2話 コミュニケーションは大切です
【視点:ホーク】
《unknownが左舷10メートル、深度100につきました。ゆっくりと浮上してきます。》
艦橋の反対側、甲板の端に立って海を見ているが、まだ影も見えない。ハクとフェンリル王一家も、甲板の端に立って覗いている。気晴らしに顔を上げると、護衛艦の主砲が浮上地点を向いているのが確認できた。どこかを飛んでいたF-35C戦闘機も戻ってきており、近接空域を飛行している。
対潜ヘリも集結しており、いつでも攻撃できる状態だ。そんな中、30秒ほどすると、海中に影が現れる。その影は細長く、全長100m程か。日の丸国の神話に出てくる竜のシルエットが、こんな感じだったな。
個人的には、「ドラゴン」と言うとハクやエンシェントのような姿を想像する。逆に「龍」となると、リヴァイアサンのようなシルエットだ。
しかし、この世界では、あまり区別されていないのだろう。ハクはドラゴンであるが、種別としては古代神龍だし。まぁ、区別する必要もないけどね。
そんなことを考えていると徐々に影が濃くなり、水深1mもないぐらいまで浮上している。最初は、チョコンと頭半分だけ顔を出した。カワイイなオイ。
そして、徐々に海面に姿を現してくる。頭と胴体部分が海上に姿を現し、自分と同じ目線になった。薄い水色の体をしており、先程も思ったが、ドラゴンと言うよりは龍に近い。更に言うならば手は確認できず、魚類に近いのだろうかと思ってしまう。
「ハク様の主、ホーク殿。此度の浮上許可を感謝します。」
顔を出したリヴァイアサンが、自分に言葉を投げてきた。
随分と紳士的だ。ならばこちらも、語尾に一言加えよう。
……あれ?これって、ハクの夫って名乗っちゃって良いのだろうか?
え、情報がどうなっているか不明だから主のままでOK?了解。
「知ってのとおり自分はホーク。ハクや、そこのフェンリル王の主だ。軍隊の頭故に敬語が使えないが、その点は理解して欲しい。」
「軍隊が敬意を払うのは主のみ、ですね。承知しました、問題ございません。」
加えて、物分りも良いときた。声からしても、こいつぁ若いイケメン騎士的なキャラだな、間違いない。
で、なんで今更こんな語尾を付け加えているかとなると、フェンリル王一家が基地に来た辺りまで遡る。「本土に行けば他族、他国との接触が増えるだろう」ということで、将校クラスで決議した内容だ。
8492とはいえI.S.A.F.を名乗る以上、いかなる国・いかなる勢力にも属さない軍隊である。AoAにて軍を結成した当初から貫いてきた内容であり、そのために今まで他の軍と同盟を結んだことがない。
孤立した軍隊であるが故に、その軍隊のトップが他人に敬意を払うことはなく、相手にその意図を示す必要がある。手っ取り早いのが、総帥が相手に敬語を使わないことだ。とはいえ喧嘩腰と受け止められても面倒なので、先程の語尾を付け加えているのが現状だ。
向こうが喧嘩腰の場合は、説明するつもりは無いけどね。多分だけど人間あたりの国に居そうだな、そんな奴。邪人?話を聞く限り、最初に手が出てきそうなので除外です。
一方のリヴァイアサンは、その気がまるで無いので、こちらの対応も穏やかだ。
海から体を40mほど突き出すのは辛そうだったので、自分達は左舷側後方にあるオープンデッキのようなスペースに移動した。ここならば、彼は海面から顔を出すだけで丁度いい高さになる。
「なるほど、ハイエルフ族の移住ですか。」
「そうそう。陸地移動だと時間もかかるし危ないから、こうして海上輸送の予定ってワケ。」
「地上は距離がありますし脅威も多いので、賢明だと思います。それにしても、あのハイエルフが人族と関わりましたか……。」
「確かに随分悩んだみたいだけど、どう頑張っても後がないってやつかなぁ。黙ってても絶滅だし、仕方ないんじゃない?」
ハクとリヴァイアサンの挨拶も終わり、自分とリヴァイアサンが2-3分ほど雑談している。フェンリル王が居た事にも驚いていたようだが、そちらの挨拶も無事に終了している。
ちなみに、声的に男だと思うが……ともかく、彼は亜人ではないので人型にはなれないらしい。そのため現在も、20ノットを維持しながら同行している。
「そう言えば陸地に近い海域を木造船が行き来していたんだけど、クラーケンとか相手して対処できるもんなの?」
「クラーケンですか。成長すると10m程になりますし力も強大なので、よほどの猛者が船に乗っていない限り、遭遇したら無理でしょうね。木船など砕いてしまいます。そのほかにも大きな魔物がおりますので、船のほとんどは近海を進んでいるようですね。」
でっか。ってことは、マクミランが佐渡島(仮名)で釣り上げたのは成長途中だったってことか。確か6mとか言ってなかったっけ。
エンシェントも「第二拠点付近には強力な魔物は居ない」って言っていたし、これで少し肩の荷が下りたと思ってたけど、油断ならないな。たぶんだけど、稀に近海にも表れるのだろう。
「ただ例外はありまして、極まれに近海にも出没します。そもそもクラーケンがゴロゴロ居るようですと、海の魔物が全滅してしまいますね。」
「リヴァイアサンがここの支配者って聞いてるけど、クラーケンは配下だったりするの?」
「いえ、違います。そもそも、他の魔物が手を出してこないだけで、別に海域を支配しているつもりは、ありません。ところで、クラーケンをご覧になったことがあるのですか?」
