ヒーローを獲れ!
「浦!」緊迫の面持ち、背後から駆け寄る声がある。「浦巡査部長!」
機動隊の制服をまとった浦浩巡査部長は直立不動、正面の野次馬を睨んだまま。
「浦先輩」浦の隣、見たまま使命感に燃える隊員が声を向けた。「呼んでますよ」
「うるさい!」険しい、というよりは不機嫌そのままの顔で浦。「俺ァやらねェぞ!」
背後、派手な破壊音――遠くない。
「浦!」背後から顔――特殊部隊の小隊長。「出番だ!」
「知らん!」浦が一蹴。「追い出しといて言う科白か! 増援でも自衛隊でも好きに呼べ!」
「呼べんとは言わんが」慣れた風に小隊長。「それまで被害は拡がる一方だな」
浦に舌打ち。読まれている。
「できるできんの問題じゃない」小隊長が浦の胸板へ指鉄砲。「お前にやる気があるかどうかだ」
睨み合い――それが数秒。
「あー畜生!」地団駄一つ、浦が踵を返す。「やりゃいいんだろうやりゃ!」
眼前、ひときわ大きく破壊音。
野次馬を遮る阻止線から中へ。あとは遮るものとてない。その先――、
「で、俺に?」浦が怪訝に足を止めた。「あれを止めろと?」
浦の視線、赴く先に。
群がる特殊部隊用パワード・スーツ――を蹴倒す完全義体。それが2人。
うち1人は見るからに重量級。隠す気もないらしく、2メートルに及ぼうかという巨躯にはカーボン強化フレームすら覗く。
もう1人は正反対。肌といい服といい人と見紛うばかりの佇まいだが、その瞬発力が明らかに人のものではない。
「完全義体が2体」小隊長が苦く言い添える。「調べはついた。元はお前の部下だそうだな――浦浩・元軍曹」
「あいつら……」2人を認めた浦から溜め息一つ、「何だってまた?」
そこで轟音――最後のパワード・スーツが地に伏した。
「お前ら!」浦から一喝。義体2人の手が止まる。「こんな所で何やってる!?」
先に振り向いたのは軽量級。「お久しぶりです、浦軍曹」
続いて重量級。「やっと来たね、軍曹殿」
「答えを聞いてないぞ、2人とも!」恐れも見せずに浦が進む。
「嶋!」浦が睨んで軽量級。
「東!」次いで睨むは重量級。
「しかもお前ら」浦の声が不穏に低まる。「義体に変なチューンかましてるな?」
「真っ当な装備ですよ、浦軍曹」あっけらかんと嶋。「意味もなくチューンなんてしませんって」
「何の!?」浦の声が尖りを帯びる。
「正義の味方」直球で東。「ヒーローってヤツさ」
「ヒーロってのァ!」浦が喝破をくれた。「テロ屋ァ差して言うことか!」
「まさか」嶋がすくめた肩越しに親指を向ける。「悪役はあっち」
嶋の示す先、折り重なるようにパワード・スーツ。いずれも一見して見覚えのある型ではない。
「だったら」浦が腕組み、「何で警察と取っ組み合いやってやがるんだお前らは!?」
「それは」嶋がさも意外そうに、「こっちが訊きたいですよ。何で悪役じゃなくて俺達なんです?」
「……じゃあ俺が取りなしてやる」浦が頭を掻きつつ、「大人しく付いてこい」
「そうも行かないんですよ」東が掻いて頬。「ヒーローってのは秘密が売りですから」
「何が言いたい?」浦に険。
「見逃してくれませんか?」茶目っ気すら滲ませて嶋。「――って言ったらこうなったんですよ」
嶋と東、2人の足元には擱座したパワード・スーツが計8体。こちらは明白、背中で『警視庁』の文字が泣いている。
「で?」浦が腕組み、仁王立ち。「警察のメンツになんざ俺だって用ァないが」
「浦!」背後から苦く小隊長。
「だからって!」浦がなお押し通す。「逃げ足のトロいヒーロー気取りを、見逃してやるほど甘くもねェ!」
