17話 シルビア王国開放戦~鬼の戯れ~
【視点:ガルム0】
撃墜確認、これで13騎か。次は1時方向に2騎、相対距離にして800m。
何の捻りもなくヘッドオンしてきた2騎の翼竜にマッハ2.3の速度をキープしてAIM-9Xを叩き込み、追い抜きざまにAIM-120Dで3騎の翼竜を撃墜。正直なところ敵の機動が単純すぎて、作業をしている感じが凄まじい。せっかく人が乗っているのだから、もう少し連携とやらを使ってみてもいいのにな。
機動速度で言えば時たま練習で使っているレシプロ機よりも速いはずだが、翼竜の連中はただ飛行している動きに過ぎない。速度はともかく、まったくもってドッグファイトの機動とはかけ離れている。これでは七面鳥撃ちよりも温い、思わず溜息を付いてしまう。機動力の差が激しいとはいえ、多少ながら場慣れしている奴は居ないものか。
そんな祈りが通じたのか、撃墜数が21に達したところで嬉しいことに動きがあった。先ほどまでとは、明らかに違う。明確な連携攻撃でもって、こちらを狙ってきた翼竜の部隊が居たのだ。瞬時に判断するに四方に散らばった5騎編隊、ファイアーボールのような魔法で攻撃してきている。
戦闘命令中なので罪悪感は芽生えるが、このような敵がいるのは正直なところ喜ばしい。正面から噛み合おうじゃないか。翼竜を操る貴様等が、どのように飛ぶのかを見せてくれ。
「このまま後ろを取り高度を下げさせる、フィットとシャトルは左右上空から挟み込め!」
「「応!」」
「じゃぁ俺はナナメからだな!」
「そうだ、わかっているじゃないか!だが油断するな、敵は過去最強すら足元に及ばないぞ!」
おや、動きがあるな。一番上に居た2騎が上昇して後ろは1騎が下降、なるほど3方向からの挟撃か。真後ろの奴が上気味に攻撃を放ち、俺の高度を下げることが狙いだろう。どれ、その誘いに乗ってやるか。
案の定、真後ろの1騎が魔法弾らしき攻撃を放ってきた。慣性の法則に左右されるのか弾道速度は目測で時速800km程あり、戦闘機の機動速度にも有効な攻撃だ。弾道は俺に対してやや上向き、これも予想通りである。
「高度を下げない、だと?まさか、後ろからの攻撃に気づいていないのか?」
眩しい発光体が後ろに迫るが、『技』を繰り出すには少し早い。機体操作から多少はタイムラグが生まれるものの、機体が動くべきは命中する寸前だ。その時にあわせて、俺はイーグルの操縦桿に急制動を叩き込む。
「な、何が起きた!!一瞬で目の前からいなくなったぞ!鳥が消えた!?」
魔法らしき攻撃が後部に命中するその瞬間、機体は眼前の空間から消えたのだ。恐らく敵の翼竜の連中からは、そのような具合に見えているだろう。
―――飛行技術名を、「木の葉落とし」。今の時期に詩を書けば季語になりそうな秋らしい名称だと、今更だが軽く思う。
木の葉落しとは、機体を垂直横転させて急失速させ、機体を急降下させる戦闘機動。一般的には、ドッグファイトの上級戦法に部類される代物だ。アフターバーナーを炊いた高速域からでなくとも、下手をすれば首の骨がへし折れる危険性のある急制動。そのため大半の敵は、おいそれと追いかけることが出来ない機動となる。
勿論だが、木の葉落しを実行するタイミングを少しでも誤れば墜落だ。マニューバを繰り出す状況次第では、自身を狙う遠距離攻撃の餌食となるだろう。とはいえ、先のタイミングで、バレルロールや旋回による回避行動を行っていたならば次はない。恐らく既に回り込んでいた、別の部隊に落とされている。この機体に魔法が効かないことは知っているが、それ故に被弾を前提で飛行していては、わざわざドッグファイトに持ち込んだ意味がない。
遥か昔の航空戦時代から受け継がれる、伝統的で、かつデメリットとは裏腹に描く美しい軌道。駆け出しの頃は実行すれば墜落しかけた記憶があるマニューバだが、使いこなせれば便利な事この上ない。
「焦るな、下にいるぞ!こ、この飽和攻撃における状況下での完璧な急制動、なんという化け物だ……。全隊員に告ぐ!集団でかかるぞ、絶対に単独で飛行するな!!」
敵機のリーダーから集団戦の命令があったのか。それまでバラバラに飛行していた各機体が、まとまりを見せ始める。これが戦闘機ならば、撃墜するのは相当に難しい。ただ撃てば当たる的でもない上に、どれかの後ろをとれば、こちらも後ろを取られるだろう。
……戦闘機にしろ、集団で動くものに例外は必ず存在する。そこからはぐれた1つを、見逃すことはない。
「連携を崩したか……気をつけろフィット、狙われているぞ!」
「くそっ、どうなってんだ……フィットの飛び方は過去最高だ、全く隙を見せないのに振り切れないのか!?」
見学気取りか知らないが、ほかの4騎は叫んでこそいるものの俺の邪魔をするつもりはないようだ。呆気にとられていると言った表情が正解だろうが、こちらも気にする必要はなさそうだ。
