11話 レディ
さて、国王はどう出るか。異議があるなら受け付ける覚悟で居たホークは、彼の言葉を待っていた。今のところ喧嘩の理由はこちらが持っているために、言い合いで負けるつもりは全く無い。
「……然り、ホーク殿の言葉に問答の項目は微塵も無い。此度の家臣の非礼、心から謝罪する。」
「こちらも家臣の面前で直に注文をつけた点は謝罪する。互いの無礼で手打ちということで、どうだろうか。」
「是非も無い、そなたが人格者であることと配慮に感謝し提案を受け取ろう。我がカタリナ王国は、そなたら一行を歓迎する。不要とは思うが護衛にはその男の部隊をつけよう、心行くまで楽しんでいってくれ。」
ホークはその言葉を受け取ると、特に礼や挨拶をせずに出口へと歩き出す。無駄に大きな扉を抜け、城から出て城門へと歩みを進める。足音からするに、自分の後ろにハク達が続いてきている様子だ。
王へと最敬礼したルームも自分の部下4名を呼びつけ、タスクフォース8492のあとに続いていく。謁見の間ではこのままティーダの町に関する問題が挙げられるために、領主の政治生命もこれまでだろう。
「マスター、流石でございます。互いの柵を無くした上で、ややこちらが上になる結果、お見事と言う他にありません。」
「はは、ありがとう。」
「それにしても、やたらつっかかってきた奴が居ましたね。」
「たぶんアレがティーダの町の領主じゃないかな。普通に考えたら、子供でも、王が呼びつけた相手にあんな態度とらんでしょ。」
流れるように暴言の所在を見破るホークの言葉を後ろで聞いていて、ルームたちは苦笑するほかになかった。あの太々しい奴はなんなんだ、とクレームが来ないよう、黙っているのが一番の正解だろう。
それにしても前を歩く集団は、謁見の間も含めて緊張する様子を見せていない。慣れたルームですら、いざ謁見の間において国王と面会すれば身体が縮こまってしまうのだが、彼等には王の威厳など効果が無いようである。
そんな彼等は、何事もなかったかのように城門をくぐった。道中でルームの部隊を見た騎士やメイド達は松の廊下状態になっているものの、相変わらずホーク達は無反応である。
そのまま城門を抜け、活気ある街並みへと差し掛かった。石畳の両脇にある商店街のようなストリートは、客寄せの声で静けさを知らずにいる。そこでホークが後ろを向き、言葉を発した。
「さて。とりあえず今日は、適当に散策して宿に戻る予定だね。どこか行きたい所とかはあるかな?」
「総帥、ちょっとトイレいいですか?」
「りょーかい。さっきから立ちっぱなしだったし、少し休憩にするか。あそこの茶屋っぽい店にいるから、そこ集合で。」
「イエッサ、いってきまーす。」
相変わらず軽いノリで、ディムースはルームの部下に公衆便所の場所を聞いて速足で駆けてゆく。数名が彼に続き、辺りの活気さに目を奪われながら目的地へと進んでいた。
幅5m程に敷かれた土道の両脇に古代ローマ宜しく所狭しと並ぶ2階建ての建物は、ほとんどが住居用。時折個人経営店がポツポツと点在しており、表の商店街ほどではないが、そこそこの人が歩みを進めている。
ディムース一行も流れに乗って問題なく現地に到着するも、”容器”の数が足りておらず、余り1の状況だ。誰かが仲間外れになる状況を察した一行により阿吽の呼吸で無言のままジャンケンが開催され、見事にディムースが一人負けしていた。
先行に続いて用を足す彼だが、ここで部隊特有のイタズラが発動してしまう。すでに戦いを終えた一行が、ディムースを置いて帰路の路地に隠れてしまったのだ。
とはいえ、この流れは過去に何度も起こっている。そのためにディムースもイタズラに気づき、「あやつらめ」と微笑みながら、元来た道を歩き出すのであった。
「ん?」
待て止まれ、の怒号が後方から聞こえてきたのは、そのタイミングである。彼や周囲の人々が思わず振り返り、前方に居た隊員も、何事かと様子を窺っている。
やがて人の波が左右に割れ、一人の子供らしき姿が近づいてくる。その人物はディムースの後ろに隠れると小さい手でベルトを掴み、声を上げた。
「た、助けて!」
ディムースの腰より少し高い程の背丈にブロンズの髪と、幼さ故に顔の割に大きな栗色の瞳。明らかに子供であるものの極端に幼いわけではなく顔立ちも整い始めており、12-3歳ほどと見て取れる。ズボンのすそを握る手には丸さが残り、その力も弱々しい。
クリッとしてはいるが凛々しい大きな瞳は、真っ直ぐに彼を見上げている。何らかのトラブル絡みであることは容易に想像できるが、彼はこの瞳を無視できるほど冷酷ではない。
どうしたものかと溜息をつくと、彼女を追い掛けていたであろう声が到着する。ゴロツキほどではないがあまり身なりの良くない4人組が、ディムースの前に立っていた。
「どうした、大人が4人も寄って集って。この子、なんかしたのか?」
「そのガキが店で水を零しやがったんだよ!俺たちの服が水浸しだ、どうしてくれんだ!」
「……で、怖くなって逃げちゃったと。」
「……うん。」
そりゃそうだろ。と、彼は腕を組んで溜息をついた。ベトベトのジャムや油ならまだしも、相手の言い分を聞くに飲料水、それも分子式で言うところのH2Oが99%を占める飲み水だ。ましてやそれほど大事ではない状況ならば、笑って許すのが大人と言うものだろうに。
