8話 第二拠点
「北と西は森が広がってるねー。東は山脈か、海も近いし見晴らしが良さそうだ。」
今の日時は、NPCたちに問いを投げてから丸々1週間後。自分とハクは、現在「深淵の森」という森を査察している。ドラゴンの姿になったハクに乗ってやってきたが、まさかドラゴンに乗る日がくるとは思わなかった。ヘリや飛行機とは違う感覚で、結構楽しかったりする。
あれかな、車とバイクの感覚の差のようなものだろう。楽しさの優越ではなく、風を切って移動すると言うのは、それだけでロマンがある。
深淵の森とは佐渡島(仮名)から北に行ったユーラシア大陸(仮名)にある森で、東側の大陸一体を占領しているほどの広大さだ。それでいて物凄く背の高い木々が生い茂る、本当に深い森だ。
今居るのは、少しだけ開けた海岸線の地点だ。海岸沿いは10mほどの崖になっており、ここに海軍基地を作れば、丁度良い拠点となるだろう。
今居る地点から東に1kmも進むと見上げるほどの崖が現れ、標高3000m級の山が北に向かって聳えている。こちら側と同様に、山脈と海岸線との境目は断崖絶壁だ。基地に面する西側以外は、天然の要塞になっている。山には草木も無く、ブラックバードやヘリ部隊からの情報では、周辺に生き物は居ない。
北方向には大陸の反対側まで森林が広がっているらしく、海との境は7000m級の山脈になっているらしい。飛行物体も確認できるとのことだ。偵察画像からするに、自分が知っているドラゴンと同じだと判断できる。もしかしたら、エンシェントはここから来ているのだろうか。随分と遠方だな。
西方向は50kmほど森林が広がっているが、その先は比較的普通の平地が広がっているらしい。その地点までが、深淵の森だ。ゲームみたいに、山と平地の住み分けがクッキリとしているね。ともあれ軍港建設予定地の周辺の立地は、このような感じになっている。
静かだし、自分の家を配置する場所は、この山腹にしようと思う。軍港からの直線距離は1.5km程になるだろう。海面の星を見ながら風呂に浸かる、なんてことも、できるんじゃないだろうか。趣味で作った屋根付き露天風呂から見たら、絶対綺麗じゃん、朝日。
長風呂好きの自分にとっては、夢のような空間だ。第二拠点には航空基地も無いし、1kmも離れれば車両やヘリの音も気にならない。
よし、第二拠点はガチで要塞化してやる。ゲーム時代、貯めに貯めて全く使っていなかった私財を、ようやく投入する時が来たようだ。
ちなみに、軍事用の資金とは財布が別。貯蓄は両方ともたんまりあるので、さほど問題は無い。ゲームトップの軍隊だったのと、少数かつ超精鋭部隊だったため効率も良く、資金は溜まる一方だったからね。
システムで売られている物品は、お金さえあれば供給は無限のため、資金繰りさえ気を付ければ危機を招くこともないだろう。そもそもにおいて、某合衆国国家予算の数十倍の貯蔵量を誇るこのお金を、使いきれるのかと言う点が疑問だが。
そういう意味では、データのお金って無尽蔵だから恐ろしい。
ところで、女神サンが実装したAoAのシステムには、現地通貨をゲーム通貨に変える課金みたいなシステムも反映されている。現地通貨の換金率って、どうなんだろうか。1枚ぐらい使ってみよう。
うげっ。白金貨っぽいやつを突っ込んだら、十億単位で増えたぞ……。全体金額と比例して見ると、十億単位でも誤差程度に見えてしまうのが恐ろしいな。
どうやら突っ込んだお金は消えるみたいだから、使いすぎた場合、自然と世界はデフレになるってわけね。緊急時以外は封印だな、こりゃ。
お金の心配は他所に、古参であるエース達も、どちらに住むか選択することとなった。ガルムとメビウスは滑走路の近くが良いらしく、佐渡島(仮名)に残ったまま。大元帥はトージョーがこちらに向かうらしいけど、他二人も島に残るとの連絡を受けている。
マクミラン、及び比較的仲が良いディムース少将は、どちらに住むか迷っているらしい。とはいえ急ぎの案件でもないので、気が済むまで迷ってもらいたい。
《定時連絡、トージョーよりホーク総帥。現在、予定地点デルタを通過、あと1時間ほどで到着します。》
《了解ー、気をつけてね。》
第二拠点に海軍設備を展開することは決定済みで、トージョー率いる第一艦隊は、佐渡島(仮名)を出航済み。空母艦隊と、配置転換される第二歩兵師団と戦車部隊1部隊を輸送する輸送艦が、自分が居る位置に向かっている。
そろそろ、第二拠点の基礎施設となる軍港を召喚しよう。元より、そのために来たわけだが。
水深に関してはハクが調査済みで、問題ない。とりわけ深いということもないが水深は十分あり、第一艦隊も、島から20m先の地点までは接近できる。設置予定の軍港を配置すると、停泊地点は海岸沿いから50mほどの地点となるため、さらに安全だ。さっそく脳内で施設を選択し、配置をイメージする。
これはプレミアムボックスに封印されている「とある兵器」のために運営が作成した、超巨大な軍港だ。とある兵器に加え、巡洋艦クラスの船舶だけで100隻以上が停泊できる。人工防波堤も巨大であり、海中防衛にも一役買っている。配置位置や角度をイメージし、脳内でOKボタンを押した。お、ヘリポートも付いてるのか。
