3話 第6世代
円卓の奇人達
【視点:3人称】
第一拠点である佐渡島(仮名)空軍施設に備わっている食堂は、南北に延びる3本の滑走路が見渡せる設計になっている。それだけではなく、複数ある壁掛けの大型モニターには出撃・待機状況や整備状況一覧などが表示され、部隊の稼働状況がよくわかるようになっている。
ホーク達タスクフォース8492一行もこの場所から見学しており、佐渡島(仮名)に駐在している他の部隊の見学者も多い。そのうち半分以上は実際に誘導路まで出て見学しているのだが、騒音も凄いため、ホーク達は屋内からの見学ということで、エドワード空軍大元帥と共に絶好の位置についていた。
予定時間まで、残り5分。滑走路で何が行われるかと言うと、ガルムとメビウスによる、機種転換予定の機体で飛行テストが行われるのだ。以前の偵察飛行とは違い、全ての項目において改修作業を終え、リミッター無しの状態での飛行となる。
もちろんパイロットは、機種転換の本人、8492最強を誇る二人である。是非ともご見学頂きたいとホークに連絡を入れたエドワードだが、言われなくてもガン見してしまうとはホークの弁だ。彼曰く「曲がりなりにも戦闘機乗りの自分」からすれば、自分自身の方が階級が上とはいえ、二人はヒーロー的な存在だ。その横で同じぐらいに楽しみにしているハクも、ワクワクしている彼の心境を読み取り、優しい顔を向けている。
ハイエルフ兄妹やヴォルグ達、そして狐族の姉妹は、初めて間近で見る飛行テストに興味津々だ。滑走路で慌ただしく動く作業員を顔で追い、何が行われるのかと落ち着かない様子である。
「おいお前ら早くしろ!!早くこっちに来い、ガルムとメビウスが滑走路に出るぞ!!」
そんな観客の後ろから走ってきたのは、非番と思われる整備士の部隊。隊長と思われる人物が先頭を走っており、30mほど横の窓に額をくっつける勢いで到着する。思わず、ホーク達の視線もそちらに移った。
「整備士も楽しみにしているのか」と、一瞬表情が緩んだホークだが、その後ろを走っている整備兵の顔が暗く視線が下がっている。何かあったのだろうかと考えながら視線を向ける総帥大元帥コンビだが、その答えは、隊員が嘆くことになる。
「誰だよ……誰だよ、俺のビデオカメラを持って行きやがった!?」
どうやら、今回行われるテスト飛行の撮影用に用意しておいた、ビデオカメラが無いらしい。そのような場合、大抵が灯台下暗しの位置に置いてある。その割に、恐ろしいほど発見率が低いのが定例だ。
すると、その更に後ろの兵士の顔も暗い。こちらも同じく、ビデオ、またはカメラを無くしたような暗い表情を見せている。
「こっちはビデオカメラあるが、テープが見つからねぇぞ!」
「馬鹿野郎おまえいつの時代の人間だ!!それはVHSじゃなくてSDカードに記録すんだよ!さっさとセットしろ!!」
後ろの隊員は、隊長に怒られている。隊長が言うように、確かに今時、VHSに記録するビデオカメラも珍しいだろう。案の定、そのビデオカメラもSDカードに記録するようである。隊長が指差した位置の蓋をあけ、SDカードをセットしていた。
そのやりとりを聞いてホークは思わず軽く噴き出し、エドワードは「騒がしくて申し訳ありません」と苦笑い。同様に、途中からコントのようなやり取りを聞いていたと思われる、ビデオカメラを無くしていた隊員。ふと顔を上げ、そのやりとりに視線を向けた。
「なんだ、お前カメラ買ったの……って、お、おいお前!!見つからねぇと思ったら、それ俺のビデオカメラじゃねぇか!!!」
「えっ!?いや隊長がこれ使えって!」
「どうなってんスか隊長!どっからこのカメラを」
「さっきから喧しいぞ整備兵!総帥もいらっしゃるんだ!静かにしろ!!」
「「「い、イェッサー!!」」」
「……エドワードに怒られてやんの。」
「真面目な漫才じゃあるまいし何やってんだこいつら」と呆れて溜息を付くホークだが、そんな彼の表情を見て、横でハクがクスリと笑う。同情してくれたのだろうが、エドワードからすれば、追い打ちでしかない。
外野が勝手に盛り上がっているうちに時間となったようで、2つの機体が格納庫から姿を現した。その雄姿は、ホーク達の位置からでもよく見える。
《コントロールタワーよりガルム0、メビウス13。誘導路への移動を確認。B通路より進入して右旋回、滑走路34Rにて離陸待機を願います。》
