16話 嵐の気配
【視点:ホーク】
二人が飛び立ってからは、ハクと一緒に部屋や昨夜の残骸のお片付け。ついでに大掃除ということで、部屋や廊下の掃除も終わり、一息ついていた。
おや、無線連絡か。って至急信号じゃん、何かあったか?
《至急、第二拠点CICよりホーク総帥、エンシェントドラゴンが戻ってきております。かなりの速力です、速度200kmをキープ。到達まで約15分です。》
ん?なんで?
はて、酒を忘れたことに気づいたか?って残念そうに溜息つくのはやめなさい、ハク。
CICの報告からするとエンシェントだけのようだが、そうなると、国王はどこへ行った?とりあえず、CICに確認しよう。
《ホークよりCIC。エンシェントだけが向かってきている、って認識で合ってる?》
《はい、反応は1つです。映像からの判断ですが、エンシェントドラゴンと判断できます。》
む、やはりエンシェントだけか。ってことは国王は現在一人か?宜しくない状況だ。
《ホークよりCIC、ケストレル国王の位置は把握しているか?》
《はい、おおまかですが追跡しております。4時間ほど前に離陸してからしばらくは北へ飛行していましたが、突然に方位2-7-0へと進路変更。半円を描くように南下し、現在、第二拠点から南西のポイントを単独で飛行中です。》
《国王が単独となると宜しくない状況だ。万が一に備えるぞ、ガルムもしくはメビウスを上げろ。采配はエドワードに一任する。》
《了解、指示を出します。》
「ご配慮に感謝します、マスター。」
「ん、気にすんな。」
よし、これで国王の防衛はなんとかなるだろう。相変わらず他力本願だが、一番確実な方法だ。
それにしてもポイントは南西か、フーガ国は北だろう。離陸前は何も言っていなかったが、別件の用事だろうか。
距離としてもかなりのものがある。自宅のヘリポートを離陸してから既に4時間ぐらい経ってるぞ、忘れ物でもしたのだろうか。そうは言っても、往路帰路共に、目立つ物は何も持っていなかった気がするが……。
全くわからん、考えも付かんぞ。おしえてハク先生。
「ハク、エンシェントが戻ってくる理由ってあったっけ?酒を持ち忘れたことに気づいたかな。」
「酒の数々が美味であることは真理です。しかし父上と同行していたはずなので、流石に違うと思いますが……。」
飲食に関してはしっかりと肯定を頂き、ありがとうございます。好きな人からしたら銘酒は麻薬みたいなものだって言うけど、ドラゴンにも当てはまるのかな。
さて。それはさておき、真面目に理由が分からんぞ。とりあえず、ヘリポートで待ってみるか。
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「流石じゃホーク殿、戻ってくることを把握していたか!」
やや息の上がった声で、エンシェントは自分を褒めてくる。なんか裏がありそうだな、疑りすぎか?
とはいえ、8492の監視網、言い換えれば偵察活動は完璧だ。接近してくるunknownは全て捉えているし、問題があれば、UAVにて対処できている。
思考が逸れた。急ぎの用事だろうし、こっちから聞いてみよう。
「急いでいるようだけど、どうかしたのか?」
「ああ、そうじゃ。ケストレルがハイエルフの隠れ里の1つを知っていたので寄ってみたのじゃが、燃やされておった。奴は現在足跡を探っておるが見つけても手出しはできん、対処できぬか。」
その言葉を理解した瞬間、自分はハクにアイコンタクトを送った。彼女はすぐさま家に入り、自分達も会話を続けながら、あとに続いた。
リビングに行くと彼女が部屋から大陸の地図を持ち出してくれたタイミングだった。そして、そのままテーブルの上に広げてくれる。このような阿吽の呼吸が通じるのはありがたい、流石ハクだ。
「場所は。」
「相変わらず鮮明な地図じゃの。おおまかじゃが、この辺りじゃ。」
指し示されたのは、リュックやリーシャが居た位置よりも更に東部。森と言うよりは、山に住んでいたと思わしき場所だ。
手尺で距離を測り、第二拠点からの方位を判断。事態は一刻を争う。すぐに指示を出し、偵察部隊に索敵を実行してもらおう。
《至急、ホークより佐渡島(仮名)CIC。BRAA2-6-0、距離32万付近の範囲偵察を実行し集団で行動するグループを確認せよ、詳細は追って知らせる。》
《こちら佐渡島(仮名)CIC、指定地点の偵察命令了解しました。衛星が上空に居りますが、ビッグアイ偵察部隊をスクランブルさせます。》
《無線通信、偵察部隊に繋げ。》
《承知しました。ん?……了解。総帥、レーダー観測主からですが、指定地点における3時間以内の飛行記録は、ケストレル国王とエンシェントドラゴン以外に無いとのことです。オーバー。》
