16話 予想外の再開
11話で髪色がブロンズとなっていましたが、ブロンドの誤記でございました。
―――ただの案山子ですな。
AoAにおけるマクミランを相手にした時の一般的な”歩兵のように強者と対峙した時の雑魚”を指す言葉なのだが、見てくれは現在のディムースに合致する。もし彼が第三者の立場で突っ立っているのが彼の部下ならば、同じ言葉を口にしていただろう。
トイレに寄った時に偶然出会った少女とこんな形で再開するなどと、ディムースは一欠けらの考えすら抱いて居なかった。それほどまでに、馬車から出てきた相手が与えてくるインパクトは強烈なものがある。
双方ともに面識のある少女とディムースだが、単純に、例の領主がディムースにつっかかってきたゴロツキを雇ったために生じた結果である。どうせならばと、あの時に逃がした少女を探し出して人質としたのだ。なお、奴隷商の近くに居た理由は、本当に偶然である。
そんな結果がもたらしたインパクトの影響で相変わらず口が半開きなディムースの横に立ち、ホークも馬車の中に顔を向ける。クリッとした幼さの中にレディの面影が見え隠れする瞳がホークに向けられ、少女は姿勢正しく、また礼儀良く頭を下げた。
「……なんだ、知人か?」
「あ、い、いえ、ちょっと……。」
グリス不足のゼンマイ仕掛けが動くような挙動でディムースがホークに振り向き、また戻る。しかし、少女は馬車の中で上品に立つだけで言葉を発しない。
とはいえ、ホークとしてはこの少女を知らないのが現状だ。横の隊員をチラ見するもクエスチョンマークが出そうな状況であり、彼女を知るのはディムースのみと判断している。
しかし、ディムースもディムースで一通り叫んでおいて名前を発しないため、互いの名前や素性を知らないのかと判断していた。そこでホークは、発言のきっかけを作ることにした。
「Eランク冒険者パーティー、タスクフォース8492のパーティーリーダー、ホークだ。こちらのパーティーメンバー、Eランクのディムースと知り合いかね?」
「ディムース様、でございましたか。そのお方には先日もお力添えを頂きまして、なんと御礼を申し上げれば良いか。」
「……トイレの時か?」
「イエッサ。すみません総帥、まさかこうなるとは……。」
横目見るホークに頭を下げるディムースだが、こうも素直に謝られた上に手助けに関して少女も感謝の言葉を述べているために、ホークとしても怒る材料が少ない状況だ。そもそもにおいて怒るつもりはないが、自分の仲間が関わっているとなれば対応も変わってくる。
また、今回の騒動はタスクフォース8492としての行動が要因である。そのため、ディムース個人の救出劇とは関係が無い内容だ。そして相手の素性を知らないために、ホークは再び話を振る。
「要因は理解した。して、そちらは?」
「あ、申し遅れました。ゴルタース家の娘、カトリーヌでございます。」
「ん?あの時の?」
その名前に覚えがある反応を見せるホークだが、他の隊員達は「誰だ?」と言わんばかりに顔を合わせている。話しかけやすいディムースが、知っているのかと問いを投げた。
「ご存知なのですか、総帥。」
「うん、昨日カタリナ国王と会った時だよ。例の古代龍とハクがバトルしてた時、国王がコッソリ呼びつけていたのを覚えてる。国王から見て右側、3番目に居た金髪の人物だね。」
「よく聞き取れましたね。ところで、バトルって一体なんのことですか?」
「自分の想像だけど、ハクとあの古代龍が念話で何か言い合ってたんじゃないかな。豆鉄砲食らった顔したと思ったら、途端に床に顎ぶつけだしたじゃん?」
「ああ、アレですか。てかそもそも、アレってハクさんが原因だったんですね……。」
「何を失礼なディムース少将。マスター風情が、との出だしで喧嘩を売ってきたのは向こうです。」
「野郎ぶっころ」
ディムースもネタ発言をきっかけに息を吹き返し、自分達の総帥のアンテナはどこまで張り巡らされているのかと、周囲が苦笑しているなか。その点については慣れたハクは、別のことを気にかけて神妙な顔をしている。
当然ホークも、その点は問題視する態勢を取っていた。恐らくハクと同じことだろうなと内心思いながら、考えを口にする。
「いやまぁ、自分のアンテナとかはどうでもいいんだけどさ。そうなるとこのお嬢さん、かなり階級の高い貴族の娘さんだよね。」
失礼してないだろうなディムース。と、ホークは追い打ちにかかっている。一瞬、彼の体が震えたことは明らかだった。
ここで彼は、先日に髪をワシャワシャしたことや歳とって出直してこいなどの発言を行っていたことを思い出す。口には出さないものの、どうせ思いっきり子ども扱いしてたんだろうとホークも感づいていた。
「とんでもございません。2度にわたる御助力に比べれば、細やかなことです。」
しかし、彼女は終始にこやかである。気を使っていると言うことは、誰の目にも明らかだ。屋根から降りて合流したマクミラン達も、軽く溜息をついていた。
「大きさの大小はおいておくとして、借りを作っちまったようだな。」
「ど、どーしましょう……。」
「流石に切腹レベルのことはしてないだろ、できることをすれば良い。まずは無事に自宅まで送り届けるぞ。総員、近接警戒配備。」
