8話 カタリナ国、王都到着
ちょっと短めです
王都に続く、未舗装ながらも整備された道路。厚めの雲に遮られる日差しの下を馬にまたがり先頭を走るカタリナ国の老騎士ルームは、先日に行われた戦闘の結末を思い返していた。
死体が盗賊らしきことは、残された衣類で分かる。しかし引きちぎられた様な死体や、一部がえぐり取られたような死体。剣や魔法攻撃の類では見られないような傷跡であり、どのような攻撃が行われたのかすら想像できない。
分かるのは、フェンリルの爪や牙でもなく、魔法でもないということだ。また、剣でもなく、弓でもないことも伺える。
こうなると、どのような攻撃方法なのか見当もつかない。ちらりと背中越しに鉄の箱を見るも、黙々とついて来ているだけである。
《偵察部隊より各位に状況報告。カタリナ国王まで距離1万。上空11000メートルに、友軍のAC-130が旋回待機中。》
「よりにもよってライダー隊か。ディムース隊長が、あのセリフを言いそうですね。」
「エネミーAC-130アバーブ!」
「ほらきた。」
「やっぱり。」
《……マクミランよりライダー1、ディムースが105mmを所望している。》
《了解です大尉、ヘッドショットはお任せを。》
「頭もげちゃう。」
そんな視線が向けられていると知らないL-ATVの車内では、脳天気な会話が進行中。曇り空の中を隠れながら飛ぶAC-130と地上とで、無線交信が行われていた。
佐渡島(仮名)より離陸したライダー1は、有事の際の護衛任務のために上空へと飛来している。正確には、旋回半径の兼ね合いで王都上空の周囲を回っている。機体に装着されている空対地レーダーは、索敵任務にも使用できる程の優れものだ。
ターボプロップエンジンの独特な音を狭い空に散らしながら、友軍地上部隊にとっては女神。敵地上部隊にとっては死神と言って過言ではない「鳥」が、王都上空から見守っている。
よくよく考えれば領空侵犯だな、とホークが呟くが、この世界において領空とは町や村単位の真上を指す言葉。そのために、名実ともに領空侵犯には当たらないとマールが考えを述べていた。
「それにしても、やはり馬車よりエルエーティーブイのほうが快適ですね。」
「ああ、小型でもL-ATVが使えると本当に便利この上ない。弓兵ならばわかると思うが、狙撃地点の変更も容易である上に己の体力を消耗しない。しかし車両というのは音を発する。無音で、かつ高速で移動できれば最良なのだが。」
リーシャの言葉に、珍しくマクミランが回答を口にした。それを聞いて、最近は弓によるスナイパー癖がついてきたリーシャも同意している。
《サプレッサーは必須になるだろうけど、ヴォルグとかハクレンに乗って撃てばいいんじゃない?お前の腕なら距離・速度関係なしにヘッショまで持っていけるだろ。》
サラっと外野のストライカーから言い放たれる、難易度トリプルSな狙撃方法。誰がどう見ても無謀というしかない内容なのだが、マクミラン大尉ならば可能だと思えてしまう点が不思議なものである。
そう考えるトップバッターは、彼に一番近いディムースだ。自分の腕では命中までもっていけても、到底ながらヘッドショットは不可能だと考えている。また、在り得そうな1つの状況が脳裏に浮かんでいた。
「歩くどころか走る無敵固定砲台じゃん。狙撃地点が秒単位で数メートル動く癖に、射線通ってれば所かまわずヘッショかましてくるスナイパーとか洒落になんねーぞ……。」
《面白そうですね総帥、今度頼んでみるか。》
そう答えを返す彼は、若干ながらも上機嫌。身近にあった最良と思える答えを教えてもらい、珍しくテンションが上がっていた。なお、第二・第三分隊の面々は引きつった笑いを見せている。
そうこうしているうちに、一行は王都の入り口に接近する。何事かと身構えた門兵だが、ルームの姿を見て最敬礼に変わっていた。