「1回だけ見たことあるんだけど、突発的に反撃して倒しちゃったんだよね。配下とかじゃなくて良かったよ。」
「おや、クラーケンが人間に手を出しましたか。珍しいこともあるのですね。近海に来ないことも理由の1つですが、船に関しては、滅多に手を出さないと認識しております。」
「あれほどデカいと、ね。人間程度の大きさは、捕食相手にもならなんじゃ?」
「仰る通りです。小腹すら満たせない割に船自体は食せませんから、無駄という言葉が最適です。逆に、これほどの大きさの船だと、襲って来ることは無いでしょう。」
そりゃまぁ、フォード級ともなれば300mだから、単純に30倍の大きさだからね。群れてると襲撃も有り得るかもしれないけれど、その時は対潜兵器でドカーンよ。この前買った、M/50は適任だ。
大きさで言えばリヴァイアサンも、間近で見ると大きな体格だと再認識する。他の艦、特にこの空母フォード1と比較すると小さく感じるけど、300mあるので仕方なし。
他の艦の搭乗員も、何名かがリヴァイアサンを観察していた。
「ところでマスター。リヴァイアサンが居るためか空母が端に寄っていますが、艦隊に問題は無いのでしょうか?」
「正直に言えば、極微量はあるんじゃないかな。でも大きな問題があるなら、乗員の錬度不足だろうね。この程度で喚いてるようじゃ、戦闘時の問題には対処できない。」
雑談も終わったところで、後ろに居たハクが問いかけてくる。回答としては簡潔に本当のことは伝えつつ、リヴァイアサンに落ち度がないことを強調した。相手が心意的だから、こっちもしっかりと配慮するよ。
だよね?と口にはしないが後ろにいるトージョーに顔を向けると、一度だけ深く頷いた。それを見たハクも、「なるほど」と言わんばかりの表情をする。
「ところでリヴァイアサン。挨拶が目的って言ってたけど、そのために追い付いてきたの?」
「あ、はい。自分は単純に、フーガ国に辿り着けないので。」
「あ、なるほど。」
そう言えば、ハクが住んでいた所は海に面していないって言ってたな。こりゃハクが行かない限り、対面することもできないわけだ。挨拶1つで全力になるのも理解できる。
「その点なのですが、ホーク殿。宜しければ、このまま目的地まで、ご一緒しても宜しいでしょうか?」
「ん?いいけど、何かワケあり?」
「いえ……恥ずかしながら、自分より大きいものと一緒に泳ぐのは初めてでして。何故か、こう、興奮すると言いますか。」
突然のカミングアウト、とても非常に盛大にリアクションに困る。これ、一体どうやって返すべきだ?
……ヘンタイか、ただのカワイイキャラか。見極めるべきだろうが、難易度高すぎませんかね。
チラっとハクを見ると「私に聞かないでください」的な目力で返してくるし、ヴォルグも申し訳なさそうに目を伏せる。トージョーに至っては最初から目を逸らしてやがるな、この状況で見て見ぬ振りとは良い覚悟だ。
「よし。海軍管轄内だし、トージョーあと宜しく。」
「なんですと!?」
文字通り泳がせとけば問題にならないだろうし、たまにはトージョーに任せちゃえ。自分で言うのもなんだけど珍しい無茶振りを受け、トージョーが固まってしまっているけど大丈夫だ!
それよりも、今は自分が考えている兵器の仕様を詰めなければならない。最も大きな問題に関して兵器部門が試行錯誤してくれているようだが、運用方法や標的が本来と違うので魔改造が必要になる代物であり、一晩で「はいできました」とはならないだろう。
先週から悩みに悩んでいるものの、先日提案した以外に良い解決策が思い浮かばない。デッキ横の通路にあったベンチに腰掛け、ふぅと、上を見上げた時だった。
「何かお考えですか、マスター。」
眉間にシワを寄せていると、横から覗き込むように前屈みで聞いてくる、身近な彼女。周りに誰も居ないからか声も少し高く、素のモーションになっていて少女っぽい動きだ。
思わずこちらの表情まで緩くなり、ドーニモナリマセンとばかりに手をヒラヒラさせて応対してしまう。
「ああ、ちょっとね。個人が使う武器の問題なんだけど、ある事象が、どうにも上手くか心配でさ。」
「むむっ……そのお悩みは、私ではわかりかねる代物ですね。」
「ははっ、ありがとう。自分で使うものだから、ちゃんと考えなくちゃいけないんだ。」
「なるほど、マスターがご使用されるものでしたか。」
そんな話をしているうちにハクも隣に座り、会話に花が咲く。やはり空母のご飯は美味しい、など、他愛も無い内容だ。って、やっぱり食ってたんかーい。
自分が使う予定の兵器も考えなくちゃいけないけど、今はハクに付き合おう。
「明日はハイエルフの輸送ですが、宜しければ、どのように行うのでしょう?」
「トージョーに任せてるから推測だけど、小型の船で輸送艦か空母まで運搬するんじゃないかな。運ぶ物の量次第だけど、何回か行ったり来たりすると思う。」
「陸地からの輸送も船で行うのですね。てっきり、ヘリコプターを使うのかと思っておりました。」
「そうだね。重量物とか大きさにもよるけど、40人規模の物資となると、ヘリってわけには……あっ。」
……あ、あれ?ヘリ輸送?ちょっと待てよ……。
「……マスター、お顔が優れませんが。やはり何か、思い悩んでいるのですか?」
「!?い、いや、なんでもないよ。」
言えない……「宝物庫に輸送物資を入れて、住民だけ第二拠点までヘリ輸送すれば良かった」と考え付いたことは、絶対に言えない……!!




