8話 歩兵のバトルフィールド
【視点:3人称】
「地点確認、ここか。」
早朝に依頼を受け取り、一行はダンジョンの前に到着した。最も効率が良い場所をホークが尋ねたところ、Fランクパーティーながらダンジョンを紹介されたのである。
確かに彼等は冒険者駆け出しで最下級ランクのFランクであるものの、ホワイトウルフということになっているヴォルグとハクレンはBランク相当。そのため、「実力的には十分」とギルド内部で決定されていた。
ようは「ギルドとしてはダンジョンに向かっていたとは知らなかった」ということで、ダンジョンに入っても問題ないとギルド内で決まってしまったのである。その旨はタスクフォース8492にも伝達されており、一行も了承済み。この件に関しては、互いに「知らぬ存ぜぬ」の決定事項となっている。
とはいえホーク達は、進むのは地下5階までだと念押しされた。最後にダンジョンへ挑んだパーティーは3年前なのだが、目標である魔物はその階層に居るらしい。
しかし、この階層で既にBランク相当となっている。1~3階は温いものの4階ですらCランク相当であり、中々に容易ではないダンジョンなのだ。そして、この街に来るまでの労力に見合わないのと街に危害が無い静活動ダンジョンため、攻略しようと意気込む人も極小である。
そう説明するのは、博識なマールとリールである。
それに対するホークの質問で「静活動とは何ぞや」となったものの、休火山のような表現方法であることを理解したホークは、それらの説明を受けて戦闘計画を立てていた。
「わかった。それでは地下1階にてリュック、リーシャの戦いを見る。地下2階は000とアルファ隊、3階はヴォルグ夫妻、4階でハクの出番だ。対処不可能と判断した場合、直ちに増援要請を行ってくれ。」
一行は了解の旨の返事を行い、片側1車線道路のトンネルほどの穴をくぐり、坂を下った。
すると、やや開けた広場のような場所に出る。事態が動いたのは、先頭のホークが広場に足を踏み入れた瞬間だった。
「総帥様、来ます!」
踏み入れた途端、空気がざわついたことをホークも感じ取った。互いに互いを獲物と認識しており、間髪居れずにゴングが鳴らされた。リーシャは弓、リュックは剣を構え、集団の一歩先で身構える。
50mほど先には、腰ほどの高さの身長を持つ緑色の人型の魔物、一般名称をゴブリンと呼ばれる魔物だ。5匹の群れを成しており、左右に一匹ずつが展開し、中央には3匹が連なって迫っている。中央のフォーメーションに目が行ったホークは、約一名がネタ発言に走らないかと警戒した。
「ゴブリンが三体!来るぞリュック、ジェットストリーいてっ。」
「それ以上、いけない。」
案の定ネタに走った若者の答えを遮り、ホークは頭部に手刀を炸裂させる。例によって大げさに痛がるディムースを尻目に、ハイエルフ兄妹の戦闘に目をやった。
まず目に入ったのは、後方にいるリーシャである。アーチャーと言えるスタイルのリーシャだが、その矢は赤や青に光っている。マールの説明によれば矢に対して火や水の魔法を使っており、物理攻撃力に魔法の攻撃力を上乗せしている状況だ。
放たれる矢の速度も非常に速く、細い腕からは想像もできない勢いを見せている。この点もマールから説明があり魔法で筋力を底上げしているらしいのだが、なんとも羨ましい能力だと呟いてしまうのはホークの本心となっている。
兄であるリュックは、リーシャとのコンビネーションも抜群だ。ハクが使っている双剣の片方より一回り大きい剣を使用しており、見た目は至って普通に見える。とはいえ以前にホークが説明を受けた話では、彼の家に代々伝わる伝統的なものらしい。
剣と言っても叩き斬るようなものではなく、どちらかと言えば日本刀に近い運用だ。相手の攻撃を確実にいなし、水が流れるようなスムーズさで一撃一撃を打ち込んでいく。
相手がゴブリンと言うこともあり、呆気なく決着となった。その後は違う種類の敵が出てくるなどの課題も生まれたが、二人は同様のスタイルで処理していく。
すると、下のフロアへと続きそうな下り坂が見えてきた。リールの説明では、次の階層への入り口とのことである。つまり戦闘要員は、次のグループにスイッチだ。