《了解した、アウト。》
《こちら偵察班です。ホーク総帥、指示内容に関して承知しました。現在、指定地点付近にて黒煙を確認しております。》
《衛星の映像を出せ、延焼具合を調べる。》
《ハッ。》
リビングのモニタに映し出された映像を見るに、全体と言うよりは家単位で焼かれたという印象だ。その家は形が残っており、崩れている部分があっても、ごく一部だ。火をつけられてから、あまり時間が経っていないか。
《画面中央の家にズームしろ、家全体を映してくれ。》
《了解。》
「肉眼で見ているようじゃのぅ。そうじゃホーク殿。家の数からするに、移動は馬車か何かを使っているはずなのじゃが、足跡も残ってなくてのぉ。もう手遅れか。」
「いや。全焼している割に家の形が残っている。火を点けられてから、さほど時間は経っていない。」
「なんと!?燃え死んでいる可能性はないのか!?」
「ここを見ろ。家の扉らしきものがあるが、家屋の外側で焼けている。拉致を実行した者が突入したならば、ドアは破壊されている。火をつけられ、ハイエルフ側が耐えられずに扉を開けたのだろう。」
「水の魔法を使う余裕は、なかったということか……。」
「いや、炎上中の家に居たならば、水をかければ生きながらえるというものでもない。そのあたりの説明は省くが、どの家も似たような状況だ。焼け死んだ者が居たとしても、数名程度だろう。」
「そのようなことも分かるのですね……ですが追えるのでしょうか、マスター。」
「飛行物体の記録も無いとなると、地上での移動となる。ならば、ビッグアイの目から逃れることはできんよ。ハク、ヴォルグとハクレンを連れてきてくれ。」
「承知しました。」
《ホークより全部隊に緊急指令。発見されたハイエルフの里が燃やされていた、推測だが住民は拉致されている。状況からするに、さほど遠くへは行っていないはずだ。これより追跡部隊、及び救出部隊を編制し、拉致された住民を奪還する。タスクフォース000とディムースは1小隊を率いて突撃用意、その他は迎え入れの用意を実行してくれ。》
《第二拠点CICより総帥。指定地点の南東において、第一機動艦隊が演習活動を行っております。全速で移動すれば、夕暮れには作戦可能ポイントに到達できます。作戦行動の管制を、フォード1にて行うことを提案します。》
《了解した、それが最良だろう。CIC、第一機動艦隊に状況連絡を頼む。》
《ハッ、承知しました。輸送に関しましては、フォーカス分隊が離陸準備に入っております。》
《了解した。各部隊の行動を継続してくれ、アウト。》
「エンシェント、あとはこちらに任せておけ。現在8492の航空隊が高高度から護衛しているが、早く国王と合流しろ。万が一が発生すると、色々と厄介だ。」
「そ、そうじゃな。迂闊じゃった、感謝する。」
やっとそこまで考えが回ったようだが、当時は余程焦っていたのだろう。宜しくはないが仕方のないことだし、ケストレル国王にも一言伝えてからこっちに来ているだろうから、責任の所在も国王にある。
とはいえ、心から心配であることに変わりはないはず。それを裏付けるように、彼は足早にヘリポートから離陸して行った。
さて、それではこちらの戦力整理だ。第一機動艦隊に関しては、文字通り運が良い。そして輸送体勢も万全だし、出撃命令となればディムース達も迅速に用意を終えるだろう。
タスクフォース000も出撃用意を終えており、ディムース達と共に合流した。これで地上戦力は死角なし……と考えていたのだが、映像に映っていた魔物の死骸を見ていたハク曰く、どうも単純な話ではないようだ。
どうやら、仲間と判断した生命以外の気配に敏感な魔物らしい。しかも魔法探知ではなく直感的なものであるため、気配遮断能力の装備が必要とのことだ。
そのため、現在進行形で当該の魔物を連れている可能性が高く、救出に向かうとなると、エンシェントから貰ったコートを持っている自分の出番が、一番安全に潜入できるということらしい。
しかしそれなら、このコートをマクミランとかディムースに着せた方が良いんじゃないか?少なくともこの二人のどちらかならば、ヘマして人質全滅という結末にはならないだろう。
「銃撃戦だけならば、確かに俺やディムースなどの方が適任です。しかし万が一の作戦失敗時の判断、不特定多数の事態が起こった際の判断能力は、総帥がずば抜けて高い。どちらかと言えば、後者が重要だと判断します。」
「自分も同じ意見ですね。戦闘レンジはハンドガンでしょうし、総帥ほどの腕前があれば、ハクさん程の輩が出てこない限りは大丈夫ですよ。」