「お見事」嶋から小さく拍手。「なら浦軍曹が止めて下さいよ。未だに生身でしょうけど」
「屁理屈こねやがる」視線はそのまま、浦が一つ肩を鳴らす。「元の上官を舐めんなよ」
「じゃ」片手を掲げながら東の巨躯が向き直る。「2対1ってのもあんまりなんで、俺から」
「ふン」浦が腰を落として前へ――摺り足。
東が間を詰めて――さらに一歩。
「このボディに」東の声に挑発の色。「勝てるとでも?」
浦が応じて眉一つ。口の端に小さく――笑み。
「なら!」
東が地を蹴る。踏み込み、間を詰め、一気に右手を衝いて出す。
浦も前へ。踏み込み深く、腰を落とし――だが。
沈む身体は、しかし重力加速度を超えられない。そこを狙って東の剛拳。
――寸前。
浦が右腕。下腕を跳ね上げ、下から東の右手首。
捉えた――だが重い。なお力。
重量級の拳に乗った慣性は、生半可な力では殺せない。生身の浦ではなおのこと。
だが逆に、突き飛ばして浦の上体を沈めることはできる。
潜る。くぐる。東の拳。
迫る。重量級の左軸足。
気合一閃、重量級の東が軸足に力。地面のアスファルトが悲鳴を上げる。
掴む。浦から両手、東の左脚。そこへ浦の全体重。
構わず左足一本、踏みしめて東が身体を衝き上げる。背後に残った右足を、内懐へ踊りこんだ浦めがけて振り上げ――、
なお動く浦。それまでの勢いを利し、東の左脚を文字通りの軸として、軌道をねじ曲げ、東の左脚をさらに右手へ――、
間髪。抜けた。東の渾身。さらに浦が両の腕、東の左脚にしがみ付く。
東が勢いを――殺せない。すっぽ抜けた。
たとえ義体を研ぎ澄ませても、慣性の軛は脱せない。
二撃目の蹴りをすら空振って、地に留まれるほど物理は甘くない。さらに左脚、絡んだ浦の慣性が東の感覚を狂わせる。
勢いそのまま、浦がここぞと身体を振り回す。宙に浮いてしまえば、重量級の東といえど動きを留める策はない。
身体を振り回し、宙で浦が勢いを乗せる。重心周りに縦回転、東の後頭部を――、
アスファルトへ。
耳に響いて――重い音。
慣性がなお東の義体を振り回す。弾かれ、強打、盛大に転がり、東は轟音もろとも地へ伏した。
離れて立ち上がる影――浦。
「何を」嶋に怪訝声。「やったんです?」
浦は肩を軽く回して、「教えてやる義理が?」
「あいかわらず意地が悪いですね、浦軍曹」嶋に苦り声。
「降参したら教えてやる」不敵に小首を傾げて浦。
「東!」嶋が呼びかける。
東からの答えは――ない。身動き一つ見当たらない。
「参ったな」嶋が頭を掻く。「生身でここまでできるってのは――浦軍曹?」
「今は巡査部長だ」浦に苦笑。「閑職に飛ばされて腐ってるがな」
「じゃ、ちょうどいいところです」嶋が声を和らげた。「転職しませんか?」
「そうだな」浦が眉を一つ踊らせて、「これが終わったら考える」
「悪い冗談みたいですよ」嶋が困ったように腰を落とす。
「冗談は」返す浦も腰を落とす。「寝るか捕まるかしてから言ってくれ」
「どっちもご免――と言ったら?」
「前言撤回」浦が立てて指一本。「せいぜいくっちゃべって時間を使ってくれ。増援に任せた方が楽できる」
「ひどいな」嶋に苦笑――前へ摺り足。
「ひでェのはどっちだ」構える浦にも苦笑。「こちとら職務外でこき使われてるってのに」
止まる――気配を探り合う。
嶋が――踏み込む。深い。沈み込む。
浦も踏み込む。間合いをずらす。
勢いに乗る前、嶋の拳を払う――その浦へ。
腕の一閃、嶋から横薙ぎ。
受ける。地を蹴る。受け流――そうとして果たせず、浦が横手へ吹っ飛んだ。
