12話 王と主
ケストレルか?
【視点:ホーク】
その後は特に何事もなく、一泊することもなくエンシェントは帰っていった。自分たちの基準だと酒気帯び運転ならぬ酒気帯び飛行になるけれど、あの程度のアルコール量は問題無いらしい。自己申告なところが不安だが、航空法や道路交通法なんて無いし無視しても良いだろう。最悪は自己責任だ。
そんなエンシェントは、フーガ国に着いたら着いたで、とんぼ返りとのこと。ケストレル国王と共に、またこちらに飛んでくるとのことだ。
「わざわざ戻らずとも、信頼できる使者が、往路だけ同行すればいいものを。エンシェントも苦労しますね。」
ヴォルグ、ハクレンとコミュニケーションを取りながらそんな話をしていたら、ハクが同情するように呟いた。
まぁ確かに、エンシェントが往復するのは手間がかかるように見える。でもハク、多分だけれど……それ、ちゃんとした理由があるぞ。
「多分だけど、往路復路の脅威を探っているんじゃないかな。エンシェントが見て報告した内容なら、反対気味の家臣だって納得させることができるはずだ。」
「あっ……な、なるほど。」
「なるほど……流石の推察です、主様。」
ヴォルグに褒められるも、エンシェントの思考を読み解くと溜息が出てしまう。ハクに気を使って政治絡みと悟らせないようにしてるんだろうけど、そこらへんちゃんと伝えないと、教育にならないぞ。何でも隠せばいい、ってもんじゃないはずだ。
彼の普段……つまりは酒交じりの言動から察するに、ハクが王女として復帰する可能性も考えている。そうなったら自分はどうなるのか、そしてハクはどう判断するのか気になるけど、夫としては、妻の決定は支えてあげたいな。
翌日に備え、あまり汚れていなかったが、一通り部屋を掃除。片道10時間となると一泊になるだろうから、そのあたりの用意も万全となっている。
その翌朝は、緊張からかハクがガチガチに固まっており、ブリキの玩具となっている。なんだかんだで、やっぱり意識するんだろうな。
まぁ、自分としても緊張があるのは同意見。俗に言う「娘さんを僕に下さい」どころか色々な途中過程をすっとばして結婚扱いになっているため、何を言われるかは、正直なところ未知の域だ。
あれかなーこれかなーと考えているうちに時間となったようで、CICから、2つのunknown接近中の報告が入る。ハク曰く「いらっしゃってしまいました」とのことで、エンシェントと客人だろう。
双眼鏡で覗くと、徐々に近づいてくる二匹の竜。初めて見るケストレル国王は、やや灰色の身体で、エンシェントと似たような大きさだ。
そう思っているうちに上空までやってきて、双方がヘリポートに着陸する。ケストレル国王の身体にある幾何学的な模様はハクに似ており、親子なのだなと再認識してしまう。
灰色の短髪、背はケストレルと同じで、体格は普通。流石に竜人の姿までは似ていないが、耳の上にある羽の形などは、似ているといえば似ている。あとは瞳の色ぐらいか。
とはいえ今の場は、互いの集団にとって無関係。ただの親と、その娘を嫁に貰った男というだけだ。
「ようこそ。お待ちしておりました。」
「おひさしぶりです、父上。」
なので、自分も敬語を使って返事する。朝っぱらはガチガチに固まっていたハクだが、「互いに無礼講なんだから気軽に構えてりゃいいさ」とアドバイスしたら、ふっきれたようで、いつもの調子に戻っていた。
しかし、いつも自分に見せている一喜一憂さやデレっぷりは皆無の頃の、仏頂面。これはこれで懐かしく、嫌いじゃない。良くも悪くもあまり見なくなった、凛とした姿だ。
「なんじゃハク。いつもホーク殿に見せている」
「わあああエンシェント!」
そして炸裂するK.Y.神龍節。ハクはハクで条件反射で突っ込みを入れた後、ハッとしているが時既に遅し。これが最近の素の反応であることが、父親に露呈してしまった。
ガックリと肩を落としてしまっているが、個人的には気になることが1つ。
「そもそも、なんでアンタが先に口開いてんだよ。」
「あ、そうじゃった。すまんケストレル。」
このオッサンは相変わらずだなと溜息を付いてしまう。来賓も苦笑しているのではと思ったけど、彼は穏やかに笑っている。一応ながら無礼講だし、気にしてないのだろうか。
「いやいや、ハクもそうだが、エンシェントですらここまで砕けるか。余程居心地が良いのじゃろう。申し遅れた、我の名はケストレル。知っているように竜人で、ハクの父親だ。」
エンシェントが、ここまで……?
