7話 古き良き田舎街
【視点:3人称】
冒険者ギルドを出た一行は、短いながらも街のメインストリートらしき場所にさしかかる。小さい街とはいえソコソコに賑わっているものの、昼間の都会のような騒がしさは皆無である。
この一角に住居はなく、ほぼ全てが何らかの店舗や屋台となっている。八百屋や魚屋など、それぞれの小さな個人店が店を連ねる、商店街の役割も果たしているのだ。
「初日から思ってたけど、のどかな街ですねー。」
「田舎って表現がピッタリですが、静か過ぎると気乗りしない。こういう局所的な活気があると、一層魅力が増しますよね、隊長。」
まったくだ。と、一行は談笑している。その考えに関しては、ホークやマクミラン達も同意見だ。
目に映る情景を素直な感想で表現し、ディムースは背伸びをしながらリラックスしていた。彼の部隊は陽気な振る舞いを見せており、ホーク達より数メートルほど先に進んでいる。
一行はゆっくりと前進しながら、思い思いに試食やウインドゥショッピングを楽しんでいる。全体的に興味を見せる兄妹姉妹も居れば高確率で屋台の匂いに釣られる奥様など、個性豊かな表現を見せていた。
「調味料や野菜の品揃えも豊富ですね、魚もソコソコだ。随分と熱心に調味料を試食してますけど、こっちでも手料理なさるんですか、総帥。」
「うおっ、ピリ辛!どうだろうなー。野菜なら見た目でどんなものかがある程度察せるけど、魚はちょっと怖いかな。そう言うマクミラン達って、任務中にこんなの採取できたら、やっぱ食べるの?」
「レーションまで尽きている状況ですと、背に腹はというやつですね。できれば、知らない食材は口にしたくありませんが……。」
「マスター、大尉。こうして売られているからには、問題なく食せるのではありませんか?」
「いやまぁ、そうだけどさ。調理方法に気をつけないといけない魚って、結構多いのよ。」
「な、なるほど……。」
ホークが言ったように、河豚などが要注意の魚類として挙げられる。今となっては有名な魚だが、テトロドトキシンが浸透していなかった当時は大勢の犠牲者を出した魚でもあるだろう。この世界において同様のことが起こりえる話なので、ホークとしても屋台に並ぶ野菜以外は安心できない状況だ。
「肉なら敷居も低いかなー」と談笑する一行だが、その先でディムース達が足を止める。どうかしたかと声を掛けようとしたホークだが、それより先にディムースが口を開いた。
「総帥、こちらに肉屋があるのですが……。」
「ん?」
歯切れの悪い報告に、一行は足を揃えて移動する。肉屋の前まで来ると、彼が言いよどんでいた原因が判明した。
全員の脳裏に浮かんだ言葉は、「非常に品揃えが乏しい」という類の言葉である。約一名ほど「お肉が食べられません」という食い意地が混ざっていたものの、根本としては同じ感想である。
「ああ、団体さんか。すまないね、見ての通りだよ。」
突如として店の奥から出てきた店主らしき人物は、一行に軽く頭を下げ謝罪する。売り切れている時もあるだろうと考える集団だが、狐族姉妹は知識の豊富さゆえか、疑問符を浮かべている。
「店主。暖かくなってくるこの時期は干し肉から生肉への切り替え時期で需要が上がります。そのため在庫量は多く揃えるはずですが、何かあったのですか?」
「おお、博識だね嬢ちゃん。その通りだよ。ここいら一帯にくる行商が、立て続けに盗賊に襲われてなぁ。連続は無いだろうと油断していたこともあって、壊滅状態だ。」
「そんな!行商人さんは!?」」
「それがよぉ、何故か行商人は無事だったのさ。護衛はやられちまったけどな、まぁ無事で何よりだった。ここ30日ほど肉の入荷が無いってことが、俺にとっては一番の痛手だけどよ。」
この点に関しては、ホークの思考が冴える場面である。盗賊からすれば、単に「行商人まで殺せば次の餌が来なくなる」というだけの話なのだが、口にするほどのことでもないため黙っていた。
とはいえ、行商人が生きていたところで肉が補充されるわけではない。野菜の類は現地生産で賄えているらしく非常事態ではないのだが、タンパク質が不足している点は問題だ。現に昨夜の食事に関しても、魚の類がメインとなっている。
港町であるために漁業によって魚を食すこともできるが子供優先であり、人である以上、やはり動物肉がなければ活力と言うものが生まれない。この世界では尚更の事象であり、盗賊の襲撃が発生したタイミングが貯蔵の底をつく冬明けということもあり、住人全員が肉の流通量の少なさを嘆いている。
「なぁ、アンタ等って例のホワイトウルフ連れ……ってホントに居やがる、真面目に見ると怖いな。まぁそれはさておき、よかったら魔物を狩って来てくれないか?もちろん買取だし、解体費用はこちらで受け持つ。」
「可能とは思うが、その依頼はギルドを通せないか?」
「おお、猶更のこと丁度いいな。それなら解体もやってくれるし、肉以外の皮とか牙とかは、不要ならばギルドが買い取ってくれることもある。」
肉屋の提案に、ホークが答える。もちろんギルドを通すことで肉屋の利益が減ってしまうが、背に腹は変えられない。また、相手のメリットを強調することで了承を得やすくする肉屋店主のトーク術でもある。
