。
「そうそう。そろそろ私も、器に挨拶しておこうと思っています。次の目的地の、例の場所でにしましょうか。その時はよろしくお願いしますね」
「なっ!? ちょ……」
管理者の声を聞き遂げることはせず、そのモノは虚空へと消えた。
「……それにしても、管理者は随分感情豊かになりましたね。…………クククク」
その言葉を聞く者はいない。