記憶が正しければ初期段階から砕け散っていた気がするが、話がループしそうだし追求は止めておこう。ともかく、こちらも自己紹介だ。総帥としての立ち合いじゃないから、敬語でね。
「お初にお目にかかります、人族のホークです。」
言葉はシンプルにまとめて日本式のお辞儀を一度行い、目線を合わせる。午前中は無礼講のはずだったけど、その視線はおもいっきり力が入っており、相手の本心を見抜こうと戦闘状態だ。
と、いかん。これは自分の考えが浅はかだったな。単に、相手の男を見抜こうとしている可能性もある。父親としてならば、当然の目力だ。
とりあえず立ち話もなんなので、リビングへとご招待。玄関から圧倒されていた表情だけれど、さてどんな感想が出るのやら。ハクと同じなら、とりあえずベタ褒めからの質問かな。
「いやはや見事な住まいじゃ。派手さは無いが、威厳ある重厚さで満たされておる。」
うん、この辺の反応も親子だわ。自分の表情で感想を察したのか、ハクもやや苦笑していた。
その後も互いに当たり障り無い質問を続け、気づけばメシ時。気分転換で外で食べようということで、用意したのはサンドイッチだ。ヴォルグとハクレンは第二拠点に避難しているので、今ここには居ない。
団欒とした食の時間が経過するも、文字通り時間は過ぎ去るものだ。食後のお茶を持ってくると、場の雰囲気が変わっている。
なるほど、これほど分かりやすければありがたい。後半戦、自分達らしい問答の開幕というわけか。
「ホーク殿。この料理、是非とも製法を教えていただけないだろうか。」
なんでさ……。
らしい会話、って、そっち?いやまぁ、自分も料理は好きだしハクは食べる方が好きだから、らしいっちゃ、らしいけどさ。拍子抜けして、ティーセットを落としかけたよ。
真面目にやるならイースト菌の作り方からですね。まず第一に発酵食品が受け入れられるか、そこのハードルは高いと思いますよ。あとはマヨネーズか。
とりあえず「難しい」旨をハクが説明しているけど、はたしてどこまで伝わるのやら。ケストレル氏はケストレル氏で、何かをハクに言いたげな表情だ。
「なるほど、難易度が高いのはよくわかった。ところでハク。茶の一式だが、お前が取りに行かなくて良かったのか?」
「ハッ。も、申し訳ありません父上。い、いつもの流れで……。」
その後続いた2分ほどの言い訳を纏めると、自分がジャストタイミングで食後のドリンクを持ってくるのが通例になりすぎて、頼り切ってしまっていた。とのこと。自分は気にしてないし、理由が正直で可愛いから許す。
まぁでも、こういう場面は、自分が「持ってきて」と指示を出しちゃっても良いかもね。見てくれも、妻らしい働きに見えるだろうし。
「さて。改めて、名乗らせてもらおう。我はフーガ国国王、ケストレルだ。」
お茶を一口飲んだと思ったら突然と始まった、第二ラウンド。宜しい、こちらも応戦するまでだ。
「I.S.A.F.8492を纏める総帥、ホークだ。組織の説明を簡易的に述べるならば、いかなる国や勢力にも属していない集団で、国家ではない。」
「承知した。ところで貴君が治める集団には我が娘が所属しており、貴君と夫婦の仲にある。我が国とは、いかなる関係とお考えか?」
簡易的な説明を付け加えると、さっそく質問が飛んでくる。しかも非常に重い内容だが、予定通りの質問だ。
「私としては、妻の父親と殴りあうつもりは無い。その点に関しては、友好関係を結べれば最良と考えている。本会談は密会故に、正式ではなく密約程度に留まるだろうが。」
「なるほど、仕方あるまい。して、具体的な内容はお考えか?」
