10話 若者の旅立ち
【視点:ホーク】
ハイエルフが合流してから約1ヶ月。今が何月何日なんて全く不明だが、冬と呼ばれる季節に突入したということはよく分かる。
朝6時に目覚めるも、この世界に来た頃と比べて薄暗い。全く見えないほどの視界ではないものの、お世辞にも明るいと表現することはできない光量だ。
カーテンを開けても明るさはさほど変化なく、灰色の空は冬季特有の曇り空でドンヨリとしている。ヴォルグ一家は既に起きているようで、寒そうながらも盛大に欠伸をしていた。
おかげで欠伸がうつってしまったが、誰も見ていないしセーフだろう。
と思ったらハクが起きていて後ろに居ました、おはようございます。朝メシは暫くお待ちください、暖かいスープを用意しております。
さて、色々あったが小麦側の用意も順調だ。結界側は初日で説明が終わったらしく、陸軍の巡回にあわせて、さっそく結界維持の仕事が行われているらしい。
部隊長に話を聞いてみると、森の状態の観察・危険察知など、こちらとしても学ぶことは多く、同行は非常にありがたいとのことだ。それは是非ほかの部隊にも共有したいので、あとでメイトリクスに打診しておこう。
魔物に関する講義なども重要で意見が上がってきているが、もう少し寒くなってからだ。ハイエルフは数が少ないから無理をさせたくないし、冬場の仕事は、今のところ講義の項目以外に思いつかないからね。
恐らく降るであろう雪の量……と言うよりは積雪量が不明なため、8492の活動も制限される恐れがある。このエリアに住んだことがある人が居ないので、全くの未知数だ。
「主様、大事なお話があります。」
そして朝食後、リビングで改まる4頭のフェンリル王。普段は緩い一家だが、冗談抜きで真面目な話だということが伝わってくる。
こうして改めて見ると、ハティとスコルは本当に大きくなった。両親と比べると一回り小さいが、凄まじい成長速度である。
ちなみに、以前も「大きくなるの早いなー」と思ったことがある。その時に気になったので聞いてみたのだが、「自然に居る時と比べて栄養がしっかりしているからと思われる」とのことだった。今思い返しても、納得。
さて、考えが飛んでしまったが、何の話だろうか。
「突然の話になってしまい、申し訳ございません。ハティ、スコルが旅立つ許可を頂きたく、具申致します。」
「抜けた穴は私とヴォルグが取り代わりますので、何卒お願い致します。」
伏せではなく、頭の位置を下げて言葉が投げられた。これは、本当に真剣なお願いだということを伝えたいのだろう。
なるほど、言いたいことの目的は理解できる。是非はさておき、あとは理由と、時期の確認かな。
その後5分ほどで行われた説明は、簡単なものだった。どうやらフェンリルやフェンリル王は、10年に1度、つがいを探しに世界全土で旅立つらしい。そして出会うと、一生を添い遂げるとのことだ。
しかしまぁ数が少ないため、雄雌が出会える確率は低いらしい。それに加え、俗に言う繁殖期は雪解けの季節に1ヶ月程しか無いらしく、随分と厳しい条件だ。偵察部隊で支援してやろうかとも思ったけど、流石に無粋だね。
もちろん雄2雌1が食パン咥えてゴッツンコしたら、 間髪を容れずにゴングが鳴るんだろうな。それで命を落とす奴も居るんだろう、自然界の掟だね。
逆に言えば、そんな感じだから、フェンリル王が某3桁わんちゃん張りに繁殖しないバランスになっている、ってことか。ハティスコルはまだまだ若いけど、次のチャンスが10年後となると、ヴォルグが焦る気持ちも頷ける。今の今まで迷っていたが、昨夜、自分に打ち明けることに決定したらしい。
にしても、出発は今すぐって、いくらなんでも早すぎない?そもそも、実力的にどうなのよ。
「もし他のフェンリルと取り合いになった場合は戦闘になると思うけど、ハティとスコルは大丈夫なの?」
「息子は既に、フェンリル王と呼べる領域の能力を持っております。絶対に無事とは言い切れませんが、実力は保証いたします。」
「マスター、その点に関しては私からも保証いたします。」
ふむ。なるほど、古代神龍サンのお墨付きと。
だったらあとは、本人……本狼?の意思かな。
「ハティ、スコル、前に来て。」
「「はっ。」」
両親が左右にずれ、自分は息子2名と向かい合った。
視線を同じ高さにして、真剣に問いかけよう。双方の目は真剣だ、嫌々旅立たされるという感じはしない。
成長途中の性格はそのままに、ハティは凛々しい神父のように、スコルは活発で行動的な性格に育った。体格も立派だが、それゆえに不安なこともある。
「自然で暮らす厳しさは、自分よりも痛いほどに理解しているだろう。しかし自分も、この環境から自然に戻るのは、より一層の苦痛を伴うとも理解している。その点は、分かっているな?」
自分の言葉に、兄弟は静かに頷いた。
