2話 まさかの暗殺依頼
目が覚めたら、自分は白色の世界に居た。影ができる場所もなければ、凹凸のようなものも一切ない。まるで二次元のような世界で、Z軸が存在していないかのような錯覚を受ける。
どこまでも白が続き、ただひたすらに白い。驚きの白さという言い回しは、この世界のためにあるのだろう。現実的ではない世界を目の当たりにして、頭をフル回転させて以前の記憶を掘り起こす。
しかし、どう考えても「お亡くなりになりました」的な答えしかでてこない。新天地へ行くために乗った旅客機「DC-10」が、巡航高度でトラブルを起こしたのだ。残念機長が児童操縦でアンチアイスをオフにした際に着氷したレバノン料理がピトー管に詰まってキャプテン・ストライクしたのかと考えたが、どうも違う。
急角度で落下していくところまでは記憶があるが、その先はない。床に穴が開いていたから、まーた貨物室のドアでも吹き飛んだのかねぇ……。
なんて悠長なことを考えている理由として、自分が今居る場所の違和感が凄い点が挙げられる。ようは現実逃避して夢から覚めてくれと願っているのだが、どうも夢ではないらしい。その手の文章は何度か読んだことがあるが、これが例の「女神様」やら「神様」の世界と言う奴なのだろう。まさか、自分が経験する羽目になるとはねぇ……。
そのテンプレよろしく、目の前には一人の女性。客観的に言うと「いかにも女神様」的な服装だ。衣服は露出が多目で、服と言うよりは布を纏っている印象だ。
ボン キュッ ボン
ではないが、今までの世界の住人から比べると豊満な分類だ。あくまで、自分が知っている3次元基準との比較である。そして彼女は、自分で『女神』と言い切った。言ってて恥ずかしくないのかと問いを投げたかったが、喉元で押さえつけた。
その女神=サンに言われたことは、正直なところ、予想外だった。よりによって、「以前に召喚した勇者を倒して欲しい」と言われたのだ。
どうやら問題の勇者は異世界のとあるエリアで、暴力略奪など頭ハッピーセットな行動をとっているらしい。しかしながら、転生時にチートが付与されているために、現地では敵う人物・軍団がいないとのこと。
自分で処理したらどうかと訪ねたが、大人の事情で無理らしい。そうですか。
たまたま死亡した自分がその役割を果たせそうだったので、こうして相談しているとのことだ。遠まわしに『殺せ』と言っているのだが、どうも頑なにその言葉は口にしないようだ。そして討伐が終われば、よほどの悪事をしない限りは現地で2度目の生を自由に過ごしてもらってOKとのこと。人殺しの所は置いとくとして、そうなると対価としては悪くない。
ちなみに自分より前に5人ほど討伐者が送られているのだが、全滅している模様。勇者は強いみたいだ。勇者の名前は不明だが黒髪黒目は世界に一人しかおらず、見分けはつきやすいらしい。その点は索敵が楽だから、まだマシか。
「まぁ……地球でやってたAoAって言うゲームの軍隊や施設、システムごと召喚可能なら、やりますけど。」
だから、そう答える。送られる先の世界観は、一般的なファンタジー物と一致した。正直、やりたいこともいくつかあった。小説でよく出てくる内容にも、興味がないと言えばウソになる。
……エルフとか獣娘とか、見たいじゃん。
どうも夢じゃないみたいだし、そんなことでも考えて開き直るしかない。ゲームと割り切ればVR対応FPSでグロテスクな表現も慣れているし、戦争だってこなしてきたつもりだ。さほど影響は無いだろう。あとは、自称女神との交渉だろう。事前に作れる土台作りは、しっかりと行わなければならない。大学で学んだことだ、さっそく実践しよう。
「可能です。ご一緒に戦っていた人、購入可能なNPCや機械設備等は能力などを引き継ぎ、あなたが召喚するカタチで誕生します。ただし、リスポンや救急キットによる体力即時回復等の場合は仕様の適応外です。」
……リスポンとかメディックの仕様とか、随分詳しいな女神サンよ。まさかとは思うが、プレイヤーだったんじゃないだろうな。
そして流石に、「皆も一緒に」とはいかないか。当然だ、アイツ等にはまだ命がある。その分身と一緒に戦えるというだけで、本当に頼もしいことこの上ない。他の条件も、概ねOKだ。
「わかりました、結構です。そのほかの能力は?」
「勇者と似た能力を付与しようと思っております。私の魔力で付与できる限界の能力、異空間収納……無制限のアイテムボックスです。」
「問題の勇者が持っている能力は?」
「剣聖、大魔導士、状態異常無効、魔法抵抗、筋力向上のスキルが与えられています。どれも強力なステータス及び、スキル能力増加の効果を持った能力です。」
「……AoAの皆が居るとはいえ、ソレに対してこっちは異空間収納だけですか。」
「す、すみません。度重なる召喚で、魔力が……。武器兵装が改修済みであることを反映させますので、何卒。」
「下手な鉄砲撃たずに、女神さんの力が溜まるのを待ったほうがいいのでは?」
「ぐぬぬ……。」
失敗はすぐに挽回したい。わかるけど、大抵が空回りするから落ち着いた方がいいんだよね。
