21話 小麦畑を見てあげて
4章もそろそろ終わりです
【視点:ホーク】
ハイエルフと狐族を奪還してから、またしばらくの日々が流れた。温度記録を流し見ると日に日に最高気温の数値が更新されているものの、上昇幅は緩やかなために体感差は無いに等しい。
それでも日中は、冬着ではやや暑いと感じ取れるほどになった。暖かくなるにつれて現地住民の活動も活発になってきており、前回の救出で人数が増えたこともあり、彼らが街中に出現する確率が上昇している。
「あのハイエルフが、人族とここまで接近するとはのぅ。ホーク殿、快挙じゃ。」
そして、セルフ定期便と言わんばかりにやってくるオッサン1名。随分早い時間にやってきたかと思ったのだが、どうやら今回は酒が目当てではなく、救出したハイエルフや狐族の確認だったようだ。もしかしたら、集落の場所を知っていたケストレル国王から、結末を確認するよう指示があったのかもしれない。
そんな囚われの身となっていたハイエルフの現在は、自分達と一緒に徒歩で移動中。リュック・リーシャ兄妹やヴォルグ夫妻、ハク達と一緒に小麦畑の視察だ。後ろでは歩兵旅団の隊員とハイエルフが談話しており、コミュニケーション面において良い傾向がみられている。狐族は他の隊員と共に、別途行動中だ。
ハイエルフは小麦の栽培と結界維持が仕事の一部であるため、8492の隊員と共に見かけることが多い。途中から加わったハイエルフもある程度は馴染めたようで、今では最初からいるグループと自分たちが奪還したグループは、仕草での判別ができなくなってしまった。
「えっ、わかるの?」
「わかります!」
そんな感想に、リーシャが可愛らしく反論してくる。今思えば、彼女とも随分と打ち解けた。
そして会話の内容だが、どうやら彼女達は、しっかりと判別できているようだ。「元々誰がどこに居たのか」など、申し訳ないが8492では管理していない。
あれかな。日本人は日本人同士の区別ができるけど、外国人が見た日本人は全員同じ顔に見える、ってのと同じ原理なのかな。いや、もしかして……。
「ふっふーん。流石の総帥様でも、理由の解明は難しかったでしょうか?」
「理由については察しが付くかな、魔力で判断してるとか言うんだろ。」
「んなっ!?」
「おお、流石です。そして甘かったなリーシャ、総帥様を侮りすぎだ。」
「ぅーっ……。」
思ったことを言ってみたが、どうやら正解のようだ。そんな見分け方は自分達にはできないけど、ハイエルフとエルフは魔力で判別可能ってのを以前ハクが言っていたから、やっぱりね。
ところで、何故か彼女は随分と上機嫌だ。とはいえ、活動的な発音の言葉や仕草は、彼女の容姿に対してよく似合っている。兄は兄で、以前に隊員と組み手をしていた程だし、このあたりの性格も似ているのだろう。
ハクはどちらかというと人前では大人しい方だし、リュックも大人びている。そのため、こういう活発な性格は新しい風になるから、個人的には歓迎だ。
ハクも兄妹に対しては良い印象を持っているので、新しい風が吹いても暴風になることもない。とはいえ、そんな風が吹いていれば、経験が少ない者は疑問符が芽生える。ヴォルグ夫妻が、その対象だ。
「主様。特別問題ではないのですが、なぜこの者等は上機嫌なのでしょう?」
「ヴォルグ、それは主様に尋ねる質問なのかしら?」
「心配ありませんよハクレン。今の表情のマスターは、全てを見抜いていらっしゃいますので。」
「ね?」とでも言いたげな表情で視線を飛ばしてくるが、だんだんこっちの心境も見抜かれてるな。
とはいえ、答えて良い内容なのかが難しいところだ。正解の内容は分かっているつもりだけど、別に、あんなことぐらい気にしなくて良いのにねぇ。
ん、なんだいリーシャ。見つめたって何も出ないぞ……って、なんか不安げな表情だな。さっき思い当たった自分の考えが正解だったら、確かに、こんな表情になるかもしれない。
「……総帥様。ハク様が仰ったことは、本当なのですか?」
「ハイエルフ一行が前回の件を引きずっていて、自分の機嫌取りをリガルから命じられて頑張ってる、ってところだろ?見分け方付近の反応は、演技じゃなかったっぽいけどね。」
「……。」
兄妹、フリーズ。連鎖して後ろもフリーズ。兄妹だけを見ていて判断したわけじゃなく、ハイエルフ達が自分に対して行っている反応から感じ取っていただけなのだが、やっぱりコレが理由か。
はい、そこ整列。その件の話は忘れるように。自分に対しても、日ごろから普通に接するように。極端なことをしなければ、ある程度はフレンドリーで問題ありません。万が一のときは、こっちで対処します。オッケイ?
