10話 砂糖の山にオッサンを添えて
砂糖成分補給、てんこ盛りです
【視点:3人称】
「―――んっ……。」
僅かな光がカーテンの間から差し込む頃、王家に居た頃は絶対に有り得ない「ソファーで寝る」という行為を披露した彼女は、1日の活動のために目を覚ました。普段のベッドとは異なる寝心地のために若干疲れが抜けていない感覚が襲い掛かるのだが、たまにはそんな感覚も新鮮である。
上半身を起こすと、体に毛布がかけられていたことに気づく。寒気が見える季節の朝だが、この暖かさにより熟睡することができたのだとすぐに分かった。エンシェントには厚手の布団がかけられており、両方とも彼の物ではないため、自然と実行犯が絞られる。
テーブルを挟んだ対面の3人用ソファーには、彼女が仕える主の姿。厚着をして眠っており、寝顔は穏やかだ。元々暑がりで雪国出身である彼にとってこの程度の寒さは大したことも無いのだが、彼女は、彼らしい気配りを感じて頬が緩む。
そして昨夜のやり取りを思い出し、今となっては互いに公認の夫婦となった事実が脳内を駆け巡る。酒が入っていたのはいえ彼女も意識はあったため、思い返して顔が熱くなり、思わず両手で覆ってしまう。
この辺りは完全に王家の皮が剥がれたリアクションをしているのだが、この貴重な姿を見た者は居ない。このような反応を見せるのは、色々と途中過程をすっ飛ばした結婚とはいえ、彼女自身も相手が持つ指揮官としての実力・包容力に惚れており、満更ではないためである。
火照った顔を冷ますように洗面台で顔を洗うと、鼻についていた酒の臭さも大分取れた。流石に衣類についたものは取れないが、その点は仕方ない。
顔を拭き、ふと時計を見ると、普段ホークが仕事を始める15分前となっていた。昨日の今日のため起こすべきか迷ったが、8492の仲間を大切にしている彼ならば起こすべきだと判断し、彼女はホークの顔がある位置まで歩くと、自身の目線が僅かに下がるよう腰をかがめた。この辺りは、躾の成せる業である。
トントンと優しく肩を叩くと、意識は無いものの困ったような表情で、身をヨジった。慣れているとはいえ、やはり多少は寒いものである。そんな彼をもう少し眺めていたいと思った彼女だが、再び肩を叩くと彼の意識が覚醒した。
しかし低血圧気味の彼は、目は半開きで虚ろな表情である。念のため数秒待っても変わらない上に、「夫婦なのですから」と妙な使命感に囚われた彼女は、思い切った行動を実行した。
「―――っ!?」
全身の血液を高圧コンプレッサーで強制的に循環させられたかの如く、一気に血圧が上昇した彼だが……眼前の彼女が髪をかき上げキスしてきたとなれば、その反応も仕方ない。
最初は目を見開いて驚いたものの昨夜の決定を思い出し、「ああ夫婦ならば有り得るか」とブレーカー落とすように強制的に自分を納得させ、上がりすぎた血圧をクールダウンしたのであった。
とはいえ、そんな状況も永くは続かない。互いの顔が静かに離れると、昨夜以上に顔を赤く染めた彼女は、にこやかに挨拶を行うのだった。
「おはようございます、マスター。」
「ああ。おはよう、ハク。」
互いの呼び名は、今までと変わらない。どのような呼び名にすれば分からなかった彼女が安牌を切った結果なのだが、ホークにとっても、こちらのほうがシックリくるので好みだったりする。
体を起こしソファーに腰掛けたホークの隣に、彼女が穏やかな顔で腰を下ろす。体重を彼に預け、肩に頭を置いた。ホークも穏やかな顔で受け入れ、らしくないと思いながらも、左手を肩にまわした。
「……なぁ。聞くこと自体が間違ってるだろうけど、本当にいいのか?こんな自分で。竜人が求める強さなんて、欠片も持ってないんだけど。」
「直接的に開示できないのは事実ですが、軍を纏める長としては、世界の誰にも引けを取らないと確信しております。そうでなくても、誰に何を言われようが、私は気に致しません。」
「……そうか、ありがとう。」
二人は完全にリラックスしきっており、普段の凛々しさは欠片も無い。先日も少しだけ見せた、王女という殻に捕らわれない一人の女性の素顔は、彼を惚れ直させるのに十分な代物だ。今回は現在進行形で常に見せているので、破壊力も尚更である。
