20話 表と裏の対応
【視点:3人称】
「ははは、そりゃ数世紀に一度の珍事もあったもんだ。お前等でも、木から落ちることはあるんだな。いや、犬も歩けば、かな?」
ヘリポート脇で腕を組んでケラケラと笑っているのは、8492総帥のホークである。その前で申し訳なさそうに眉を潜めているのは、帰還後にオスプレイで第二拠点にやってきた、AoA最強と名高い二人のエースパイロットだ。そんな二人は他の軍隊に行けば総帥レベルでも敬語を使う程に知名度・人気度が高いのだが、ホークの前ではこうなってしまうのである。
二人とも身長180cmを超えておりガルムに至っては190近いのだが、両者とも背中を丸めており叱られた子供のような顔をしている。ホークの後ろから見ているハクもギャップに困惑しており、不思議なものを見る表情をしていた。
「ってことで、すまんなハク。そっちの処理をしなくちゃいけないから、また今度ってことで。」
「当然のことだと思います、全く問題ございません。」
「ガルムとメビウスも戻れば良いぞ、今後は機体の慣れに注意して飛んでくれ。」
そう決定するホークだが、ハクからすれば不思議極まりない発言であった。そのため彼女は、問いを投げてみることにする。
「……宜しいのでしょうか、マスター。部隊最強のお二人とはいえ、規律を乱したのですから何らかの処罰が必要と思いますが。」
「自分達8492が居られるのも、この二人が行ってきた功績が大きい。そんな甘い汁を吸っておいて、二人が1つ間違いをしただけで「はい処罰」なんて都合が良すぎるし、そういう結果を処理するのも総帥の仕事だよ。」
気軽に聞いたら奥が深すぎる回答が返され、ハクは思わず頭を下げて謝罪した。ホークも気にすることは無いと返事をし、もう一度頭を下げたガルムとメビウスを横目にすると、鼻歌交じりに拠点本部へと消えていったのであった。
このあとはビッグアイや偵察衛星、更にはエンシェントの繋がりを総動員して西の帝国の動向を探ることになるのだが、その類の苦労を彼らが知ることは無いのが現状である。過去に彼は度々似たような仕事を行っているが、知られることは一度も無い。
「……なぁメビウス。ホークの奴、数日は忙しくなるんだろうな。」
「だろうな。8492は存在を隠すように立ち回ってきたというのに、今回の俺達は大規模にコンタクトしてしまったからな……。にしても、ほんとすいませんハクさん、せっかくご一緒していたところを。」
「えっ?」
キラーパス並みの言葉を振られ、ホークを見送っていた彼女は返答に困ってしまう。最後の一言の中身が一体何を指し示しているのか判断できないが、とりあえず当たり障りのない内容を返答した。
「まったくでございます。せっかく公園で、フラガリアのタルトなる至高の菓子を頂こうと心躍っておりましたのに。」
軽くツンとした表情を見せ呟くハクを見て、二人は思わず苦笑してしまった。1カ月程度だったが第一拠点に居る時の彼女は絶対にこのような表情を見せなかったので、変貌に驚いている部分が多い。
しかし珍しい表情もすぐに影を潜め、いつもの無表情に戻ってしまった。
「―――ですが、あのお言葉を聞いて「処罰するべきです」とは、とても言えません。私も正直なところマスターのお仕事は書類管理程度しか存じていないのですが、いつ、そのようなことを行っていらっしゃるのでしょう?」
「失敗のフォローであれ問題の解決であれ、本人もあまり見せたくない内容のはずだ。そうだな、フラっとホークが居なくなるタイミングがあることに気づいたことは?」
「あっ、そう言われれば……。」
ガルムにそう言われ、時たまそのような時間帯があったのを思い出す。精々1-2時間程度ではあるが、忽然とホークが消え、また忽然と戻ってくるのだ。毎度の如く本人は「野暮用」と言葉を濁してしまうために、彼女としても深く掘り下げることは口にしづらい。
「ま、そういうことです。8492の隊員全てに聞いても同じ答えが返ってくると思いますが……毎回どういうわけか、ミスや問題の内容が綺麗に処理されてしまっているんですよね。」
「ある意味では『魔法』と呼ばれている。やってしまったのが末端の隊員であれ超エース級であれ、ホークは全力で対処してくれるんだ。」
「だから皆、総帥のことを絶対的に信頼しているんですよ。」
「ああ。新規入隊が無くなった今となっては信頼も最高潮だ、死ねと言われれば死ねるような奴ばかりだな。」
そこの言葉を聞いて、彼女は胸の奥が痛くなる。部下からの信頼というのは、今の彼女に対して一番刺さる言葉なのだ。
国のためを思い国民のために、失ってはならない部下のために命を張ったことは数あれど、5年前に受けたのは追放と言う報復である。もちろん彼女のことを擁護した部下も多かったが、それでも良くて7割といった程度である。
