19話 答えとお休み
新年あけましておめでとうございます。本年も、どうぞよろしくお願いいたします。
その場はしばらくして解散となり、翌朝の食堂。朝食のために集った一同は、ホークとハクが来ると席から立ちあがって出迎えた。
挨拶を返す夫婦だが、いつもより2名。本日から増えた者を含めると3名が居ないことに気づいて、質問を投げた。
「おはようございます。」
「おはよう。あれ、エルフ3人は?」
「まだ来ていませんね。偵察の連中が言っていたのですが、随分と遅くまで起きていたみたいですよ。」
おやおや。と言いたげな表情で納得するホークだが、遅刻は遅刻で宜しくないことである。事情が事情のため頭ごなしに注意しても宜しくないために、どうしたものかと軽く溜息をついて席に座った。
I.S.A.F.8492隊員の基準において、現段階で3名は3分の遅刻である。こちらはこちらでキッチリ集合2分前に到着するホークを出迎えるために、5分前に集合と言うのがI.S.A.F.8492における暗黙のルールとなっている。もちろんハイエルフや狐族にも、当該ルールは適用されていた。
ちなみにこの謎ルールはホークも知っており、5分前を辞めろとも守れとも強制はしていない。逆に集合時間2分前と言うのは早すぎる事前集合を嫌う彼の考えであり、5分前と言うのも常識の範囲内であるために、兵士たちも毛嫌いすることなく実行しているのが現状である。
噂をすれば、なんとやら。そのタイミングでバタバタとした足音が聞こえており、やや髪の毛が纏まっていない状態でエルフ3名が食堂へと駆けこんできた。
「申し訳ございません総帥様。言い訳の余地もありません、完全な寝坊です。」
「了解、まずは皆に挨拶。」
駆け込みながら、リュックは謝罪の言葉を発している。息もやや上がっており、本当に急いでいたことが一目でわかる程だ。
とりあえず挨拶しろと指示するホークの言葉で、3名は頭を下げながらおはようございますの挨拶を行った。挨拶を優先させるホークの言葉で、全員も「何か訳あり」と感じ取りながら挨拶を返している。
挨拶も終わると再びホークに顔を向けるが、彼が指定している正式な集合時間にはギリギリ間に合っている。また、「5分前のルールは自分の知るところではない」として、3人を席に座らせた。
場が落ち着いたことを把握したのか、メイドたちが朝食を運んでくる。冷えた水を胃に流し込む3名は、コップを置くと大きく息をついた。
息の乱れも食事の時には落ち着くが、リーンに関してはアタフタが続いている。ナイフに慣れていないのか、1つ1つの動作がとてもぎこちない。
今までの食事や先日の夕飯はフォークとスプーンで事足りていたために、大苦戦している状況だ。見かねたリーシャがツンとした口調であるものの、リーンの腕を持つなどして指導を行っている。
「了解した。I.S.A.F.8492の長として、またタスクフォース8492のリーダーとして、その英断を支持する。」
仲直りしたのか?と不審げに思った周囲だが、突然と出されたホークの言葉に驚いた。それはエルフ3人も同様であり、思わず動作を止めて驚いた表情でホークを見つめている。
犬猿の仲だった相手と、たった1夜で仲直りしました。など、羞恥心が邪魔をして報告しづらい内容である。それを察したホークが、言われる前にリーダーとしての答えを出した状況だ。周囲のメンバーもそれを把握することとなる。
「世紀の出来事です!」と興奮気味なマールとリールは、どうやらハイエルフとダークハイエルフの仲直りを同族に知らせたいようでソワソワとしている。どうやらI.S.A.F.8492が知らぬうちに、歴史が動いているようだ。
しかし、当の本人であるリーシャとリーンは、相変わらず互いにツンツン状態での応対だ。「誰がリーシャに教わらなくても!」「もう教えません!」など、口から出てくる言葉の全ては子供の喧嘩のソレである。
そして例の如くお気楽表情なホークの「唾が飛ぶから食事が終わってからねー」の一言の前に、結局はおとなしくなっている。ぶつくさと言いながらも結局はリーシャに教わっており、彼女の事を「アンタ」と呼ばなくなったなど、昨日ほどには対立していない状況だ。
そんな本日は、カタリナ国王都観光の最終日。翌朝には、ティーダの町への帰路に就くこととなる。
マクミラン達が事前に軽く打ち合わせを行っており、本日はホークとハクが二人で町を散策する内容となっていた。いざ面と向かって言われると軽く照れた表情になる二人は、せっかくの好意を受け取ることとなる。
通りに出ると、朝一のような情景が二人を出迎える。生鮮食品や屋台なども数多くが店を構えており、朝食が終わった頃の中途半端な時間だというのになかなかの賑わいを見せている。