なお、ホーク相手では本意や利益面を読まれているために意味が無いのだが、店主がそれに気づくこともない。
「正直この街は、魚があるだけまだマシだよ。とはいっても小さな港だ、魚は量が取れないし天候にも左右される。だから猶更の事、みんな肉の流通を望んでいるのさ。」
「量などの指定はあるのか?」
「正直なところ、多くて困ることはない。他の村も似たような問題を抱えているからな、盗賊の件が片付いたなら分けてやりたいぐらいだ。」
「そうか。ということで明日の予定が決まりそうだが、異論はあるか?」
後ろを向き一行に問いかけるホークだが、反論は無い。むしろ「戦闘ができる」と目を輝かせる連中が半数以上のため、拒否した方が騒ぎが大きくなるだろう。
「戦闘に関してはお任せくださいマスター。街の現状からしても、肉類の補充は急務。達成の暁には私達の評価も上がりますし、屋台の品揃えも潤うというものです。」
「間違っちゃいないけど、本音を隠しきれてないぞ……。ともかく店主、明日の朝に依頼を受け取ろう。それで良いか?」
「おう、問題ないぜ!よろしく頼むよ。」
了解した。と返事を残し、一行は宿へと足を向ける。まだ日が沈むまで時間はあるが、念を入れた出撃用意というわけだ。
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「さて、それでは明日の出撃に向けた会議を行いたい。」
夕飯前、一室に集まった全員に向けホークが口を開いた。全員が真剣に聞き入っており、アルファ分隊ですら、お気軽さは皆無である。
「内容は知っての通りだ、食用肉を目的とした狩りだね。現れた魔物が適切かどうかは、マールとリールに判断してもらおうと思う。」
「はいっ。」
「頑張ります!」
「戦闘に関しては大きく制限を入れさせてもらう。各々の実力からしてまず問題は無いと思うけど、実践においてどんな動きを見せるかを把握しておきたいんだ。」
「問題ないと思われます、マスター。」
「総帥様、私達も同意見です。私達を有効に使っていただけるべく、是非とも全力をお見せしたい次第です。」
「了解。それと全員、今後の戦闘に関しては、タスクフォース8492所属メンバーの命を最優先とする。この理念だけは、決して忘れないようにして欲しい。」
「「「ハッ。」」」
I.S.A.F.8492の隊員に続き、その他、全員が了解の旨の返事を返す。大まかな行動方針は、これにて決定というわけだ。
「ところで総帥、狩る分には問題ないと思うのですが……。」
「あーうん、言いたいことは分かるぞディムース。運搬、だよなぁ……。L-ATVは目立つし、間違いなく不振がられるからできれば避けたい。一応宝物庫に入れて持って帰れないこともないけど、尚更使うべきじゃないよね。」
そう言いながら、ホークは黄金の波紋をチラホラと見せている。何気に間近では初めて見たマールとリールは、伝説級の能力を前に目を見開いていた。
「主様……申し上げにくいのですが、その異空間収納は以前から気になっておりました。目立つことをお嫌うのでしたら、あまり人前で見せるべきではないかと思います。」
「ダヨネ。そうなると一定距離までは宝物庫で運搬して、あとは住民に任せた方がいいかな?」
「そうですね総帥、それが妥協点だと思います。距離や量を見て決定ということで、問題ないかと。」
ディムースの肯定に、全員が続いた。補足点としてマールから「血の匂いが出るため、輸送の護衛は行った方がいい」との意見が出たため、その点も採用となる。
その他、質問事項や懸念事項が次々と話され、事前協議と言う意味では内容が濃いものとなった。遠慮して意見が出ないという事象にならず、その点はホークも一安心の情を抱いている。文殊の知恵とはよく言うが、それはどの場面でも通用する文言だ。
そんな話を続けていたら夕食時になったようで、誰かの腹の虫が軽く鳴った。頭を使えば腹も減るとはホークの弁であり、その言葉で堅苦しい空気は一層され、場は笑いに包まれた。
一行はそのまま食堂に向かい、提供された夕食を前にする。するとハクが、とあることに気がついた。
「おや。マスター、今日は肉料理の類が並んでおります。」
「あれ、ホントだ。店主、さっき肉屋を覗いてきたんだけど、供給量が少ないんじゃなかったのか?」
小皿を運んでいた店主に、ホークが問う。知っていたのかと言いたげな表情を見せる店主だが、すぐにニヤリとした表情を見せた。
「なぁに問題ないさ。明日にはタスクフォース8492っていう冒険者パーティーが、たんまりと仕入れてくれるんだからな。」
田舎故に、情報の伝達速度は非常に速い。どこからか現れたホーク達が肉の調達に動くという情報は、既に街全体に広まっていると言っても過言ではないのだ。
そんな表情の発言を理解し、一行も似たような表情で答えを見せた。こう露骨に期待されては、多少なりとも気合が入るというものである。
肉料理メインとなった夕飯を堪能すると、全員が早めに眠りに着いた。
明日はハンティングが行われることになるのだが、殺意の高い死神集団が足音を立ててやってこようとは、魔物たちは知る由も無い。
約一名、ブレてません。




