11話 耳長な相談相手
月の光が大地を照らす、静かな夜。機内から見上げる星は極小のものまで鮮明に見えており、全体が天の川ではないかと錯覚する。こんな素晴らしい景色は、地球のド田舎でもなければ見ることはできないだろう。
自分達は第二拠点から洋上をヘリで飛び、深淵の森とは反対側の空き地に着陸する。ブラックバード偵察機から情報は得ているものの、念を入れて全員が慎重に行動していた。
護衛をしてくれている面子も、8492屈指の精鋭部隊である、マクミランを筆頭としたタスクフォース000。その12人の部隊を構成する4人が警戒しながら自分の前を歩き、8人は後方をカバーしている。林側となる左側にハクがピッタリと付いてきており、いつでも強襲に対応できる気配を漂わせている。
例によって味方の殺気が一番怖いのは、いつものことなので気にしないようにしていた。でもコワイヨー。
「マスター。エンシェントドラゴンの足元、人影が2つあります。」
「情報通りだな、誰か居るね。」
深淵の森に向かって、海沿いの草原……と言うより、背丈は芝生程度のもので歩行に支障が無いような平地を1kmほど歩くと、月明かりに照らされた影が見えてくる。
自分が目視したのは、竜の姿のエンシェントドラゴンだけではなかった。薄暗くてわかりづらいが、人影のようなものが2つある。とはいえ、この点もブラックバードの情報通りであり、特に気にするべきではないだろう。
《シューター1-1から総帥、周囲に潜伏した生命はありません。》
《了解、索敵ありがとう。》
自分達にとって一番怖いのは奇襲攻撃だが、海上に居るアパッチの機種に搭載されているAN/AAQ-11パイロット暗視センサーにも、特に反応は無いようだ。
対空レーダーも静からしい。成層圏にいるビッグアイも同様らしく、生命は見受けられないとの無線が飛んでくる。
「空の部隊の探知にも、目の前の3名以外は反応がないね。ハクはどう?」
「私も感じません。今のところ、問題は無いと思います。」
レーダー及び暗視装置の反応同様、彼女も伏兵は居ないと判断する。しかし、せめて対話するまでは警戒を厳にしよと気を引き締めた。変な話、外部から音速で突っ込んでこないとも限らないからね。
「……お主等、随分と警戒しておるの。取って食いはせんし出来ぬじゃろう、気を緩められよ。」
そんな心境を見透かされたのか、エンシェントから言葉が飛んでくる。向こうは「お願い」しにきたというのに相手がガチガチに戦闘態勢でいるんじゃ話しかけづらいかな、軽口でも叩いてみるか。
「魔物とかいたら、怖いじゃん?」
距離があるため、声を大きくしつつ気さくな声を返してみる。
「心配は不要じゃ、この地は今朝から我の眷属が占領している。刺客どころか、魔物一匹居りはせん。」
「今の姿のエンシェントドラゴンって、魔物扱いじゃなかったっけ?」
「……そうじゃった。」
「警戒してるけど敵対していない」という意図を出すべく、軽口をたたいてみた。揚げ足を取るなと言わんばかりにエンシェントがプンスカと騒ぐので、適当に流しておく。
そんなやり取りをしていると、ハクが「クスッ」と軽く笑う。珍しい、こんな反応することもあるんだな。
50mほど歩くと、足元にいた人影の顔が見えてきた。月明かりのため、まだ詳しくは見えない。男が一人、女が一人。緑色らしき色の、民族衣装のような特徴的な衣服を着ている。二人とも同じデザインだが、女の方は露出が多目だ。ちなみに露出部は手足であり、谷間などの露出は無い。ファンタジー世界にありがちなこともなく、マトモな服だな。
男女共に線は細いが、背が高い。男は190cm近くあるのではないか?女の方も、自分とあまり変わらない。両者とも規律の良い立ち方をしており、傲慢さは見受けられない。直立不動程ではないが、一点に立ち止まっている。
更に接近すると、表情や髪型が読み取れる。男は……表現しづらいが、なんとも異世界らしい反重力な普通の髪型なのでスルー。女は胸の高さまで伸ばした髪をポニーテールにしており、顎下ぐらいの長さの前髪はピンで留められ、顔の左右に垂れ下がっている。両者とも金髪のようだ。
