3話 未だ見ぬ顔の主
【視点:3人称】
ちょっとだけかっこいい主人公
「格納庫と聞いていたので地上施設かと思っていたのですが、空母だったのですね。」
戦闘機に乗るための装備を持ったハクが軍港にやってきて、隊員と敬礼を交わしている。彼女が見上げるのは、ジェラルド・R・フォード級1番艦であるフォード1。AoAにおいても最新鋭の原子力空母であり、全長333m、全幅41 m、満載排水量10万飛んで1600tという途轍もない大きさだ。
海軍基地案内時に空母そのものは見ているのであまり驚きは無いのだが、それでも物珍しそうに見上げる表情は変わらない。数秒ほど見上げると、彼女は隊員に案内され中へと入っていくのであった。
飛行甲板の下階層にある整備・駐機エリアに到着すると、1機の戦闘機の前にホークが立っている。周囲を見渡してもその機体は1つしかなく、F-35Cと呼ばれている戦闘機に対し数周りも大きく、お世辞込みでも古さを感じさせる機体だ。
機体名をF-14、通称トムキャット。可変翼を持つ大型の艦載機であり、戦闘機と聞けばこの機体を思い浮かべる人も多いだろう。これはAoAオリジナルの機種で、F-14Sという形式だ。
F-14Sとは、二人で飛ばす機体であるF-14Dを単独で飛ばせるように改造したAoA特有の機体である。レーダーやミサイル発射系統の電子機器は大幅に更新されており、AIM-9XやAIM-120Dなど、最新型のミサイルを発射することが可能となっている。一方で機体制御などのアビオニクスやエンジンなどの装備はD型と同じであるため、全くの新型ということではないのが立ち位置だ。
値段もF-14Dより誤差程度に高い程度で、中々のお値打ちな機体ではある。とはいえ、この機体も例に漏れず技術の進化には勝てていない。ドッグファイト能力は新鋭機に劣るため、趣味で使うプレイヤーが多いのが現状だ。
その機体の前にホークが居たのだが、彼を見たハクは、心拍数が軽く上がってしまう。整備兵と会話している彼の表情は、今まで見たことの無い洗練さを見せていた。聞こえてくる声も普段より低く、落ち着き払っている中に力強さと重みがあり、彼女が聞いたことの無い声である。
今までの主だったならば静かに横に並んでいる彼女であるが、この雰囲気のホークには近づけない。遠目から、彼の作業が終わるのを見つめていた。
「おっ、来たな。ハク、こっちだ。」
そんな表情を維持したまま、彼はハクを呼び寄せた。口調も声も表情もまるで違っているとあって、彼女は僅かながら頬が高揚し、妙な緊張感を覚えてしまう。以前の戦闘でも時たま顔を見せていたが、彼は集中すると別人の如く変わってしまうのだ。特に戦闘機に乗っているときは、より一層顕著になる。
彼女はそんな彼と共に、戦闘機に乗っている際の注意事項を確認していく。オリジナルと違ってF-14Sは後部座席に計器が無いので、誤動作をさせてしまう心配は皆無であることが救いだろう。
とはいえ、容赦なく襲い掛かってくるG、重力加速度には対抗しなければならない。耐Gテストには合格しており驚異的な身体能力を持つ彼女とはいえ、どこまで耐えることができるかは未知数だ。Gに対抗するための呼吸法など、必要なことを学んでいく。
二人はF-14Sのコクピットに座り、シートベルトを装着する。キャノピーが締まりロックされると、牽引車両で飛行甲板へと繋がるエレベーターに運ばれた。
エレベーターが上昇するにつれ、太陽の光が差し込んでくる。エレベーターが上がりきり、右横のカタパルトに並ぶF-35C戦闘機と飛行甲板で作業に勤しむ作業員を、彼女はマジマジと見つめていた。
「マスター、作業員の方々が着ている服の色が違うのは理由があるのですか?」
「ああ、色ごとに作業分担が異なる。色と作業内容を紐付けしておけば、誰が見てもすぐに分かるから採用されてるんだ。」
「なるほど。左様でございます、とても合理的なのですね。」
他にも様々なところに見られる合理性を見て、彼女は心底感心していた。彼女が居た軍隊も効率化を進めていたつもりではあったのだが、まだまだ行えることが多いと再認識する。そうこうしている内に横のF-35Cの発艦訓練が始まるようで、彼女は視線をそちらに固定していた。
