12話 人気メニュー
【視点:ホーク】
兄妹との話が終わったタイミングでエンシェントが合流し、食堂へ直行。例によって驚きの言葉を連発する兄妹と共に朝食を取る。肉に不慣れなのでアッサリした品物のセレクトをしたけれど、どうやら問題はなかったようだ。今のところ食に関しては、ベジタリアンな人間って感じかな?
自分達3人は晩酌の影響があるので、違う意味でアッサリしたものをセレクトしている。具体的にはお茶漬けなんだけれど、何故かスルスルと胃袋に収まっちゃうんだよね。竜人の二人も、食べ終わってから不思議がっていた。
現在は、建設中の公園の下見に行くところだ。ハイエルフの住宅は公園の森林際に建てる事になっているので、自分としても、どのような雰囲気なのか気になっている。
5人と4匹がいる影響か、自然と会話が始まっている。内容は、先ほどの朝食についてだ。
「リュックやリーシャ達の食事は、どのようなものだったのでしょう?」
「我々の朝食は一品でしたが、ああして複数並ぶと、朝から活力が出ますね。」
「同感だ。主様の部隊が作る料理を味わうと、野生の頃の食事は苦痛になってしまいます。」
「一番驚いたのは種類の豊富さです。疲れたときは味の濃い、かつ体に負担をかけないもの。酔いの翌日は、体に優しく量と塩気を取れる軽いもの。料理と言う括りですが、まるで無限の手数があるように感じます。」
「本当に不思議じゃのぅ。お主等の料理は無限大か?死ぬまでに堪能しきれる気がせんぞ。」
「食に力を入れているのは否定しないけど、そもそも食事を堪能するための集団じゃないのでね……。」
「そうじゃった。ここに居ると、勇者の集団を蹂躙した程の軍隊であることを忘れてしまうわい。」
そう言えばそうでした、と、リュックとリーシャの背筋が改まる。完全に忘れていた、って感じのリアクションですね。ま、忘れてくれた方が接しやすいから楽なんだけどさ。
こっちとしても最近は演習ぐらいしか戦闘らしい戦闘はやってないから、その感覚も分からなくはない。特に陸軍は、シルビア王国解放戦以来だ。そろそろ、マクミラン辺りの隠れ戦闘狂が、あからさまに意見具申してきそうなので、何か策を考えておこう。
「最近は戦いもありませんし、久しぶりに、マスターの手料理も味わいたくなりますね。」
「えっ、総帥様も料理をなさるのですか?」
随分と不思議なニュアンスで聞いてくる。趣味でやることもある、という程度なのだが、軍団のトップが料理をするのは珍しいのだろうか。
「そうだね。たまにだけど、自分も作ったり手伝ったりする時があるよ。」
「ちなみに、どのような料理なのでしょう?」
「うーん……自分が隊員相手によく作るのは、カレーと豚汁って料理だね。」
「耳にしたこともありません、どのような料理なのでしょう?」
「カレーってのは香辛料を効かせた料理だよ、見た目は茶色で宜しくないけど味は絶品だ。豚汁は野菜とお肉を調味料で煮込んだやつで、肉の脂に熱さを閉じ込めて食べる冬の汁物だね。ただまぁ、どっちも脂分が多いから、肉を食べなれていないと難しいかも。」
リュックとリーシャは互いの顔を見た後に、えっ?とでも言いたげな表情を見せる。
正直、どこに不信感を抱いているのかが想像できない。カレールーとか醤油、味噌と言ってもわからないだろうから香辛料と調味料という言葉で濁しているが、おおざっぱすぎるか?
以前ハクに聞いたところ、醤油と味噌は認知していなかった。どうやら大豆に似た豆はあるようだが、人族のエリアにしか存在しないようである。
カレールーに関しては、言わずもがなだ。この前彼女が、極一欠けらを齧って般若のような顔になりかけていたのを必死に堪えていたことは記憶に懐かしい。
旨さに比例して塩分凄いからね、カレールー。そりゃもちろんルーのまま齧れば、ものすごくしょっぱいよ。
「お肉と一緒に、煮込むのですか……?」
あ、疑問点ソコなのね。って、肉と一生に調理する方法は至って普通と認識しているのだが、この世界は違うのかな。エルフは肉料理をほとんど食さないと言っていたが、ゼロではない。一体、どのような方法で食べているのだろうか……。
……まさか、血抜きしていないとか言わないだろうな?だから肉料理は避けているとか、そんなオチは無いだろうな?
