22話 大惨事炊飯戦争
「総帥より炊飯部隊に緊急指令!宝物庫のカレー及び豚汁鍋の在庫が残り3!至急応援を求む!」
「ええっ!?冗談でしょ総帥、こっちと合わせてカレーだけでも兵士基準で5万食は有りましたよ!?」
「嘘ではないぞ副隊長!さっきから総帥と追加で作っているが間に合わん、弾幕を張れ!」
甘かった……いや確かに、野戦食料だからカレーは甘口に近いが……どうして、こうなった……。
炊飯部隊とあわせ、兵士用盛り付け換算でカレー5万食、豚汁3万5千食は用意した。今この戦場にいる第一歩兵師団の規模は1万2千人だが、他部隊と合わせても1万3千人を超えることは無い。
予想外の大問題となっている原因は現地住民だ。野戦施設でカレーを配っていることを知るや否や、どこからともなく人が雪崩れ込んで来たのである。ある程度の現地住民は覚悟していたが規模的にほぼ全地区に及んでいるらしい、まったくもって予想外だ。
あまりにも人数が多いため一食を一般人基準まで減量し、カレーもしくは豚汁の選択式とした。8492の隊員も同様にして、我慢してもらう。現状を見て苦笑している隊員も居れば、楽しみにしていたのか悲しそうな表情になる奴もいる。そんな顔しないでよ、帰ったら作ってあげるからさ……。
「これほど美味な食事を無償で振舞っていらっしゃるのですから、仕方ありません。」
キリッとした顔で発言するのは、両方ともキッチリ兵士基準量で平らげてらっしゃったホワイトドラゴンさん。
配布の開幕で両方綺麗に食っといて、何を平然と解説してるんですかね!?でも食べてる時の超幸せそうな顔が可愛かったから許す!
いかん、あの天に昇るような顔を思い出している余裕は無い、状況把握に戻ろう。ブラックバード偵察部隊であるビッグアイからの報告では、あと残り3,500人程らしい。残りそれぐらいなら、なんとかなる。炊飯部隊の在庫食料が空になりそうだが、並んでいる人数分は配布できそうだ。
住民はマナー良く並んでおり、混乱は見られない……と思いきや、一口食べてから物凄い勢いに切り替わって3分程度で食事を終え、空になった容器を見て悶絶していた。それが7-8割の住民に適応されるのだから、その光景はカオスである。いかん、日本基準の料理は、異世界では兵器よりも強いというのがセオリーであることを忘れていた。
自分の宝物庫にあった鍋の在庫は既に切れている。ただ只管に、炊飯部隊と共にカレーを作る。明日から1週間は、カレーを食べなくても香辛料の匂いを思い出せそうだ。
空腹の時は問答無用で食欲を沸きたてる匂いだが、この状況では異臭にしか感じない。早くこの匂いから解放されたい!うおおおお!
「ジャガイモ用意整いました!投下まで5秒!」
「投下、投下、投下!」
炊飯長の指示に対して爆撃機パイロットみたいな返答してるけど、それも普段のノリなのでしょうか。それとも自分みたいに、カレー粉をキメかかってるのでしょうか。
「タイマーセット、鍋の底まで混ぜるのを忘れるな!」
「アイ・サー!」
……。
ええい、まだ人の波がある!あと何人だビッグアイ!
約1,800人!?まだ半分も居るのかよ!
