11話 サプライズ
ビール、日本酒に並ぶ、もう1つの至高。
【視点:ホーク】
ハティとスコルが去って、早30日が経過した。時折降る雪は酷く積もるという気配はなく、薄っすらと化粧される程度となっている。佐渡島(仮名)の方も同様であり、AoAでも苦労していた滑走路の除雪の心配は、軽微なものとなっているようだ。
最近の変化と言えば自分の家の近くにヘリポートを設置しており、オッサンはここから離着陸を行っている。飛行ルートとしては東の海上で大回りをしているものの、直接ここに来ることができるようになった。高度と進路は管制塔と協議済みで、飛行経路がぶつかる心配もない。
雪が混じる空だってのに、毎度のコトながら寒い寒いと言いながらやってくるエンシェントは、単に酒、特に日本酒が飲みたいだけのようである。毎度の如く飲兵衛となっているけど、感想が素直で嫌味も無いから、こっちの気分も悪くはならない。
でも今日は、無いんだよね。日本酒。
「えっ、無いと言うのか?」
「うん、無いね。」
呆気なく答えたら、まるで世界が終わったかのような表情を見せるオッサン。
「な、なんという……ホ、ホーク殿、なんとかならぬか。近頃はこれが真の楽しみで、片道10時間もかけて訪れているのじゃ……。」
……そう言えば聞いたことなかったけど、10時間もかけて来てるんかい。偵察で得ていた距離的に、時速250㎞程ってところか。
ハクも交えて話を少し掘り下げてみると、それ程の巡航速度となると、かなりのハイペースで来ていることが判明した。俗に言う空気抵抗を減らす魔法なども併用しているうえに、冬場は保温魔法も使うため魔力消費が大きいとのこと。けっこう無茶しているんだね。
ちなみに瞬発力で言えば400㎞ぐらいは出るらしいが、1分ももたないとのこと。このあたりは翼竜も同じらしく、以前のカジキ然り、一般的な生命にも当てはまることだね。
ちなみにこれらの内容は人の姿の時は全く該当しないらしいのだが、その点は、ハクがチラホラ見せているから知っている。日々の近接戦闘鍛錬で、何度我が目を疑ったか分からない。物理法則を無視したアニメが、そのまま現実になったような動きだ。
さて、放心状態の神龍が居るので話を戻そう。
確かに今回は日本酒は無いけど、コレには理由があるんだよ。
「ハクが、他の種類も飲んで見たい、と言うのでね。」
「むっ。ならば仕方あるまい。確かに、そちらも興味がある。」
「そうですよエンシェント。ニホンシュが美味であることは事実ですが、きっと次の種別も、例に漏れず美味なのでしょう。」
ハクは目を閉じて右手を胸に当てている。かなり上機嫌だが、相変わらず飲食となると分かりやすい。きっとツマミの方も、今までと違うセレクトにした方が良いんだろうな。
二人して「さっさと出せ」的な本音オーラが垣間見えているので、お望みどおり出してしまおうか。飲みが始まらなければ、話も進まないことも事実だし。
「今回の酒は、コレだ。」
宝物庫から出す、やや飴色の瓶。濃い蜂蜜色って感じかな。
12Yearという数字が大きめに刷られたラベルが特徴で、派手さは一切見受けられない。こういう表現、かなり自分の好みです。
「今までのと全然趣向が違って、ウイスキーって言う種別。どんなものかは、飲んでみた方が分かりやすいかな。とりあえずそのまま飲んでみて、濃かったら水割りとかを用意するよ。」
ウイスキーグラスに注ぎながら、一応説明を入れておく。
自分に言われるがまま、二人はすぐに口を付けた。冬ということで氷も入れておらず、本当にストレートとなっている。
「ホッホー!こりゃぁうまい!」
「おぉ……熟成した果実のあとに押し寄せる香味。なるほど、確かに上品です。少しずつ頂くのが良いでしょう。」
「そうじゃのぅ。」
それぞれの性格らしい感想ありがとうございます。ハクの方は商品の謳い文句通りですね、流石です。
しかしまぁ、新ジャンルのためか酒が進むこと進むこと。さっきの発言はドコ行ったんですかね。
酒が進めば、ついでに話も盛り上がる。また水みたいに飲んでると酔いつぶれるぞと釘を刺すと、誤差程度には大人しくなった。
とはいえ、本気で潰れられては色々と困る。意識があるうちに、エンシェントに話を振ってしまおう。元より今回は、それを話すための場だったはずだ。
「そういやエンシェント。例の件、当日まで隠し通すのか?」
「あ、そうじゃ。ハク、1つ言い忘れておった。」
「む、内緒話ですか。なんでしょう?」
2週間前に決めたとはいえ、ガチで忘れてたんかーい。どうせ酒のせいにするんだろ、自分は詳しいんだ。
「毎度毎度出てくる酒が旨すぎるのがイカンのじゃ。さてハク。二日後、ケストレル国王が第二拠点にやってくるぞ。」
「はっ?父上が!?」
「おい、立場を付け加えるな。」
「あ、すまんすまん。」
えっ、なんで!?的な驚いた表情でこっちを見てくる。声のトーンからして、一発で酔いが吹っ飛んだな。
ケストレル国王とは、ハク自身も口にしたけど彼女の父親で、フーガ国の国王だ。通常ならば、こんなところにやってくるランクの人ではない。まぁ、自分が絡んでることはすぐに分かるよね。
この話を遡ると、エンシェントの発言が起点だ。彼が「父親なのだから相手に挨拶ぐらいはしたい」と、エンシェントに言っていたらしく、その件を自分に相談してきた。名前を思い出すだけで「イエス」と言いたくなる名前だが、絶対に言わない。隊員連中、特にネタに走るディムースは知らん。
