8話 迷うことなく我が道を
シリアス路線最終話デース
【視点:3人称】
二人同時に、疑問符を発する。二人同時に、枝豆を口に含んだまま、固まった。
この発言を受け、ホークは脳ミソをオーバーヒートさせんばかりの勢いで状況を整理している。このオッサンは何と言った?自分がハクを貰え、だと?と。
「ホーク殿は、かの勇者軍を壊滅させた英雄達を従える長じゃ。そんな男の嫁に行くのじゃから、我々ドラゴンとしてもこれ以上の栄誉は無い。表向きは、そうしておけば良いのじゃ。」
ケラケラと笑いながら、彼は日本酒に口を付ける。ポカンとしている二人を余所目にクイっと飲み干し、猪口を置いた。
「……何より、お主と出会ってからのハクは変わった。ワシが知る、子供の頃の『良さ』が戻ってきておる。ワシとしては王の柵に囚われて育つより、一人の女として育って欲しいと願っておってのぅ。ハクとて今の環境は居心地が良いのではないか?ホーク殿は行動を制限していないと聞く。国へ戻ろうと思えば、顔ぐらいは出せるじゃろうに。」
子を悟らせるように、しんみりと語る。口調はゆっくりだが、言葉には力強さが篭っていた。不本意ながらエンシェントをカッコイイと思うことは、後にも先にもこの1回だけになる気がするとホークは思う。少なくとも彼にとって、これ以上の状況は想像が付かない。
そのエンシェントはチラっとホークを見て、何かしらの発言を求めている。流石のエンシェントと言えど、元王女であるハクに対して強制をすることはできないからだ。
「そしてホーク殿とて、ハクを奴隷とは思っておらんじゃろ?もしそうならば、基地の案内など腹の内は見せぬからのぉ。考えも独特で不思議じゃが、我は好みの考えじゃぞ。」
「確かにマスターは、本当に不思議なお方です。私がフーガ国の元王女とご存知ながら、その辺りにいる娘と同じように接されます。」
彼がホークの発言を待っていたら、目を閉じたまま柔らかな声で彼女が呟いた。エンシェントですらこんな彼女の表情を見たことがなかったのか、軽く豆鉄砲を食らったような顔をしている。
そんな表情を向けられ無言と言うわけにもいかないので、ホークも口を開く。
「肩書なんて関係ないよ。たまたま一目惚れした女性が、フーガ国の元王女だったというだけさ。」
「まぁ……。」
「ほぉ~、一丁前のことを言うのぅ。」
「折角恥ずかしいのを抑えて言ったってのにやかましいわ。」
「容姿か?それとも性格か?」
少なからず残っている酒の勢いに任せて言ったというのに水を注がれ、ホークはジト目を飛ばして抗議するも、軽く流される。彼女は相変わらず柔らかい表情でお酒に口をつけている上に、この会話に対しては返事がない。
無言ではいけないと思い、彼は持ち上げる言葉を選択した。
「単純に、こんな美人を奥さんにできるだけで勝ち組さ。自分が評価するのも失礼だけど、性格も良好で非の打ちどころがまるでない。容姿に関しての重要度は、そっちが強さを求めるのと似たようなものかな。」
「わかりやすいのぅ。」
「いうて正直一目惚れでしたし。まぁでも、まだ一方的な好意なだけだし、結婚願望まであるかと言われたら、正直なところ否定するかな。」
「仕方あるまい、日が浅い故に当然じゃ。それでもハクのような美人が横に居るのじゃ、さぞかし毎日が楽しかろう。」
「うん、すごく楽しい。」
そう答えるものの、ホークの目つきが変わってしまう。二人はその気配を察し、飲みかけていた日本酒をテーブルに置いた。
「ハクと居るのは楽しい。見た目が自分好みの究極ということも輪をかけていると思うけど、容姿抜きにしても楽しいね。ただ……」
彼の言葉が自然と濁り、波紋のように消えてしまう。この先の言葉は言いづらく、彼と言えど口にしてよいものか迷う代物だ。
ホークに対しては笑うこともあるハクだが、心の底に大きなものを抱えている。流石に数か月では明確な理由までは分からなかったホークだが、それは決して良い方向のものではない。