特徴を捉えながら、もう数歩近づいた時。二人の顔についてるものが、我々とは違うことを確認した。
「なにっ、エルフだと……? おっと驚いただけだ、差別的な発言ではない。」
長く尖った耳を見て思わず口に出てしまい、慌てて言葉を付け足す。スゲー、ホントに耳なげぇ……。
「む?ホーク殿よ、見るのは初めてか?」
「ああ、知識程度はあったけどね。エルフを見たのは初めてで、驚いてしまった。」
「……マスター。あの二人、ハイエルフです。」
「……エルフとの違いは?」
「最も分かりやすいのは、魔力の気配です。」
「難易度高すぎませんかね。」
「そうでしょうか?」
「そうですよ。」
真顔Vs真顔でハクと会話。珍しくノリが良い。
そうらしいですが、どうでしょうか000の皆さん。おい、目を向けた瞬間に逸らすなマクミラン。
ところでハイエルフとは、他族の血が混じっていない純粋なエルフ族だ。魔法による高レベルの戦闘能力を保有しながらも鎖国的で排他的な存在であり、人族を最大限に警戒する。他族はハイエルフのことを、ほとんど知らない。ハイエルフはエルフ以上に森の奥深くに住むと言われており、その存在拠点や生活スタイルは解明されていないのだ。
というのが、ハクによる授業で学んだこの世界での事情である。放浪民であることが噂はされているのだが、文献に少しの情報が載っている程度らしい。ある意味、伝説的な種族となる。一般では「エルフの妖精種」や「古代エルフ」など様々な呼び名があるらしいが、基本としては「ハイエルフ」だ。
ところで、エルフ族には3つのエルフ種がいることも聞いていた。ハーフと普通のエルフの見分け方としては「耳の長さで判別できる」とも言われたが、なんともわかりやすい。ちなみに、ハイエルフとエルフの容姿は同じとのこと。
・ハイエルフ(純粋なエルフの血、希少種。)
・エルフ(エルフと人族とのハーフ、エルフ寄り。)
・ハーフエルフ(エルフと人族とのハーフ、人寄り。)
エルフは、人族もしくはエルフ族との間でなければ子供は生まれないとのこと。子を作る相手によって、それぞれ上記のような特徴があるらしい。人間で言うところの人種の違いのようなものだが、ひっくるめて「エルフ」と呼ばれているのが最近の傾向とのことだ。
「なら猶更、自分等とは縁が無いように見えるけど。エンシェント、お願いってのはハイエルフの事か?」
「うむ。こやつらの祖先の族長とは、古い付き合いでな。そやつは既に死んでしまっているが、その子からの要望なのじゃよ。実はな―――」
「待ってくれ、ようはハイエルフ族に関係することなんだろ?だったら二人が直接話してくれ。他人を通じてとなると、真意が読めない。」
「―――そうか、道理じゃな。」
ハイエルフの二人は目を合わせ、男の方が静かに口を開いた。
「ご挨拶が遅れました。私はハイエルフのリュック。こちらは妹のリーシャです。」
「既に聞いているかもしれないが、軍隊であるI.S.A.F.8492の総帥をしているホークだ。周りにいる男連中はその隊員。こちらは隊員ではないが仲間のハク、古代神龍だ。」
ハクに驚かないのは予想外だったが、その点も聞いていたのだろう。
しかし、ハイエルフはプライドが高いと講義で習っていたが、今のところの二人の様子は丁寧そのものだ。自分の紹介が終わると、向こうの二人が頭を下げる。挨拶が終わると、リュックが今回の経緯を話し始めた。
話の経緯は1200年前まで遡った。話を纏めれば、人族によりハイエルフ狩りのような行為が行われたのだ。目的は奴隷である。美男美女であるハイエルフは、その手の裕福層に需要があった。ちなみに現在、このようなことを行えば即、死刑らしい。
現在の人の街にエルフがいるのは、この行為の名残でもあるとのこと。ようは、連れてこられたエルフの子孫ということになる。シルビア王国で炊飯を行っていた時には見なかったが、数は少ないらしい。見てくれも耳以外は人族と似ているため、気づかないこともある、とのことだ。
