12話 洋上の出会い
大航海時代に現役の人が、今のフォード級を見たらどう思うのか個人的に気になります。
日付は同じながらも時間は遡り、日の出を過ぎたころの話である。
「えーっと、この辺りか……?」
「そろそろ見えなくなってくる距離ですね。もうちょっとかな?」
何度か後ろを振り返りながら、3人の翼竜騎士・エスパーダ隊は、高度1000mほどの洋上を陸地から離れるように飛行している。方位としてはほぼ真南であり、先日の夜にホークが指定した方角だ。
陸地は既に見えなくなるも、いまだ無線機は沈黙を保ったままである。日の出からあまり時間が経っていないこともあり日の光は優しく、塩の香りが鼻を抜け心地よい風が鎧の隙間を通り抜けるも、そろそろ戻らなければ翼竜の体力が尽きる恐れが出てくるだろう。
漁師の行動範囲はとうに超えており、軍事関係で運用される船舶も、これほどの洋上は危険が伴うために運航していない。波も穏やかさを保っており、人影や鳥の気配は皆無であった。
無線機が突然と沈黙を破り、還暦特有の腰の据わった声が聞こえてきたのは、そのタイミングである。
《こちらI.S.A.F.8492第一機動艦隊、空母フォード1艦長のトージョーだ。西の帝国所属、翼竜騎士エスパーダ隊、聞こえるかね。》
《こ、こちらエスパーダ隊隊長、エスパーダ。聞こえております。》
艦隊と聞いたエスパーダだが、こんなところに船団があるのかとインディとロトは顔を見合わせる。辺りを見回すも、いまだ姿が見えていない。
《了解した。ホーク総帥より内容は聞いている。進路そのまま、高度を少し落としてしばらく飛行を続けてくれ。》
《りょ、了解。しかし飛行距離の問題で、そろそろ戻らなければならないのですが。》
《甲板上……船の上で休める、なんなら帰路は陸地の至近距離まで運ぶことも可能だ。その点を気に留めることはない。》
エスパーダは振り返り、インディとロトと顔を合わせる。二人は頷き、そのままの進路で飛行することを選択した。
《フォード1CICより各艦。方位0-1-0、距離40000、高度700に飛行物体が3つ。接近中だがエスパーダ隊と思われる、対空攻撃に注意せよ。》
《トージョーよりエスパーダ隊へ。ほんの少し、左に進路をそらせるかね?そう、そこだ。そのまま飛行を続けてくれ。我々は4万メートル先に居る。》
距離4万メートル、つまり40キロメートル。既に陸地からはかなりの距離を飛んでいるというのに、そんな遥か先に艦隊が居るのかと3人は冷や汗を覚えた。
また、トージョーから言われた進路修正要望と回答に対し、インディは思わず口笛を吹いた。まるで彼女達のすぐ横から見ているかのように、僅かな進路修正を的確に把握している。もちろん自分たちの周囲には誰も居らず、遥か上空を飛んでいるUAVには気づいていない。
彼等が知る船の基準では、ここまでの海洋に出ることは自殺行為に他ならない。方位を見失うことは当然であり魔物の脅威も非常に高まるためだが、そんな常識的な疑問も通じないのだなと確信に変わる。
そんな確信を得たタイミングで、遥か先の海原に変化が生じていた。全員の視界内に入っており、3人は顔を見合わせて突き進む。やがて現れた光景に、翼竜も含めて視線を完全に奪われていた。
船が洋上を進むときに発する潮の渦と、エスパーダ達を横切るように進む灰色の物体。しかしその大きさは、遠目でもわかる程に巨大であった。3人は思わず高度を落として左に90度旋回し、間近に確認しようと空母真横の正面からすれ違う。
大海原を我が物顔で横断する、I.S.A.F.8492所属の第一機動艦隊。ジェラルド・R・フォード級航空母艦フォード1を旗艦として、1隻のアメリカ級強襲揚陸艦、5隻のサン・アントニオ級ドック型輸送揚陸艦がその後ろに2列で続いている。
それを守るように、アーレイ・バーク級ミサイル駆逐艦・インディペンデンス級沿海域戦闘艦がそれぞれ5隻、あさひ型護衛艦3隻が、一糸乱れぬ完璧な輪形陣でもって展開している。その奇麗さは、上空からでも容易に見て取れたほどだ。
フォード1の艦橋より少し高い高度でもって、20隻と3人はすれ違う。鳥を見たときのように固まる3人だが、翼竜も思わず光景に見とれてしまっている。まるで小さな島が動いているようにも見て取れる光景は、驚愕以外の感情を植え付けない。
一通り艦隊を見回した後、フォード1の甲板に駐機されているF-35C、その鳥の群れに目が行った格好だ。エスパーダ達もそれに気づき、目線はフォード1にくぎ付けである。正気に戻ったのは、トージョーの呼びかけで無線機から声が聞こえたタイミングであった。
《放心状態に見えるが、大丈夫かね。》
《あっ……だ、大丈夫です。》
