14話 奴隷は唐突に
「さて、それじゃ。昔に興味ないって言ったことがあると思うけど、明日は奴隷を売買している店に行こうと思います。」
エスパーダ達と別れ、夕飯を済ませて自室に戻ってから。突然と「明日の予定を話ておきたい」と言ったホークは、ハクと共にツインとなっている互いのベッドに腰かけた。
そして、はぐらかさずにホークが出した第一声がこれである。すると、彼女の顔色が悪くなった。
「……マスター、私ではご不満が」
「待て待て待て、絶対何か勘違いしてる。」
そもそもにおいて奴隷ではない上になんだか変な方向に歩き出した彼女を止めたホークは、ただの見学的なモノだと説明する。早とちりと気づき顔色を青から赤に変えたハクを宥め、説明を続けた。
彼女と出会った際もリュック・リーシャ姉妹の時も容易く出てきた言葉であるために、どのようなものかとホークが興味を示しているだけである。今のところだが、購入予定なども一切ない。
「……安心しました。その……”お相手”の方は、不慣れですが頑張りますので……。」
「……うん?そっち?いやまぁそう思ってくれてるのも男としては有難いんだけど、てっきり単に売られることを想像」
「!!?ぁゎ、わ、わわ忘れてください!!」
核レベルの弾頭で盛大に自爆した彼女は、布団を頭からかぶって引きこもり。顔を流れる血液はオーバーヒートしており、首筋までもが真っ赤に染まっていた。これが漫画やアニメならば、水蒸気が描写されているだろう。
流石のホークも今の彼女にかける言葉は皆無であり、何を言っても追撃にしかならないと判断している。これが第二拠点だったならば対応もまた違っていたのだが、今現在は苦笑する他なかった。
しばらくして布団から顔半分だけ脱皮した彼女は、「軽蔑していませんか」と上目遣いで夫に問いている。そんなホークは、彼女の言葉通りに「なんのことか知らない」とすっ呆けた。
このあたりを”優しさ”と取るか”気遣い”させてしまって申し訳なく思い再び殻にこもるかは、人次第だろう。ちなみに彼女は前者のちに後者であり、会話はあるものの、そのまま朝まで閉じこもっていた。
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そして、翌朝。朝食を終えたタスクフォース8492は、ルームたちと合流すると、要望という名の言葉を投げた。
「は?奴隷商の店ですか?」
タスクフォース8492の要望に対して気の抜けた様子でルームが声を発するも、王直々に案内するよう命令が来ている相手の要望である。ただの見学的なものということだが、この町一番の奴隷商店を紹介して欲しい、という依頼内容であった。
とはいえ、この町にも奴隷商の店舗は2つしかない。扱う奴隷の階級が低めか高めの違いだ。この世界においては特に珍しくも無い奴隷制度だが、一般的な市場規模としてはそこまで大きくはないのである。
奴隷を扱うには資格のようなものも必要であり、屋台販売を始める気軽さで行える業種ではない。一部、悪徳と言われている店舗を除いては、法律にのっとった非常に真っ当な業種なのである。
奴隷に関する法律は全ての国で似たようなモノであり、これは暗黙の了解となっている。奴隷の使役率が高い行商人や炭鉱業などが自国に来てもらえるよう、また他国での活動がしやすいように、内容を揃えているのだ。
ルームに連れられ、一行はメインストリートから少し外れた位置にある、とある店舗の前に到着した。3階建てであり建物も広く、メインストリートに並ぶ建造物にも負けない程に装飾も煌びやかである。なお、ヴォルグ夫妻は物理的に店の中に入れないため、入り口で待機となる。
外装と同様に、店の中はソコソコ豪華な作りになっている。一般向けではなくお金持ち向けなのだろうと、全員が感じ取っていた。
「おや、ルーム様。いらっしゃいませ、ようこそ当店へ。」
「ああ、今日はこちらの方々を御紹介しに。」
「畏まりました。さて、さっそくですが本日はどのような奴隷をご用命でしょうか?」
店に入ると、中年と思われる男性が出迎える。強面ながらも身なりや本人のスタイルはしっかりしており、店として客を出迎えるための気配りが溢れ出ていた。
それに対し、ホークも「ただの冷やかしになるだろう」と見学目的であることを隠さずに伝えている。正直なお方だと軽く笑う店主だが、一集団を護衛するにしては豪華すぎる国王直属騎士の存在を見て、何か訳ありなのだと判断していた。
ところで奴隷とは、I.S.A.F.8492にとって知識が薄い内容である。何かしら思うところがあったのか、ディムースが質問を飛ばしていた。
「店主さん、奴隷になる理由ってのは明確にあるのですか?」
「基本としては、奴隷となった理由により分類されます。大きく分けまして犯罪、金銭面の2つ。ですが、金銭面は冒険者の依頼失敗によるものが半数を占めますね。犯罪者奴隷は主に労働に、その他は護衛や家事に携わることがほとんどです。」