デジタル時計故に時計の音すら響かない、切り取られた空間。互いの温もりと微かな鼓動を感じあう間にも、容赦なく時間は経過する。そんなホークは、照れ隠しに会話のボールを投げた。
「ははっ。記念にしなきゃいけない程の朝だってのに、随分と酒臭いな。」
「まったくです。皆さん、飲みすぎでございます。」
「んー?酔っ払ってたの誰だったかなー?」
「うっ……。そ、それはですね……。」
彼は、申し訳なさそうにシュンとするハクの額にある角の上部に手のひらを置き、少し押し付けるように頭を撫でる。彼女は目を細め、主の手のひらの感覚を堪能していた。
ホークも一分ほど堪能するも、仕事がある上に酒臭さを取らなければならないので、額から手を離す。すると瞬時に動いた彼女の手が、優しく手首を掴んだ。
「……も、もう少し。もう少しだけ……。」
「……お、おう。」
恥ずかしながらも、おかわりの合図。今の彼女は、完全に甘えきっていた。ホークも「仕方ないな、かわいいやつめ」という心境でリスタートするものの、やがて小動物を相手にしているような心境になってしまい困惑していた。
ホークに対しては比較的感情が素直だったハクではあるが、あの彼女がここまでデレるとは、流石の彼でも予想だにしていなかった事象である。
「さ、そろそろ仕事だ。ハイエルフの件もあるし、やることは多いよ。自分ももうちょっと堪能したいけど、また今度、ね。」
彼は手を離し、後ろへと一歩を歩き出す。
「ま、マスター、やっぱりもう少し、あっ。」
「うおっ。」
流石にお仕舞いと思っていたホークは歩みを進めるつもりでいたため、引きとめられた際にバランスが崩れ、二人してソファーへと倒れこむ。ホークは彼女を押し倒してしまわないように、倒れる瞬間に体の位置を入れ替えた。
シルクのような水色の髪が彼の頬に垂れ、こそばゆい感覚が脳を刺激する。しかし眼前に迫る整った顔と表情は、その程度の情報は上書きしてしまう。互いに驚きで軽く目を開いていたものの、永くは続かない。
そして自然と、互いの目が閉じ、互いの顔が更に近づく。互いに恥ずかしながら、内心は「再び味わいたい」と、待ち望んでいた状況だ。
「ふ破ァ~~。あーよく寝たわい……」
再び、2つの唇が重なり合う瞬間だった。互いの鼓動が聞こえるほどに静かなホークの部屋に響く、雷鳴一線、鶴の一声。
いや、冷静に分析すれば、ただの欠伸と言える一文。しかしその戯言は、自分達の世界に浸っていた二人を現実に引き戻すには十分だ。
「いやはや、椅子ですらこれ程までに寝心地が良いとはのぉ。さて、朝食も楽しみじゃってホワアアアアアア!!?」
相変わらずマイペースな老兵が振り向いた前には、正に鬼神。いや、ただの古代神龍。まるで国葬レベルで冷蔵庫に保管していたフラガリアのタルトを奪われた時のような形相で、最強の剣士と名高い彼女が伝家の宝刀を抜いてしまう。
突然真後ろから突きつけられた途轍もない殺気と魔力に驚き、エンシェントが驚きの声と共に壁まで後ずさった。状況は微塵も理解できない彼だが、とりあえず自分が何かしらの禁忌を犯したということは火を見るより明らかだ。
その奥に目をやると、眉間にシワを寄せた男一名。ソファーに持たれかかって腕を組んでおり、体積比で表すならば、太平洋に対するゾウリムシの比率で来客扱いであるオッサンを睨んでいた。
「こらこら、イカンだろハク。」
「ま、マスター……。」
「ほ、ホーク殿!後生じゃ!後生じゃ!」
その視線から出た予想外の言葉は、ハクを止めるものだった。峰打ち予定とはいえ、彼に静止されるとハクも逆らえない。機嫌が悪い時のハクの恐ろしさを知っているのか、エンシェントもホークに対して全力で助力を要請している。
しかし数秒、目を瞑ってホークは黙り込む。眉間にシワを寄せていた彼は、戦闘中のイイ声で、次の言葉を投げるのであった。
「司令室を血で汚すのは宜しくない。そういうのは、外で殺るべきだ。」
「承知しました、マスター。」
「ホーク殿おおおおお!!?」
しかし、場を邪魔されてご機嫌垂直なのは彼も同じである。エンシェントは酒の匂いを取るため、八つ当たりもかねたホークに蹴飛ばされるようにして公共浴場へと向かったのであった。
タイトル通り、添えられるだけのオッサン……!K.Y.




