15話 しばしの団欒
【視点:ホーク】
酒を振舞うと告げると、ケストレル国王の表情がやや明るくなる。コッソリとエンシェントに聞いてみると、どうやら彼も楽しみにしていたらしい。これはツマミも、気合を入れて準備しなければ。
気持ち的な問題もあるが、密会とはいえ、現在自分の家に来ているのはフーガ国の国王だ。そのためエンシェントの時のような適当な盛り付けではなく、ある程度は配慮したものにする必要がある。
ハクも彼の好きなものに関して意見をくれるのか、「手伝います」と台所に付いて来てくれた。小数点以下でツマミ食いの可能性が残っているけれど、そうじゃないことを祈っておこう。
「―――マスター。先ほどの決定に関しまして、異議を申し立てる余地はありますでしょうか。」
おや、真面目な話か。既に好みの物は教えてもらってるし、作業ついでになるけれど聞き流さずに問答しよう。
「ああ、やっぱり納得できなかった?」
「申し訳ございません。我が夫、そして主である貴方の決定でありますのに……。」
「夫婦だからこそ、遠慮は不要だ。多かれ少なかれ、気にくわない部分も出てくる。黙って我慢するのが、一番良くないな。」
「……ありがとうございます。」
貴方、か。なんか、ほんのちょっと距離を置かれたように感じてしまうな。自分に異議申し立てるほどに父親を心配しており、だからこそ、なんとかしてくれと強く言いたいのだろう。
しかし立場上、自分に対して絶対に言えないという葛藤が、今の表現を生んだんじゃないかな。そんなものは気にするなと言ってはいるけれど、それは自分の考えだ。向こうからしたら、絶対に超えてはいけない紙一枚なのだろう。
案の定、視線は下向きで表情もやや暗い。昔と比べると随分素直な表情で分かりやすい、素直なのはいい事だ。
さて、心配は払拭してあげよう。さっきの答えは、表向きの対応だよ。
「心配すんな。8492の戦闘狂にとって、敗北瀬戸際からの防衛戦闘ってのは最高の戦闘環境だ。安心しろ。いかなる状況が起ころうが、ケストレル国王の代で、政権が潰えることはない。」
「マスタァ……!」
軍そのものがフーガ国に向かうという許可は取っているので、筋道だけ立ててやれば問題はない。だから、8492が進軍するための時間だけ稼いでくれれば、クーデターの心配は無用だよ。
嬉しさのあまりか左腕をマウントしてくるけれど、料理の盛り付け中なので、可能ならば控えてください。でも嫌いじゃないから、それも言うにいえない自分。さて、なんとかするしかないな。
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とりあえず「一緒に料理を盛り付けよう」的な流れにもっていき、準備完了。ケストレル国王の反応も上々で、満足げな顔で食事を終えた。
今現在は、ツマミを片手に談話中。当初の無礼講ほどではないけれど、互いにかなり砕けた姿勢で接している。
「ところでハクよ、1つ良いか?」
「はい?」
「お前、日ごろからこのような御馳走を食しているのか?母が聞いたら、どう思うか分からんぞ。」
「っ!?」
上機嫌で酒を口につけていたハクだが、小動物のように機敏な反応を見せる。ケストレル国王に対し、口には出さないが、「絶対に言伝NG、どうなっても知らんぞ」というジェスチャーを行っている。
ここまで慌てふためくのも、なんだかんだで珍しいな。はて、色々と厳しい母なのだろうか?
「母子は似ると言うではないか。食にはうるさい、というやつじゃ。」
「あ、納得。」
エンシェント、その言葉、ものすごく分かりやすい。有無を言わさずとは、このことだ。一発で納得できてしまった。
「ご納得とはどういうことですか、マスター!」
「いや、見ての通りだろ。ねぇ、国王。」
「……すまんホーク殿、ワシャ言葉に出せん。」
「我も無回答じゃ。」
「二人ともぉ!?」
どういうことかとハクは捲くし立て、自分も肯定を求めるも、みなさん素が出てらっしゃる。ケストレル国王とエンシェントは、お口にチャック状態だ。
珍しくハクがプンスカと騒いでるけれど、こういうコミュニケーションが起こるというのは、大切なことだ。心からリラックスしていないと、こうはならない。
ちなみに自分の納得だけど、別に「食にうるさいのが悪い」と言う内容に同意しているワケではない。普段の凛々しい表情とメシ食ってる時のギャップが、っていう話。反応からするに、男3名、その点は共通認識だろう。
「ところでハク。嫁いだからには食べているばかりではいかんぞ、夫を立てる役割がある。この地で何をやっているのか耳にしたことは無いが、ホーク殿の役に立っておるだろうな?」
「ッ……。」
ケストレル国王は話題を変えたかったのだろうが、エンシェントの予想的中。ハクも口を閉じて視線をこちらに向け、自分の回答を待っている。しかし予定と比べると、言い回しが少し違う。
エンシェントが予想していたのは、「何をしているか」という質問だ。しかし国王の言葉は、「役に立っているか」どうか。そうなると、答えも必然と変わってくる。
「役立っているかどうかというのは、受け側の問題だ。判断は私になるだろう。」
「是非も無い。ホーク殿、いかようか。」
「そもそもにおいて、自分が妻に求めるものは心の癒しだ。一緒に居て楽しいと感じることができ、業務以外の時に一緒に笑い暮らすことができるならば、それ以上は多くは望まない。そしてハクは、十二分に答えてくれている。」
ドヤァ。としたくなる名回答!これは拍手喝采、全俺が泣いたレベルに匹敵する良夫に見えるはず!
