1話 新たな景色の朝食
スローライフな章になる予定です
「……んーっ。」
佐渡島(仮名)拠点の陸軍基地。8492総帥である自分の部屋はそこにある。
ベッドの上で上半身を起こし、背伸びする。シルビア王国を解放し、一夜ならぬ一朝限りだが現地住民と戯れた翌日だ。
先日は色々とあるなかでの撤退となり、いまだ先ほどの出来事のように記憶に残っている。その中でも特に、最後の光景は記憶に新しい。
友軍であるものの目視確認されたくなかったので、マクミランとディムースのAT教団が隣国の斥候部隊を追い返したのだ。そして本軍である翼竜騎士団が到着する前に、自分達は佐渡島(仮名)にスタコラサッサとなったわけである。
住民には「残ってくれ」と拝み倒されたが、国の経営などに興味は無いし、巻き込まれるのが目に見えている。心苦しいところも多少はあるが、軍を纏める以上、割り切りも必要だ。
「ふ破ぁ~あ……。あー寝すぎたな……。」
朝と言う時間は既に過ぎ、時刻は9時を回ったところ。この世界に来てからの当初目標を達成したため、出撃した部隊には三日間の休暇を与えている。『あの程度で』と言う暴れたりない様子の部隊も、命令ということで強制的に休ませている。そんな命令を出したら『じゃぁ出撃していた総帥も休みですよ』と言われたため、自分も絶賛休暇中だ。
しかしながら一部の書類はその日のうちに処理しなければならないため、1時間ほどは仕事となる。休んでいる間にも書類は積まれていくが、出撃後の処理関係を済ませてしまえば大した量ではない。
緊急の類としては、使用した弾薬の補充や機体・武器の整備費用などだ。正直整備士も一流のため無駄な要求もなく全書類ゴーサインでも問題ないのだが、そこは『形式』というやつだ。
連絡用のボックスに入っている書類を取り出し、パサッと事務机の上に積んでいく。厚みとしては2-3cm程だろう、あの物量での出撃後では平均的な枚数だ。1時間もあれば処理できるこれらの書類は、午前中に処理しなければならない。そんな書類の山を目にしたら……
「腹が……減った……って、あっ。しまった、ハクのやつ大丈夫か?」
いかんいかん、彼女をテイム……なんだか犯罪臭がするし自分の意図と違うから表現を変えよう。新しく仲間になった彼女も、この建物で暮らすことになったのを忘れていた。
10階建てである基地本部の最上階が自分のフロアであり、1つ下の一部に来賓用の宿泊エリアがある。シルビア王国から帰還してから、ハクはその一角で過ごすこととなった。
ササっといつもの戦闘服に着替え、食堂へ行く前に彼女の部屋に寄る。扉には人感センサーが反応している場合に点灯する小さなLEDがあり、点灯しているので、部屋に居るのだろう。
ノックをすると、ガチャリと鍵が開いた。彼女は軽く口元を緩め、出迎えてくれる。
「おはよう。ごめん、寝すぎた。」
「おはようございます、マスター。恥ずかしながら熟睡してしまい、私も少し前に起床したところです。」
「あら、でも熟睡できたなら良かったよ。少し遅いけど、朝食行かない?」
「はい、お供致します。」
昨晩は試しがてらベッドに横になった瞬間に目を丸くしていた彼女だが、どうやら違和感無く眠れたらしい。硬い寝床もしくは極端に沈む敷物しか知らなかったようで不安だったが、何よりだ。
先程も言っていたが熟睡してしまったようで、起きたのは8時を少し過ぎた頃だとか。そのようなことは過去に例が無かったようで軽く顔を赤らめたが、個人的な意見としては稀によくある普通のことだと思う。
しかし流石、軽自動車が買えるぐらいに値の張る超高級ベッド+マットレスだ。この世界でも、王族相手に十分通用するようである。
そんな彼女と世間話……と言うよりは廊下にあるモノに関する一方的な質問攻めを受けながらエレベーターに乗り込み、1階にある食堂に到達する。流石にこの時間は、人が居ない。
早朝に出撃する偵察部隊を整備していたと思わしき整備兵がチラホラ居るが、収容率に対しては1%未満の度合いだ。ある意味、貸切みたいな状態である。
だから、真っ白のお盆を後生大事に抱えつつ長蛇の列に並ぶ必要も無い。さーて、今日の朝食は……?