彼女にとっては、裏切られたに等しい結末。王女の座を降りてから、どのようにすれば部下たちがついて来てくれるのかと悩みふけったが、未だに答えは出せていない。
その点において、理想的なことをやってのけている人物が居るのもまた事実。もう見えない背中を追うように、無意識にホークが消えていった方角を見つめていたのだった。
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《なるほど、状況は理解しました。ところで中々に大がかりになると思いますが、調査指揮は総帥が取られるのでしょうか?》
《君が空の裏方に居るから、以前起こった事案よりはすこぶるマシだよ。現場指揮は頼んだぞエドワード、采配は任せる。》
《ハッ、全力で対応します。》
場所は第二拠点本部の最上階、つまりホークの部屋だ。佐渡島(仮名)に居る空軍大元帥のエドワードとの無線交信を終了するものの、すぐに次の場所に回線を開いた。
《ホークよりCIC、急かしてすまないがどうなった?》
《CICより総帥、つい先ほどデータを送付致しました。》
《了解、他の部隊には漏れていないな?》
《お言葉ですが承知しております、いつも通りバッチリですよ。》
《そうだな、今更だったな。ありがとう、しばらく忙しくなるから休んでくれ。》
《了解しました!任務も休憩も、お任せください。》
程ほどにな、と軽口をたたき、ホークは無線のスイッチを切ってデータ資料を片っ端から読み漁る。内容はフライトデータと、メビウスとガルムのDASが記録した映像データだ。
DASシステムは機体の360度を監視する赤外線暗視システムも搭載しており、記録された映像はVRシステムを使用して閲覧することが可能となっている。彼はそのデータから、問題となっている翼竜騎士の思考を推察しているのだ。
「……ミサイル発射の瞬間は見せていないか。この出血で、翼竜はよく飛べている。並走時の赤髪の顔……ガルムと目が合ったようだな。驚いているとなると人間がのっていると認知した可能性が高い、視力は良さそうだ。」
未だハクも見たことのない凛とした表情で、彼は映像データから得られる情報を収集している。普段のケラケラとした表情は影を潜め、そして余裕も消えている。ちなみに余談としては、このような彼の顔を知っているのはディムースまでの初期メンバーだけである。
ホークは翼竜騎士3人の表情から、3人が戦闘機を鳥と認定したと判断した。攻撃方法を見せていないこともあって他について問題は無さそうだが、大陸の西に鳥が現れたことは広がるだろうと予測している。こればかりは見過ごせない情報であり、最悪は対策が必要な項目である。
そしてその情報は偵察衛星からでは拾えないものであり、現地にて活動が必要な分類だ。それに適した人物となると、自然と対象は絞られる。
「……む。都合の良いことに今日か、となると。」
ホークは立ち上がり、そろそろやって来るであろう生命を迎えるため、ヘリポートへと足を向けた。
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「なんじゃ、突然本部に連れてきよって。まさか、今日の宴会は中止と申すわけではなかろうな!?」
「いやいや嵌りすぎだろ、心配するな宴会は有る。今回は、1つ極秘で頼みがあってね。」
「旨すぎる酒と料理がイカンのじゃ、にしてもなんじゃ依頼とは珍しい。我も宴会で御馳走になっておる、できることなら引き受けるが。」
ルールを守って南の海から第二拠点にやってきたエンシェントだが、その理由は週1回行われている宴会のような催しに参加するためだ。隊員の息抜きのために行われている恒例行事なのだが、今ではすっかりエンシェントも常連となっている。どうやら酒も強いらしく、飲みっぷりも凄まじいようだ。
とはいえ今回の事例に適切なのは、この世界にネットワークを持つ老兵だ。いつも頼みを引き受けているのはホークであるため、今回のようなことは珍しい。
「大陸の西端にある国付近で、翼竜騎士に戦闘機の存在を目視された。その国の動向が知りたい、情報が欲しいのだが。」
「……問題は穏やかではないのぅ、恐らくそれは西の帝国じゃ。じゃが承知した、可能な限り集めよう。そうじゃな、期間は20日ほどと考えてくれ。」
「感謝する、情報は自分にだけ極秘で伝えてくれ。で、謝礼なのだが……」
いくら宴会でタダ酒を飲ませてあげているとはいえ、もちろんホークもそれと対価とは言わない。それはそれ、これはこれだ。しっかりと、別の対価を用意してある。
「ここに、ニホンシュを飲み比べるセットがあるのだが。」
「是非!喜んで!引き受けよう!」
先程までのシリアスな思考を巡らせる片腹、他人にはコミカルに振舞うのが彼流だ。確実な方法でエンシェントを買収し、事を予定通りに進めるのであった。
なんだかシリアスな展開になりつつあります