……。
……あれ、なんか反応が無いぞ。ただのカカシになっているぞ。
「……なんとも、寛大な男よの。無欲とも言えるが、譲らぬところは譲らぬということか。」
「だから言ったであろう、多くは望まぬが譲れぬものは必ず守る。これもまた、上に立つ者としての1つの姿じゃ。」
おう、そうだぞ。いいこと言ったエンシェント、褒美にニホンシュを持たせる。
え、全種類よこせ?調子に乗るな、単品で3桁超える奴も混じってるんだぞ。
「そのような者が治める軍隊とは、いかなる動きを見せるのか。ハク、教えてくれぬか。」
オッサン相手に軽く説教をしていると、横で始まるシリアス話。8492関係とのこともあって、思わず、自分の口も閉じてしまった。
「一般的な軍隊は、国のために戦います。ですがアイサフ8492は、基本として仲間のために戦う精神を持っております。結果的には国のためとなるでしょうが、過程が大きく異なっております。」
「ふむ。仲間、か……。」
「己が1つの行動を取れば、いかなる問題を引き起こすか。基本的なことですが難しいことです。アイサフ8492は、戦闘中に限り、この概念が強いように感じます。」
戦闘中に限り、ってのがひっかかるな。普段の連中はチャラけて自己主張が強いように見えるけど、根底はその考えを守ってるぞ。欠片程度しか見せないから、見抜けって言うのも難しいか。
「普段は縦横の繋がりが双方非常に強く、まさに理想的です。仲間を想う考えが、このような特殊な軍隊を作り上げているのでしょう。構成員はもちろん、指揮官以上が徹底しなければ、成しえない事だと思います。」
「正解だ、よく見てるな。」
思わず、横やりを入れてしまった。ハクが答えた内容は模範解答。完全な正解で、どんな状況に陥ろうと8492の部隊が強さを発揮できる秘密の1つだ。
超エース級だろうと準エース級だろうとワンマンアーミーにならず、必ず連携を取っている。もちろん例外はあるけれど、基本は連携力の強さが要だ。どこぞの旧軍隊みたいに陸軍と海軍が喧嘩することなんて、絶対にあり得ない。
そんなことをすれば、すぐさま自分が制裁を入れに行く。1回もやったことは無いけれど、その点は大元帥クラスがしっかりしてくれているから、自分は見守るだけで良いのよね。
「そして、非常に強力な軍隊です。過大評価無しに、大陸全土を制圧できる程と断言します。もし加減無しで対峙すれば、私も数秒と持たないでしょう。」
その言葉で、ケストレル国王の喉が鳴った。流石に父親ともなればハクの全力を知っているだろうから、比較しやすいだろうね。
……自分の知らないハクのことを知ってるってのは、ちょっと羨ましいな。
「……ホーク殿、気を悪くしたらすまない。その力をもって、世界を手に入れようとは思わんのか?」
「自分には、8492という仲間で十分だ。それに多くを手に入れたって、管理できないだろ?」
どこかの女神さんとは真逆なことを聞いてきたけど、皆さん世界が気になるお年頃なのだろうか。世界世界って言うけれど、そんな有象無象を相手するより、足元を固める方が重要ですよ。
それもあるし、気の合わない奴と一緒に居ても楽しくない。外から見ればケンキョに見えるかもしれないけど、自分って、けっこう選り好みするんだよね。男が何か機械部品を買う時、スペック厨になることと似たような内容かもしれない。
「父上。お言葉ですが、一大軍の長に対して、流石に失礼かと。マスターは寛容でいらっしゃいますが、限度はございます。」
「む、そうだな。失礼をした、ホーク殿。」
寛容という紹介を受けたからには返事をしたいが、ここは無言を通して腕を組んでおこう。肯定とも否定とも区別が付かないだろうから、これで1つ借りを作った形だ。ま、返してもらおうなんて思ってないけどね。
その後は再び他愛も無い話に戻り、こっちでのハクやエンシェントの日常を紹介したら両名がギャースカ騒いだが、良い雰囲気のまま消灯となった。
今回は、フーガ国との友好関係を設立できたことが一番の功績だろう。密約程度だけれど、ハクの両親とドンパチするという、一番やりたくないことは回避できそうだ。
……適度に飲んだアルコールが回ってきたせいか、眠気も強い。ハクは先に夢の中だし、自分も後を追うとしよう。スヤァ……。
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翌朝、何時も通りに起床。来客を起こさないようにしているも、起きてこない。こりゃ、ベッドが持つ魔力の二の舞、いや三の舞だな。ハクも察したようで苦笑中、経験者は目で語る。
9時を回った頃、ドタドタと慌しい音と共に二人がやって来た。エンシェントは何度か似たような寝具を使っているはずだけど、このベッドが持つ魔力は、慣れていないと再発する厄介な代物だ。
「す、すまぬホーク殿。熟睡してしまった……。」
構いませんよ、お父様。これから10時間の長旅なのだから、どうぞゆっくり―――って、そろそろ飛び立つ予定の時間か、確かに寝すぎだな。
二人とも男だからかすぐに身支度を終えたようで、管制塔に連絡を入れ、離陸許可を取る。二人は羽を広げ、フーガ国へと飛んで行った。
……あ。
エンシェント、酒を忘れてるぞ。急ぐとロクなことがないな。
「ハク、すぐに念話で連絡を「私が責任を持って処理します。」あっはい。」




