4話 イカ釣りと押したくなるボタン
その後は戦闘音が聞こえてこないので問題ないのだろうが、さっきの発砲音が気になる。外に出て、状況を確認しよう。
陸軍基地内は若干の慌ただしさが発生しており、やはり何か問題が起こったことには違いないようだ。陸軍基地本部の建物を出て外を見まわすと、海のほうに人だかりができていた。
「どうしたの?演習?襲撃?」
少し声を大きくして問いかけながら近づいていくと、声に気づいた歩兵が近づいてきた。どうやら状況を知っているようで、何があったかを聞いてみる。
え?陸軍の皆で釣りをしていたら、クラーケンっぽいイカが釣れて襲い掛かってきた?で、念のため護衛で置いといたM1戦車の主砲(120mm砲)ぶっぱなして倒しちゃった?
やるじゃん。
……でも、釣りもあぶねーんだな。
え?陸軍大元帥命令でしばらく禁止するって?オッケイ。
でも、娯楽が少ない点は改善する必要がある。体制に余裕ができたら施設を買おう。
ちなみにイカの大きさは6mほどだったらしい。どうやって分かったんだ?
え?M1戦車を前に出したら主砲に絡み付いてきたから、崖に釣るして観測班が測定した?
やるじゃん。でも主砲ぶっぱなしたんなら、かなりの近接弾だったんじゃないの?
え?砲塔ごとぐるぐる回転したら剥がれた?で、離れて撃ち込んだ?
やるじゃん。
てかそもそも、6mのイカなんて、どうやって釣ったんだよ。
え、マクミランが釣ったの?奴なら仕方ないな。
「……真面目に、海の脅威について検討しよう。将校クラス皆集めて。」
ってことで、陸軍基地内部の事務的な小規模ミーティングルームで臨時で意見交換会が開かれた。まず聞くのは、皆が知っているこの手の海の巨大生物についてである。個人的には、クラーケンとメガロドンぐらいしか知らないが……他に何か居たっけ?その手に詳しいかどうか知らんけど、海軍トップのトージョー大元帥に聞いてみるか。
「伝説に出てくるような海の魔物っぽいやつなんだけど、クラーケンとかメガロドン以外に何かいたっけ?」
「私が知っている限りですが、シーサーペイント……だったか?長細いのが居たと記憶しています。」
言われて思い出した。そういや居たな、そんなの。もちろん現状では、脅威としては不明だよね。
クラーケンはダイオウイカ、メガロドンはホオジロサメがベースの架空生物であり、ファンタジー世界にはよく出てくる。あとはトージョーが言った、シーサーペイントも定番らしい。こちらも全長は2つと似たようなものである。こういうデカブツが出てくると困るのが、海上輸送艦隊だ。
流石にフォード級空母の大きさには手も足も出ないだろうが、イージス艦だと比較的小型のため、怪しいところがある。先手必勝ならば何ら影響は無いだろうけど、装甲が薄いから、体当たりされると危険かな。
ちなみに、8492の海軍は大きくない。大抵の戦闘が、空もしくは地上部隊で片付いてしまうからだ。
・CVN-78(ジェラルド・R・フォード級航空母艦)2隻
・DDG-115(アーレイ・バーク級ミサイル駆逐艦)10隻
・LPD-23(サン・アントニオ級ドック型輸送揚陸艦)10隻
・LHA-6(アメリカ級強襲揚陸艦)2隻
在籍している船舶は、小型の類を除けばたったこれだけである。ゲームでは3人で運用されており、空母1番艦の艦長は海軍大元帥を兼任しているぐらいだ。各艦の運用兵の他にはAAV7(水陸両用装甲車両)が数両と海兵隊1小隊が居るぐらいで、本当に小規模である。
しかも空母2隻、輸送艦12隻に対して護衛用駆逐艦が10隻と明らかにバランスが悪い。理由としては、「出撃してくれれば地上を制圧していく戦車部隊を輸送するための艦隊」と化していたためだ。敵艦隊との衝突でも、偵察部隊が仕事をしてくれているおかげで、事前に空軍を向かわせて迎撃。おかげさまで対空戦闘に関しても、そこまで気を配ることがなかった。
艦のチョイスとしては、完全に3人の趣味である。AoAの合作元となった2つのゲームにはエース艦隊というものが存在しておらず、完全にオリジナル編成となっている。これはAoAにおいて他の軍隊においても同様であり、特色が非常に濃かった。ベースとしてはWW2頃の船まで使用することができたため、VLSを搭載した大和など、二度見三度見するような船が複数居たぐらいだ。
……あの時に相手したVLS搭載大和の改造費用は想像したくない。恐らくオリジナルが、余裕でもう一隻ぐらい建造できるのではないだろうか。
そして、そんな努力の結晶であろう船を秒殺していくうちのエース。そんなんだから『鬼』とか言われるんだよ、ガルムさん。
なお、8492に空母が2隻もいるのは役職連中全員の趣味であると正直に回答しておく!特にトージョー。無理やり艦隊2つ作って『連合艦隊』にしてました。自称だけどね。へへっ。
近代兵器ぐらいしか脅威のなかったゲーム内ではこのバランスでも良かったのだが、この世界では魔物がいるためそうはいかない。この点は要改善ポイントだろう。
とは言っても、とどのつまりは船体に傷がつかなければ問題ない。ダメージを受けなければ、機械は動く。敵の攻撃力を図るために攻撃された戦車の主砲を見てみたが、傷跡は一切無い。やや濡れているぐらいだ。釣り上げたクラーケンを見るに、最悪は対潜ソナーの水圧がダメージソースになりそうとのこと。
多分問題ないとは思うけど細心の注意を払おう、ということでミーティングも終了。解散し、自分も再び自室へと戻ってくる。脳内画面……つまるところのARにて表示されるAoAのシステム画面を、何気なく見つめていた時だった。
「あれ?強化システムの適応が、OFFになってるじゃないか。」
強化システムとは、AoA特有のアップグレードシステムだ。例えばF-4ファントムなど性能の古い機体を活躍させたくても、現実では性能差がありすぎて無理がある。そのため機体を改修しエンジンを乗せ換えるなどして、能力を向上させるのだ。
この能力向上には、物理学の法則を無視するような内容も含まれている。例えばだが静音化や旋回能力向上と言った類が該当し、通常ならばトレードオフになってしまうようなデメリットが存在しない。改修とは、このようなことが可能なのだ。
一方で、現実味のある戦闘をしたいこともあるのが事実だ。その時にこの機能を使い、改修した能力を反映させないようにする。それでもあの化け物パイロット二人は常軌を逸した戦果を残すんだけど、ONの時と比較すると大幅にマトモな機動になっている。
これがOFFになっている時とONの時では、戦闘能力の差は歴然だ。自分程度の人間でも差が分かる。AoAにおいて戻し忘れた時は速攻で連絡が来るのだが、今のところ何も無い。
あ。そういえばあの時、女神が改修は反映済みと言っていたけど……まさかね?最大限に改修の終わった武器設備を召喚したって事になってるのか?そうなるとコレをONにすると、倍ドンってことか?
……押してみたい。押すとどうなるか、すんごく気になる。
つっても別に性能がダウンするわけじゃないんだから、上がる分には問題ないでしょう!
その結果、武器設備等の「使用感覚」が大幅に変化したため、各所が大混乱に陥ったのは自分の大失態である。