17話 喧嘩するほど
まるで、木々の隙間からこぼれる柔らかな春の日差しと表現できるほど。使用人も含めて和やかな表情のまま、”お話合い”は進んでいた。
会話の内容は基本として他愛もないものが続いていたのだが、ここにきてガラリと変わるものとなる。ホークが口にした、「カトリーヌ令嬢の馬車を襲うように指示したティーダの町の領主」に関しては、程度の大小あれど全員の表情が強張った。
今までと打って変わり、「そいつの管理どうなってんの?」と目をマジにしてホークが言い放ったために、ルームは先日得た情報を隠すことなく話始める。本来ならば極秘事項であるが、ここで隠し通すことは良くないと判断したためだ。もちろん、いざという時の情報公開も国王の了承済みである。
現在は曲がりなりにも元領主、ようは上級貴族ということで一定の自由が許可されていたようだが、今回の襲撃を受けて豚箱行きが確定したらしい。今度こそ彼の生命は終わりだと、ルームは直立不動の姿勢のまま説明した。
その言葉が終わったタイミングで、場が静寂に包まれる。ホーク達がゴルタース家に寄ってから、既に1時間が経過していた。
また、ちょうどほぼ全員が茶を飲み終えたタイミングであり、お暇するには絶好のタイミングとなっていた。
このタイミングが発生するまで。真面目に説明するルームを他所に、ホークとカトリーヌのあいだで視線のバトルが展開されていることを知るのはハクだけである。彼がこのタイミングで先ほどの話題を口にしたのも、もちろんワザト。片や1時間程度でお暇したく、一方で片や引き留めたい心境のために、「おかわり」を運ばせるタイミングを探っているのだ。
そこでホークはハンドサインを使って、静寂を破ってカトリーヌに話題を振るようディムースに命令を出している。彼女にとって、他にないディムースからの話題とあっては遮ることも無礼である。
そのために、メイドに対して替えのお茶を持ってこさせるよう指示が出せない。一対多数の利点がいかんなく発揮され、この戦いにおいてはホークの勝利となっていた。
流石に気づいているカトリーヌは、ホークが席を立った間際に軽く頬を膨らませる。それに対して一瞬だけ軽くドヤァとした表情を返すホークだが、その反応が面白かったのか、カトリーヌは表情を緩めていた。
とはいえ、流石に勝ち逃げされるのも性格的に癪である。引き留めるわけにもいかないために、当たり障りのない内容を尋ねていた。
「ホーク様ご一行は、このあと何かご予定があるのですか?」
「うん、たぶんこれ以上待たせると五月蝿いんだ。それもあるけど、お茶の飲みすぎで手洗いに行ったディムースが、第二のカトリーヌ令嬢を連れてこないとも限らないからねぇ。」
「じょーだんキツイっすよ総帥……。」
そう言われ苦笑するしかないディムースと、このロリコンと喚きたてる彼の部下。犯罪だろが、と喚き返すディムース達は、完全に子供のノリを発揮している。
そもそもにおいてロリコンとは何ぞやとマクミランの部下に問いを投げたマールとリールだが、返答を聞いても表情はクエスチョンマークであった。何を普通に答えてんだと後ろにツッコミを入れたかったホークはその会話をスルーしており、追い打ちをかけられた状態のディムースは溜息をついている。
「カトリーヌ令嬢は、既に12歳でいらっしゃいます。仮にディムース少将とご結婚なさっても、法律的には何ら問題ございませんよ?」
そこに投下される、悪魔の言葉。まさかの展開に足が止まり、I.S.A.F.出身の全員の表情は固まっていた。斜め後ろからついてくるカトリーヌをぎこちない動きのまま見るも、子供らしいにこやかな顔を、かわいらしく傾けている程度である。
異世界って、こわい。
久々に度肝を抜かれる思いをした一行は、口数少なく目的地へと歩みを進めていた。
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「遅い!」
奴隷商店の扉を開くと、黒髪のエルフ。種族的にはハイダークエルフのリーンが、腕を胸の下で組んで仁王立ちのまま待っていた。そんな仕草の影響で身体の凹凸が強調されてしまっているが、全員が気に留めている余裕は無い。
表情は明らかにツンツンしており、軽く鼻の下が持ち上がっている。随分と態度の大きな奴隷に対し、ホーク達もポカンとした表情になってしまっていた。
そんな表情かと思えば片方の頬を膨らませるような動作を行うために、ホークが軽く噴き出し笑い出してしまう。可愛らしい表情に釣られてハクも軽く笑い出しており、ここにきてリーンの羞恥心が顔を出した。
「な、なによ!」
「いやいや失礼、相変わらず元気の良い奴隷だなと思ってね。」
「あ、アンタがいつまでも待たせるのが悪いんじゃない!このまま夜明けまで立ったままかと思ったわよ!」
「別にそれでもいいけど?」
「……いえ、勘弁してください……。」
突然とSっ気を発揮するホークだが、流石に12時間以上立ちっぱなしは地獄である。リーンはがっくりと項垂れ、とりあえず迎えが来たことに安堵していた。
そんなやり取りと彼女の声に店主も気づいたらしく、胸の前で自分の両手を握るような仕草をしながら扉から出てくることとなった。上客に対するセオリー通りの対応であるが、安牌でもある行動だ。
「おかえりなさいませ、ホーク様。わたくしも聞いた限りですが、何やらご活躍だったようで。」
「そりゃ間違いだ、自分じゃなくてハクだよ。」
そう言って、彼は指先を揃えてハクに向けた。彼女は目を伏せるだけで、謙遜さを見せている。
「左様でございましたか。それにしてもお美しいお方です。リーンはハク様の美しさとホーク様の髪色などの特徴が強いため、勝手ながらお二人のお子様かとばかり。」