「もし許可する時の条件として、出発は明日の早朝8時とすることが1つ。そして、最も大事なことが1つ……。」
正直、あまり言いたくない。しかし袂を分かつ以上は、明言が必要だ。
「もしも、の話だ。ハティ、スコル及びその家族を相手することがあれば、私やヴォルグ、ハクレン、そして8492の各隊は、躊躇なく全力で殺しに行く。その点だけは、いかなる理由があるとも曲げることは無い。」
殺気を込めて見据えると、一瞬だけ、兄弟の身が震えた。しかし一瞬で、すぐさま、敵対する視線で私を捉える。
それでいい。魔物と人間とは、基本的にそういう関係だ。こちらとしても、敵に対して容赦する謂れは微塵も無い。
思わず、頬が緩む。親ではないが、逞しい兄弟に育ったものだ。
「フェンリル王、ハティ、スコル。現時点をもってI.S.A.F.8492の所属を除外し、滞在が可能な時間は明日の昼までとする。」
「主様、宜しいのでしょうか。」
「問題ないヴォルグ。私達が他国の平和を目指して行動しているように、野生で暮らしていた者にとって、繁殖は最大の目標だろう。だから外へ出ることを否定はしたくないが、こちらから行動を指示出来ない以上、8492の所属のままということも、不可能だ。」
「承知しましたホーク殿、ご英断に感謝します。そして、今まで本当にお世話になりました。」
「我々を瀕死の傷から救って頂いた恩は、一生忘れません。」
宜しいハティ、主様と呼ばないのは良い事だ。
「最後にもう1つ。もし伴侶を獲得した上で、戻って来たいならば歓迎だ。もちろん伴侶も指揮下に入ってもらうことになるが、金輪際追放というわけではないことを、覚えていてくれ。」
「おお!」
「ありがとうございます!」
元気でな。と、両脇に兄弟の首を抱き、頭を撫でて挨拶とした。出発は明日の朝だけれど、仲間の前でのしみったれた挨拶は、自分には合わない。だから、今、やりたかった本音は表現した。
いつまでも自分たちに甘えてきた頃の兄弟は、もう居ない。挨拶を追えると踵を返し、明日に備えて寝床へと歩みを進めていた。
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時間がたつのは早く、呆気なく翌日を迎える。悲しみで眠れないかとも思ったが、すぐに眠りにつくことができた。
兄弟が旅立つ本日は風も強く、天気は相変わらずの曇り空だ。ダメ元で行った小麦の発芽がどうなるか不安なところがあるが、失敗したら来春に託すしかないだろう。
そんななか、ハティ・スコルを全力でモフっているモリゾーがいた。他の000の隊員も兄弟に別れを告げており、他の隊員の姿も多数見られる。全部隊、必ず1人は居るんじゃないかという程だ。
「元気でな、生きて帰って来いよ!」
「はい、マクミラン大尉。必ず目標を達成し、この地に戻って参ります。」
「自分も、同じです!」
なんだか会話の言い回しが兵士っぽくなってしまっているが、言っている事は事実だし自分もそれを望んでいるので気にしない。
何故かは不明だが、スコルはマクミランに一番懐いていることもあり、最後まで離れようとしなかった。
しかしそれでも、時間は無限ではない。タイムリミットが近づき、マクミランはスコルから離れ、自分たちのところに戻ってきた。
「ハティ、元気でな!スコル、いっぱい連れて帰って来るんだぞ!」
「「ハッ!」」
……感極まって何か発言しようとして出た言葉だろうけど、その言葉、どうなんだ?いやまぁ、野生に一夫多妻を禁止する法律なんて無いだろうけどさ。
数名ほど自分と同じ感想なのか、マクミランの方に首が向いている。が、当たり前だけどツッコミを入れるほど無粋ではない。
兄弟の姿はすぐに見えなくなり、手を振っていた隊員も、自然と肩が下がった。
さて。ここは、自分の仕事かな。
「総員に告ぐ。気持ちは分かるが、落ち込んでいるのは良しとしない。奴等が帰ってきた時、すたびれたこの基地だったらどう思うか。自然の理へ挑戦する彼らに負けぬよう、我々も士気を高め、任務に当たって欲しい。」
「「「「「ハッ。」」」」」
少数ながら涙ぐんだ者が他の隊員に慰められながら、各作業エリアへと戻っていった。1分もすると、辺りは静けさが戻ってくる。
出会いがあれば別れも起こることは理解しているけれど、寂しいものは寂しいな。とはいえ総帥である自分が悲しみに暮れるわけにも行かないし、士気が落ちないよう配慮を行わなければならない。
ハクも察してくれたようで、静かに手を握ってくれた。
大丈夫。昔から、出会いと別れは繰り返している。この程度で、へこたれる事は無い。
野生と第二拠点と言う違いはあるけれど、生きるために賢明なのはどちらも同じだ。さっきも言ったけれど、兄弟に負けないよう、自分達も頑張ろう。




