9話 謎の美女
「―――ということが、道中で発生いたしました。」
「ふむ――――。」
場所は王都城内。狭い部屋で、二人きり。ルームと共に椅子に腰かけ軽食を摘みつつワインを飲みながら会話している人物は、この国の王である。
一般名称を、第13代カタリナ国王。40歳になったばかりの若さであり、若干の強面ながら男らしいルックスが映える人物だ。
現在の会話の内容としては、道中に発生した盗賊の撃退の話である。見たことも無い損傷の死体や、のちに住民から情報を得た斥候が伝えてきた報告によれば、数十人はいた盗賊の群れをあっという間に始末する桁外れの強さであることが判明している。
そんなタスクフォース8492の戦果報告を聞いたカタリナ国王は、思わず背筋が寒くなる。行われた攻撃も不明とのことだがフェンリルならば何かしら未知の攻撃方法があるのだろうと判断しており、噂にたがわぬ戦力なのだと再認識していた。なお、その噂もつい最近発生している点についてはご愛敬である。
フェンリルに関する伝記は、大陸全土で有名となっている。伝記と言うよりは伝説の類なのだが、大昔にフェンリルの怒りを買った帝国の首都が、フェンリル一頭に滅ぼされたというものである。
なお、この伝説における被害者がどこの帝国かは明記されておらず、また、とりあえずこの犯人はヴォルグ達では無いらしい。マールリール姉妹から同じ内容を聞いたことのあるホークが以前にヴォルグ達に問いを投げたものの、夫婦そろって首をかしげるだけであった。
そもそも「フェンリルとホワイトウルの区別がつく者は極僅か。加えてヴォルグレベルの攻撃から生き延びることができる確率、かつこの伝記を信用してもらえる程の人脈となると、なんかでっちあげくさいんだよなぁ。」というのが彼の持論で、伝説の内容そのものを疑っていたりする程である。とはいえ、伝説とはそういう類の代物だ。
「ところで、ティーダの町の住民は彼等を取られないかと心配していたのだろう?どう言いくるめたのだ?」
「ホーク殿の発言です。王都観光のついでに王宮に立ち寄るだけだ、とのことで。」
まさかの珍回答に、カタリナ国王は思わず高笑いしてしまう。まさか王の呼び出しを下に持ってきて、あくまで自身等の観光を主とする言い回しは聞いたことがない。確かに彼等の目的ならば住民たちも拒否しづらい内容だが、こちらも前代未聞となる言い回しだ。
「王都観光のついで、か。こちらからしてみれば無礼な発言に聞こえなくもないが、王直々とはいえ呼びつけているのはこちら側だ。フェンリルの実力を主張したうえでティーダの町の住民を言いくるめるにも丁度良い落としどころと言える、その者は頭が回るようだな。」
「はっ。僭越ながら、わたくしも同意見でございます。」
「ともかくルームよ、よくぞ彼等を連れてまいった。褒めて遣わす。」
「光栄であります。」
カタリナ国王の意見としてもルームと同じく、そのパーティーリーダーがカギを握っているという意見で統一されている。そもそもにおいて、フェンリルを手ごまにしている以上、素人が見てもそう考えるだろう。
二人の答えは、そこにたどり着く過程が違っている点で共通している。しかし現状では何の情報も無いために、話し合いで何かを見出したいと言うのが国王の考えだ。何がどうあれ、敵に回してはいけないという点では共通となっている。
「しかし、あの西のエスパーダ隊までもが興味を持っているとはいささか……。」
「西の帝国か。あそこが今おかれている状況は宜しくないからな。フェンリルの戦力ともなれば、喉から手が出る程に欲しいだろうよ。」
「いえ、恐らく違います。住民に話を聞いたのですが、フェンリルの正体が知られる前から、エスパーダ隊はタスクフォース8492と、何度か行動を共にしているようなのです。」
「……公になるより前に知っていた、とかはどうだ?ロトと呼ばれる魔術師は、一流の中でも優秀だと聞く。ホワイトウルフとの違いぐらいは分かるだろう。」
「でしたら猶更です。何故、エスパーダ隊までもがフェンリルの正体を隠すような真似を……。」
「そのホークと言う人物は隠したがっていたのだろう?ならば、協力を得るために同じ動きをしていた、ならば道理ではある。」
「タスクフォース8492は、既にホワイトウルフ連れということで目立っております。これ以上に目をつけられぬように、エスパーダ隊とは別行動をとると考えますが……。」