管制塔の指示に従って、2機の戦闘機……ADFX-01、CFA-44の形式名を持つ機体が誘導路を移動していく。両者共に実践で使う兵装を搭載しており、このまま戦闘を行える仕様に仕上がっている。
とはいえ、その新兵器の明確な運用はパイロット任せとなっているのが現状だ。MPBMはさておき、レールガンに関しては誘導性能がないため、命中率はパイロットの腕に大きく左右される。今のところ、ホークも明確な運用は思いついていない。
CFA-44はUAV管制システムも付いているので、大規模戦術は大きな変化を見せることになるだろう。解説を行うトージョーから至れり尽くせりの装備を聞いて、良くも悪くも旧型の分類となる第4世代戦闘機:F-14を操るホークは、苦笑する以外に言葉が見つからなかった。
《コントロールタワーよりガルム0、メビウス13。状況をアップデート、離陸待機への移行を確認しました。待機完了後は、今しばらくお待ちください。》
その直後に離陸許可の連絡を受け、2機は無言で滑走路に機体を滑らせる。いくら台詞の無いエースを真似ているとはいえ、管制塔の無線にすら応答しないのは相変わらずである。今回はテスト飛行のために例外として応答してほしかった管制官だが、今までのように、何も起こらないことを祈るだけだ。
そんな管制官の不安も知らず、2機は無事に離陸完了。離陸直後に数秒だけ水平飛行し、脚を機体に格納した。
その直後、2機の機首が同時に真上を向く。瞬間、主翼上の空気が減圧されて雲が発生した。そしてアフターバーナーが点火され、物凄い加速を見せながら直角に急上昇していく。4-5数秒もすると、雲の上へと消えていった。
ハイレートクライムでの急加速により重力加速度がパイロットを蝕んでいると思われるが、もちろん二人にとっては日常そのものだ。言葉を発しないので真相は不明だが、ホークやエドワードは、過去の実績からその程度は想像できる。
「はーっやいなー、流石第6世代戦闘機だ。メビウスの超軽量F-22はともかく、魔改造のF-15Cの加速よりも、目に見えて速いね。」
「私も機動性能は聞いておりましたが、改めて目にすると圧巻ですな。」
二人は「スゴイネー」なんて女子会のような会話を行っているのだが、ふと反対側の集団が静かなことに気づく。異世界出身のご一行だ、カカシという状態が適任である。
ホークが手のひらを顔の前でヒラヒラさせてみると、首だけ回して彼と視線を合わせている。ブリキの人形じゃないんだから、もうちょっとスムーズに動こうよと思うホークだが、そのまま顔の方位が元に戻ってしまった。ある程度は慣れているはずのハクですら、軽く口を開けてしまっている。
とはいえ、そんな反応も仕方ない。2機が見せた離陸は、前代未聞のものだった。
滑走距離は、オリジナルF-22の6割程度。彼等は「まだ新型機に慣れていないから」と言い訳することなく、加減無しで加速を続けている。離陸の際の加速の瞬間から最大出力でエンジンに鞭を入れ、そのまま一気に最大出力で上昇。一端は雲の下に降りてきたものの、双方が空対空の戦闘機動を始めてしまった。
重力の影響など微塵も見せずに機体がスムーズに旋回し、エンジンが大気とジェット燃料を食い漁り、文字通り空を舞っている。とはいえ、しばらくすると地上からでは見えなくなったので、ホークは1つの無線を飛ばした。
《ホークよりCIC、あの頭のオカシイ二人のDASの映像とコクピット音声をモニターに出してくれ。》
《了解しました。リンク完了、映します。》
ホークが無線を切った数秒後、食堂のモニタの画面が切れ、入力が入れ替わる。そこに表示されたのは―――
《フッ、利口じゃねぇか……面白い。》
《どこが利口だよ、クイックさ全開のじゃじゃ馬じゃねぇか。メビウスより管制塔、引き続き戦闘機動を試してみます。》
珍しく冗談交じりで喋っており、子供のようなテンションで戦闘機を操っているAoAパイロットの頂点二人が居た。彼等とは数年のつきあいがあるホークだが、彼もこのようなテンションを見ることは非常に稀である。
その二人が繰り出している旋回角度と機動速度は恐ろしく、今まで戦闘機の領域を逸脱していた8492の基準をもってしても、次元が違った。マッハ3.0を超える領域から、コブラ、シザース、ストールターン、超高速回転のバレルロールからのハンマーヘッドと、次々と高難易度の技を繰り出している。