というのが、ディムースが出した持論である。すくなくとも目を血走らせて怒号を上げながら少女を追いかける程ではなく、これでは追いかけた方が犯罪者になるだろう。
「どうしたニーサン!?そのガキンチョに一目ぼれか?あぁ!?」
「4対1で不安だってか?心配すんなって、アンタとちょっと話すだけだ。そこの娘の面倒は俺が見てやるよ。」
「ほぅ……面白い奴だな、気に入った。」
「あぁ!?」
「―――殺すのは最後にしてやろう。」
しかし、酔っぱらいにとって行為内容・会話内容は関係ない。このタイミングでディムースが出したネタ発言が良くなかったらしく、発言者とは別の4人組の一人が手を上げた。
相手は短剣に近いナイフ、彼は実質的に丸腰。傍から見ても、ディムースの分が悪いことは明らかだ。
「テメェ、やんのか!?今引けば見逃してやるぞ!」
「だが断る。って、使い方違うよなこれ。」
酔っぱらいが突進しつつ振りかぶったナイフは、独り言をつぶやく呑気な彼には当たらない。ほんの少し身をそらして手首をつかむと、そのままアームロックの姿勢に持ち込んだ。
相手は思わずナイフを放してしまい、痛い痛いと喚き散らしている。一連の流れを見ていた相手の仲間は思わず距離を取るも、酒の力を借りているのか、やはり次々とディムースに向かって特攻している。
しかし、相手が悪い。普段はヘラヘラとしていたりネタ的な発言が多いとはいえ、戦いの場となれば非常に恐れられるハイスペックオールラウンダー兵士の一人なのだ。
アームロックでダウンした輩を突き飛ばして一人の動きを止め、もう一人が持つナイフの手首を叩き武器を落とさせたうえで足払い。残りの一人はそのまま一本背負いで投げ飛ばし、先ほど足払いして倒れた男の上に叩き付けた。
「ひっ、ひいっ!!」
「な、なんだこいつ!逃げろ!!」
とは言うもののあれだけ叫びながら走ってきたために、騒ぎや通報を受けた衛兵も4人の後を追っていた。逃げようとしたタイミングで追いつかれて全員御用に成り、項垂れたままどこかへと連行されている。
残されたのは、彼を讃えていた周囲の空気の余韻と幼い少女。一息ついたタイミングで、ディムースが声を掛けた。
「で、なんで俺に頼ったんだい?」
「……勘よ。あ、ありがとう。」
よくよく聞けば、左右に割れた波に逆らって一人立ったままだった彼を頼ったというただの直感であり、結果オーライという状況だ。ややキツく感じる彼女の口調は、ディムースにもツンとした印象を与えている。
話を聞くに、今日は一人で飲食店に来ていたらしい。セルフサービスで飲み水のお代わりを抱えて席に戻る途中に人にぶつかってしまい、コップの水を零してしまったようだ。すぐに謝ったまではいいものの、結果として先ほどの状況に繋がってしまった、というのが一連の流れであった。
そのように話す彼女だが、そこには少し違和感が隠れている。服装こそ一般市民と似ているが、髪質や肌の張りが明らかに上質と見て取れる。肌に気を遣う一般女性でも、このレベルに達するのは稀であろう。一般人にしては”良すぎる”姿勢も、服装と釣り合わない。
しかし残念ながら、ディムース故に気づかない。これがホークならば繊細なセンサーに引っ掛かっているのだが、今の彼にとっては”幼い少女”としか捉えられないでいた。
「にしたって、一人で飲食店とは親は何やってんだ。次は一緒に行くんだぞ、子供なんだからな。」
「こ、子供じゃないわよ!わたしだってレディなんだから!」
「なーにが一丁前のレディだ、心がそうでも見た目も大事だぜ。せめてあと10歳、とまでは言わんが5-6歳年取ってから、出直してきな。」
髪の毛をワシャワシャと撫で、ディムースは軽く手を振り歩き去っていく。徐々に遠くなるその背中に何か文句の1つでも言いたげながら、少女は微動だにせず見つめていた。
そういや名前を聞き忘れたなと独り言を呟くディムースだが、まぁいいかと気楽に流し、合流した隊員と共に茶屋への帰路を急ぐのであった。
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「遅かったね、何かあったか?」
トイレにしては遅い戻りだったディムース達だが、迷うことなく茶屋に到着している。軽食を摘みながら団欒するホークだが、彼等に気づいて顔を向けた。
「すいません総帥、ケツの20mmが収まらなくて。」
「きったねー。」
「隊長ー、ここ飲食店ですよー。」
その他ブーイングを受けるディムースは、頭の後ろに手をやって謝罪一辺倒だ。明らかに何かを隠しているとホークにはバレバレだが、追及する程のものではないと判断し、彼もブーイングに回っている。
このあとはティーダの町の時のように市場を見て回り、時折に立ち食いなどを経験して無事に宿へと帰還する。明日もお供致しますと去っていったルーム達と別れ、第二・第三分隊も各々の自室に腰を下ろした。
その直後、メンタル面でクタクタになったと思われるエスパーダ隊が帰ってくる。ホークが紹介した手前、部屋に戻らず待っていたのは彼女達の為であった。
翼竜から降りて「常識が飛ぶ経験をさせて頂いた」と呟いたエスパーダに苦笑し、「序の口だ」と軽い口調で返す軍の長。
これで序の口となると引きつった笑いでしか返せない3人と別れ、ホーク達も各々の部屋で腰を下ろすのであった。