また、どちらの場合も基本として主の言うことには絶対に従わなければならないことが説明される。命令に従わなかった場合は、魔法により奴隷の印である首輪か腕輪に独特の紋様が刻まれていくシステムだ。
それにより、奴隷としての信用度が表されるのである。例えば美人の女性奴隷で一度命令に反した内容を聞いてみれば肉体関係を求められた、など、否定内容は様々であるが本人への確認が可能だ。
基本として買い手が主体のシステムだが、奴隷と呼ばれるものは本来そういう代物だ。むしろ、とても柔らかい言い方をするならば派遣の仕事のようなレベルである。
当然ながらなかにはアレもやだコレもやだ、と言った我儘な奴隷が居ることもある。買い手のつかなくなった奴隷が辿る道は、子供でも分かるだろう。
「今回は、犯罪者奴隷以外を見たいかな。」
「畏まりました。犯罪奴隷を除きますと向かって右側の区域です。ご案内します、こちらへどうぞ。」
店主に続いて、一行は右側の別館のような場所へと歩いていく。装飾がされており、他と格付けが違うことが表現されていた。
もちろん、値段もそれに比例することは言わずもがなである。ここからここまで的な買い方をしても店の「在庫」を全部買えるとはいえ、持ち主に買う気が無ければ始まらない。
金額的な話をすれば、「高級品」は、下手をすれば一貴族の年収に匹敵する金額となる場合も稀ではない。そこまで跳ね上がる例とすれば、例えばAランク以上の高ランクの冒険者などが該当する。
とはいえ、そこまでの商品が店に並ぶことは極僅かである。大抵は非公開で取引されるか、オークションと似たシステムにかけられることがほとんどだ。
別館には、小さな個室の椅子に座る様々な人物や亜人の姿。客が来た時に、バックヤード的な場所から呼ばれるシステムのようである。
様々な値札と人相を見ながら、一行は店内を歩いてゆく。
「どれぃどれぃ、奴隷はどれぃに」
「売り飛ばすぞ。」
「ノー・イエッサー!」
ディムースのおふざけ発言に対し、間髪居れずにドスの効いた声で言い放つマクミラン。やたらテンションの高かった彼を一撃で黙らせる、ホーク曰く「良い攻撃」だ。そんなやり取りを見ていた奴隷の男性も、思わず苦笑してしまっている。
ホーク達一行の大半も同じく苦笑しながら、ウインドゥショッピングの気分で仕切りの中を眺めている。別館に居る奴隷は疚しい理由が無いために、商品側としても態度が悪い者は極僅かである。客を見極めようと目に力を入れる者、何故か騎士が護衛に居ると気づいて高貴な客と踏んだのか色気を使い勧誘する者。それぞれの反応は様々だ。
「……ん?」
ふと、マクミランの目が留まる。色白でストレートに伸ばしたセミロングの黒髪が美しいリーシャほどの背丈の女性が、横を向いて丸椅子に腰かけていた。
服こそは奴隷店用の簡易なものだが、その耳はリュックやリーシャと同じである。一般に言うところの、エルフと呼ばれる種族だ。
「ハクさん、ちょっといいですか。多分―――」
「!……ええ、言われるまで気づきませんでした。恐らく、いえ、マクミラン大尉の想像通りかと。」
繊細な直感から、マクミランは彼女がハイエルフであることを見抜いていた。よくわかるな、とホークが真相を告げずに相槌をうつが、マクミランは頷くだけだ。彼やディムースが見たところで、サッパリ見分けがついていない。
集団が立ち止まったために、店主は振り返って説明を行った。
「おや、お目が高い。その者はダークエルフでございます。用途としましては、戦闘用の奴隷ですね。」
ホークやディムースは、違う意味で驚愕した。彼等の中のダークエルフとは、褐色肌が特徴である。それに加えて銀色の髪がセオリーであり、今目の前に居る人物とは程遠い。
女性男性の髪質の差はあれど、汚れ無き黒髪と黒目はホークを彷彿とさせるものがある。凛とした少しだけ釣り目の表情は、こちらはハクと似通っていた。
こうなればホークとしては難しいところがある。一応ハイエルフと言うことで、彼女を買うべきかどうかを判断しなければならない。後回しにして売れてしまっては遅いうえに、後味が悪くなる。
しかし、それ以上に重大なことに気づく。彼が知るセオリーならば、エルフとダークエルフは仲が悪い。リュック・リーシャ兄妹を隠そうとして―――
「……ぅん?なっ!?」
遅かった。明らかに驚愕した表情を見せ、なぜハイエルフが人間と一緒に居るのかと言いたげな表情を見せている。
ホークは兄妹の目を見るも、「助けてやってくれ」という表情は見せていない。むしろ敵を憐れむような表情で、ダークエルフの彼女を見つめている。
ホークが今までに聞いてきた情報でも、この光景が広がっている理由が分からない。しかしそれは、この場で話してはいけない内容だ。
「よし、買うか。」
「「「えっ!?」」」
呑気な声で彼は購入を宣言し、ハイエルフの3人が驚愕する。しかし一名は買われる身であり、残り二名は彼の決定には逆らえない立場のために、互いの顔を見て驚愕するのであった。
心配な表情で何か言いたげな店主に対して彼は白金貨数枚をチラつかせると、にっこりと営業スマイルに切り替わるのであった。