第二十三話 『川上流』と『真川上流』
5-23 『川上流』と『真川上流』
六日目。主目的である、『真川上流』の師範との準決勝の日。
私は既に入場し、相手を待っている状態です。
周囲に意識を向ければ、ここ五日間で最高の熱気。しかし観客の数に変わりはありません。
意外と、人気はあるようですね。
まぁコスコルに勝ったあのSランク冒険者よりは強いわけですから。強さを重んじる『龍人族』からすればおかしな話ではありませんか。
このような思考をしている間にも、司会が簡単に私の紹介をしています。前回大会の優勝者であるお相手さんには特別な演出があるようですね。
「さぁさぁお待たせしました! それでは入場してもらいましょう! 前回大会の覇者! 彼の武神、ゲンリューサイの技を継ぎ、より発展させた『真川上流』の師範! ガリュウに‼︎」
演出担当の魔法使い達の魔法により、私と反対側の入り口が炎の柱で覆い隠されます。
その内から現れたのは、黒髭を蓄えた、物静かな雰囲気の中年男性。腰にあるのは打刀。中々の業物です。頰と首から下、道着の内側に見える鱗と、頭部に生える二本の灰色をした角が彼の種族を物語っています。
やっと、ですか。しかし癪に触る紹介文でしたね。
何やら司会は言っていますが、気にせず私の用を一つ、済ませましょうか。
「派手な登場ね」
「……大会側の意向だ」
ふむ。
「ここに来るまで、あなたの流派の連中について色んな話を聞いたわ。実際に何人かとも会ったしね」
「そうか」
「『龍人族』とは言え、酷いものよね。赤子を切り刻んで遊んだり、嫌がる女性を辱めたり。旦那さんの前でやられたって人も居るみたいね?」
「……何が言いたい?」
「あなたの立場なら、禁じる事も、破門にする事も、簡単なはずよね?」
ガリュウを真っ直ぐ見つめ、問います。
そしてガリュウも同じく、黙って私を見つめ返します。
「……くっくくく、クハハハハ!」
「……何がおかしいの?」
「いや、失礼。しかしコレが笑わずにいられようか? その赤子は、女は、弱かった。ただそれだけであろう? 強者が弱者を好きにできるのは、当然の権利よ! 例えそれが法に触れていようと、力で無かった事にすれば良い。違うか?」
……コイツは、何を言っているのでしょうか?
「あなた、いつの時代に生きてるのかしら?」
太古の昔、まだあの聖国ができる前ならば、『龍人族』には確かにそのような風習がありました。
その頃なら、それは種族的な文化です。私には口を挟む余地はありません。私の耳に不満の声が聞こえて来る事すら無かったでしょう。同時に、ジジイの名を汚される事にもなっていなかった。
しかし今は違う。
ゴミ屑共がしているのは、現在、確かに“悪”なのです。力を尊ぶとは言え、弱者に何をしても許されるなどという事はありません。つまりジジイの名を汚すものでしかない。
そんな事の為に、『川上流』の技は、使わせない。
「でも、そうね。なら、あなた達の流儀に則っとって、力で我を通す事にしましょうか」
「ふん、やってみろ」
丁度、司会の諸々も終わったようですね。では、始めましょうか。
♰♰♰
試合開始の合図。
相手が刀を抜くのを見ながら、私は『ソード・オブ・ムーン=レンズ』を武舞台の外に放り投げた。
「……どういうつもりだ?」
「あなた程度に武器はいらないって事よ」
別に舐め切っているわけでは無い。無手は私の二番目に得意な型だ。その程度には評価している。
とはいえ、一番得意な刀を使うまでも無いという事には変わりない。
観客席から聞こえる野次は無視だ。
まずは小手調べ。
縮地の技で接近してからの掌底。
速度重視のこれに、ガリュウは辛うじて反応した。軸がズラされる。
それでも体勢は崩した。