「……マスターは、以前から気づいていらっしゃったのですね。」
消えた言葉を絞り出そうかと、彼が息を吸った時。彼女は悲しげな表情を浮かべつつも口元を緩め、呟くように言葉を発した。
ホーク自身も、佐渡島(仮名)での海軍基地紹介時点から、ハクがどこか無理している時があるのは知っていた。普段も表情の起伏が少なく口調も変わらないため非常にわかりづらいが、そういう時の彼女は決まって通常よりも倍ほどの距離をとり、目線がやや下がっている。
洞察力と推察力に優れるホークは、それを見逃していなかった。というのは格好をつけるための言葉であり、単に彼女のことが気になっていたのでより注意深く見ていたことが要因の半分を占めている。
完全に部外者となってしまったエンシェントは、一本取られたような顔でホークとハクの顔を交互に見ている。どうやらエンシェントは、彼女がこの基地でリラックスしているとばかり捉えていたのだろう。そのハクは顔を少し傾げ、やや震える目でホークを見た。
「仲間、だからな。2カ月も横に居ればわかるさ。抱えている影の部分も、ある程度は分かる。前にも言ったけど、この基地に居る限りは心の影を見なくて良いんじゃないかとは思う。ただしいつかは対面しなければならないものだ、それはハクが一番分かっているだろう。」
目を細め、彼は誰も居ない正面を見据えて口にした。それは彼女の精神に直撃してしまう内容であり、ホーク自身も可能ならば口にしたくない内容である。
ただし誰かが口にしなければ、彼女は一生その錘を背負うことになる。そして彼女が仲間である以上、その錘を外すためのアシストを行わなければならないのもまた、8492総帥である彼の役目だ。
「私が基地の仲間と親密に接して居る時に限り、微細ながら表情や距離感が異なっている。恐らくは上下関係か信頼関係に抵触する何かだとまでは予想できていたが、明確な理由までは分かっていない。」
「……やはりマスターは、細かなところまでを見ていらっしゃるのですね。」
彼女もまた誰も居ない正面を見て、静かに口を開いた。しかし目線は下を向いており、そこがホークとの違いとなっている。
「……羨ましいのです。基地で暮らす皆さんから絶対的な信頼を得ており、実質的な王であるマスターについて来てくれることが。……私の時のような、ことは無く。」
その言葉を聞いて、胸が痛んだのはエンシェントである。ハクが話す言葉の意味を一番知っているためであり、それを抑えることができなかった彼等『古参』の失態でもあるからだ。
「私は確かに政治ができぬ娘です。他国の事情は知っておりますが、それも前線で戦うために得た知識。王に必要なのは、信頼できる部下を作ること。信頼ではなく下心の目ばかり向けてくる家臣の方々を従える方法など、まるで思いもつきません。」
ホークを見て発せられたこの言葉だが、単純な発言ではない。この言葉からでは「どのようにしたら部下が付いて来てくれるのか」という質問に受け取れるが、彼の見解は違っている。
彼女は、自分の在り方に迷っている。勇者との戦闘に負けたとは言え、国のために前線に立ち、国民のために戦ってきた結果が追放だ。自分自身は一体なんのために戦ってきたのかと、道を見失っているのだ。
推察力に優れるホークは、先ほどまでの会話でこの根底を見抜いている。もし、根底の悩みが部下の扱いに対する不安ならば、先ほどあった、彼女自身の過去を振り返ることは無いからだ。
自身の有り方の疑念など、誰にでも話せるものではない。ましてや王である彼女の父や、それに近いエンシェントなどが相手は、もっての外だ。
その言葉を向けられるホークも、口が重くなる。しかし、横から向けられる真剣な眼差しを無視するなど有り得ない。彼はあえて目線を外して正面を見据え、静かに口を開いた。