幸いにも、金銭面に関しては苦労していない。道中で使うコップや食器を買ってみたり、以前から話が出ていたホーク用の短剣を探してみたりと、ウインドウショッピングの要領で様々な店を回っていた。
結果として短剣に関してはシックリとくるものがなく、「全体的に意外と重い」というのが彼の感想となっている。とはいえI.S.A.F.8492で使われているタクティカルナイフが切れ味の割に軽すぎるというのが実情であり、ハクもそれを指摘していた。軽さと切れ味の引き換えとして、戦闘に使用した際の耐久性は絶望的に低いのがこのナイフの特徴である。
店舗巡りをしているうちに時刻は12時を回っていたようで、街路に一歩踏み出すと、そこかしこの空間で様々な匂いが攻防を繰り広げている。昼飯時に道を彷徨う人を誘う蜜のように、所狭しとナワバリを展開していた。
そんな蜜に誘われるのはホークとハクも例外ではなく、角地にあるテラス席に腰かける。すぐさま店の中から愛想の良い店員が水を持ってやってきて、メニューを置くと立ち去った。
ウキウキとして机の上に置かれた一冊のメニューを流し見る彼女は、容姿相応のただの女性である。これがどこかの王女であるなど信じる者は少ないだろう、と彼は内心で思い、優しい顔を向けている。
とはいえ、それは罵倒ではなく良い方向の話である。彼が出会った頃に抱えていた無駄な気負いは、欠片も残ってはいなかった。
「―――良い町だ。」
互いに注文料理を決定し、やってきた店員に告げ終えてから数秒後。そんな言葉と水を口にして群集を眺める彼の目は、ひどく優しい。
彼が背負う巨大なものは、彼女も知っている。この世界において最強の戦闘集団と言って過言ではない群団の重荷が外れた一時の姿は、決して求めてはいけないと分かってはいながらも、彼女が欲している姿。
指揮を取る際に見せる重く鋭い気配など、影も形も在りはしなかった。ただ本来の青年としての姿が、そこにはある。
互いに一時ながら、公の場で重荷を外した昼下がり。いつまでも、こんな平和な時間が続けばと強く願う。
食後のお茶と談笑を楽しみながら、二人の時間は過ぎてゆく。
======
「……で。なんで、来ちゃった?」
「貴族なんて、暇ですから。」
「いや、それは言っちゃイカンでしょ。」
しかも分かって言ってる顔だし。
最後のボヤきは喉元で抑え、ディムースは目の前に座る金髪の少女を見て項垂れた。カトリーヌ令嬢12歳は年相応の笑顔を見せているが、どうにも悪魔の笑みに見えて仕方ないとはディムースの弁である。
彼が言うように、いくら”仕事”が極端に少ない子供とはいえ、絶対に公衆の前では口にしてはいけない文言である。この世界においては物心ついた段階から家族の手伝いをすることが多いために、口にすれば凄まじい大きさのヘイトを得ることに成るだろう。
昼食を過ぎてすぐの時間帯にやってきた彼女を見かけたマクミランは、「お前の仕事だ」とディムースを突き出して部屋に篭っている。こちらはこちらで偵察活動は継続中であり、適任のディムースを身代わりに使った格好である。
「暇だってなら、礼儀作法の勉強でもしたらどうだい?素人の自分からすれば今の君も完璧とは思うけど、いざ大物が相手だと緊張しちゃうだろうしさ。結婚できるってなら、見合いの話とかも処理しなきゃいけないだろ?」
「見合いの話は数多来ておりますが、家の権力にものを言わせた腑抜けばかりでございます。」
「毒舌ゥ!」
悲しいかな、彼女が口にする内容は事実であった。「そりゃ、女の目線から見れば結婚しない方が良いわな」とケラケラと笑うディムースに、彼女も相槌を打っている。
「あ、やっと女って認めてくださいましたね?」
「……訂正。誘導尋問するなんて、やっぱ悪女。」
「ちょっとぉ!?」
突然の真顔ディムースに対して年相応の反応を見せる彼女は、ガタンと椅子から立ち上がって座ったままのディムースと対峙する。しかし双方、反応と言葉が冗談と分かっているために、数秒後にはどちらかを皮切りに笑いに包まれた。
作り笑いではなく、本当におかしくて笑ったのはいつ以来だろうと、カトリーヌは軽く涙を浮かべて笑っている。出されたお茶と小菓子をつまみながら、二人の時間は過ぎてゆく。
しばらくして突然と、彼の気配が一変した。無線越しに、ホークが屋敷の敷地に入ったことが伝達されたのである。
悪い言い方をすればヘラヘラとした気配だった彼の目に、力がこもる。助けられた時にカトリーヌが垣間見た、ホークを相手にした時ですら滅多に見せない、ようは戦闘中において素の状態である。
しかし、それも一瞬。表情は元に戻り、「挨拶はしておいたほうがいいだろう」と立ち上がるディムースから差し出された手を取り、彼女も軍の主に面を通すのであった。