それはさておき、不可抗力ながらハクを追放した本人も、また彼だ。現時点でも、フーガ国にすらハクを利用しようと狙っている勢力が居るから、今更こちらからフーガ国へ行くのも、色々と問題があるんだよね。
「こっちから出向いたところで、周りの目がある以上はケストレル国王を父親として接するなんて、まず無理だ。でもこっちでの会談なら、自分の設定次第で如何様にでもなるだろ、ハク。」
「で、ですが……。」
「そういうことじゃ。此度の設定は表向きが「密談」、裏は「嫁いだ娘夫妻との談話」じゃからの。」
「それにしても、よく日程の目処が立ったな。」
「一泊程度が限界じゃの。密談と設定しておけば、乱発せぬ限りは通用するのじゃ。」
ケラケラと笑って言われたその辺の規定はよくわからんけど、そんなもんか。護衛としてエンシェントが居るんだし、戦力的にも……いつもの彼を見ていると心配だけれど、きっと通用するんだろう。護衛一名だと尚更密会っぽいし、適任か。
一応ながらその辺の話も軽ーく行う予定なので、誰がどう見ても、国と国……別に国じゃなくてもいいか。国と集団との密会です。
「いきなりトップが来るってのも、荒れそうな理由だねぇ。」
「お主等が暗殺を行うとは思えんし、我が行き来しておるではないか。」
「あ。」
「あ、じゃと!?ホーク殿、このエンシェントドラゴンを何と心得―――」
神龍という皮を被った、ただのオッサンと心得てます。何故?日ごろの行いが原因でしょう。
やや酒のせいもありプンスカなエンシェントはさておき、おーいハク、聞いてる?あ聞こえてねぇや。首を自分とエンシェントに交互に向けているところを見ると、冗談抜きで聞いてませんでしたね。
「ところでハクよ。奴のことじゃから間違いなく、この基地で何をして過ごしているか聞いてくるが、受け答えは大丈夫かの?」
「っ!?そ、それはですね……。」
そして、エンシェントから追い打ち。
それにしても、そんなことを聞いてくるのか。迷惑をかけていないか心配してるって?仕草を見ているだけで癒されます、何ら微塵たりとも問題ありません。
とはいえ、そう言われるとなると……何かフォローできるよう、意見は一致させておいた方が良いな。
「自分が聞かれた時用に、答えは用意しておいた方が良いな。よし、何を言うか決めておこう。まず、自分の印象を並べてみる。」
「それが良いの。」
「お願いします。」
よし。では、印象に残っていることを羅列していこう。
「食べてるね。」
「食べてるのぉ。」
「うっ……。」
「飲んでるね。」
「飲んでるのぉ~。」
「っ……。」
「最近、料理を学んでいるみたいだね。」
「何故それを!?」
「あ、やっぱり?たまに香辛料の香りがするから、もしかしてと思ってたけど。」
「ぐっ……。さ、流石マスター……。」
「なんじゃ、飲食ばかりではないか。」
「グハッ。」
ハッ。しまった、出会った頃の第一印象が先走りすぎた。フォローフォロー……。
「い、いやほら、自分は稽古つけてもらってるし、知識には助けてもらってるし、逆にハクも学んでるじゃないか。そういう方面があるぞ、きっと大丈夫だ。」
「さ、最初にそれを仰ってください……。」
ごめんごめん、いじけるな。どう頑張っても、第一印象が未だに、ね……。もし仮に食べる事オンリーだったとしても、かわいいから許す。
ソファーの上で膝を抱え、そっぽを向いてスネてしまったので、ウイスキーに合うデザート……これが意外と合うんだよね、チョコレートケーキ。12等分したうちの1ピースだけど、皿とセットで、宝物庫から召喚開始。
予想通り、数秒でハクをフィィィィッシュ!そして機嫌復活、ちょろい。
「で。ホーク殿は、どのようなことを話すつもりかの?」
「まずはハクを嫁に貰ったということで、挨拶かな。多分そこから、エンシェントが言っていた流れになると思う。軽い昼食を挟んで、午後は「らしい」協議だ。なんだかんだで、こっちの方が長くなると思う。」
密会なので同盟とはならないだろうけど、密約的なものの話が出ることは想像している。内容にもよるが、ある程度のパターンの答えも出してある。2週間の猶予を貰ったのも、これが原因だ。
初めての外交となるが、守るものは守らなければならない。ハクの母国と言うこともあって少しは融通してあげたいけれど、あくまでも自分達が最優先だ。
自分達は国家ではないけれど、他国から見れば、それこそ立派な国家レベルだろう。戦闘という項目に特化した国家、という位置づけになるはずだ。
こういう集団が世間に出ると、良い方向にも悪い方向にも転びやすい。やっていることは変わり無いというのに、立場1つで、英雄にも悪魔にもなってしまう。
よく「正義とは」なんて小難しい話が議題に上がるけど、それとベクトルは似てしまっている。とはいえ行動を起こす以上、避けられない課題であることも、また事実。
そのへんの舵取りは、自分の仕事だ。そのための総帥だ。とはいえ、常に頭を悩ませることになるだろう。
……思わず溜息が出るも、ふと横を見ると、全力でチョコレートケーキを堪能している人、約一名。
極度なシリアスな考えで疲れていても、この古代神龍サンを見ていると癒されるんだよなぁ……。単純に今の生活を楽しんでいて、心から幸せそうな顔をしている。
妻の役割は色々あるけれど、こういう内容が一番大事、ってのが持論である。ホント、いい奥さんを貰ったもんだ。
「……ハクよ、やはり食「話を循環させるな。」あっはい。」
そこは黙ってろ、オッサン。
この3人は役割がブレませんね。