「焦るなフィット!いつも通りでいい、自分の飛び方を忘れると落とされるぞ!」
「5対1だってのに、俺達が押されている……。か、数の差は、関係ないとでも言うのか……。」
「いかん、フィットは食われる!お前達は逃げろ、悔しいが奴には勝てん!」
「敵前逃亡!?ですが隊長、フィットが!」
「無駄に散っても意味がない、生き残って期を待つのだ!撤退命令だ、行け!!」
数秒すると、4騎のうち3騎が北方向へと進路を取った。勝てないと判断しての逃亡だろう。他の連中のように猪突猛進ではないだけ隊長の指示は的確だし、撤退の決定をできる強い心に感心する。
その光景を流し見て、目の前の敵に目標を絞る。必死に生き残ろうと、一体の翼竜と騎士が逃げている。余程生存に対して執念があるのか、その機動は限界を超えているようにも見て取れた。限界を超えたマニューバで翼竜の顔が歪んでおり、騎士も振り落とされぬようしがみ付いている。
……だが、敵もこちらを落とそうと挑んでいる。その執念に対し、かける情など微塵もない。
「クソッ……タレ、振り、切れねぇ!!」
《ガルム0、Fox2.》
ロックオン後に射出したタイミングでAWACSが報告したAIM-9Xは、吸い込まれるように進行する。翼竜の右翼をへし折り、バランスを崩して地面へと叩き落した。撃墜した高度は2,200フィート、生身の人間ならばパラシュートでも装着していない限りまず助からない。空中に投げ出されて落下していく最中の絶望的な表情が見えた気がしたが、そんなことは日常茶飯事だ。
―――11時方向上空、距離2,500フィート。交戦中にしては、やけに遊覧飛行をしている奴がいる。
……ああ、先程逸れた奴を撃墜したためだろうか。逃げた3騎の残りであることもあるし、アレが部隊の隊長である可能性が高い。隊長を落とせば、自然と部隊は崩れてくる。確信は薄いが、狙ってみるのも一興だ。
俺はその機体に狙いを定め、頭を向けた。
「……今度は私か。よし良いだろう、敵わぬだろうが全力でやってやる!」
先程と同じく、空中で鬼ごっこが始まった。しかし、先程撃墜した奴とは明らかに機動が違う、相当な腕だ。
旋回のタイミング、速度、フェイント、自分ではない生命である翼竜のコントロール能力。速度こそ遅いが反応速度やタイミングはどれを見ても一流だ、これ程の輩が敵に居たか。
その鬼ごっこも、第三者のファイアーボールらしき攻撃でで水を刺される事となる。すぐさま回避して放たれた方向を見ると、同じ部隊旗を掲げる別の翼竜が迫っていた。こちらとの距離は近く、並みの戦闘機相手なら十二分に射程範囲内だ。鬼ごっこに意識を逸らせ過ぎたため機動が甘くなり、懐に入られたのだろう。
「隊長をやらせるか!行くぞ、各位、独自判断で援護始め!」
「「応!!」」
「お、お前等、何故戻ってきた!!気をつけろ、不用意に近づくと食われるぞ!!」
おや、先ほど北に逃げた3騎か。予想の域だが撤退命令が出ているはず、一度レーダーからも消え去った。命令違反と知りつつ己の隊長を助けるため、殴られる覚悟で地獄に戻ってきたその覚悟は認めよう。
しかし機動速度が伴わないのは残念だ、終始温い。その程度の接近戦闘ならば、後手に回ろうとも回避できる。
増援と思わしき3騎は編隊を崩し、連携してこちらの妨害に入る。こちらも翼竜基準でいけばそれなりの機動をとっているのだが、しっかりと食らいついてくる。生半可なパイロットでは、最初の一手で力尽きる程。敵ながら、褒めるべき腕と執念だ。
……可能ならば、もう1つの空で。先程の騎士同様、違う形で会いたかったモノだが。
「!?ど、どこへ行った!」
雲を使い、相手の後方へと回りこむ。楽しみたい気持ちはあるが、現在は総帥直々の戦闘指令が発令中。邪族だか邪国か知らないが増援も近くに来ているらしく、時間を引き延ばして洒落込むわけにもいかなくなった。
「なっ!?皆散開しろ!間後ろだ!!」
「えっ!?」
「回避!回避!!」
相手が気が付いたと思われる頃には、詰めの段階であった。演習ならばエンジン音で察知されるだろうが、混戦空域であるこの空では聴覚に関しては役に立たない。俺達で言うところのバレルロールの初段階らしき動きを見せていた機体だが、それを行った瞬間に、こちらの放ったAIM-120Dが直撃する。
予定通り、相手翼竜の主翼が発する乱気流でAIM-120Dの機動が17cm下方向に移動した。本来の命中予定位置から20cm下にあるモノは翼の付け根、鱗がない部分故にダメージは防壁なしに到達する。
これにより、5騎で編隊を組んでいた部隊は全て撃墜。他の連中とは違い中々の腕だったが、ここまでか。
―――さぁ、次を片付けよう。此度の戦闘はホークに捧げるモノだ、悪いが勝てると思うなよ。
AC04のイエロー中隊など、「共に戦えたらな」と思う敵エースは多いですよね。
敵になるからこそ、生まれるドラマもあるわけですが。