……。
「配布完了!炊飯終わり!ミッションコンプリート!!」
最後の一人が受け取ると、炊飯部隊と自分は机に突っ伏した。ある意味、今回の戦場で一番ハードだったかもしれない。
そんな自分達に、冷えたタオルを配るホワイトドラゴンさん。天使じゃ、天使がおる……。
「しかし……現地住民が死体処理を手伝ってくれたお陰で、不味い飯にならずに済みましたね……。」
「ホントだよ……今死体の臭いがきてたら、確実にゲロってるだろーな……。」
突っ伏しながら、炊飯長の世間話に応対する。なお、会話の状況に嘘偽りは無いということを断言しておく。解放直後に飛び出してきた現地住民が、自発的に後始末を手伝い始めたのだ。そのため明日までかかる予定だった作業のうち、ほぼ全てが終わっている。
炊飯部隊の死屍累々な現状を悲惨に思ってか、調理器具の洗浄は第一歩兵師団が行ってくれていた。現在時刻は22時、5時間もカレーを作り続けていたのか……。
そのまま寝てしまいたいぐらいだが空腹事情的にそういうわけにもいかないので、シャワーで汗を流して軽いものを食べる。復活した炊飯部隊が用意してくれたのは、鮭茶漬けだ。サラサラっと食すことができる上に消化も良く、個人的な好物でもある。少し冷えている外気にもピッタリな暖かさが胃と心に染み渡る。
極めつけは、目の前でお茶を注いでくれている点だ。香りが良く、食欲をそそられる。食感用のアクセントに、小さいアラレを少量入れてくれている気遣いも含めて暖かい。優しい食事だ。
……。
真横から某ホワイトドラゴン=サンの物凄い視線を感じ、落ち着けない点を除けばな!
君さっき散々食べてたでしょ!お茶漬けはデザートじゃないぞ別腹じゃないだろ!
えっ、ジャンルが違う?そりゃお茶漬けとカレーや豚汁じゃ料理のジャンルが違うのは当然……
って腹に収まるジャンルかどうかって意味かよ!それを別腹って言って、大抵はデザートって言葉で濁すんだよ!
なぜ濁すのかって?そりゃ君とか女性に「食いすぎで太るぞ」なんてストレートに言えるわけないだろ!分かった!?分かったな、オッケイ!
……。
おい今さっきの言葉はドコ行った!理解したとか言いながら食い入るような目で見てるんじゃねーよ!
って待て待て、怒ってるわけじゃない!絶望したと言わんばかりに目のハイライトを消すんじゃねぇ!お茶漬けが食べられなかったからって世界は終わらん、わかったな!?
わかったわかった。明日の朝作ってやるから、大人しく座ってろ。
……完全無欠なパーフェクト美人かと思ったが、もしかして食い気キャラか、こいつ。
明日の朝は茶漬けにしてやることを約束すると、明らかにご機嫌だ。これは食いしん坊キャラ確定ですね、かわいく食べるから良いんだけれど。
そんなやり取りをしていると、予定外の事態が発生する。エンシェントに依頼していた隣国からの出陣が、翼竜部隊によって行われたらしい。
翼竜部隊は機動力が高いため、早ければ明日の昼には到着するということだ。そのため自分達も、明日の朝には撤収ということになる。
「総帥。明日の朝一番で、隣国軍の斥候が来るかもしれません。」
そう話すのは、こちらも散々カレーを食ってご機嫌のマクミランだ。しかし、言ってることと表情が一致していない。ハクのように、コイツも普段は仏頂面だ。そしてコイツが表情をやわらか~くして言う時は、大抵、腹の内が読める。
「撃ち落しちゃっていいですよね的な言い回しだが受け付けんぞ?」
「ぐっ……流石だな総帥、読まれていたか。」
「そりゃー付き合い長いからねぇ……。」
案の定だ、流石は根っからの隠れ戦闘狂。威嚇して追い返すのは構わないが、相手は攻撃対象国の軍隊ではない。そもそも「斥候が来るんじゃないか」程度だった憶測の話が、飛躍しすぎである。確かに来たら来たで問題があるため対策は必要だが、撃墜はNGだ。
「ですが総帥、斥候となると情報収集のプロになります。マクミラン大尉が仰った事は確かにやりすぎですが、対策は急務かと。」
「おい待てディムース、俺は撃墜するとは言ってないぞ。」
「しまった。」
ディムースも撃墜とは言ってないよマクミラン。全員が「やること=撃墜」で脳内変換してやがるけど、撃墜前提で話を進めるのを止めようね?