崩れた体勢のまま繰り出された斬り上げは、一歩引いて避ける。
そして沈み込み足元を払った。
バク宙でコレを躱したガリュウが両手で斬り下ろして来る。
コレは一歩前に出て避け、右脇腹へフック……する直前で視界の端から迫る影に気付いて飛び退いた。
(今のは尻尾ね。忘れてたわ)
純粋な『龍人族』には太くて長い、蜥蜴のような尻尾がある。
この隙にガリュウがとった構えは、居合。『迅雷』か。
雷速で迫って来るガリュウ。思わず笑みが漏れてしまう。
――川上流『柳ノ風』
ガリュウの振る刀に手を当て、その動きに逆らわず引いていく。
そこに僅かな力を加え、剣筋を狂わせる。
柳の葉を揺らす事しかできない微風のような力は、相手に悟らせる事なく、バランスを狂わせる。
完成された技にこそ有効な技だ。
しかしここまでは下準備。
流した腕を取って仕掛ける技は、派生形の投げ技。
――川上流『渦撃』 派生 『風波』
渦で方向を変えられた力は、自らの起こした風による波で更に勢いを増す。
『渦撃』が彼我どちらかの力の方向を変えるだけなのに対し、『風波』は相手の力を更に加速させる。
今回加速させる方向は、真下。
「カハッ!?」
ガリュウの凄まじい速さはそのまま破壊力となり、頑丈な武舞台を砕いた。
そのまま転がってガリュウは私から距離を取る。
「あら、頑丈ね?」
ガリュウが口に溜まった血を吐き出し、息を整えるのを眺めながら聞く。
「……今のは、『柳ノ風』に『渦撃』だな?」
「正解。正確には『渦撃』じゃなくて、そこから派生した『風波』だけどね」
私の告げる技名にガリュウは眉根を寄せる。
「そんな技は知らん。……貴様、何者だ」
「今日のうちにはわかるわよ」
話は終わりという意味を込めて、私は構えをとる。
左手を軽く開いた状態で前に出し、相手に対してやや斜めに保つ。右手は腰の辺り、握り込まず、自然な状態。右足を引いて半身の態勢。
奥伝にあたる型の一つ、『激流の型』だ。
「……また知らぬ型」
慎重になっているようだ。様子見に入ってしまった。
「来ないなら、またこちらから行くわよ?」
『激流の型』は確かにカウンター主体の型だ。しかしそのカウンターというのは、相手のあらゆる動きに適応される。合気柔術に近い。
私の言葉がハッタリでないと気づいたようだ。あちらも私の知らない構えをとった。
「まさか、準決勝でコレを使う事になるとはな」
相手同様、私も集中を深める。
初動は、『迅雷』に酷似。しかし重心は少し後ろ……。
「真川上流奥義『降り注ぐ雷』」
「っ!」
コレは――
…………なんて、つまらない。
要は、『迅雷』による連撃。
この速度でほぼ同時に複数方向から放たれる斬撃。
コレを躱せるモノは少ないだろう。
だがコレは、改良ではない。改悪だ。
確かに速い。だが、『迅雷』よりも格段に遅い。コレよりも速い『迅雷』を容易に躱せる相手には通じない。
数発の斬撃を躱し、その最後となる一撃を右手で流す。
うん、軽い。
力ではなく、速さを威力に変えている『迅雷』を遅くしてどうする。
そのまま左肘で顔面に肘を入れてやると、ガリュウの上半身が大きく仰け反った。
その動きに合わせて右足で足元を払ってやれば、簡単にガリュウの身体は宙に浮く。
そして、トドメ。
〈制魂解放〉した右手による掌底を鳩尾に叩き込んだ。
ガリュウが叩きつけられた勢いで武舞台が陥没し、ヒビ割れる。
土煙が舞い、その場を覆い隠す。
会場が静寂に包まれた。
観衆には、まだ結果は分からない。
しかし次期に見るだろう。大きく凹み、その内には何も残さない武舞台を。
堂々歩いて武舞台の外へ向かい、付与された自動回収能力で刀を呼び寄せる。
そして、私が退場する頃、背後に大きな歓声を聞いた。





