9話 公開処刑
タイトルでオチが見えますね……
【視点:3人称】
周りがどのような評価を行いどのような処遇を行っても、自分を信じて進めばそれで良い。一般世間と比較すると王女らしくない方法ではあるものの、国を思う王女と言うことに変わりは無い。
この言葉を聴いた彼女は、ソファーに深くもたれかかった。はしたない行動であるが、それを咎める者は居ない。ホークの答えを聞いたエンシェントも、柔らかな顔でハクを見ていた。
「―――なるほど、たった1文字の年月です。納得できる答えを得るのもまた、思いを打ち明けてから一瞬なのですね。」
深くもたれかかり、目を閉じて天井を見上げながら。満足そうに、彼女は答えた。
その表情には、今まで僅かに見えていた一点の曇りも無い。心の底から見せる笑顔は、ホークを惚れ直させるのに十分だった。
「マスターと出会い共に暮らし始めてから、何故か居心地が良いと感じた不思議が今分かりました。私自身が5年間夢見た環境であり、そして己を信じて懸命に行動されているマスターを眩しく感じ、与えられた優しさに惹かれていたのですね。」
「惹かれるのは嬉しいけど、逆だよ逆。そうでもしないと、皆の練度について行けないんだ。」
いつもの声と調子に戻って苦笑するホークだが、悲しいことにそれが事実である。エース級以上のプレイヤーが揃う8492において、彼だけが唯一、エース級の称号を持っていないのだ。
とはいえ彼が出した答えどおり、そんな些細なことは気にしていない。彼自身ができることを実行し、戦闘員を纏め上げている。事実8492は軍隊として纏まっており、連携能力も非常に高い。これは、彼以外にはできない芸当だ。もし総帥の立ち居地にもエース級の称号があったならば、彼は余裕で取得していただろう。
以前ガルムも言っていたが、I.S.A.F.8492に所属している全員が、ホークを総帥として慕っている。それは今まで彼が一生懸命に行ってきた行いの結果であり、AIを持つNPCが相手と言えど信仰を強制させているわけではない。
本人も行いの過程で複数の失敗はあれど、できるかぎりの後始末は行っている。そして部隊の誰かが失敗を犯した際でも自分自身のように対処することで、信頼を勝ち取ってきたのだ。
ハクが抱いていたのは、一抹の不安。彼女自身に不満を持っていた者がいるということは、自身の行いに間違いがあったのではないかと後悔の念におびえていたのだ。厳に目の前には大部隊を纏め上げる男が居るため、その疑念は信憑性を増してしまっていた。
しかしホークが言ったように、たかだか数万人の軍隊と数十万では母数が違いすぎる。ましてや前者は戦いの中で生き残る集団であり、後者は暮らす者の集団だ。環境が大きく異なる上に信頼の必要度が違いすぎるため、全員の信頼を勝ち取るというのは、端から無理な話なのである。
そもそもにおいて、そんなことは気にするべきではないというのが彼の答えだ。彼女は考えを一巡させ、主の答えを深く噛み締めるのであった。
当の本人の、焦っている今の心境も知らぬまま。
===視点:ホーク===
「……で。ハクは、どうなんだよ。」
……さて、そろそろ自己問答は済んだかな。話が変わるけど、こればっかりは答えを聞かないと今日は寝れんぞ。
目をパチクリとさせたハクだが、流石に質問の中身に気づいた様子だ。表情を緩くして目を閉じると、背筋を伸ばした。よし、バッチコイ。半年も経っていなくて時間が短かった気はするが、YesでもNoでも、後悔はしないぞ。
「そうですねぇ……。」
「なんじゃハク、随分と思い悩むのぅ。」
「そりゃ自分自身の一大事なんだから難しいだろ。こっちは親なんぞ居ないから気にしなくてもいいけど、どう頑張ってもハクは2つ返事でハイと言えるわけないじゃないか。」
嘘です、結構気にしてます。拝啓、異世界の父上、母上。今自分はとんでもないレベルのべっぴんさんを奥さんに貰おうとしています。こんなのが貰っちゃって良いんでしょうか、王族ですよ王族。一族総出でも賄えるのでしょうか。
そして、エンシェントに関して1つ分かったことがある。いくらハクが相手とはいえ、今までこれほどまでの発言をズバズバ言えるってことは……
「……アンタ、今まで乙女心ってやつを考えた事がないだろ?」
「うむ。我の場合は、向こうからワラワラと寄ってきたからのぅ。」
「あのなぁ……その乙女の、親の気持ちも考えてみろっつーの。」
あーはいはい、自慢話ですかそうですか。当時のエンシェントは強かったから、ワラワラと集まってきたってことね。
ケラケラと笑うが、こっちは笑うに笑えない。遠回しに「ハクの気持ち考えて発言しろよ」と忠告を入れているのだが、これは酒に溺れてしまったか。舌触りが良いからとガブガブ飲んでいると後で痛い目に合う、日本酒特有の時間差攻撃だな。
溜息をつき、水の入ったグラスに手を伸ばす。
―――その瞬間、何かが右肩にもたれた。思わず右手から力がなくなり、首を若干右に動かす。
えっ、何、どうしてこうなった?