その一言で、空気が変わる。貴族相手に随分とフランクだなと感じ取って苦笑していたルームの部隊も、思わず背筋が伸びることとなった。
気配が変わるとはよく言うが、ここまで抽象的なことも珍しいだろう。少女も思わず目を見開き、宜しくお願いいたしますと、丁寧に頭を下げた。
ちなみに、騎士のうち一人が奴隷をどうするのかと聞いていたが、どうやら後で再び奴隷商に寄る手筈のようである。
駆け付けた他の騎士にゴロツキを任せ、馬車を護衛する集団の前方を更に3人のフルアーマーの騎士が先導も兼ねて固めている。そんな集団がピリピリとした空気を漂わせて歩みを進めているために、自然と人込みが割れている。
ちなみに、3名の人質のうち残り2名は馬車の運転手と付き添いが1名。共に戦力としては頼りなく、殺せば分が悪くなるためゴロツキが馬車に押し込んでいた形だ。今は、双方ともに本来の役目を果たしている。
けっきょく何事も起こらずに集団は1つの屋敷の前に到着し、警備兵と思わしき人物とルームが会話を交わしている。ホーク達は門の前で周囲警戒を行い、相変わらず気を緩める気配は見せていなかった。
その体制が解かれたのは、馬車が屋敷に入ったタイミング。ホークの口から、警戒解除の言葉が出たと同時であった。
執事らしき人物に案内されて屋敷に通されたホーク達は、無機質的な装飾が特徴の待合室のような場所に辿り着く。ルームとカトリーヌ以外の全員が腰かけると、二人は奥へと消えていった。なお、ヴォルグ夫妻は例によって入り口で留守番となっている。
そして変わりざまに、メイド服に身を包んだ集団が登場する。無言・無表情のままで全員分のお茶と茶菓子を出すと、最初から居なかったように消えていった。
「そういえば、ハクの幼馴染もメイドだったっけ。あんな感じなの?」
「非番の時とで大きく異なりますが、勤務の時はあのような感じですね。」
懐かしむように口にする彼女に、ホークが相槌を打っている。その手の職業に関する知識が無いために、こんなものかと考えていた。
そんな話も2-3分すると、再び執事らしき人物がやってくる。その彼に案内されて、ホーク達は、非常に長いテーブルが特徴のディナーパーティー用の部屋へと通された。
こちらは待合室とは打って変わって、煌びやかな装飾が目に映る。窓から入る日の光も十分であり、暗いと言う印象は与えていなかった。
そして長机の端に立つルームと、もう一人の人物。先頭を歩くホークが長机の中頃に差し掛かると、ようこそと言わんばかりに両手を顔の高さに広げていた。
数秒後、右手を胸に、左手を腰にあて、目上の人を迎えるような態度を見せている。ホークも「ここまでされる様なことはしていない」と言うと、「そういうわけには」と苦笑した表情で対応していた。
各々が椅子に腰かけると、すぐにお茶と茶菓子が用意される。紅茶の類であり、塩気のあるザクザクとしたクッキーらしき菓子との相性もマッチしていた。ちなみに、ホークの指示で彼、ハク、ディムースの順に腰かけている。
お茶に口をつけたホークが会話をはじめ、互いに良い雰囲気の場が作られる。彼はカトリーヌの父親であり、謁見の際にカタリナ王国に呼びつけられていた人物だ。事の詳細はルームから聞いており、「勝手な」お忍びで町に出ていた娘を助けてもらったことに対する感謝の言葉を述べていた。
「本当にご迷惑をお掛けしました。なにぶん、気の強く悪戯が目立つ娘でして……。」
「教育方針は色々あるだろうし自分が口を挟めるものじゃないけど、どうであれ、こういうことが起こると親としては心配だよね。」
「まったくで。」
ようはヤンチャな娘とのことだが、先ほどホーク達に見せた態度とは随分と懸け離れている。ハァ、と溜息をつき、ゴルタースは右手で頭を抱えた。
なぜこうなったのかと口に出してしまう彼に対して「束縛しすぎると飛び出しやすいのが子供」と持論を展開するホークだが、どうやら思い当たる節があるのかゴルタースは考え込む動作を行っていた。
「あら。ホーク様のほうが、お父様よりワタクシの気持ちを汲み取って頂けるようですね。」
そんな台詞と共に部屋へと入る、一人の少女。先程の質素な服とは打って変わって、白を基調とした煌びやかなドレスと薄化粧で身を包み、髪の毛のウェーブは少ないものの、”美しい”の表現が似合う女性に仕上がっていた。
「コラッ、カトリーヌ!客人様に挨拶をせぬか!」
「もう済ませておりますわ。」
そういう問題じゃないだろう、と追撃するゴルタースだが、随分手を焼いているんだな、とタスクフォース8492のほとんどが苦笑していた。俗に言う反抗期と重なっている年代であり、反発具合は凄まじいものがある。
しかし、他の者。特に自分自身が慕う者に対しては素直になるのもこの頃の特徴だ。普段が抑圧気味ならば、輪をかけて猶更である。
やはりホーク、特にディムースの質問には礼儀良くハキハキと答えており、受け答えも完璧である。年齢も12歳ということがわかり、互いに自己紹介が進んでいく。
序盤でホークは二人に対して座るよう促し、紅茶とクッキーに舌鼓を打ちながらにこやかに会話を進めていく。なんだかんだで良い雰囲気が作られているために、ゴルタースとしても下手に怒ることができない環境となっていた。
交流の場は、始まったばかりである。