「出てきたらどうすんの。」
「なに、丘でもあれば見張りますよ。」
M82特有のガシャリと重厚なコッキング音を聞くと、もの凄く頼もしさがアップ。未来予知に匹敵するほどの偏差射撃は、実家に居るような安心感を与えてくれる。
よし。超エース級達の推薦もあるし、自分も腹をくくるか。
「大尉、ハード目標が相手の場合はどうするんです?」
「ああ。さっきガルムとメビウスが「ケストレル国王とエンシェントドラゴンの合流確認後、指定地点に向かう」と連絡していたから、その点も問題無いだろ。久々の出撃ってことで、他にも数部隊が来るみたいだしな。」
わーお、そりゃ無敵だわ。どうせ暇な連中だし、希望航空部隊はゴーサインだね。
とはいえ、そもそも拉致った集団を見つけなければ話にならない。日も沈み始めてるから、とりあえず隠れ家方面に向かうため、自分達も離陸を開始しよう。頼んだぞ、フォーカス隊。
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《―――捉えた。ビッグアイ1より総帥、隠れるように疾走する馬車部隊を確認。進路、それらしき服装からして間違いないと思われます。ブルズアイより方位2-1-0、距離12000、南下中です。》
《こちらビッグアイ2、進路の先に砦のようなものがあります。》
《……こちらガルム、DASにて捉えた。建物が多い、出番はなさそうだな。》
《ホークよリガルム及びメビウス、指定地点にて旋回を行い待機してくれ。何が起こるか分からん、備えるに越したことはない。》
《了解だ総帥、出番を待つ。夕暮れは目前だ、そっちも気を付けろよ。》
《ビッグアイ2より総帥。砦を囲う柵そのものは木製ですが立派で、かなり重厚な守りですね、要塞のような物々しい雰囲気です。周囲も木々がありますので、空からの接近は厳しいでしょう。》
報告される、馬車の終着駅と思われる地点の情報は、禍々しいものだ。要塞となると大規模な組織の犯行が顔を覗かせる、救出の難易度は高いかもしれない。
ともかくこれで、必要な情報は全て揃った。あとは悪天候と闇に紛れ、気配無きまま侵入するだけだ。隠密プランのみで行くつもりだけど、念のためドンパチ用のプランBを想定しておこう。
その際は、ヴォルグ夫妻やディムース一行が大暴れだ。要塞の近くの丘にはタスクフォース000が配置され、5kmほど離れているが上空2万メートルには超エース級の飛行隊5部隊が待機するとのことだし、どのタイミングでプランBにスイッチしても戦力的には問題ない。
そんなことを考え、要塞の10km手前でウォーシップを降り、ヴォルグの背中に乗せてもらい、夕暮れ時と悪天候と相まって薄暗い森の獣道を快走する。
「……降ってきたな。」
微かに顔に当たる冷たい粒は、感触的に雪の結晶だろう。第二拠点と比べると南方のためか降りだすというには程遠く、時折チラチラと姿を現す程度だ。それもすぐ雨に変わり、降り出した雨は落雷へと発展し、雨脚が強くなる。
とはいえ、そう簡単に雨天中止といかないところが軍事作戦だ。特に今回は、ハイエルフ数十人の命がかかっている。厳密に言えば希少種故に殺される確率は低く売り物になるだろうが、各地に散ってしまっては探し出すのは至難の業だ。
故に、必ず基地へと連れ帰る。リュックとリーシャを筆頭とした既存のハイエルフ達から信頼を得るためにも、そして無敵を誇るI.S.A.F.8492の名誉のためにも、失敗は許されない。GPSを確認し、ポイント・ブラボーが目前であることを確かめる。ヴォルグに停止するよう指示し、その背中から降りた。
「主様、この辺りでしょうか。」
「ああ……。ここがポイント・ブラボーだ。」
少しだけ落ち着かない心が、言葉に出てしまっている。地上部隊のような毎度の調子が出せないのは、踏んだ場数の違いだろう。そう考えれば、ネタと笑いかけてしまうような彼らの行動は本当にすごい。どんな状況だろうと、己のいつもの調子……つまるところは、全力を出せているのだから。
「……マスター、御武運を。私達一同、無事のご帰還を祈っております。」
「……ありがとう、ハク。わかってる、無事に帰ることが最優先だ。」
左手を取ってかけられた言葉にそう返すと、軽く微笑んでくれる。ほんの少しの心が落ち着かない問題は、彼女の行動に救われた。
こちらの心が落ち着いたのを読み取ってくれたのか、ハクは手を放して一歩下がる。それが、自分の行動開始の合図となった。
《ホークよりフォード1-CIC。現在時刻より、作戦行動を開始する。》
支援バッチリで、次回、戦闘パートです。