「……この手の話に唯一の答えは無い。ただ私も、ハクの悩みは理解できた。そしてI.S.A.F.8492の総帥として明確な答えは出せる、それで良ければ話せるが。」
「是非とも……是非とも、ご指南下さい。マスターのお考えを私程度が理解できるとは思えませんが、それでも道筋が欲しいのです。」
意を決した彼女は、目を開いてホークを見ている。一方の彼は、未だ正面を向いて話を続けていた。
「前提として……私は軍隊の長だが、ハクは国の王に近い。同じ集団の長ではあるが、必要な器が大きく違う、そして対象となる人数差が違いすぎる。それこそ全員を奴隷にでもしなければ、部下を含めた民の全てを纏め上げるなんて不可能なはずだ。」
そして出された言葉は、否定の一文。予想していたものと違ったのか、彼女は声を強くした。
「では、どのように!」
「いや、純粋な話だよ。自分自身ができる方法で、力の限り仲間を守ってきたんだろ?自分の国を、国民を守ってきたんだろ?部下の全員が付いてこなくても良いじゃないか、恥じることなど無いはずだ。」
「えっ……。」
「唯一だろうと、自分にできることを自分を信じて全力で遂行すれば十分だ。自分自身もこの考えを守り通してきたし、今からも同じだ。自分が全力で行ってきたことなんだから、恥じることなんて何も無いじゃないか。ましてやハクの失敗は一度きりなんだろう?一度の失敗なんて誰にでもある、私にだってある。恥ずかしいことじゃない。たまたまそれが、過去最大の脅威だったというだけさ。」
「っ……。」
「国を治める政はできないかもしれないが、命を懸けて現場の最前線に立ち、国を守ろうとしている君の働きは理解されているさ。一つの事でも全力で行い結果を出せていれば、部下や国民の大多数は付いて来てくれる。むしろ彼等は、そんな君が居なくなったことを悲しんでいるはずだ。そうだろ?エンシェント。」
「然り、流石ホーク殿じゃ。表には出せぬが、世論ではハク王女の復活を望む声が正に強い。ハクを追放した連中が弾圧しておるが、いづれ破裂せぬかと王は心配されておる。」
「その王……ハクの父親だろうが、連中を弾圧することはできないのか?」
「我の意見で、させておらん。連中は手が早いからのぅ、下手に手を出せば王とて危険じゃ。」
なるほど。と、ホークは溜息を付く。どこの国にもこういう連中は憑き物だが、竜人とはいえ例外ではないようだ。
「その点を含めて、お主等が味方に付いてくれれば安泰なのじゃ。結果論でありハクを使うようで言葉は悪いが、ハクの働きには感謝しておる。」
「ああ、それも功績だ。王家を追放されてなお、勇者軍を蹂躙するほどの軍隊を味方につけることに成功している。各国が血眼になって探している程のソレを得て国益にならないと言うなら、フーガ国で政治をしている貴族連中は無能と変わりない。」
「まったくじゃ、ハクがお主の趣味と合致したことを天に感謝しておるよ。」
重すぎた空気を払うように一瞬だけだが軽い空間が作られるも、そんな空気も一瞬で変えてしまうのが年を重ねた人物の不思議なところである。年配の柔らかな空気に変えながら、エンシェントはハクに言葉をかけた。
「ハクよ、我もホーク殿の意見と同等じゃ。今まで上手いこと言えなんだが、お主の行いは間違ってなどおらん。ホーク殿の持つ答えが、それを証明しておる。」
「エンシェント……私は……。」
彼女は悲しげな顔でエンシェントを見るが、目を瞑り、微かに首を振って返される。
答えを問う先は、我ではない。表情と動作は、無言でそのように答えていた。
その仕草を受け、彼女はホークの顔を見る。ホークも視線を感じて目を合わせると、軽く微笑み答えを述べた。
「やりたいことを、全力でやる。迷うことなく、自分の道を進むだけだ。君は国を想う、誇り高い王女に他ならない。」
カッコイイこと言ってますが、オチがコミカルなことに定評のある彼なので……