「それ、客に言う冗談にしては重すぎるぞ。よっぽどコイツが売れて嬉しいみたいだな。」
指摘されてハハハと苦笑う店主だが、二人が本当の夫婦とは想定にしていない。
そして、どうやらホークの推察は正解のようである。それに対し、リーンは片眉を上げて疑問符を発してしまうこととなった。純粋なハイエルフであることを自覚しているも、隠すことを忘れている。
「はぁ?なんで私が人間の娘なのよ。」
「ついでに言わせてもらうが、娘が生まれたらこんなヤンチャなのに育てるつもりはないぞ。あと実際に夫婦なんで。」
「へぇっ!?」
「っ!?そ、それは大変失礼致しました。」
続けざまのホークの言葉に対して別の意味で驚くリーンは、「なんでハクほどの奇麗な女性が、こんなのと」と言いたげな表情を隠そうともしていない。今でも夫婦の実感が希薄レベルな二人だが、形式上は一応のところソレである。
確かにハクとホークの物理的な立ち位置は、他の人物と比べるとかなり近い位置となっている。仕草としては二人は相変わらず仲の良い恋人のレベルで留まっており、それですら普段は滅多に見せない対応であるために、彼等に詳しくない者が察しろと言うのも難しい話であった。
「つくづく無礼極まりないですね貴女は……。」
ポツリとリーシャが呟くが、偶然にも場に響く。リュックですら今までに聞いたことのないマゾ向け用ドスの効いた声で、殺気も含まれていたためか男連中数名の背筋が震えあがりそうになっていた。
そんな発言者に対して鋭い目付きを向けるリーンだが、「はーい痴話喧嘩は帰ってからねー」という呑気なホークの言葉で状況はリセットとなった。どちらも彼には逆らえないために、素直に指示に従っている。
この一言のおかげか、帰路の道中も静かなものだ。リーシャとリーンはタスクフォース8492の院長回診において比較的近いポジションで歩くも互いに反対方向に顔を向けており、目線を合わす動作も一切行わない。
その点においては、リュックはまだ”大人”である。口こそは聞かないものの、リーンに目を向けられても逸らすことなく合わせていたりと、ある程度の対応は見せていた。
「嫌いだからと逃げてるならば、君が毛嫌いしてるリーンと何も変わらない。」
横を歩くマクミランに小声で指摘され、リーシャはハッとした表情を見せる。思わず発言者の顔を見るもギリースーツにより表情は読み取れず、彼の顔は正面を向いて居た。
グサリと刺さる、その言葉。事実ゆえに、その感情は輪をかけて強いものとなっている。
この点においてリーシャとリーンは似た者同士であり、既に人族に慣れている。両者の人族への嫌悪感を乗り越える際の違いが、そのまま考えの違いに現れていた。
リーンに関して言えば単に”生活するうえで仕方なく慣れた”だけであり、誰からか指示をうけたわけではない。一方のリーシャ達は、ホークから「いずれは直面するために正面から向き合わなければならない」と、明確な問題点として指摘されている。
ハイエルフの二人は確かにダークハイエルフを嫌っては居るが、これはもはや本能的なものである。実際に自分たちが何かをされたわけではないが、憎むべき相手だということは先祖代々から教わっている”教育”が生み出した代物だ。
そして、立場は逆なれどその考えはリーンも同じである。しばらくは黙って歩いていたものの、ついに、リーンの口がホークに向かって開いた。
「リーダー。私とそこのエルフ、なんでこんな至近距離で歩かなきゃいけないんですかー?」
「んー、まぁ事情は知らんながらも言いたいことは分かるけどさ、とりあえず今は同じ集団の一員じゃん?何かされたわけでもないのに自分勝手な都合で好きだ嫌いだの駄々をこねるなら、君が嫌ってるリーシャと同じ度合いか、下手したらソレ未満の度合いだよ?」
同じ部隊に居る以上は、仲よくとまではいかずともある程度の節操を持って接するべき。当然と言えば当然だが、この場においてはハイエルフ3人に対してもっとも響く言い回しであった。
と、本質が伝われば誰も苦労しないように、伝わった内容は単純である。つまり我慢した方が大人であり、回りから見れば”格上”となる。そのことを一瞬で理解したリーンは、リーシャと共に互いに正面から向き合った。
「ヨ・ロ・シ・ク・お願い致しますね、リーンさん?」
「コ・チ・ラ・コ・ソ、リーシャさぁん?」
見開く瞳、小さくなる瞳孔、やや上向きな顔の角度。漫画やアニメならばバチバチという効果音に火花や炎が描写されそうなシーンそのもので、二人の右手には非常に力が込められている。
振り返って光景を見たハクは思わず口元で笑いを抑え、一方で遠慮なくケラケラと笑う軍の主。そんな彼が放った一言に対して、返された言葉は同じタイミングであった。
「仲が良いねぇ。」
「「良くありません!!」」
その後の道中でも背中にギャースカと色々言われながらも、ホークを先頭に一行は宿へと戻ってくる。途中のやりとりからルームたちは乾いた笑いを見せており、その影響か逃げるように帰っていった。
あの場で「静かにしろ」と切り込んだところで、返り討ちに会うのが目に見えている。女性同士の単純な争いとは、男が勢いで入ると火傷をしてしまうのだ。ホークが面白可笑しく接しているのも、その影響が現れている。立場を利用して少々煽っているように見える点は、恐らく全員の共通認識だろう。
部屋に入らず廊下でも何かしらを言い合う二人に対し、「声が嗄れるぞ~」と呑気な言葉を残してホークは部屋へと入っていく。しかしその内面では、重要なことを聞かなければならないと、決意が固まっていた。