さて。元々の総人口は少ないものの、700年前は数千人まで繁栄していたハイエルフ達。それが人族による被害でバラバラに逃げ延び、結果的に世界各地に散り散りになる。逃げ延びたハイエルフも、現在は何人居るのか分からないらしい。
彼等のグループも例外ではない。41名が、森の中を転々としながら暮らしているとのことである。その暮らしは、常に魔物や他族に怯えたものだ。数が少ないため自然と身内で子を作るようになり、出生率もひどく落ち込んでいた。
このままでは、滅びの道を辿るしかなかったのだ。エンシェントが探そうにも、強力な魔法結界が邪魔をして見つけることができないらしい。
「そこでホーク様にお願いがあります。我々ハイエルフが、安心して住める土地を探して頂きたいのです。また、その地点への移動を手伝って頂きたく思います。」
なるほど、移住ということか。物資の量にもよるが、8492の輸送隊なら可能だろう。
「……状況は理解した。ところで、土地の条件は?」
「近くに森があると嬉しいです。長らく森の中で暮らしてきたためか、森があると安心できます。」
彼はそれだけしか言わなかったが、普通に考えて汚染されていない川も必要だろう。海水は飲めないし、強い魔物が居ても駄目だろう。タンパク質も必要だろうから、弱い魔物が住んでいることも条件となると、かなり条件が厳しくなる。
「あっ……そ、そうです、川も必要です。肉も普段の食事では取らないのですが、出産時などは栄養をつけるために、多少……。」
聞いてみると、案の定必要だ。随分と条件が増えてきたな、見つけるのに苦労するぞ。ともかくあの手この手を考えつつ―――
「兄が述べている条件が、厳しすぎるとは重々承知しておりますが、どうかお願いできませんでしょうか。謝礼として、私たち二人の全てを捧げます。」
「は?」
あれこれ考えている最中にリーシャが言ってきた言葉に、素で返答をしてしまう。お陰様で、思考内容が全て吹き飛んでしまった。深く頭を下げているところから、冗談ではないのだろう。とどのつまりは「奴隷になる」、ということか。
それにしてもハクと言いリーシャと言い、簡単に自分の命を投げ売る発言をしている。もしかするとこの世界ではセオリーなのかもしれないし、とりあえず表向きは軽く流しておこう。
「自分の回答はさておき、絶滅の危機にあるエルフ……じゃなかったハイエルフの貴重な女性だろ?数を減らして問題ないのか?」
「……その、ホーク様も、男性とのことでしたので。」
「……あ、そう。」
言うのは構わないが、顔を赤くするのは止めて欲しい。頭の後ろをかきながら、照れ隠しに簡易な返事をしておく。リーシャも、個人的にはハクほどではないが絵にかいたような美女であるし、見てくれはトップレベルだ。余裕で「絶世の美女」に該当する。
リュックと似て目つきがキリっとしており、戦闘成れしているような感じだ。その手のゲームに出てくるとすれば、活発でノリの良い幼馴染的な立ち居地だろう。月明かりに照らされ、深い緑色の瞳が静かな輝きを放っている。恐らく昼間は、綺麗な明るい緑色なのだろう。
手足の露出が多目で生地が薄い民族衣装のため分かりやすいのだが、体つきもバランスが良い。「一部」が物足りないと文句を言う男性もいるだろうが、個人的にはこのぐらいが丁度いい。デカければ良いのは浪漫兵器だけだ、というのが持論である。
などという下品なことを考えていたら、何故か自分の反応に安堵した表情を見せたリーシャが、言葉を重ねてきた。
「二名とも男の方がよい、と言う族長と揉めたのですが……安心しました。」
「何それ、なんで?」
「えっと……その……ホーク様は同性愛者の可能性あり、との情報が……。」
……おう族長ツラ貸せや。どっから仕入れた情報か知らんが、今の自分は気が短いぞ?
「あ、すまぬ我じゃ。以前ホーク殿があまりにも女の話に執着しなかったのでな、てっきりその気があるのかと。」
……。
《ホークより基地司令、V2(多目標攻撃用核弾頭ミサイル)って実装してたっけ?》
「「「「総帥!!?」」」
単独対人兵器V2