ちなみに8492で出てくる肉は基本的に牛もしくは豚の細切れを使用しており、KTGトータルパッケージなどの拘った料理を除いて高級な肉ではない。もちろん解体前に血抜き済みだし、冷凍するので鮮度もしっかりしている。牛豚以外の肉も同様だ。
一部の物好きな隊員のために燻製肉を作ったりしているが、こちらも高級肉ではない。何度か食べたことがあるが、チーズとセットだと酒が進むだろう。一般的な乾し肉に分類される調理に関しても同様だ。物凄く硬いため顎が疲れるが食せないこともないし、こちらも臭みは皆無である。
ってことで、気になることはコンサルティング。肉の調理方法を聞いてみよう。
……。
アッハイ。血抜き無しですか。
え?五臓六腑つけっぱなしで保存?
……アメイジーング。
えっ、ハクも血抜きは知らないって?
……。
結論、そりゃ不味いわ。食べなくったって味が分かる。調理法が乾し肉の分類だろうと、空腹だろうと食せたモノではない。
ハイエルフ側に関しては、むしろよく今まで生きながらえたな。さーて、ハクは問題ないとして兄妹の肉嫌いをどうやって克服するか……。
「えーっと……なんだ、ハク、リーシャ。肉ってのは、調理する前の処理が非常に大事でね……。」
ということで、とりあえず3名特にエルフ2名にクッキング教室。血抜きや解体は実践できないので口頭説明を行い、2分で終了。自分も血抜きや解体そのものはやったことがないし、あくまで理論のレベルだ。理屈さえわかれば、実践ならばハク達の方が上手くこなすだろう。
感想を聞いてみると「そこまで変わるものなのでしょうか」とのこと。そうなると、百聞は一見にしかず、かな。しかし同じ肉を用意するのも骨が折れるので、とりあえず「こんなお肉もありますよ」的な体験をするべきだろう。そうなると、メニューはあれがいいかな。
「よし。じゃぁ特別に、『鴨肉のしゃぶしゃぶ、〆にラーメン』を作ってあげるよ。」
「「「「?」」」」
一人の中年オッサンサラリーマンが、一人で気ままにメシを食うドラマで出てきたメニューだ。興味本位で猿真似アレンジをして少しだけ野菜に下味を付けてみたのだが、これがなかなかイケている。鶏しゃぶと言いながらも使用するのは鴨肉で、ようは鴨しゃぶだ。鴨肉の値段をケチらなければ、しゃぶしゃぶからの鴨出汁ラーメンという二段構えを楽しめる構成になっている。
一度だけAoAのオフ会で皆に振舞ってみたことがあったのだが、かなり評判が良かった記憶がある。ただし準備と片付けが非常に面倒で、作った側としてはその点も詳細に覚えている。少なくとも、戦闘中に出すようなメシではない。
しかしながら発想としては面白く、鍋の中で鴨肉や野菜の出汁を作りながら食材の味を噛み締めるという、色々と楽しめる料理なのだ。これが不味いはずなく、〆のラーメンも最高に美味である。アッサリ出汁だから、ちぢれ麺が相性抜群だ。
8492の食堂では出てこないメニューであり、しゃぶしゃぶ、ラーメン共にハクも未開拓の分野だ。説明を行うと、例によって目を輝かせて期待値急上昇中、でもこれ本当に美味しいよ。
ハイエルフに対していきなり牛肉だと胃が厳しいだろうし、その点においてもサッパリとした鴨肉は適任だ。脂肪分が少なく高タンパクなので、健康にも良い。そうなると、問題は準備の人手である。オリジナルは一人に付き1鍋だが、8492方式だと1食を4~6人で囲う鍋料理だ。とはいえ、隊員にも振舞うとなると大量の鍋の準備が必要だ。
炊飯部隊も夕飯の用意はしていないだろうし、そっちにも連絡しなくちゃな。素材の用意は必要だが調理が不要だから、彼等も楽になるだろう。
お、いい所に第一歩兵師団……じゃなかった、その中のアルファ連隊だね。ともかく、大部隊が居るじゃん。公園建設作業の準備中のようだけれど、夕方に準備を手伝えるか聞いてみるか。
「おーいディムース、ちょっと良いか?」
隊員との会話が終わりかけたタイミングで、人込みの外側にいたディムースを呼ぶ。部下を下がらせると、20mほどの距離を駆け足で、こちらにやってきた。
「お疲れ様でございます総帥、御用でしょうか?」
「実は17時頃に夕飯の用意を手伝ってほしいんだけど、時間は大丈夫?鍋とか皿が多くて用意に手間がかかるから第一歩兵師団の人海戦術をお願いしたいんだ、皆にも振舞おうと思ってるんだけど。」
「おお、我々も楽しめるのですか、期待しております。おっと脱線しました、まだ9時ですし少し急げば終わります、問題ございません。お手伝いできる内容でしたら承りますが、ちなみに何をお作りに?」
「前にオフ会で作って大絶賛だったけど、用意と片付けが面倒な奴覚えてる?『鶏しゃぶ〆つけ麺』。」
「っ!?……総帥、ちょっと失礼を。」
あれ、目が変わった。何か問題でもあるのだろうか?