「「「しょ、承知しました!」」」
宜しい、わかったね?真面目に処罰を受けたいってなら話は別だけど、夜辺りにリガルにも言っといてね。よし、全員頷いたし、この話はこれでおしまい。
って、あれ、どうしたのハク。
「……間違いありません。マスター、接近中の気配があります!」
「なにっ?」
《至急です総帥!地上unknown1が接近中、小麦畑到達まで残り2分!》
む、突然だが珍しいな。ハクやヴォルグ夫妻のお陰様でこの地に近寄る魔物は居なかったはずだが、やはり例外は付き物か。
普通に考えれば、そんな場所に近づいてくるのだから実力も相当のモノだろう。もしくは、ただのバカかの2択だ。
「強い気配です。主様、ご注意を!」
「念話が来たわヴォルグ、相手はフェンリルよ。ハク様!」
「承知しております。ヴォルグとハクレンは私と共に前へ、エンシェントとハイエルフ一行は後方を警戒してください。」
「あいわかった。」
そう言いながら、各々は自分の前に陣取ってくれた。なんでかなー、警戒するべきなんだろうけど安心感が凄まじいのよね。「まるで実家のようだ」なんて言葉があるが、ピッタリの表現だ。
チラっと後ろを見ると、門の上に光る影。マクミランかディムース、あるいは両方が出張ってくれているんだろう。他の隊員が駆け出してこないってことは、そういうことだ。裏ではスタンバイしているだろうが、出張っている全員を信頼してくれている。
とはいえ、何故フェンリルがこちらに来るのか。こっちから何か仕掛けたこともないし、単騎となると理由が不明だ。
あ、しまった。ハティかスコル、どちらかが戻ってきたのかもしれない。違う可能性の方が高いけれど、一応確認しておこう。
「ハクレン、そのフェンリルは息子兄弟ではないのか?」
「いえ、違います。かなり若いフェンリルです、会うことも初めてですね。」
なるほど、野生か。って、そういやフェンリルを飼ってるなんて輩は自分ぐらいのものだった。
とはいえ、目的はいまだ不明だ。相手がフェンリルならば会話も可能だろうから、自分が出るとするか。
「皆は、あんまり口出ししないでもらえると嬉しいかな。口喧嘩は自分の仕事だ、任せて欲しい。」
「承知しました。しかし限度はあります、その点はご了承頂きたく。」
「そうだね、その時の口喧嘩までは規制しないよ。ただ1つ、こちらから手を出すのだけは許可を得てやってくれ。もちろん向こうからぶっぱなしてきた場合は、許可を得ずに反撃してくれて構わない。」
全員が頷いてくれて、とりあえずは自分の認識を共通できたはず。野生が相手とはいえ、一応ながら大義名分は通したい。
そんな確認をやっているうちに時間となったようで、報告通りに一匹のフェンリルらしき生き物がやってきた。大きさは記憶にあるハティ・スコルと同じぐらいで、確かに見た目はフェンリルだ。
しかし、なんだか傷が目立っている。治りかけのようだが、見た目的にはそれほど古くない傷だろう。野生だからか毛並みも乱れており色も綺麗ではない。ヴォルグや特に綺麗なハクレンと比べると、野良という言葉がピッタリの風貌だ。
当該生物は自分達を見ると鼻で笑い、溜息を吐き捨てた。のっけから、随分と挑発的な態度を見せている。ハクレンが若いフェンリルって言ってたし、こういうことを行いたい年ごろなんだろうな。
「……ハッ。この森最強と言われた深淵の王が、本当に人間の下に下るとはな。」
……、それを言うなら「軍門に下る」じゃないか?何その「既に既婚済み既婚者」みたいな言い回しは。
それにしても、ヴォルグの時と違って自分を見てもビビってないな。外に出てるからコートも着てるし格好もあの時と同じだけれど、他人からの視点では、何か違いがあるのかもしれない。
まぁいいや。面白そうだし、ちょっと反論してみよう。
「それがどうかしたのか?己の意思で行った決定を批判するなど、誰であれ行える権利は無いはずだが。」
「こうして縄張りを害されても、か?所詮、お前が手を出すなと指示をしているのだろう。こちらから攻撃せねばやり返さない、とでも言うのか?」
おうおう、随分と気が短いな。なんだ、先制攻撃して欲しいのか?スタンバイしてる戦力的に、間違いなく死ぬぞお前。
残念だけど、その程度の煽りじゃ自分はどうも思わない。でもこっちの皆のイラつきを静める意味でも、軽く煽り返しておくか。
「なに、理由はどうあれ来る者ならば相手する。仲間になるにしろマトになり体中に穴をあけるにしろ、こちらとしては役に立つ。」
「野郎……。」
あら、若造らしく煽り耐性は低いのか。んじゃ時間ももったいないし、サクっと本題から質問してみよう。こちとら小麦畑を見に来たんだよ、野良犬と長話するつもりは無い。
ただ喧嘩を売りに来た若造だってなら、若いとそういう時期もあるだろう。最近は8492を煽ってくるやつも居なかったし感覚を思い出しておくか、ある程度の発言はフォローしてやるよ。
「で、早い話が喧嘩を売りに来たって認識で良いんだよね?こっちには君と同じフェンリルが2頭いるってのは見えてるだろうけど、それでもさっきの言葉は撤回しないつもりかな?」
「ハッ。これほどヒョロくて弱そうで大したことのない人間に飼われるなど―――」
あ、前言撤回。ちょっと待て貴様、その言葉はフォローできんぞ!自分個人宛ての暴言は、どうなっても知らんぞー!!
はやくしろっ!! 間にあわなくなってもしらんぞーーっ!!