彼等二人が異次元のパイロットだという認識は、I.S.A.F.8492においては常識の内容だ。それでもその光景を目にした全員が、彼等のテンションと繰り出される戦闘機動に苦笑している。もちろん、ホーク自身も同じである。
「……珍しく、機嫌良くはしゃいでんなー。おいおい、コレほんとに戦闘機の動きかよ。」
「今に始まった話ではありませんが、空軍としても群を抜いていますなぁ……。」
「だよなぁ……。ところでマクミラン、アレには当てられる?」
「……無理だな。」
呆れついでに聞いてみたホークだが、さすがに無理かと納得する。マッハ2.0と3.0では数値が1上がった程度だが、速度差は歴然だ。
「マッハ3.0を超えると熱の壁が発生する。改修されたM82程度の貫通力では、空気抵抗を突破できたとしてもキャノピーまでの貫通力を維持できん。」
空気の壁が無ければ、速度差なんて関係ない。つまり防壁無しならマッハ3.0で移動中の対象でも命中可能という信じられない回答に、ホークは思わず開口した。
「前々から疑問だったけど、あなたホントに人間ですかね?」
「大尉は相変わらずですね……。」
彼がエドワード大元帥と共に呆れた視線を飛ばすと、「何か問題か?」と言いたげな表情を返している。「いや、別に問題はない」と強制的に話を打ち切ったホークは、再びモニタに視線を向けた。
《ど、どうですかね?一応全改修を終了しておりますが、何か違和感などはありますか?》
《こちらメビウス13。兵装は試していませんが、機体そのものは今までを底上げした感じがします。なので、違和感無しで乗れますね。》
《こちらガルム0。上物だ、思ったよりもシックリくる。今まで世話になったイーグルには悪いが、反応速度は比べるのも失礼だ。》
機体を担当した整備士長が、恐る恐る上空の2機に質問を飛ばした。
どうやら二人の評価は上々で、すっかりと気に入った様子を見せている。ホーク曰く「相変わらず内臓が飛び出そうな急旋回」を連発しており、機体の限界性能を探っている。
《が、正直言うと……いかんせん、まだ少し遅いな。》
《そうだな。とはいえ、高望みをすればキリがない。》
呟かれた言葉に、食堂に居た全員の目が再び丸くなった。第6世代戦闘機をベースとして、彼等専用に特殊なパーツを使って限界までチューニングされた機体をもってしても、反応速度がまだ追いついていないと言うのだから無理も無い。
これ以上なく呆れるべきか、それとも素晴らしいと誉めたたえるべきか、非常に迷ってしまう話だ。
しばらく暴れ回って大体の感覚を掴めたのか、彼等は着陸を宣言した。
食堂を支配する、煮え切らない微妙な空気を残して。
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「頭の螺子3桁ぐらいぶっ飛んでねぇか?面白そうだけどよ。」
ホークは格納庫で整備士と点検を行っていたガルムとメビウスに、後ろから声をかけている。二人は軽く敬礼で返すも、飛行中の時のようにテンションの高い表情だ。ホーク以外相手にはめったに見せないのだが、口元が緩んでいる。
「螺子がぶっ飛びそうなぐらいのじゃじゃ馬だ、スティックに少し触れるだけで傾きやがる。しかし良い具合に面白い、そこ以外は利口な輩だ。」
二人の言うことを真に受けると「不安定な機体」となるが、機体が不安定ということは、逆に言うと「反応速度が速い」ということになる。機体のバランスが不安定という内容とは、また別の話だ。
それにしても、そんなシビアな機体ですら反応速度が追いついていないとは、準エース級のホークにとっては、溜息しか出なくなる。ほんと、この男の真価は一体どこにあるのやらと、誰にも聞かれず呟いてしまうのだった。
とはいえ彼にとっても、この二人、そして2機の特殊兵装は心強いことこの上ない。パイロットの腕前と合わせれば、まさに鬼に金棒だ。
暫く実践訓練を行ってからの正式機種転換となるものの、その時が待ち遠しい。そんな心境を抱きながら、格納庫に鎮座する第6世代戦闘機を見上げるのであった。
奇人+最新鋭航空機
=うちゅう の ほうそく が みだれる ▼