空間が光ると同時に、地面に近いところから施設が現れていく。設営は、1分ほどで完了した。しばらくすると、施設内から出てきた運営NPC達が整列し、自分と挨拶を交わす。敬礼を交え、トージョーの指揮下であることを確認させた。
召喚から30分程経過すると、予定通りに第一艦隊が入港してくる。駆逐艦1隻と輸送艦5隻を切り離し、空母艦隊は周囲警戒に当たるようだ。1隻のアーレイ・バーク級ミサイル駆逐艦に続いて、5隻のサン・アントニオ級ドック型輸送揚陸艦が入港してくる。空母よりは小さいが大きな輸送艦で、迫力が凄い。
甲板から帽子を振ってくる乗組員に対し、施設の隊員が帽子を振って出迎える。自分やハクは帽子が無いので、手を振って答えた。
各艦のスムーズな接岸後に各艦の艦長が下船し、自分達と敬礼を交わす。そして、輸送物資の荷降ろしが始まった。まずやってきたのは、ハウンドドッグM1戦車部隊。30両からなるエース部隊で、どうやら第二拠点に配属となったようだ。
予定していた第二歩兵師団もやってきて、戦車部隊と打ち合わせを行っていた。併設した隊員用の5階建てマンションへの案内等は、海軍施設の隊員に任せてある。自分とハクは、まだ何も無い北側の査察に出向くことにした。海軍施設付近は、まだ暫く慌しくなるだろう。
そのタイミングで、数日前に偵察部隊から報告があった内容を思い出した。ハクは知ってるかな、聞いてみよう。
「ところで……この森に人が居る気配が無いらしいんだけど、人気が無いの?」
「人族の間では泣く子も黙ると言われている、深淵の森ですので……。強力な魔物が複数種類おり危険度が高いため、どの種族も近寄りません。」
ちょっとちょっと。そういうことは早く言ってくれ。皆で住むのだから、危険は早めに伝えたい。
「どのような評価を行っていらっしゃるかは問いませんが、マスターの家臣の方々でしたら引けを取ることはありません。私だって、殺気立った皆さんを相手したいとは思いません。」
あれっ、マジで?ハクのレベルですら相手したくないとか、冗談かと思っていたが……この目からするに、さっきの言葉は本音だな。まだ小隊レベルでこの世界の魔物と戦った実績が無いため断言はできないが、どうやら8492の一般兵も、相当高いレベルにあるのだろう。
とはいえ脅威に対して小隊レベルで当たるといえばタスクフォース000ぐらいのものだし、可能ならば、そんな状況は発生させたくない。とにかく今は、防衛設備の設立だ。東側は天然の山脈要塞があり南は海のため、必要なのは北と西となる。
西側の森は50kmしかないため、北に拡張していくことにしよう。となると、西側の防壁を先に敷いてしまうか。大まかな最大拡張予定の大きさに沿って、西側に30mの防護壁を敷いていく。軍施設との距離も十分あるし、拡張時に、おいそれと壁が邪魔になることもないだろう。
ところでこの強化チタン防壁も召喚品だが、強度はどうなっているのだろうか。元々AoAでも「巡航ミサイルにギリギリ耐えるチタンのような何か」という、ふざけた仕様だったが……。
物は試しということで、ハクに頼んで一撃打ち込んでもらった。魔法は効かないので、物理で、だ。
「う、嘘でしょ、マスター……。」
が、数mm凹んだ程度で崩れる気配は一切無い。ハク相手にコレか……どう頑張っても破壊は無理じゃないのかな、良いことだけど。
先程の実験ではハク曰く「身体強化は使用していない」とのことだったが、結果を受け、防壁以上に彼女が凄く凹んでしまっている。ホカホカのスイートポテトをあげて即復活、チョロい。
嬉しそうにハムハムと食べている姿を観察するのも良いが、もう少し先を偵察していく。あんまりハクから離れるつもりはないけど、今日中には終わらせたいからね。
宝物庫からタクティカルナイフとP320を取り出し、いつでも戦闘態勢に入れるようUAVの偵察支援を受けた。すると、4つの気配が近づいてくる。既に至近距離だが、行動はゆっくりだ。
なんだろうか。ハクも近くにいるし向こうの動きも無いので、遠目で見てくるか。
おや?前方に4匹の犬がいる、目が合った。
デカい。2匹いる大人は全長4mはあるだろうか、余裕で乗れる大きさだ。「お前にハクが救えるか」とか言ってこないだろうな、残念だが救ってやったぞ……ってソレは狼か。しかし傷だらけで痛々しい。2匹居る、子供らしき犬も同様だ。
汚れからするに、何かに襲われたというわけではなさそうだ。となると、自然災害にでも巻き込まれたのだろうか。
本来の体型は知らないが、痩せているようにも見受けられる。しかし、しっかり洗えば綺麗そうな毛並みだし、マスコットに丁度いい。これは秘蔵のローストビーフを出して、餌付けするか。ふふふ。異世界において、魔改造を含めた日本料理は強いって知っているのだ。そこのホワイトドラゴンさんで証明済み。
「マスター!」
そのタイミングで、当該人物に呼ばれて横を見る。なんだか焦っているな、どうしたんだろうか。