それでも彼が言うように、対策は必要だ。追い払うとなると、有る程度のダメージは仕方ないだろう。コラテラルダメージというやつだ。
問題は、追い返す方法だ。戦闘機やヘリを使うと明らかに火力過剰だし、銃火器の類も同様である。翼竜隊が来たということは、斥候も翼竜である可能性が高い。歩兵の斥候を出していては、翼竜の進軍速度を殺してしまうからね。
翼竜となると隠れることもできず、相当大きく目立つだろうから、やってくる数は少ないのだろうか。ハクは知ってるかな、聞いてみよう。
「ハク、ちょっと質問。翼竜の斥候となると、単騎が王道なのかな。」
「人族が運用する場合は、大抵がそうですね。翼竜は目立ちますので、複数での斥候運用は聞きません。多くても2騎でしょう。」
ふむ、多くて2騎か。とはいえ相手さんの数が変わったところで防御力が上がるわけではないので、対策がない点については変わりない。
「なんだ、その程度か。ならば俺とディムースで対処できる、問題ない。」
んん?全く対策が思いつかんが、颯爽と去っていく後姿は、「任せておけば問題ない」と語っている。多少のダメージは仕方ないが非殺傷であり、あくまでも追い返すことが目的である点は伝えてある。正直非常に眠いし、ここは奴に任せてみよう。
睡眠用の車両に乗り込み、簡易ベッドに入る。通路を挟んで反対側にはハクが寝息を―――
なんて青臭いことを考える余裕はなく、意識は一瞬で沈んでいった。
そして何事も無く翌朝、まだ夜明け直前だけれども。ハクが嬉しそうに鮭茶漬けを食べ終えたタイミングで、現地住人がやってくる。昨日のお礼にと、夜明け前から隊員分のパンを焼いてくれていたようだ。食糧の備蓄も少ないだろうに、嬉しい話である。
なお、予想通りパンは硬い。なので、炊飯部隊が用意したシチューに浸して食べる。なお、予想通り大戦争再び。昨夜の大惨事は住民側も理解しているので、配る量は少なめだ。
献立がシチューというのは野戦メシにしては珍しいので聞いてみると、「平和だけど寒いから温かい家庭の味を」とのこと。なお本音は「大量に作れるレシピがシチューしかなかった」。
それでも、美味い美味いと喜んで食べてもらえるのは嬉しい限り。こちらでも似たような料理はあるが、味や風味は段違い。
と答えるのは、お茶漬けを食べたはずのホワイトドラゴン。これも予想通りの展開なので、特に驚かないぞ、うん。
……。お茶漬けのあとにシチューってのは味の組み合わせが悪いと思うけど、問題ないのだろうか。
そんな彼女に「家庭の味というより宮廷料理人以上の味ですね」と突っ込まれた炊飯部隊が悩みに悩んだのは、この世界の料理基準を知らないからだろう。自分も未経験だが想像はできる。素材の差もさることながら、調味料や調理法の類の差は天と地程に大きいんじゃないかな。
《イーグルアイより各部隊。隣国より出撃した翼竜隊のうち、駐留地点より2騎の翼竜が飛び立った。方位2-6-0、到達まで15分。》
食事も終わって各部隊が撤退準備を進め、自分は住民と雑談しているさなか。緊急無線に、空中管制機から連絡が飛んでくる。その連絡1つで雑談は終了し、各部隊は撤退作業を加速させる。マクミランとディムースが駆けつけ、タスクフォース000の隊員と郊外に移動した。
二人は早速、迎撃の用意に入ったようだ。方法は聞いていないが、どうやって追い返すのかとても気になる。ハクとそんなことを喋りながら気にしているさなか、すぐに用意が終わったようだ。随分速いな、何を使うのだろう。
……あれ?
目の錯覚かな。
あいつら、FGM-172 SRAW(対戦車ミサイルランチャー)を担いでいないか?