機体後部にトラクションがかかり、後部が少し沈んだ瞬間。最新鋭装備である電磁式カタパルトによりF-35Cは僅か2秒で時速250kmに達し、矢のように弾き飛ばされ離陸していった。その光景を特等席から見ていた彼女は、思わず「おお」と吐息を漏らし、顔を上げて上昇していくF-35Cを追いかけていた。
「まったくもって不思議だ。カタパルトからの射出ってのは、問答無用で魅了されてしまう。」
「はい、不思議です。初めて戦闘機を見たときは異物にしか見えませんでしたが、何故か今では見惚れてしまいます。」
バックミラーでそれを見ていたホークが言葉を投げ、彼女は柔らかな口調で答える。それを聞いたホークも、満更ではない様子だ。
「今の発艦を見て、どう思った?」
「?ええ、見惚れてしまう程でした。」
「そうだろ?視線を奪い去る、物語で活躍する主人公そのものだ。」
何故先ほどと同じことを聞いてきたのか理解できないハクだったが、とりあえずということで同じ内容を回答した。しかしホークが発した次の一言で、その疑問点は吹き飛んでしまう。
「それってのは、1分後の私達だ。」
親指を彼自身に指しながら行われたその回答に、彼女は一瞬目を丸くするも軽く笑って反応した。
なるほど。先ほど彼女自身が思った感想の対象は、今の自分達。周りからは、同じように見られているのだと。
ならば胸を張って、礼儀に乗っ取り飛び出そう。それが舞台上の主役が行える最高の演技なのだと、彼女は即座に理解した。
「ご指示を、マスター。礼儀作法など、ご教授ください。」
「右下でこちらを見ている、黄色い服を着た隊員が親指を立てたら、親指を立てたあとに敬礼する。そして手を振り下ろすのだが、私の動きを真似すれば上等だ。」
「承知しました!」
こうなっては、彼女もノリノリである。動作チェックとエンジン始動後、横に居る作業員が立てた親指に対し親指を立て、敬礼を行う。それを見た作業員が対ブラスト姿勢を取り甲板を叩いてゴーサインを出すと、二人は敬礼の位置から手を振り下ろした。
シートに押さえつけられる強烈な加速感と共にキャノピー越しの景色が一瞬で流れ、浮いたと感じた瞬間に高度が少し下がる。その後はTF30-P-414Aターボファンエンジン2基による強烈な後押しを感じ、瞬く間に高度を上げていった。ホークは方位1-7-0へ向けて、あえて北側へ回る右旋回を行った。
理由は、ホークが家を建てる予定の山を偵察しているヴォルグ一家に機体を見せるためだ。突き出た崖に立っていた4匹のすぐ横を低速で飛び、ホークは佐渡島(仮名)へと機体を向けた。
その後は佐渡島(仮名)に到着するまで様々な耐G試験が行われたが、どうやら彼女はホークより少し上のGまで耐えることができるようである。対Gスーツなしということを付け加えると、驚異的な対G能力だ。この結果を受け、このあとの演習に参加することになった。
やがて佐渡島(仮名)が見えてくると、同時に空港も見えてきた。I.S.A.F.8492の滑走路及は、3本の滑走路が隣接している大規模空港だ。本日は複数部隊による演習とあって作業員が走り回っており、中々に慌しい空気を醸し出している。
「大きな施設ですね……第二拠点の海軍施設よりも、大きいと感じます。」
「ああ、8492航空隊の心臓部だ。そういえば結局、航空基地の案内はしていなかったか。」
「ええ。確か、大規模演習中で危険だったと記憶しております。」
「あー……奴等は信管を抜いた実弾を使うからな、本当に危ない。おや、着陸許可が出た、降りるぞ。」
「了解です、マスター。」
ホークは滑走路に機体を滑らせ、格納庫へと移動していく。彼もこの基地から出撃する演習となり、現在は格納庫内で誘導路に出る順番を待っているのだ。動作チェックは終えており、弾薬の搭載も終え準備万端と言う状況だ。
そうこうしているうちにスクランブルサイン指令が発令され、演習が開始された。中央滑走路にC-130が着陸した直後のため、滑走路一本が使えない想定である。ホークの気配が変わったことをハクも感じ、彼女も気を引き締めている。