驚きのあまり、首から下が固まってしまう。だって、この状況下でそれが可能なのは……ハクしか、いないじゃん。
「お忘れですか?私は一度、マスターに忠誠を誓った身。私が奴隷であろうが無かろうが、この身に関する決定事項全ては貴方が握られているのです。」
顔が近い、とても近い。そして上目は、いけません。なんで突然に発言と行動でメンタルアタックしやがりますか。耐えろ私の心臓、スマホのバイブレーションに匹敵する速さの鼓動回数など、然程問題ないはずだ。
非常に近いが、それによって吐息が少し鼻にかかったので、分かった。今までというか直近の時間、此奴の反応がいつもと違っていた理由……
「お前も、酔ってるじゃないか―――!!」
「えへへー♪」
ぐっほ何この可愛い生き物、おのれ二段構えの精神攻撃とは卑怯な……ここは一度離して、体勢を―――
って離れない!?流石は最強クラス……ってのんきに解析してる場合じゃないって!お、おい落ち着け!顔をこすりつけないの!ってやわらけぇ……マシュマロかよ。
「そーれーとーもー。マスターも、エンシェントのように沢山の女性に囲まれた方が嬉しいのですか~?」
ミジンコ並みの大きさを誇る思考に反して木星程の本能に潰されつつ頬の触感を堪能していると、少し顔を離し、片方の頬をやや膨らませて不機嫌そうに聞いてくる。柔らかい、色々と柔らかい。素晴らしいジト目+上目頂きました、ありがとうございます。
よし、ありきたりな言葉だがここらで一発、仕返しだ。言おうとしている言葉を脳内で再生するだけで顔から火が噴きそうではあるものの、心の消火器なんぞ存在しない。しかし男は度胸、言うならタダだ。
「いや、それは無いかな。100人の有象無象なんかより、ハクがいい。」
「っ―――!?」
目を開いて顔を背けたな、ほんのり染まってた頬も赤かったぞ、形勢逆転だ。こっちも顔から火が噴く思いはするけれど、ギリギリ酔っていないとこういうカウンターも仕掛けることができるんだよ!顔を逸らすな、逃がさん!両手で頬をロックだ。
「ほぁっ!?」
「グダグダと引き延ばすのは性に合わん、面倒だ!王女だった頃を忘れるぐらいに飽きない暮らしをさせてやるよ、自分について来い!!」
「ふぁ、ふぁい!」
ああああ言っちゃったあああああってお返事オッケーですかよっしゃああああ!父上、母上、箱根のみなさーん!やりましたぞー!わたくしホーク、一世一代の大仕事をやりましたぞー!!
「……ホーク殿。覚悟は持たれていると思うが、ハクを頼んだぞ。」
背筋を伸ばし、エンシェントが声をかけてくる。勿論だ、当たり前……ん?
あれ?CICには「今夜はエンシェントと会談」と伝えてあるのに、なんで連絡装置が鳴ってるんだ?もしかして緊急だろうか、出てみよう。
《こちらホーク、どうかした?》
《ガルム0より総帥、後ろの連中が連絡しろと喧しくて敵わんので無線を入れらせてもらった。しかしおめでとう。やったじゃないか、ナイスワークだ。》
……へ?おめでとう?何のことだ?
チョットマテ、ま、まさか今の事か!?何故ガルムが!?
《とぼけるなよ。お似合いとはいえ彼女程の美人を嫁に貰って、まだ何か不服があるのか?》
うわあああああ!!やっぱり今さっきのことじゃねーか!どうなってんだ、この部屋に盗聴器でもあるってのか!?
《ちょ、ちょっと待てガルム、なんでお前が今さっき起こった事を知っているんだ!?》
《ん?なんだ、気づいてなかったのか?途中からハクさんの無線スイッチが入ってたぞ。お前も酔ってるじゃないか~の辺りから、全部隊に生中継だったな。》
《うおあああああああ!?》
その後、自分は5分ほど悶絶していたらしい。我に返った時は、部屋の隅っこで膝を抱えて丸まっていた。多分肩にもたれたとき、無線のスイッチが入っちゃったんだろうな……。
一難去って、なんとやら。どうにもなりませんね、ご愁傷様のようです。
事を起こした本人とその保護者(自称)は、自分の地位も忘れているのかソファーで寝てしまっている。どうやら睡魔に勝てなかっただけのようだし、起こすのも至難の業だろうから毛布と布団をかけておこう。自分も向かいのソファーで寝るとするか。
さて……ハクを嫁に貰ってドヤ顔でもしてやろうかと考えたものだが、結果としては公開処刑となっただけだ。
まぁ、皆に報告する手間が省けたと考えよう、前向きに考えるしかない。これからは、また賑やかな暮らしになりますね。
……拝啓、白い世界に居る女神さん。この黒歴史、なんとかなりませんかね。
==夢の中==
「なんともなりませんね。」
「Sie ist ohne Ehre!」
普通は言いづらいことをズバズバ言ってくるガルムさん、適任です。