「さて、次はお前等だが……今更だけど、着弾した時の破片って大丈夫なのか?」
「仰るとおり、心配なのは破片ですね。でもそこは大尉と協議済みで、ひとまず全員ハンドガンで挑んでみます。」
軽い金属音と共に、ディムース達はP320のセーフティーを解除する。確かに9mm弾となれば、破片の心配も少ないだろう。
「ええ、ディムースの言うとおりです総帥。俺も今回は、拳銃での戦闘です。」
明らかにP320とは異なる、それ本当に銃ですかと言えるほどの重厚な金属音と共に、一丁の銃のセーフティーが解除された。
「すっとぼけた振りしてM82を拳銃って呼ぶのは止めなさい。」
「えっ。」
「えっ、じゃない。ノンスコープやクイックショットができるからって、それは拳銃じゃない。オッケイ?」
「……オーケーイ。」
まるで遠足のおかしの値段オーバーを指摘する先生と、注意されている生徒の構図。ダメですかと言いたげに珍しく感情のある声を出すマクミランだが、洞窟内部でM82の50口径弾を撃とうものなら、壁に着弾した際の破片が音速で飛び交う現場となってしまう。
その破片の有効射程距離は50mほどあり、それはつまり発砲者やホーク達も射程圏内。元々が射程50mほどで使う武器ではないこともあるが、このダンジョンのような場所で使うのは、危険極まりないのが現状だ。
ホークがそのことを夫妻や兄弟姉妹に説明すると、思わず一歩後ずさっている。それでもハクは「全て防ぎます」と断言しており、M2重機関銃の弾丸を全て跳ね返していた実績もあるため、本当の緊急時においては使用が許可された。
愛銃を使えずションボリとする地上最強のスナイパーだが、そこは超エース級。P320のセーフティーを解除した途端に気配が変わり、戦闘モードに切り替わる。兄妹が思わず更に一歩距離を置いてしまうも、ハクや夫妻が彼らを見る目は真剣そのものだ。
「リュックとリーシャは後方警戒だ、これも重要な役割だから気を抜かないでくれ。」
「ハッ。」
「はいっ。」
「さて、戦闘指揮に関してはマクミランが行ってくれ。000とアルファ合同チームとなる、任務内容は自分たちの護衛だ。先行して敵を排除、安全を確保してほしい。銃の威力に不安を感じた際は、躊躇なく武器を変更してくれ。」
「承知しました。各位、次階層侵入後は相手の様子を伺う。最初の交戦は、俺に任せろ。」
「了解。」
「隊長、万が一のバックアップは任せてください。」
「オーケーイ。スタンバーイ……スタンバーイ……ゴー。」
ディムースの了解に続き、他の隊員も同様の返事を行った。直後のゴーの合図で各々がセーフティーを解除し、念のために5人ほどがHK416アサルトライフルを構えて前進を開始する。先頭のマクミランとそれに続く隊員に合わせ、ホーク達は後ろ10mほどに続いた。
坂を下った直後のフロアを出た途端、前方からこちらに走ってくる影がある。姿かたちは前のフロアに居たゴブリンと類似しているが、二回りほど大きいように見て取れる。
「ゴブリンの上位種です!単独での戦闘力はEランク後半ですが群れると厄介なのに……そもそも、なんでこんな低層で!」
どうやら低層では見かけることのない魔物のようで、姉妹は言葉を呟きながら混乱している。
しかし、もちろん彼等が混乱することはあり得ない。マクミランが言った通り、最初の交戦は彼任せ。他のメンバーは銃を構えては居るものの、発砲する気配は皆無である。
直後に開始されたのは、銃を用いて行われる狩りではない。第三者にとっては、まさに職人作業と呼べるものだった。
魔物の生きる権利を万引きするかのごとく、ごくごく自然体のままにトリガーを引き相手の命を奪っていく。それでいて、決して言葉は発さない。ハンドサインの全てでもって仲間に情報を伝え、的確に魔物を処理している。
恐ろしいことに、銃撃のほぼ全てがヘッドショット。ワンショット・ワンキルという言葉があるが、それはスナイパーライフル専用の用語に等しいものであって、ハンドガンで使用する言葉ではない。
「ヘッショ一発か。」などと呑気な言葉を呟いたかと思えば、全く迷彩の意味を果たしていないどころか逆に存在をアピールするギリースーツに身を包んだ兵士は、エイムBOTかのごとく次々とゴブリンの頭を打ち抜いていく。