《承知した。円形となっている艦隊の中央、一番大きな船のすぐ左後ろ、縦に2列で6隻並んでいるうち一隻だけ形の違う船がいるはずだ。そこで作業員が旗を振っているのだが、見えるかね。》
《大きい船の左後ろ……確認できました。赤と白の旗ですね。》
《その通り。その船にいくつか白い印が付けられていると思うが、そこに降りてくれたまえ。》
トージョーの指示に沿ってエスパーダ達は右旋回を行い、左舷後方からゆっくりとアメリカ1に近づいていく。甲板上では作業員がヘリコプターの着艦に使う印を指さしており、エスパーダ達はヘリコプターが着艦する要領で、3か所の印に沿って着艦した。
艦隊は動いており着陸とは要領が違うのだが、それぞれのコンビは一発で着艦を成功させる。見守っていた隊員も声を上げ、ようこそというムードを醸し出していた。
そんな様子を見て顔がほころぶエスパーダ達だが、横を見れば様々な船から注目の的となっている。少し恥ずかしくなり、名折れにならないよう、凛とした態度を見せるよう顔を見合わせた。
地に足ならぬ甲板に足をつけると、金属製の防具と合わさってやや甲高い音が響いた。コンクリートという素材は知らない彼女達は、その固さに驚いている様子である。
エスパーダはアメリカ1の艦長と敬礼を交わし合っており、それが終わると隊員たちは翼竜とコミュニケーションをとっている。ホークの件もあって翼竜も乗り気であり、数名は実際に背中に乗るなどをさせてもらって写真を取るなど楽しんでいた。
《演習、演習。方位2-0-0よりアンノウン急速接近。高度3000、数40、到達まで5分。総員、対空戦闘用意。》
そんなことをしていると、演習ではあるが対空戦闘訓練の行動が発令される。ガタイの良いおじさん連中がワイワイと醸し出していた雰囲気は、この一文で終了した。
ジリジリという甲高いベルの音と共に、男共が走り回る。目付きが切り替わり、眺めていたエスパーダ達も、思わず背筋が伸びる程である。
エスパーダ達は、明らかに取り残されている状況だ。翼竜もアタフタとした表情を見せており、空に居た方が良いのかと顔を合わせていた。
そんな相棒たちをみたエスパーダは、思い切って声を掛ける。
「あ、あの!私たちはどうすれば!?」
「えっ?あ、そうだよな。翼竜が居るなら離陸が無理だし……ちょっと待っててくれ、艦長に聞いてくる。」
数十秒後、アメリカ1は演習の対象外ということで決着がついた。こうなれば飛行甲板員は暇同然であり、ワイワイガヤガヤと先ほどの雰囲気に戻っている。パイプ椅子を出してきてエスパーダ達を座らせると、共に対岸の火事モードに入っていた。
甲板員は、演習内容を説明している。先ほどに報告のあった高度から飛来してくる飛行物体を、第一機動艦隊の力で叩き落すという内容だ。
彼女達が知る対空戦闘とは、翼竜騎士同士によるドッグファイトの類である。至近距離まで接近して魔法弾やランスによる物理的な攻撃を行い、相手の騎乗手を無力化するのだ。
そんなことを考えていると、洋上だと言うのに大きな音が耳をつんざく。右斜め前を航行中の大きな平たい船、フォード1を見たエスパーダは、立ち上がって目を見開いた。
「と、鳥だ!飛び立ったぞ!」
つられてインディとロトも同じ方向を向くも、驚きと言うよりは興奮が勝る心境で口を半開きにしている。あの平たい形状は鳥を飛び立たせるためなのだと、本能的に察していた。
翼を羽ばたかせて揚力を発生させる翼竜とは違い、戦闘機はジェットエンジンによる推進力を使い、一定速度以上の速度で飛行することで揚力を得ている。揚力の発生場所は同じ翼なのだが、別物と言っていいだろう。
《ブルー1、発艦完了。続けてブルー2、発艦せよ。》
煙が全くと言っていい程に出なく音も静かな電磁カタパルトによる加速支援を受け、F-35C戦闘機の2機目が洋上へと飛び立っていく。ランディングギアを格納して、ブルー1と反対方向へバンクを取った。
別々の方角へ行くのだなと3人が思った直後、2機は互いの方向へと再びバンクする。自然な旋回半径で不思議と2機による編隊ができあがり、エスパーダ達の上空を通過していった。デモンストレーションであることを理解したインディは、興奮して頭の上で手を叩いている。
《ブルー隊各機、敵・翼竜騎士と思われる編隊は高度3000mを維持して向かってきている。右旋回して方位2-5-0、編隊を組め。対空ミサイルで援護する。》
無線から聞こえる内容を非番のパイロットが説明する。
3人が特に興味を示したのは、方位を表す表現である。いつも「〇〇から見て右やや後ろ」など非常に長い上に曖昧な説明をしていたために、なぜ一周が360区切りなのかはわからないものの、そのシンプルな表現方法に感心していた。
演習が始まったとはいえ未だ発艦しただけだと言うのに、3人の目は釘付けである。
演習内容は、そのまま艦隊空攻撃へと移行した。