ディムースは後ろを向き、こちらを見ていたアルファ連隊と対峙した。
「テメェ等よく聞け!名前は知っているな、今夜のメシは『鶏しゃぶ〆つけ麺』とのことだ!!」
「「「「「っ!?」」」」」
「光栄なことに総帥自らお作りになるとのことだが、用意に手間がかかるから俺達の人海戦術が必要だ!全部隊、死んでも17時に作業を終わらせるぞ、わかったな!!」
「「「「「アイサー!!!」」」」」
……ん?
《至急、ディムースより本部!》
《こちら第二拠点本部、どうかしたか。》
《メイトリクス大元帥に繋いでくれ、大至急だ!》
……ん?何故メイトリクスだ?それもあるけど、そもそも何が至急なんだ?
《メイトリクスよりディムース、どうかしたか。》
《緊急連絡、今宵の食堂メシは伝説の『鶏しゃぶ〆つけ麺』とのこと。》
《なんだと、本当かディムース!?》
《間違いない、たった今総帥本人より決定を受けた。》
《そうか、ならば間違いないな。何か必要なものはあるか。》
《準備の兼ね合いで、我々の作業が17時までに終了することが責務となっている。すぐに応援要請を出して欲しい。》
《了解した、大至急手配する。》
……んん??
《緊急指令、緊急指令。第二拠点CICより全拠点の全隊員に告ぐ。行動可能な隊員は全て第二拠点公園建設予定地に集結、アルファ歩兵連隊の任務遂行を援護せよ。伝説の『鶏しゃぶ〆つけ麺』がかかっている、以上だ。》
ちょっと待って ちょっと待って お兄さん!?いや発令元メイトリクスだからおじさん!?何だよ今の緊急指令は!!
飯のために全部隊即時待機とか前代未聞にも程があるぞ!そもそも任意指令だから、応対する部隊がどれだけあるかワカランだろうが!
「えっ?」
無言でディムースが指差した方位を見ると、アスファルトだってのに軽く土煙が上がっている。物凄い数の集団が、こっちに走ってきているネー。わーお、ヘリコプターもいっぱいだー。
「ブラボー歩兵連隊及びチャーリー歩兵連隊、アルファ歩兵連隊に合流完了しました!これよりディムース少将の指揮下に入ります!」
「第二歩兵旅団3500名、第一歩兵師団の支援準備整いました!」
「タスクフォース000は行動可能です、いつでもご指示を。」
「グリーンベレー特殊部隊、我々も同様です!」
「デルタ歩兵小隊60名、我等が胃袋に勝利を!」
《こちら陸軍所属の各ヘリ部隊、いつでも支援を行えます。》
《戦車大隊も同様です、何なりとご指示を!》
「トージョー大元帥より緊急伝令です!全艦隊及び乗務員全員は全力即時待機中、いつでも行動可能とのこと!」
「エドワード大元帥からも緊急入電!佐渡島(仮名)における全航空部隊はスクランブル待機完了、指示を待っております!」
……。なーにこれ。
ハクが目を輝かせて「素晴らしい統率です」と感動しているが、総帥の自分もビックリだよ。過去最高に一致団結していないか、これ。
……。メシに弱いのは、生き物共通事項なのかなぁ……。
「……あ、うん。みんな、ディムース少将から指示受けて。」
「「「「「イエッサ!!!」」」」
そして結局、作業は2時間で終わったらしい。兵士に対して疑いたくないけれど、手抜き作業してないだろうな。そこだけは守ってくれよ。
こちらの準備の方も余裕で終わっている。炊飯部隊も予定を変更して総出で準備を行い、食材も用意できたのだ。夕食で提供するはずが、13時頃とはいえ、昼食での提供になってしまった。
暇を持て余したエース達の人海戦術、恐るべし。
でも、笑顔で食べる皆の顔は良いものだ。もちろん、ハクの超幸せそうな顔が見れたので満足です。
ドラマの影響で実際に作ってみたのですが、なかなか美味しかったです。是非ともオリジナルを食べてみたいのですが、なかなか距離が遠いですね…