AoAにおける野良プレイヤーが集うサーバーでは事あるごとにハッカーやツーラー認定を食らいアクセス禁止処置となっていた経歴は、伊達ではない。見た者は非常に少ないながらも「歩く無敵砲台」と恐れ呼ばれた異名が、今ここに鱗片を見せている。
いつもは気さくに話し合う仲間であるディムースですら、繰り広げられた作業風景に唖然としている。13体の集団で現れたゴブリンは、僅か数秒で全て絶命することとなった。
しかし当の作業者は納得していない様子で、仕事が終わっても戦闘態勢を崩していない。間髪入れずに、指示を飛ばした。
「ハンドガンでも攻撃性能は十分だが、2匹が胴体に鉄製と思われる防具を身に着けていた。P320を所持している隊員は装備変更、PDWを持て。」
「イエッサ、ヴェクターですね。」
バッグパックから取り出され配備されたのは、陸軍が新規で導入を進めていたクリス USA社製のPDW、ヴェクターの発展型クリス ケルドである。アメリカ軍では開発中ながらも.45ACP弾を使用する有名なサブマシンガンであり、一昔前のアサルトライフルに匹敵する火力を持ちながらも取り回しは近接戦闘向きとなっている。
銃本体の外装においても無駄が省かれ無骨なデザインとなっているものの、それによって基本重量は2.5kgに抑えられている。AoAらしいカスタマイズとしてフルアーマーに対する有効射程が10m延長されており、全体的な射程や弾速に関してもオリジナルより強化されている。
アタッチメントはピカティニー・レールとフォアグリップを基本として、各々が好みとする近接戦闘向きドットサイトに折りたたみ式ストックと近接戦闘向きのものが装着されており、今回のダンジョンで行われる戦闘にはピッタリだろう。これにホーク指定の短身サプレッサーを装着し、完成形となる。
数名ほどがレーザーサイトや前方を照らすフラッシュライトを装着しているものの、この装備は重心がズレるため完全にドットサイトと同じく個人の好みの問題だ。本業がスナイパーであるマクミランも中距離向けのホロサイトを装着している点が、個性を現している。
P320とヴェクターでは銃の大きさが倍程に違うため取り回しの類に大きな差が出るのだが、その点にだけ目を瞑れば連射レートや弾丸の射出速度は大きく上昇しており、結果的に火力は桁違いのものとなっている。
その後はチーム単位で進軍していったのだが、使用者が彼らであることも火力の上昇に輪を掛けているだろう。攻撃タイミング、リロードのカバーなどの全てにおいて機械のような連携が取れており、ハク視点においても隙は全く見当たらない程だ。
その全ての指示がハンドサインで行われているために、ホーク以外のメンバーの目には異様にしか映っていない。銃の仕組みを理解していないことやハンドサインが理解できていないということもあるが、何故無言のままであのような連携が行えるのか、全く理解できていないのだ。
「これが大尉や少将の戦闘ですか……演習では銃を使っていませんでしたので新鮮です。リュックやリーシャの流れるような戦闘とはまた違い、静かながらも非常に洗練された様子は流石ですね。」
「その兄妹と違って、見た目の色気は皆無だけどね。」
ホークの野次が聞こえていたのか、後方の隊員数名が首を後ろに向ける。どうやら聞こえていたようで、異議申し立てを行いそうな表情をしているのがマスク越しにもハッキリと確認できた。原因のホークは、「集中しろ」と手首をヒラヒラさせている。
そのようなおふざけが行われている横で何が行われているかを理解しようとしていた一行だが、けっきょく最後まで理解できないまま、アッサリと2階層目も突破となる。
とはいえ、ネクストバッターはいつまでも落ち込んでは居られない。ホークと拳をあわせる隊員を横目見ながら、伝説級と謳われる2名は負けじと次階層を見据えるのであった。
無難にMP5にしようかと思ったのですが、試作系の銃にしたかったのでヴェクターを採用しました。画期的(変態機構)を採用している銃ですが、ゲームにおいても出現頻度が多いですよね。