「基本的に提供が可能なのは戦闘能力のみだ。貴国が外部勢力の脅威に犯された際、我々は共に戦うことができる。」
「非常に心強い。しかし、見返りが発生すると思うが。」
「戦う場として貴国が治める陸海空を使用することが、我々にとって一番の見返りだ。」
「……は?」
重圧だった表情が一瞬で疑問符に変わり、眉間にシワが寄ってしまっている。横に居るハクも、「えっ?」っとでも言いたげな顔をして、こちらを見ている。
ま、うん、そうなるよね。ようは「我が国が収める陸海空においてドンパチOK」の許可が、一番の報酬ってことなんだけど、普通は「見返り」とは言わないだろうな。
「価値観の違いだ、気にすることは無い。また、貴国への戦闘支援を行った場合は、領土・領海・領空へ立ち入ることを永続的に許可してもらう。」
「そ、その程度なのか?」
「再度言おう、価値観の違いだ。もっとも、それ以外は絶対に不要ということもない。特に情報に関しては、多くて困ることは無い。また、こちらに利のある物や催しであれば、喜んで受け取ろう。」
ケストレル国王は、口に手を当てて考え込んでいる。セオリー通りならば領地の一部使用・占領して8492の拠点として使用するレベルの大事を求めてくるだろうし、「守ってやるから金を払え」なんてことも普通だろう。アテが外れたかな?
こっちからしたら、陸軍が進軍した際は一時的に滞在することになるだろうけど、海と空に関しては、ほぼ不要だしね。その時は改めて協議すれば問題ないだろうし、衣食住全ての提供は基本的に不要だから、助けを借りることも無い。
「そちらの考えは承知した、要求に対しても対応できる。しかし、これが密約であることが非常に残念だ。」
「その点は仕方あるまい。それでは……という言葉の繋ぎもおかしなものだが、フーガ国の情勢について説明願いたい。」
こちらの要求については受け入れてくれたので、次の話題だ。ハクから色々とは聞いていたけど、国王ともなれば、自国の情報量は桁違いだろう。
特にここ5年間のものは重要だ。こちらとしても、危惧しなければならないだろう情報を持っているため、多少無粋と言えるような質問でも行うべきだろう。
「承知した、包み隠さず言おう。我が国は、良くも悪くも閉じた国だ。5年前の進軍で大敗を喫しハクが王女を降りて以降、その傾向が強まってしまっている。最もこれは、統治しきれぬ我の失態だ。恥かしい話だな。」
一瞬だけハクを横目見ると、真剣な眼差しで話に聞き入っている。以前と違って落ち込んでいる様子は全く無い。良い傾向だ。
「自負する言い回しになってしまうが、竜人というのは戦闘能力が高く、古代神龍ともなれば、本来は単騎で国1つを相手できる程だ。勇者に敗北して以降、他国に攻め入り強い姿を世界に示すべきという考えが、王宮内部で広まっておる。一部の過激な権力者が、やや暴走していると言った具合だ。」
「手段はさておき、その考えは国を想ってのことだということは、そちらも理解しているはずだ。だが国王ですら、抑えることができないものなのか?」
「我に害は無いだろうが、我の考えを支えてくれている家臣には影響があるだろう。最悪は、命を落とすことになる。」
―――なるほど、そういう捉え方か。確かに本人の座から見れば、そのように捉えていても不思議ではない。
しかし現実は、そこまで悠長でいられるだろうか。
早、40日ほど前の話だ。8492が持つ空の目は、世界を巻き込みそうな、きな臭い動きをとらえている。
イエス、ケストレル。
エスコン7ではケストレルⅡが出てくるようで、楽しみです。
*一部、日帰り設定の文章が残ってしまっていたので修正しました。内容に変更はございません。*