「……。ど、どれを選べば良いのでしょうか……。」
あれもいいなー、これもいいなー と吟味している横で、呆気に取られるホワイトドラゴンさん。万人単位の軍ですから、メニューも豊富ですよ?食事は大事です。
流石の彼女も「ここからここまで」みたいな注文はしないだろうが、種類がありすぎて決められない感じだ。当然だが、食べ合わせも分からないだろう。昼と夜はこの倍のメニューがあるけれど、大丈夫だろうか。
……どうも、大丈夫ではないらしい。瞬きせずに石像と化している、ただのカカシですな。
どれ、少しコンサルティングしてあげよう。
「ハク、気分は軽く?しっかり?」
「えっ?……あ、起床が遅かったためか、軽くですね。」
「暖かいのと常温、冷たいのは?」
「可能でしたら暖かいもので。常温でも構いません。」
「それなら……プランAとBを決めるから、どっちかを選んでみて。」
プランAは、ごはん(小)・味噌汁・秋刀魚の塩焼き(骨なし、塩味。特別にカット依頼済み)・目玉焼き。The.日本食と言わんばかりの内容であるが、これがアッサリといけてしまう。
プランBは、ハムエッグとレタスにトマト・フレンチトースト(半切れ)・コンソメオニオンスープ。プランAとは間逆の洋風構成で、プランAと比較すると少し重めの内容だ。
炊飯の部隊長から「異世界人に和食を出すのですか」と言われそうだが、凄まじいことに彼女はすでに箸が使える。昨晩の食事後に箸を持っていたので聞いてみたところ判明したのだが、覚えたのはその食事とのことだ。
豚汁を食べていた隊員の動作を観察して真似たのだと言っていたが、1日で使えるとは凄まじい器用さだ。報告を受けた自分も、未だに信じられない。流石に魚の実を穿るようなことはできないだろうが、基礎を1日でマスターすれば十二分すぎる。
そんなこんなで、箸のハードルはクリクリクリア。栄養豊富な和食も選択肢に入るのである。栄養価的にはプランAに軍配が上がるが、異世界基準だとプランBのほうが食べやすいかもしれない。冒険するか保守に回るかは、彼女次第だ。
少し悩んでいたが、どうやら冒険に出るらしい。無意識からか、受け取った膳を見ながら興味津々の目をしている。
「小振りですが、魚は久しぶりに食しますね……私の分は揃いました。マスターは、何を注文なさったのですか?」
「もうすぐくるよ。注文したのは、TKGトータルパッケージだ。」
「トータルて、てぃー……えっ?」
「ごめんごめん、一式揃った献立の通称なんだ。」
「な、なるほど。」
TKGトータルパッケージとは、我々の人種ではお馴染み卵かけご飯、それのセットだ。内容は、ごはん・生卵・味噌汁・複数の小鉢から構成される集合体。
トータルパッケージと表されるだけあって、内容はフルオプションだ。少量のカツオ節、しらす、焼き海苔、みりん醤油で煮た牛肉がそれぞれの小鉢に盛られており、TKGと共に食すことで様々なアクセントを楽しめる。
「お待たせしました総帥、今日はホニャララ牛の切り落としですよ。」
「おっ。地元の牛じゃん、嬉しいねぇ。」
「食堂は空いてますので、ごゆっくり!」
偶然ながら、どうやら牛肉は地元ブランドの牛のようだ。地元とはいえあまり食べたことが無いため、けっこう新鮮な感覚だ。
兵士から膳を受け取り、ハクが待つ席に向かう。先に膳を受け取っていた彼女がお茶を運んできてくれていた、相変わらず気が利く女性である。
彼女の対面に膳を置き、腰を下ろした。何かマナーがあるのかと聞かれたので、舐め箸や迎え舌などの基本的なものを説明する。
「「いただきます。」」
言葉の意味は、昨夜の大惨事炊飯戦争で説明済み。意味を知った彼女は、その日のうちに作法を取り入れた。