さて、頭を抱えた彼女はほっといて考え物だ。相手もチート野郎で過去の数人が討伐に失敗しているとなると、相当の実力者であることは間違いない。
軽く説明された世界観の話を聞く限りだが、RPGのような世界なのだろう。そこに化学兵器で武装した集団連れて乗り込むことになるのだが、色々と大丈夫だろうか。いくらこちらの連中が戦闘に強いとはいえ、リスポンの仕様がない上に、自動的に体力を回復する医療キットも使えないとなると不死身ではない。斬れば傷つき、傷つけば死ぬことになる。
討伐は大事だが、ゲームの時と同じく、仲間の生存を最優先した生き方をしよう。それが、地球で頑張っている彼らに対する礼儀だと思う。そこも考えは纏まったが、まずは質問だ。
「ところで、自分達って魔法は使えるんですかね?」
「あなた方の身体を改造するわけではありませんので、能力を与えなければ不可能だと思います。」
「魔力が無いから魔法が効かないとか、そんな旨い話はあったりします?」
「あ、そうですね、仰るとおりです。魔法攻撃や状態異常魔法、結界の類は効かなくなります。魔法で空気を固めて攻撃を防ぐシールドは魔法が原因なので無効化、と言った内容も該当ですね。」
ほぉ、あるのか。そんな旨い話は無いと思ったが、有るとなると嬉しい誤算だ。魔法による攻撃だけは想定が難しいから、無効化できるに越したことはない。
「ですが、ヒールや肉体強化等の魔法も無効化してしまいます。魔法を使えた方が、色々と便利かと思いますが……。」
「問題ありません。元々死んだらアウトですし、その方が慎重に動くでしょう。」
「……わかりました、魔法が不要と仰る人は初めてですね。それでは、すぐに用意します。」
どうやら、自分の『能力』はアイテムボックスのみのようだ。それにしても、魔法無効を確認できたことは大きい。これで、AoAには無い要素である魔法攻撃に対する防御面の憂いが解決した。自分の防御ではなく、共に戦ってくれる隊員の防御面の話だけれどね。
おっと、情報を纏めていたら1つ忘れていた。重要になる要素の1つ、地理の面を聞いておこう。
「あ、最後に。自分や仲間の召喚場所が可能なら指定したいのですが。」
「可能です、指定してください。こちらが世界の地図です、鮮明ではありませんが。」
そう言って紙を一枚広げると、世界地図のようなものが簡略的に書かれていた。
世界地図はユーラシア大陸のような形状で、オーストラリアやアメリカ大陸は無い。ちっちゃい地球と言ったところか。西はヨーロッパからアフリカ大陸の上部3割ぐらい、中央部南はインドネシア、北はロシア、東は……日本と朝鮮半島は無いのか。なので東(東南)の端もロシアまでとなる。全体的に若干南寄りだ。
日本が無い代わり、縦方向に潰れた佐渡島のような小さな島が残っている。北の海を越えた先にある大陸は深い森で人も居なく目立たなそうだし、この島はどうだろう?
「この島は?」
「この世界では未発見の島となっています。陸地に魔物がいないので素材収集に苦労しますが、ここにするのですか?」
「おっ、そうですか。でしたら尚更、ここがいいですね。ところで、勇者の居場所は?」
情報があるのかと聞いてみたら、女神も位置は把握しているらしい。地球で言う中国とベトナムの国境付近の位置を指さし、自分の質問に回答した。
「この辺りに、勇者が乗っ取ったシルビア王国があります。山脈を挟んで北側が邪神国になっており、勇者と手を組んでいます。海側には港町があり、そこまでが王国の範囲内です。」
「……ふむ。わかりました。」
色々と考えているため、素っ気ない返事をしてしまった。流石に不愛想だったかと反省するうちに、足元が光りだす。視界は徐々に消えかかっており、数秒後には、本当の意味で白一色に染まりかかっていた。
……あれ?そういえば中国の横ってベトナムだったっけ?まぁいいや、さぁいくか。
「―――ホークさん。」
最後に、白に染まった世界の向こうから呼びかけられる。一瞬、誰のことだと思ってしまったが……そういえば、鷹つながりで「ホーク」を名乗ることにしたのを思い出した。この名前は、ゲームの時のキャラ名と同じである。
「長い戦いになるとは思いますが、今度こそ願っております……引導を、渡してあげてください。」
なるほど。引導とは、随分と物騒なことで。
それでは女神さん、自分も1つ答えましょう。
「たぶん……戦争が始まったら、直ぐに終わると思うよ?」
それだけ言えると、意識は完全に白くなった。
次回から仲間達との活動に入ります。
常に思いますが、文章は難しいですね…
*何度か誤字報告を頂きましたので記載いたします。「残念機長 児童操縦 アンチアイスをオフ 着氷 レバノン料理 ピトー管 キャプテン・ストライク」は全て航空事故調査番組「メーデー」のネタでございます(汗
これらの単語だけ見るとお笑いと錯覚しますが、航空機だけでなく普段の事故やトラブル発生の原因が事細かに理解できる大変すばらしい番組です。是非ご覧ください!