地面で受け身を取り――切れずに浦が転がり、二転、三転、ようやく止まる。
「軽量級ってのは」問わず語りに嶋。「慣性に引きずられないのがウリでしてね」
「け!」浦から嗤い。「ご高説だなァ」
「生身とも違って」嶋は苦笑を一つ、「瞬発力も稼げますからね。動きにも融通が利くってもんです」
「よく回る舌だ」浦が地に腕をつく。
「浦軍曹」苦く嶋が小首を傾げた。「舌を回してるのはどっちです?」
「どっちだと思う?」上体を起こしつつ浦。「俺ァいつだってこのペースだ。クリーン・ヒットとか思ったか?」
「鼻っ柱の根っこくらいは」嶋が指一本、浦を招く。「揺さぶったと思ってますよ」
「残念だったな」浦が地について左足。「見ての通りだ」
「『見ての通り』って」嶋に呆れ声。「ただの意地じゃないですか。こっちの言えたことじゃありませんけど」
「だと思うんなら」立ち上がった浦が腰を落とす。「この鼻っ柱、見事へし折って見せな」
「どうなっても知りませんよ」肩を一つすくめて嶋。「こっちも時間がないんです」
「だろうな」浦が拳を突き出し――指一本で嶋を招く。
嶋が摺り足、間を測る。
浦も摺り足、やや前へ。
静止――一瞬。
先に浦。前へ踏み込む。
後の先を狙って嶋。鋭く地を蹴り間を詰める。拳を打ち出し――、
浦がフェイント。踏み込みを――さらに深く。沈む。
嶋が応変。腕を弾いて下へ。
が、浦はさらに身を横へ。打撃の芯をわずかにかわし、内懐へ――。
咄嗟。嶋が地を蹴った。上へ。
――と。
浦から両腕。嶋の右腕を絡めて瞬時の脚さばき。体を返して背を向ける。嶋の腕一本を背負い――、
地を蹴った。全体重。浦が嶋に投げを打つ。
狂った。重心。浦につられて姿勢を崩す。二人の重心が浦へ寄り――運動が回転へと化ける。
弧を描く。大外。相手の勢いをそのまま乗せて、浦が嶋を地へ墜とす。
嶋に受け身――。
地が震える。アスファルトへと痕を穿つ。
――だがそれまで。
嶋は肩から地へ墜ちた。勢いそのまま前へと転がり、地を踏みつけて――、
止まらない。
浦が地を踏む。低く着地、腰を入れ、それまでの勢いを乗せて下から衝き上げる。
そして嶋の義体は軽量級。つまづくかのように浦の身体へのしかかり――、
持ち上がる。大きく弧。受け身を取ろうとして――腕を取られる。逃げられない。
落下。垂直。地へ突き立つ――頭から。重い音。
「いくら身体をいじってもな」嶋を放しつつ、浦から低く声。「脳は鍛えようがねェんだよ」
聴いているのかいないのか、嶋は力なく崩れ落ちた。
「頭ッから墜ちりゃこのザマだ」手の埃を払いつつ、浦がゆっくり立ち上がる。「あーくそ、手間ァ取らせやがって」
言いつつ浦は強化手錠を取り出した。
「公務執行妨害。現行犯で逮捕する」
「クビ!?」浦の声がすっぽ抜けた。
「ぶー垂れてたろう」悪気も見せずに小隊長。「職場放棄で諭旨免職、願ったりじゃないか」
「っと待った!」浦が食い下がる。「あれはあんたが焚き付けたから……!」
「そう尖るな」軽くいなして小隊長。「どっちにしろ特殊部隊にいたんじゃ引き抜きもできんからな」
「引き抜き……って、じゃ最初から!?」浦が噛み付く。「どこに!?」
「ヒーローさ」小隊長にしたり顔。「リーダー待遇で迎えたいそうだ。さっきので採用、文句なし。悪い話じゃないだろ?」
「いや確かに……!」思い当たった浦が顔色を変える。「……ってあんたまさか!?」
「俺も転職組さ」片頬で笑む小隊長から右手。「戦隊司令待遇。ま、仲良くやろうや」