《コントロールタワーよりホーク総帥、演習スクランブル指示により出撃してください。誘導路を終端まで移動後は、滑走路34R(方位3-4-x方面に延びる複数の滑走路のうち右側)で待機をお願いします。》
《ホーク1よりコントロールタワー、誘導路を移動中。終端まで移動し滑走路34R了解した、待機後に連絡する。》
先ほども聞いたはずなのだが普段とは違う彼の声を聞き、彼女は再びドキっとした感情を覚えている。何故そうなるのかは彼女本人もわかっていないのだが、演習と言うこともあり、静かにその言葉を聴いていた。
2分程で順番が回ってきたようで、彼は格納庫から機体を発進させた。I.S.A.F.8492の滑走路は3本あり、全て方位3-4-?方向に伸びている。アルファベットまで含めると、34L、34C、34Rの三本だ。
もう少し詳細を言うと、34Rと34Lは2本の滑走路で同時に離着陸可能な「オープンパラレル」、34Cは同時離着陸は不可能なものの時間差で離着陸可能な「クロースパラレル」だ。もちろんこれは国際法での決まりであり、本当の緊急時は四の五の言わずに3本とも使っていることを明記しておく。
誘導路に機体が出ると、そこから先は管制塔が誘導を受け持つこととなる。彼は管制官の指示のもとF-14Sを操り、誘導路を走行していた。
《状況をアップデート、ビッグアイ偵察部隊が離陸を開始。ガルーダ隊、滑走路進入を許可。チェックリスト終了後、直ちに離陸を開始せよ。》
《Garuda team, roger that.》
ホークがコクピット内部から滑走路を見ると、ブラックバードの2機編隊が向かい側から離陸のために滑走している最中だった。黒色を基調とした独特の雰囲気を醸し出すSR-71は彼が好き好んでいる機体であり、横目ではなく顔を向け眺めている。
すれ違い後に誘導路から滑走路に出てきたのは、2機のF-15Eで構成されるガルーダ隊だ。ちなみに外国人プレイヤーであり、英語にて会話している。
互いに英語と日本語でも会話できるのはAoAの仕様であり、自動的にシステムが翻訳しているのだ。この世界に来る時にAoAのシステムをそのまま使用できるようにしているため、ハクやヴォルグが聞いても全く理解できないのだが、昔から居る隊員ならば問題ない。
ホークとすれ違うタイミングでガルーダ隊の二人は敬礼を行いながら、アフターバーナーを点火させる。ものの数秒でV1、V2の領域へと加速し離陸していった。横の第二滑走路ではAWACSが離陸していっており、慌ただしさを感じさせる光景となっている。
ガルーダ隊の離陸で空いた滑走路へはイエロー飛行中隊が進入しており、それをホークが後ろから見ている格好となっている。すぐさまイエロー中隊にも離陸許可が下り、5機の編隊すべてがブレーキを解除し2列のまま滑走に機体を滑らせた。彼はそのあとに続き離陸待機エリアに機体を止めると、コントロールタワーに連絡を入れた。
《ホーク総帥、離陸許可を取りました。離陸後は、高度15000メートルまで急上昇して下さい。風は2-1-2から3m、高度5000付近にて、時折3-4-7で10m。突発的な強風のようですが、離陸空域、及び気象条件はクリアしております。》
そして間髪入れず、ホークの離陸順番となる。F-14特有である可変翼のギミックを持つ主翼を最大限に展開し、フラップを下げて揚力を得る体勢を取った。可変翼の所詮で幅のあるF-14は迫力もあるが滑走路を占領してしまうため、単独もしくは後ろに連なっての離陸となっている。
ブレーキを解除し、ガルーダ隊と同じくアフターバーナーを焚いて加速する。Gにより体がイジェクションシートに押さえつけられるも、離陸速度に達すると操縦桿を引き、機体を空へと浮かばせた。
《ホーク総帥、離陸成功を確認。上昇完了後はAWACSに応対してください、幸運を祈ります。》
《了解したコントロールタワー、アウト。》
次回は空対空演習スタートとなります。
(某空軍の演習風景+エスコン)/2 だとこんなかんじかな?って具合に書いて行こうと思います。
F-35が出てくる最近話題の日本をモチーフにした架空戦記でも、F-35でドッグファイトしていますが、
これをやらないと戦闘機の戦闘ってミサイル撃って終わりになっちゃうんですよね……。