「あ、そうだ。顔のしわが増えるほどに厳密なマナーとしたら……今回みたいな和食って言う献立の時は、味噌汁を最初に一口食べるのがマナーかな。汁物で箸を濡らして、ご飯がくっつかないようにするんだ。」
「なるほど、舐め箸を予防するのですね。」
おお、理解が早い。そして、「早速」ということで味噌汁を口にしている。先日の豚汁がOKだったため味噌汁もいけると踏んだのだが、どうやら正解のようだ。
遅れながら、冷えないうちに自分も口にする。食べ馴れた併せ味噌の味噌汁だが、優しい味が染み渡る。小さな豆腐と若布に対し、微塵切りにした白ネギのシャキシャキ感が良いアクセントとなっている。たまに他の具も入っているが、8492の食堂ではコレが王道だ。
その後の彼女は、出汁が効いた卵を口に運んで驚いている。そんな反応を見ているだけでも飽きないが、せっかくの朝食が冷めてしまうのももったいない。
名残惜しい風景から目を逸らし、白い手のひらサイズの鶏卵を手に取る。自分の朝食の主役は、コイツと言って良いだろう。
机の角でカンカンっとヒビをいれ、白米の上にダバーする。艶々の白米に映える、濃い黄色のコントラストがたまりません。
「た、卵を生で!?正気ですかマスター、病棟で過ごすおつもりですか!?」
「ん!?お、おう……大丈夫、大丈夫だから。」
と思った瞬間に、彼女が立ち上がって前のめりに意見具申。出ました異世界おなじみ、生卵。異世界どころか自分の出身国以外でも有り得ないことらしいが、この単純にして究極の料理、『TKG』を知らぬとは人生の33-4%を損していると言っても過言ではない。
……とはいっても、見てくれ的に王族が食べる料理じゃないよなぁ……。食の動作に関しても、ガッつくだけだし。王族+卵料理といえば、背筋伸ばしてオムレツをナイフで切っていそうなイメージがある。現に、彼女も『その程度』の料理しか知らないらしい。
親子丼とか、おいしいのにねぇ。え、米を食べる文化が無い?
……人生、もっと損してますね。龍生か?まぁいいや。
「そもそもですが、私が知る米はこれほど美味ではありません。先日のカレーに使われていた米とは違うようですが、両者とも私が知る米と同じなのかと疑ってしまいます。」
おや?米の種類が違っていたのに気づいたとは、中々の舌をお持ちですね。確かに2種類は違うものだが、普段食べない人が気づくことは少ないだろう。特にカレーはルーのパンチが強いため、尚更だ。
今食べているのは、コシヒカリ発祥の地で作られた新種である『いちほまれ』。和食に適した苦味と渋みの中に豊富な旨みを蓄えている、若干モッチリとした食感が特徴の米だ。値段も高いけど。
カレーに使われていたのは……なんだったかな、確か『プリンセス』なんとかという、カレー好きの地方が開発した品種のお米だ。とはいえ、これが本当にカレーに合うんですよ。
「このお魚、ふっくらしている上に塩気が適度に効いていて美味しいです。物足りないかと思いましたが、全く問題ありません。」
「そりゃ良かった。もし皮の感覚が苦手だったら、残しても大丈夫だよ。」
相変わらず品のある食事を続ける彼女の前で、自分が食べているのはTKG。彼女が居るので、あまりガツガツいけないが……うまいものは、うまいのだ。
「「ごちそうさまでした。」」
その後は、特に会話も無く食事終了。膳を戻し、食堂を後にして総帥室に戻る。することがないのと見学もかねて、彼女も一緒だ。机や椅子、ソファを観察したり窓から見える軍事施設を眺めたりと、自由気ままに過ごしている。
時たまそんな彼女を観察しながら自分の書類業務も終了、結果として30分で終わってしまった。内容としては、武器弾薬の補充とメンテナンスが大半だった。担当部署の隊員を呼んで書類を渡したので、業務終了。今日から3日間は休日となり、緊急時以外は業務に縛られずに過ごしてOKだ。
……。
で、現在時刻は10時30分。何をしよう。