「ルーム様、お疲れ様です。国王より伝言を預かっております。」
内容を簡潔にまとめると、宿と馬の置き場を用意するからホーク達一行を連れてこいという内容だ。ものの見事に彼の予想が的中しており、タスクフォース8492のメンバー数名は「やるねー」と称賛している。
間違ってもフェンリルを敵に回すわけにはいかないために、ご機嫌取りで王宮へ招待する。というのが、国王とルーム共通の内容だったことは事実である。
しかし今回の旅路を終えて、敵に回してはいけないのは彼等全体なのではないかと、ルームの直感が警告を発していた。
ティーダの町でフェンリルの危険性を肌で感じ取った騎士達だが、道中で予想外のことが発生しているのも事実である。なぜかEランク冒険者でフェンリルを連れているという内容は国にも伝わっているのだが、その他のメンツに関しても底力が計り知れない。
敵の位置を完璧に把握する情報収集能力と、明らかにフェンリルが関わっていない戦闘方法。謎の鉄の箱も含めて、得体のしれない連中と呼ぶに相応しい。
特に、黒服だった謎の男。のちにパーティーリーダーであることが発覚し、今は他の男と似た服装であるが、一人だけ違う帽子を被っている。
この人物こそが最も警戒するべきと、彼は直感的に判断していた。
彼と部下の数名は、そんな謎だらけなタスクフォース8492を町の一角へと案内する。国が管理している、来賓用の宿泊施設だ。
街中で注目の的となりつつ2台の車両で移動したホーク達は、一角に車を停車。ゾロゾロと館の中へと歩いていき、部屋割りは自由ということで、各々の部屋が決定された。
「流石は来賓用。第二拠点の寝具には遠く及びませんが、ベッドもふかふかですね。」
「柔らかすぎないかなこれ。」
「たまには良いではありませんか。」
わざとベッドに強く座って沈み込む具合を楽しむホークは、完全に子供のノリだった。そんな姿を見る彼女も、優しい笑みで溢れている。
とはいえハクが言った通りに流石は来賓部屋と言った具合で、装飾の類も非常に豪勢である。小物1つにしろガラス細工を筆頭に装飾が施されており、LEDの灯りでも点灯しようものなら反射光でパレードが始まってしまうだろう。
そんな部屋でくつろぐホーク達の扉がノックされたのは、10分ほどしてからだった。上半身を起こして出迎えの態勢を取るホークと、すぐさまドアへと向かうハク。
気配で相手がエスパーダ隊とはわかっているものの、少しだけ扉を開いて相手を窺う。鎧姿の3人は礼でもってハクを出迎え、明日のことについて相談があると言ってきた。
彼女が扉を開いてホークにどうするか判断を委ねると、入ってもらうよう指示が来る。3人は順次礼を行いながら部屋へと入り、姿勢よくホークの前に立った。
内容としては、明日開かれる「国王が招待する話し合い」にエスパーダ隊は参加できないために、この館の警備を行った方が良いかという相談だ。ようは、宿に残す手荷物に関する留守番である。
「いや、衣類も荷物もこのままで行くよ。これが正装だし、事前にその辺の話はつけてある。とはいっても下手すれば夕方、夜になるだろうし、暇だったら日の出と共に南の洋上に飛んでみると良い。」
「洋上……とは、どれほどで?」
「陸地が見えなくなるぐらいがいいかな。そのあたりまでくれば、無線機から声が聞こえるはずさ。」
そう言われ、3人はそれぞれの腰にある無線機に目を落とす。再びドアがノックされたのは、同じタイミングであった。
「ホーク様、ハク様。お休みのところを失礼いたします。お夕食の用意が整いましたので、恐れ入りますが食堂までお越しください。」
「承知した、すぐに向かおう。」
ドア越しの声に、ホークが返事を返す。無線越しにディムースから食事の案内が来たと聞いた彼は、了解の返事を行うと、食堂へを足を向けるのであった。