「……それも道理よな。エスパーダ隊という実力者が共に居れば、どうしても目立ってしまう。」
話を掘り下げるにつれ、謎が生まれるばかり。力を持つものは自然と己の実力を公にすることが大概である冒険者の中で、このような集団は異端である。
互いに溜息をつき、ワイングラスを静かに口につける。色々と考えることが多すぎて、頭が一休みを欲しがっている状況だ。
「妙と言えば、連中の中で一際に美しい者が居りましてね。」
「ほう?お前が色話しを話題に出すとは、相当だな。」
「はは、老いても一応、男ですからな。白を基調としたコートらしき衣類に映える、水色のサラリとした毛髪。凛々しい目付きに凛とした姿勢と相まって、思わず見とれてしまいました。」
ドクン。その言葉を聞いて、カタリナ国王の心臓が早鐘を打つ。
過去に2度ほど、当該人物に近い者を、彼は遠目で見たことがある。もちろん服装は当時のモノだが、気配や容姿があまりにも酷似しすぎている。そのような者は、世界に二人と居はしない。
「ちょっと待てルーム。それは恐らく、女としてではなく……同じ、剣を極めんとする者だからこその感情だと思うぞ。」
「はて、王はご存知で?」
「なんなら、その御仁の名前を当ててやろう。」
「是非に。」
「過去に、似たような者を見たことがあってな。名前ぐらいは知っているだろう。広大な山々の奥地に住まい、シルビア王国を解放するために戦いを挑んで散ったフーガ国の元王女。そして最強と謳われる剣の使い手、ハク王女だ。」
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「んぐ……んぐ……ぷはー……。」
カタリナ国王と別れ、兵舎エリアの一角にあるバーのような施設。兵士専用の店とはいえ、あまりここへは足を踏み入れないルームは、これまた珍しく豪快に木製ジョッキに注がれたエールを飲み干していた。
続いて茹でたての肉の腸詰にかぶりつき、再びエールを流し込んでいる。普段は物静かに食事をするだけに、気になった部下の一人がエール片手に近づいた。
「エールを豪快に飲むとは珍しいっすねー隊長、何かあったんですか?」
「いやー、ちょっとな。騎士の職にしがみついて長生きはしてみるもんじゃ。この年で、一度はお目にかかりたいと思っていた者と出会えたのだからな。」
部下の問いに、彼は陽気に返している。やけ酒でないことが分かり、更に数人の部下がルームを囲うこととなった。
フーガ国の元王女とは、剣の道を進む者として、性別容姿関係なしに単純に実力に憧れる対象だ。今となっては、彼も再び相まみえたいと。できることならば手合わせ願いたいと、心の底から思っている。
とはいえ、何故それほどの者がEランク冒険者パーティーと一緒に居るのかという最大の疑問が生まれてしまっている。それ故に、カタリナ国王との会談も切り上げとなったのだ。頭がいくつあっても足りないとは、国王の弁である。
「飲みすぎには注意してくださいねオヤッサン、明日は客案内があるんでしょう?」
「おっと、そうじゃったの。」
そんなネガティブな思考を吹き飛ばしてくれる出会いと部下から気にかけてもらえる嬉しさも相まって、ルームは非常にご機嫌だ。腹八分目で食事を切り上げ、自室へと戻って身体を休める。
やや酔いもさめて、身体を清めてベッドに横たえた時。ちょっと待てよと、新たな、かつ大きな疑問が浮かんでくる。同時に、微量ながら冷や汗が浮かんでくるのがしっかりと分かった。
確か当該の女性は、黒服だった男のことを「マスター」と呼んでいたことを思い出す。国王の言ったことが本当ならば、更に謎が増える現象だ。
良くも悪くも誇り高いドラゴンの、元ではあるが王女が、なぜ人間に。そうなれば、あの黒髪の男は、一体なんなのだ。
フェンリルの件も合わせ、たかだがEランク冒険者パーティーのパーティーリーダー、という枠に収まらないことは明白だ。前例も無ければ最善の回答など全く思い浮かばず、就寝前だと言うのに目がさえてくる。
とりあえず、明日の対応を間違うと色々と大問題に発展することは理解できていた。それぐらいに吹っ切れた方が、最も良い結果を残せるだろうと判断している。
酔いが吹き飛んだルームだが、長旅の疲れには勝てず、やがて意識は沈んでいった。